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第一章-5『罪の取り合い』

「……──────」


「そう警戒するな……という方が無理でしょうね。私の早とちりで手荒な対応をしてしまい、本当に申し訳ありません」


 キヨシへの誤解は解かれ、手錠も外されたが、カルロッタの人相書きを片手に街を歩いていたという事実は動かない。よって、哀れキヨシは目覚めてからものの数十分で警察機構──衛兵隊のお世話になる羽目になってしまった。ティナも付いてきているとはいえ、何かと相手の出方を窺ってしまう悪癖も相まって、『怪しい者』扱いされているのは間違いない。


「改めて、第八衛兵隊の長をやらせていただいている、フィデリオという者です。そこのティナの父でもある」


 さらに悪いことに、キヨシが頼ろうと話しかけた衛兵が、ティナやカルロッタの父親だったというのだから、キヨシは困り果てる他なかった。キヨシが不用意に話しかけたばかりに、話がややこしくなってしまったのだ。


 それとは別に、キヨシの頭をもたげている問題もある。


「失敬、お名前を伺いたいのですが」


「え? あ、ああ、すみません。キヨシと申します、ハイ」


「職業は? それと、どこに住んでいるかも」


 ──出たよ、職務質問。なんて答えるべきか……。


 遠からず直面するだろうと考えていた問題。別の世界から転移してきたキヨシは、この世界にとって『突然湧いて出た人間』。身元の証明など、できようはずもない。となれば嘘を吐くしかないワケだが、嘘を吐くにも前提知識が必要だ。


「職業は、えー……職業というか、画家志望の学生です。ただ住所については……この国の人間ではないので、なんて言ったらいいか」


「『アティーズ』ですね」


「はい?」


「アティーズ。そこに住んでいるのですね」


「あ……ああ、まあ」


 ──うひー。スマン、アティーズの諸君。


 とはいえ、いつまでも黙っていると余計に怪しく映るし、流れでどうにかするしかないと考えて実際にそうしてみたら、キヨシは『アティーズ』なる聞いたこともない国の出身と半ば断定され、なし崩し的にキヨシは同調せざるを得なかった。とりあえずここを切り抜けたら、その国について調べる必要はありそうだ。


「して、海向こうの島国から遠路遥々、こんな時分に私の娘を連れて、しかももう一人の娘の人相書きを持って何をしていたのかという話なのですが」


「あー……」


 ──これ、正直に話しちゃダメだよな?


 ティナの顔は前髪で隠れていまいち窺いづらいが、手紙が入っているポケットの上へ、中身をを守るかのように手を置いているティナを見れば、触れられたくない話題なのだろうと判断せざるを得ない。


 それにつけても、とキヨシは考える。


 ──いっそのこと、経緯だけでも話すべきじゃないのか? それなら手紙の内容がバレることもないし……なんでこの子はそうしない?


 そう、そもそも手紙の存在を身内に悟らせないだけならば、別に事の経緯を隠す意味など全くないのだ。ティナから伝え聞いた話によれば、カルロッタは一週間もの間家を空けているというのだから、『さすがに心配になって個人的に探していた』で充分言い訳としては通用するだろう。この案ならば、キヨシは目撃者という立場で協力していると説明もできるだろうし、何よりフィデリオも協力してくれるに違いない。非の打ち所のない、完璧な作戦だ。


 が、ティナはそのような行動に出る気配を全く見せない。ただ思い至っていないだけとも考えられるが、誰にも知られることなくカルロッタを探し出し、然る後に連れ戻すことが理想──ティナの性格を考慮すると、大方こんなところだろう。キヨシにもよく分かる話だ。話を聞く限り、ティナは姉を好いているようだし、それなら姉が叱られるのは避けたいと思うのが人情というもの。となれば、キヨシが勝手に動くのも良くない。


 どうしたものかとキヨシが手をこまねいていると、右肩甲骨あたりに熱を感じると共に、耳元でボソボソと声が聞こえた。


「やい、白髪。責任取ってなんとかしろよ。そもそもテメエが原因でこーなったんだろがよ」


「えっ」


 キヨシは動揺をフィデリオに悟られないように努めたが、ドレイクのあまりに理不尽な物言いに困惑しきりだ。そりゃあ確かに、フィデリオと遭遇するきっかけを生んでしまったのは悪かったとは思うが、こんな事態を想像しろという方が無理筋というものだ。第一、なんとかしろと言われても、親子の間に割って入ってできることなど、何もないに等しいのではないか──キヨシにはそう思えてならなかった。


「ティナ、どういう経緯でこの方と連れ立った?」


「……えっと、それは」


 そういう気分を感じ取ったのか、フィデリオはキヨシから話を聞くことを諦めて、ティナの方へと話を振った。が、それも芳しくない。ティナとて話したくないのだから当然だ。


 その一方で、キヨシは眼前で繰り広げられる展開に、『思いがけないチャンスが巡ってきた』と感じてニヤリと笑った。キヨシは『家族』という観点から言えば完全に部外者だが、事ここに至るまでの流れの中では当事者でもある。ならば、できることはあるはずだ。


「俺、さっきこの子に助けてもらったんですわ」


「む?」


 キヨシはこれまでの態度を一変させて、気さくな雰囲気をまとって二人の間に割り込んだ。


「いやね? 実はなんかよく分からんけど、角と嘴の生えた化け物に襲われてたんですよ、俺。魔法も使えないしでどうしたもんかと思ってたんスけど、そこに颯爽と現れ割って入ったのがこの子っつーワケですよハイ。こう、スゲー炎で『ボッ』てやってドカーンですよ。アレは見事でした。おたくの娘さんにはマジに感謝してもしきれませんよ」


「さ、颯爽とって。キヨシさん?」


「実際その通りだろ? 嘘は吐いてないもんねェーッ」


「……ま、まあ結局のところ? 魔法を使ったっていう点で言やあ、俺ちゃんが一番頑張ったのは確かだけどなー!」


「おう、頑張ったないい子いい子アッヅ!!」


 小動物を撫で回す感覚でドレイクに触るが、身体が熱いのをすっかり忘れていたため、危うくもんどり打って倒れるところだ。


 それはともかく、やんややんやとティナを称賛しはやし立てるのにも、当然理由がある。無論、キヨシが口走っているのは嘘一つない素直な気持ちだが、それを話すことで、フィデリオの興味関心を『何をしていたのか』から離してしまおうという魂胆だ。ドレイクもその辺りを察して、ノリノリでキヨシに同調してきたのだろう。キヨシからしても若干卑怯な気がしないでもなかったが、事の経緯を問いただしてきたのはフィデリオの方だ。


 見るからに堅そうな雰囲気を持つフィデリオとて人の親。我が子が褒め千切られて嬉しくないワケが──


「なるほど……ガーゴイル。経緯は分かった。それで、何をしていたのですか?」


 ──話を逸らすこともできねえチクショオ!


 キヨシの目論見は完全に空振り。フィデリオには一分の隙もない。いや、実際嬉しいのだろうが、あくまでそれはそれ、これはこれという話でしかないということを、フィデリオはしっかりと捉えていたのだ。人間的には非常によくできた部類の男だが、今のキヨシたちにとっては大変に不都合。キヨシたちは、切れる手札を切り尽くしてしまった。ティナもそこのところは感じていたようで、無意識下でカルロッタの手紙が入ったポケットをきゅっと握りしめる。


 それをフィデリオは見逃さなかった。


「ティナ。中の物を見せなさい」


「──ッ!!」


 ついに勘付かれてしまったのだ。


「……お見通しだ。大方、カルロ絡みの何かだろうが。これまでも無断で数日帰らないことはあったが、一週間となると、そろそろ頃合いだ」


「……お父さん、カルロは──」


「いい、中の物を早く」


 ティナの言い訳を厳格に遮り、フィデリオはティナの秘密に迫る。万事休す、最早これまで──いよいよもって観念し、全てを詳らかにする他ないだろう。実際、ティナも端々にためらいの色を滲ませながら、震える手でおずおずと、ポケットからくしゃくしゃの紙片を取り出した。それでも、ティナは未だ心情的には諦めがついておらず、すがる藁を求めて周囲をキョロキョロと見回していた。そうする内に、キヨシとティナの目がバッチリと合う。偶然ではない。その証拠に、ティナはキヨシから目を離さない。


 ──そ、そんな目で見られても……。


 ティナは何も言わなかったが、その大きく澄んだ緑色の目は明らかに、キヨシに対して助力を求めるような、完全に追い詰められた弱々しい目だった。しかし、追い詰められているのはキヨシとて同じなのだ。ドレイクに急かされ、ティナにも求められ、どうしていいやら皆目分からない。見捨てるのも仕方がない状況だが、ティナの今にも泣き出しそうな顔がそれを許さない。


 ──ええい、その顔でそういう表情ッ! ズルいぞッ!


 見捨てることはありえない。ティナとセカイはきっと別人なのだろう。それでも馴染みと同じ顔は、キヨシの心に深々と突き刺さる。それを抜きにしても、ティナはキヨシにとっては命の恩人。例え客観的に見てどんなに非道徳的だろうが、見知った人間と全くの他人ではワケが違うのだ。


 とはいえ、何をするのが正しいかなどキヨシには分からない。手紙の存在はもうじき知られてしまうだろう。次善の策を打つとすれば、『内容が知られないようにする』といったところか。そうなると、手紙自体を抹殺し、闇に葬り去る他ない。そんなことできるはずが──


 ──やっぱり俺がやるしかない、か。


 いや、ある。あるのだ。『何をするのが正しいか』ではなく、『自分に何ができるのか』という視点で現状を見てみれば、自ずと答えが見えてくる。


「あ、隊長。あなたの娘さんを、さっきあっちのほうで見──」


「ッ!!?」


 周辺の警らにでも出ていたらしい名も知らぬ一兵卒が放ったのは、恐らくカルロッタの行方に関する情報。それを聞いたフィデリオは、ここに来て初めて僅かな動揺と、確かな隙を見せた。


 千載一遇の好機。ここを逃せば、もう二度とチャンスは巡ってこない。


「うおおおおッッッ!!!」


「なッ!? 貴様何をッ!!」


「キ、キヨシさんっ!!?」


 キヨシは己を縛るためらいを振り払うが如く叫び、ティナが差し出した手紙をフィデリオが受け取るよりも前に、引き千切れる勢いで引ったくって部屋から走り去った。


 『やってしまった』──キヨシは脳味噌から変な汁が全身に漏れ出て、冷たい汗が吹き出している感覚に襲われながら、全力で逃げ出した。自分がとてつもない無礼と狼藉を働いている自覚はある。だが、手紙の中身を知られずに抹消する方法は、ティナが完全に拒否する以外だと、第三者の手で葬り去る他ない。それをキヨシがやるとなるとフィデリオへの心象は最悪となるだろう。


 だが、それ自体には何ら問題はないのだ。


 ──こうするより他に……嫌われて平気なのは、俺しかいない!


 手紙を抹殺するのは誰でもいい。ティナでも、ドレイクでも、やろうと思えば魔法でも何でも使って抹殺は可能だった。しかし、それも結局『誰がフィデリオの不興を買うか』という話でしかない。ティナやドレイクはそれに適さないと、キヨシは考えた。何せこれから先も家族として、長い時を共に過ごす人間同士、不仲になっていいはずがない。その点、背景も何もないキヨシは適任と言える。キヨシがフィデリオに嫌われようが、誰も不幸にはならない。そして、不可抗力とはいえフィデリオに遭遇してこの状況のきっかけを作ったのもまた、他でもないキヨシなのだ。


 貧乏クジを率先して引きにいかねば──それがキヨシの真意だった。


「う、うおーあのクソ白髪ー。それ返せこのヤロー!……ティナ、ボサッとしてねーで追わねーと」


「あ……キ、キヨシさん、待ってー!!」


 ドレイクもとティナも遅まきながらキヨシの意図を理解し、白々しい物言いをしつつキヨシを追いかけて部屋を出る。と、そうして部屋を出てすぐのところで、ティナはそこにいた何者かにぶつかってしまった。


「……──────」


「あっ……す、すみません! 失礼しますっ!!」


「……ンッフッフッフ。いえ、こちらこそ」


 ティナはすぐに謝罪したが、気が急いていたのも相まって、ぶつかった相手の風体をろくすっぽ見ることもなく、取り落したカンテラを拾って、再び駆け出した。


 当然、フィデリオも黙ってはいない。


「お、おいティナ、ドレイク!! 待つんだ、一体なんだと──」


「隊長、待って待って!」


「なんだ!! 今お前に構っている暇はないんだ!」


「待機命令ッスよ! 『上』からの!」


「……上、だと?」


「ええ。警らも全員、配属先の屯所に戻って動くなって。さっき、『騎士から』……直接聞きました。第八衛兵隊(ここ)だけじゃなくて、衛兵隊全体らしいんです」


「……事実なのか? 何故ゆえに今、この時に?」


 が、後を追おうとしたフィデリオを、先程入室してきた衛兵が引き止める。構わず出ようとしたフィデリオだったが、次に聞いた言葉に耳を疑った。この『第八衛兵隊』の長、フィデリオのそのまた上──部下が言うところの『騎士』が、衛兵隊全体に待機命令を出したというのだ。


「彼の言うことは、事実ですよ。申し訳ありませんが、退勤も少しの間待っていただきたい」


「──ッ!!」


 そして、先程ティナがぶつかった男が入室し、彼の言うことを肯定した。


──────


 キヨシは走り続けた。当て所なく全力で。道行く人が皆キヨシの方を見ていたが、まるで気にならない。罪悪感で、それどころではなかった。


「キヨシさん、待って!」


 そのうち背後から呼び掛けられると立ち止まり、踵を返す。示さなければならないからだ。誠意と謝意、そして何より、悪意をもって事を成したワケでは断じてない、という点だけは。


 キヨシは深々と頭を垂れ、精一杯の気持ちを込めて引き千切った手紙をスッと差し出す。


「「ごめんなさいッ!」」


「えっ!?」


「んんッ!?」


 キヨシは仰天した。全く同じタイミングで、ティナの方も謝罪を返してきたからだ。キヨシからすれば、怒られはすれど謝られるような謂われは全くないと思っていたのに、こうも全力で謝罪を受けてはキヨシが済まない。


「……何で謝るん?」


「そ、そっちこそ!」


「い、いやまあ。多分、こうするしかなかったとはいえよ。見限られて当然のクソみたいな対応なのは間違いないし……そりゃ謝るよ、当たり前だ」


「で、でも! それはきっと、私が無理矢理そうさせたようなもので……私が悪いんです」


「待て待て待て。結局のところ、実行したのは俺だろ? 悪いのは俺だ」


「いえ、でも……キヨシさんを追い詰めて、あんなことを強制させて……ああ、もうっ! なんて嫌な子なんだろう、私……」


「え……ええ~~~~~~ッ!? なんだってそうなるかなあーッ」


「ンだこれ。罪の(なす)り合いっつーのは見たことあるけど、罪の取り合いなんざ見たことねーぞ」


 ドレイクが言うことももっともだ。この手の話というのは得てして、どっちが悪い、という『罪の擦り合い』になるのが常だが、キヨシとティナはこっちが悪い、いやいやこちらが、などと何だかよく分からない話をしていた。ドレイクの『罪の取り合い』という言い回しは、中々言い得て妙だ。


 自己嫌悪全開のネガティブ発言をしてうずくまるティナに対し、キヨシは宥めるような静かな声で語りかける。


「……あのな、ティナちゃん? おたくの殊勝な態度と姿勢は大したもんだとは思うぜ? けどな、あくまであの行動は俺がない頭で考えて、勝手にやったことだろ? こんな奴のために思い悩むなんて、勿体ねえって」


「は、はあ……」


「まあでも、もし俺の行動で何かが許されるんなら。不用意に人に話しかけて、話をややこしくしたヘマはこれでチャラにしてくれ」


 どうにも卑屈なようだが、キヨシの言うこともまた事実。誰にも、もちろんティナにも否定はできない。最早ティナにはどうしていいか分からなかったようで、今にも泣き出しそうな顔でドレイクが宿るカンテラに額をくっつけて、


「ん、んー……ドレイクぅ~……」


「困ったからって俺に振られても……ま、俺も白髪に色々吹き込んだし? 皆悪かったスイマセンでイイんじゃね? 何しろ、時間がねえしな」


 そう、こんなところでウダウダと言っている時間はない。棚ぼた的にだが、カルロッタの行方に関する情報も手に入ったことだし、まあまあ上々ということで、双方手を打つしかなさそうだった。


 衛兵隊の屯所を出る直前、キヨシたちはカルロッタの行方について、非常に耳寄りな情報を得た。それも、ついさっきの話──やはり、まだすぐ近くにいるということだ。


 空回りなようで、確実に目標へと近付いている。


「さて……さっき、親父さんとは別の衛兵が言ってたよな? あっちの方で……つってた。そんでもって、俺がおたくの姉さんを最後に見たのは向こう。となると、進行方向は遠くに見えるデカイ山とは反対の方向だ。ティナちゃん、向こうには何かあるか?」


「あっちの方は確か、森……『戦跡の森』が」


 ティナの口から放たれたのは、『いかにも』といった感じの土地の名前だった。


「せんせき……戦いの跡で戦跡、か?」


「は、はい。でもそうなると、急がなきゃ……」


「ティナちゃんもそう思うか」


「なんだなんだァ? 二人だけで納得してよ。俺ちゃんだけ仲間外れにすんなよな」


 キヨシとティナの懸念するところを、ドレイクはイマイチ掴めなかったようで、ぶっきらぼうな物言いで口を挟む。「そんなつもりはねえ」とまずは弁解しつつ、キヨシはドレイクにも分かるように話し始める。


「陽も完全に沈んだ時分に、街から離れて森なんかに向かってるというのは、明確な目的があるってこった。それが例えば、森を抜けた先の街に用がある、とかならいいけど……」


「何かに追いかけられてて、逃げ込もうとしてる……かもしれない。カルロは土の魔法が使えるし、そういうの得意だから……そういうことですよね?」


「あ? ああ……まあな。姉さんの腕前の程は知らんけども」


「姉は結構スゴいんです。この間、私が──」


「待て待て、今話してる場合じゃないんだろ?」


「あ……す、すみません。やっぱり、なんというか……キヨシさんとは、なんだか話しやすくって」


「マジィ? そいつは何よりだね。俺もこんなときでなけりゃ、聞きたかったんだけどな。まあなんだ、急ごうぜ。森の向こうに何かあるか?」


「何も。あるのは、人が立ち入らない峡谷だけで」


「やっぱまだ追われてる濃厚だな。行くか」


「ッ! 待ってください!」


 目的までの道筋も定まり、勇んで駆け出そうとしたキヨシに、ティナは慌てた様子で待ったをかける。


「どうした?」


「……こっちから回って行きましょう」


「ん? こっちの道をか?」


 ティナが指し示したのは、明らかに目標たる森の方角とは異なる迂回ルート。何故ゆえそんな道を選ぶのかと聞こうしたキヨシだったが、キヨシから目を逸らし、聞いて欲しくなさそうな態度をとるティナを見れば、出かかった言葉を呑み込まざるを得なかった。ドレイクも何も言わなかったが、どうも思うところがありそうな印象を受ける。今のドレイクは、カンテラの中で揺らめく灯火でしかないのに、変な話だが。


「……よくよく考えたら、俺は道分かんねえしな。勝手なことをして、さっきみたいなことが起こっても悪いし、こっから先はティナちゃんに従うことにするよ。どこへなりと連れてってくれ」


「あ、ありがとうございます。頑張ります」


「うん、頑張れ」


 どういう意図の言動なのかは計り知れないが、さっきは独断で動いた結果あんな目に遭った故、ここは大人しく従うべきだろう。キヨシは自分を納得させて、どこぞのRPGよろしくティナの後ろに付いていった。


──────


「嫌だァーッ!! こんなとこ入りたくないィィィーーーーッ!!」


「そのへっぴり腰焼いたろーか? 熱くて良く効くと思うぜ」


 そして、早くも前言撤回。


 ティナの案内に従って街を出て、道なき道を歩くこと数十分。キヨシたちはついに到着した──木々が重なり合って星々の光を完全に遮る『魑魅魍魎の棲み処』と言われれば、ここが異世界でなくとも納得してしまいそうな森の端っこに。


 情けないことに、キヨシはその圧倒的な"魔窟感"に気圧され、尻込みしていた。


「なあ、ここが戦跡の森なのか? もうちょっとあっちの方とかじゃない?」


「ここです。というより、あっちの方には森とかありません、けど……」


「マジィ……?」


 ご都合主義な希望的観測に対し、無慈悲に突き付けられた答えにキヨシは少し目を伏せ、観念して大きな溜息と共にがっくりと肩を落とす。


「お、お化けはでません……よ?」


「子供扱いすんのやめてくんない!?……名前がすでにダンジョンっぽいとは思ってたけど、ビジュアルからもうこれかよ。これ大丈夫? 野生の魔物魔獣その他諸々が飛び出してきたりしない? 『ぬののふく』だけで抜けられるのかこれ?」


「キヨシさんが知っている森には、魔物だとかが出るんですか?」


「いや出ねーよ。お茶目か」


「あ、あはは……そういうのも出ませんから」


「創作と現実の区別もつかねーのかオメー」


「お喋りトカゲちゃんが言うかね? トカゲちゃんコンクール……なんてやってねえか」


「あ?」


 軽口を叩いていると恐怖は幾分か解消されたが、この世界に来て初めてのダンジョン攻略に、キヨシは緊張を隠せない。背中に嫌な汗をかいているのを感じながらも意を決し、ティナと共に森の中へと歩き出した。


 本当に何もできない人間であるキヨシは、後方警戒という名目でティナの後ろにつく。提案するのも少々気が引ける案だったが、ティナは「それじゃあ、よろしくお願いしますね」とあっさり承諾した。いい子過ぎて泣けてくる。


 そうしてしばらく歩くと入口の明かりもか細くなり、頼りはドレイクの入ったカンテラだけになった。


「ひえぇー、やっぱちょっとおっかねえ。もうチョイ明るくできない?」


「できなくはないですけど、やり過ぎると姉が危ないので……」


「『光魔法』的なのも無いのか? 火、水、風、土、光、闇ってのが相場だし」


 それを聞いたティナは一瞬だけ呆けたような反応の後、


「光、闇? 魔法の性質は火、水、風、土しか聞いたことありませんが……」


「ちなみに扱えるチャクラの性質は一人に一つだけで、魔法は精霊がいないと使えないんだぜェーッ。つまり俺ちゃんがいねーと、ティナはただの気弱なオンナノコってワケ。分かったらちったあ敬いな」


「するとティナちゃんは……火か」


「シカトこいてんじゃねェーッ!」


「それが嫌なら、その人を小馬鹿にしたような態度をもうちっと──」


「……キヨシさん?」


 小言を言い終わるのを待たず、キヨシは自分の左足に妙な感覚を覚えた。まるで、何かに『掴まれている』ような、そんな感覚。ギョッとして自分の足元を見た瞬間、


「おワッ!?」


 何かが爆ぜる音と共に土煙が舞い上がる。その刹那、素っ頓狂な声をあげながら確かにキヨシは見た。


 自分の足首に細い指の褐色の手が伸び、力任せに地面に引きずり込む様を。

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