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第二章-38『更なる段階へ』

「……いや、そこまで機嫌悪くすることないじゃん」


「うっせ。人の非力を笑うんじゃないよ」


「ゴメンってェ~」


 おちゃらけた態度で拝み倒すカルロッタに、キヨシの機嫌はますます斜めになっていって、そろそろ水平になりそうだ。


 買い出しの帰り、キヨシはカルロッタやドレイクにコケにされまくりながら、非常に重たい荷物を背負ってトラヴ運輸跡地まで額に汗して歩く羽目になった。この有様で機嫌を損ねるなという方が無理というものだ。


「なあティナァーッ! チャクラ供給抜きなんて、そんな酷いことしないでくれよォーーーーッ」


「ダーメ! いけない子にはお仕置きしなくっちゃ」


「ウェーン、精霊虐待だよォォォーーーッ。アニェラの奴にチクッてやるゥゥゥ」


「もー、追加でもう一食抜くよ?」


(オーガ)! 悪魔(ディアボラ)!! ティナ!!」


 ちなみにドレイクはティナにこってりと絞られているようで、キヨシは若干溜飲の下がる心地になった。おっとりとしているティナも、ドレイクに対してはカルロッタ以上に容赦がない。


「おう、みんな帰ったな! よし、買ってきた食い物は全てそこに置いといてくれ」


 そんな彼らを出迎えたのは、我らが騎士団長、ジェラルド・キャスティロッティ。


「……──────」


「ん、どうした?」


「いや、あの……」


 エプロン姿の。


 この騎士団長──というか、"給仕長"然とした出で立ちに、どういうワケかは分からないがキヨシたちは猛烈な不安感を掻き立てられた。


「ひょっとして、おたくが晩飯を?」


「その通り。任せてくださいよ、こう見えて料理は趣味なんです。あ、ちなみにこの前掛けは私物で」


「……ちゃんといつも味見してるんでしょうね?」


「勿論だよカルロッタさん! 人に出すものなんだから、それくらいはなあ?」


 殊勝な心掛けに感心するところだが、自信満々なアホ面を下げて厨房へと駆けていくジェラルドを見ると、やはりどうにも不安で仕方がない。ティナですら苦笑を隠せず、ぎこちない反応をしていた。


「……どう思う?」


「あ、あはは……味見しているのでしたら、大丈夫だと思いますけれど……」


「あのクソほど似合ってない服装を見ると……ねぇ」


 精悍な顔立ちと、それとはあまりに似つかわしくないハートマークの刺繍入りのカラフルなエプロン。『この世界、ハートマークとか普及してんのか』と他所事を考えつつも、あのあまりに滑稽な格好を思うと、ますます不安になってくる。いや、料理の腕前と格好など微塵も関係ないのだが。


「使徒様、戻っていま……あの、どうかなさいましたか? 三人で顔を見合わせて」


 そこへ、ハルピュイヤたちについて西の採掘基地の斥候に就いていたリオナが戻ってきた。物々しい雰囲気に困惑の色を隠せないようだったが、キヨシはそんなことにまるで構わず、


「なあ、おたくの親父さんは料理が趣味なのは事実か?」


「え? あ、ハイ。これまでも、キャスティロッティ家の使用人に混じり、そこそこの頻度で──」


「味の程は!?」


 三人にズイと詰め寄られ、さしものリオナも一歩二歩と退く。自分よりも大きな人間にこの剣幕で問い詰められては、無理からぬ話だ。とはいえ、そこは普段どうぞんざいに扱っていようとも親と子供。リオナは軽く咳払いをした後、


「父上の料理に関しましては、心配無用です。普段はあんなですが、こと料理に関して──特に、トマトを用いた料理につきましては、料理の鉄人をも感嘆せしめる程の腕前を持ちます。見てくれも十二分に通用するでしょう」


「マジィ? 意外だな……まあその、親父さんを疑るような真似して悪かっ──」


「ただし、バジルを少しでも使おうものなら、その料理の鉄人を心胆寒からしめ──」


「おーし、バジルソースは隠せ! 名残惜しけりゃ最後に飲んどけよ!」


「キヨシさん?」


 キヨシはこれでボケているつもりは全くないが、ティナの半分呆れた怪訝な反応で、カルロッタとリオナに噴き出された。


「わ、笑うなよ。いったいどこに笑いどころが」


「ッ……だ、だってバジルソース、を、飲むってッ……くひひ」


「そっ、それはそうと……クッ、にっ西の採掘基地の監視……ッハハハ!」


「おお、そうだそうだ。で、どうだった?」


 リオナはキヨシに別の用事がある風に訪ねてきていた。どうやら件の採掘基地への斥候の結果のようだ。リオナの半ば笑い袋と化した己を必死に律している様にキヨシも変な笑いが出る。カルロッタは我慢などせずに笑い転げているが。


「……ふぅ、失礼いたしました。と言っても、昼間に寄越した中間報告と差し当たって変化はありませんでした。西に該当の採掘基地を発見し、地上は固められている。それ以上のことは何も」


「なるほどね、どうもありがとう。引き続き、西の採掘基地と……それと」


 『トラヴ運輸の皆をよく見ててくれ』と、そう言おうとしたのをリオナは手を挙げて制する。『分かっている』とでも言いた気に。


「……損な役回りを押し付けて悪いな」


「何を仰いますか。一番損な役回りを演じていらっしゃるのは……紛れもない、あなた自身ではありませんか。感謝に堪えません」


 キヨシは昼間に中間報告を受け取ると共に、心に小さくない傷を負っていた。元々ハルピュイヤから受けていた歓待は一転して、ただ疎まれるような存在へと成り果て、あまつさえその一端をリオナに担わせている。


 まるで、キヨシが糾弾したジェラルドやレオの行動を、なぞっているかのようだ。その事実に、キヨシは激しく罪悪感を覚えていた。そんなキヨシにとって、リオナのこの言葉がどれほど救いとなっている事か。


「ありがとうな」


 されどキヨシがただ感謝を伝えるために知っている言葉は、これだけだ。それでもリオナはただ微笑んで、そのままいずれかへと立ち去ろうとした。


「あ、ちょい待ち。リオナさんにもちょっと話すことが……というよりも、見せたいものがあるんだよね」


「はい?」


「……さて、お待たせしたな諸君! バジルソース片手に聞いてくれたまへ」


「キヨシさん、バジルソースから頭を離してください」


 ティナのいやに冷静なツッコミはともかく、キヨシの一番の関心事は西の採掘基地についてではない。


 キヨシは街で、『飛行機の製造自体にはそう時間はかからない』と宣言したが、カルロッタはそれを根拠のない自信と懐疑的だった。その"根拠"を見せてやろうと、キヨシは息を巻いていたワケだ。


「まあなんだ、大仰な言い方をしたけどそう大したことじゃないんだ。飛行機を四日間で作っちまうための秘策を──なんだ?」


「いやッ……何でも、ない…………続けて……ッ」


 キヨシの天然バジルソースボケが余程ツボったらしく、カルロッタは顔を手で抑えて肩を震わせていた。くどいようだが、キヨシはボケているつもりなど全くない。なかったがために、先程まで立っていたムカッ腹が再びやってきた。


「……まあいいや、とりあえず。じゃあちょっと前置きとして、"コイツ"についてちょっとおさらいしよう」


 そう言ってキヨシは、金色に鈍く輝く人差し指がくっついた自分の右手をプラプラと振って見せた。


「この指は、『指を始点として、ソルベリウムを生成する』力がある。この時大きさや形は俺のイメージ通りだ。ここまではいいな?」


「ハイハイ、それで?」


「で、説明しておいてなんだけど、実はこの言い方には若干語弊があると一昨日気付いた」


「一昨日? 一昨日って言うと……」


 一昨日。それはロンペレとのファーストコンタクト及び、トラヴ運輸が崩壊した──有体に言ってしまえば、この一件の始まりの日だ。


「その日の夜……俺はこんなものを偶然作ったのだ」


 キヨシが取り出したのは、そこら中に散乱している瓦礫の破片に見える物体だった。ここにいる大半は、この瓦礫が何なのかを知らない。が、ティナはハッとした表情で、


「それ……私と話してる時に」


「お、覚えてたのか。さっすがぁ」


 そう、この瓦礫の破片はキヨシがティナと話している最中に、己が内から出でし怒りに任せて右手を振った際、生成されたソルベリウムがその辺にあった瓦礫を両断した時に生まれたものの一部である。その証拠に、断面をよく見るとソルベリウムが所々にこびりついて──


「……綺麗な断面ね、これ」


 ナイスな着眼点だ、とキヨシは内心カルロッタを称賛した。カルロッタの言う"綺麗"というのは、何もこびりついたソルベリウムがキラキラしていて、などといったものではない。


 まるで旋盤か何かにでも掛けたかの如く、『不自然なまでに切断面が平ら』なのだ。


「さっきも言ったように、俺はこれまで指を振ったらソルベリウムが出てくる、くらいの認識でいたけれど、より詳細に、語弊が無いように言うと……『指でなぞった場所にソルベリウムを生成する』、つまり座標指定でソルベリウムを作る能力だったってワケ。そして、その座標指定に何かしらの物体が干渉した場合は、こんな風に元々あった物体に割り込む……そういうことだ」


 ソルベリウムのこびりついた切断面を指でトントンと叩き、得意になって解説するキヨシだったが、その一方で聞いている面々の反応はどこか冷ややかだった。


「まあ、確かに凄いわよね……凄いわよ。ホント。けどそれと飛行機製造の時間短縮と、どう関係があるの?」


「まあまあ、重要なのはここから。ちょっとこの破片にしばし注目してくれ」


 そう言うとキヨシの左の掌の上にある瓦礫の破片に視線が集まる。その視線に応え、キヨシがその破片を人差し指でなぞってやると、突如として表面がボロボロと崩れてソルベリウムの球体が姿を現した。あまりの出来事に三者三様の驚きの声が上がるが、


「いやあ、ご馳走様って感じの反応はありがてえんだけどな……実はこれ、まだ途中なんだ。驚くのはまだ早いぜッ」


 さらにキヨシがソルベリウムの球体をもう一度同じようになぞってやると、球体の周りに円盤のようなソルベリウムが生成され、その部分に指をかけて(ふた)を外すように引っ張ってやると──


「なんとッ!?」


「うおッ!?」


「わあ……!」


 中から出てきたのは、キヨシのイメージ通りに加工された精巧な『花のオブジェ』だった。


「故郷では何かと特別視される花で……名前は"桜"というのだ」


「これ……! ちょっと、その蓋見せて!」


「いや蓋の方かよチクショウ!……まあいいけどよ」


 カルロッタがキヨシから引っ手繰るように蓋を取り上げて中を見ると、丁度オブジェの形を成すように、そして取り外す際に中で引っかからないように掘られているのが分かった。言ってしまえば、これは"金型"なのだ。


 ここまでくれば、カルロッタもキヨシの考えに至る。


「イメージでこれってことは……ちゃんと設計図が目の前にある状態で、材料を指で引っ掻いてやれば!」


「ああ、素材加工が一瞬で終わるって寸法よ。マジで全部加工するのに一日もかからねえ、超時間短縮だぜ。組み立てにほぼ四日費やすことができるし、多少粗があっても風の魔法を最大限使えば充分に実用に耐え得る! 簡単だろうが!」


「めっちゃ簡単ね! 設計図を作る苦労を全く考えてなさそうなのがちょっとムカつくけど!」


「一言多いぜおたくはよォォォーーーッ!」


「ワーッハッハッハ!!」


 二人の馬鹿笑いと、息ピッタリのハイタッチの音が響き渡った。


「よっしゃ、設計図は私に任せときなさい! 残り二日で完璧に作ってやるわ!」


「任せたぜ。さて、その間俺も色々やれることはあるし、それはティナちゃんとジェラルドさんにも手伝ってもらうが……」


「わ、私にできることなら!……あの、ところで何を?」


「ようし」


 その場の勢いのままに返事をしたティナに、キヨシは『そのい意気やよし』とばかりに、ただ単刀直入に目的を告げた。


 ただし、頭を深々と下げて。


「俺を……鍛えてくれッ」


「は、はい! お任せくだ…………はい?」


 キヨシが何を言っているのか理解が追いつかなかったのか、ティナは激しく狼狽えていた。

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