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第二章-37『中間報告』

 今、キヨシの心臓は猛烈に震えて、鼓動が体中を激しく叩いていた。


 別に具合が悪いワケではない。むしろ快眠快調すこぶる健康、寝起きにジャンプできる程度には目覚めもバッチリだ。


 問題はさっきまで一緒に寝ていて、今何とも言えない微妙な表情でこちらを窺っている少女についてだ。


「……──────」


 お互いに顔を見合わせるだけで、何も喋らない。いや、昨晩のことを思い返してしまい、気まずさと羞恥心で何も喋ることができないのだ。


 今思い返してみても、鮮烈ながら『あれは夢だったんじゃないのか』とすら思ってしまうほどに衝撃的且つ、色々と凄まじい出来事。セカイはまるでそんなつもりがなかったことは確かなのだが、普通に考えたら恥ずかし過ぎる所作ではないか。その証拠に、ティナはこちらをチラチラと窺いつつ体をもじもじと捩り、顔を真っ赤にしている。キヨシは自分の顔色など分からないが、自分の顔が凄く火照っている感覚だけは伝わって来ていた。


 それともう一つ。


「えっと……お、おはようございます」


「……──────」


「あ、あの……」


「……ティナちゃんだよな?」


「え? あ、ハイ……あの、何か?」


 沈黙に耐え切れず軽い挨拶を口にしたティナに対し、キヨシは挨拶を返さずにただ疑念だけを向ける。ティナはキヨシのこの行動の意味が分からず、困惑気味の様子だ。


 無論、この子の名前はティナである。しかしながら、昨日の一幕及び眠りに就く直前の出来事を考慮すると、どうにも怪しく感じてしまう。またセカイが悪戯感覚でティナを騙っているのかもしれない。


 注意深く観察しなければ、と疑いの視線を送っていると、およそキヨシの心を見透かしたらしいティナの顔は、見る見るうちにむくれていき、


「ドレイク」


「眠気覚ましのイッパツをどうぞォーーーーーーッ」


「アッヅアアアァァアアアアーーーーーーーーーーッ!!?」


 普段の控えめなティナからは信じられないことだが、キヨシはドレイクを最大限活用した制裁を顔面に受けた。


「バカ、知らないっ」


「待て待て待て!! でもしょうがないだろ!? おたくだって昨日のことは鮮明に──」


「キヨシさん、フケツ! フケツです!!」


()()()の話じゃねェェェェーーーーーーッ!!」


 キヨシの悲痛な叫びが、オリヴィーの夏空に虚しく木霊した。


──────


「いい加減許してあげたら? なんかよく分かんないけど、セカイが悪いんでしょ? あ、おばさん。そこの野菜あるだけ貰えますか? お金はありますんで」


「うおっ、カルロッタさんが丁寧に喋ってる!」


「庇うのやめるぞこのボケカス」


 昼。怪我人用の食糧調達その他諸々を兼ねて中央街に出た一行は、未だぶすっとしたままのティナを宥めつつ、様々な用事を一つ一つクリアしていた。ちなみに資金面に関しては『好きなだけ使え』とジェラルドのポケットマネーに頼っている。キヨシはこの国の貨幣価値についてはよく分かっていないが、周りの反応を見るに、目を剥く程度には多大な援助を受けた様子だ。


「まあ、なんだ……悪かったって。セカイには色々と、またの機会にキツく言っとくよ」


「もういいです。セカイさんが楽しんでるみたいですし」


「いやマジでキツく言っとくね。なんならもう一度アイアンクローだね」


「あの、キヨシさん。セカイさんも言ってましたけれど、受けるのは私の体なので、その、お手柔らかに……」


「あ、それはアカンな。やめとこってあ゛ーーーーーー縄が肩に食い込んで痛ェ……」」


 他愛無い話をしながら、店から食材をあくせくと運び出していくキヨシたちだったが、量が量故なかなか難儀しそうである。


「だらしないわね、それでも男かっつーの」


「むしろ逆になんでその量を軽々持ち運べるんだ? 俺よりずっと多いじゃん」


「鍛え方が違うんだよ貧弱な坊やめ」


「ンだと"ロッタ"てめえコラァ!!」


「は、はぁああ!? なんだよロッタって!」


「じゃあカルロ」


「アンタにカルロって呼ばれんのすげームカつくんだけど!」


「なんだよそれェ~~~ッ。ったく、荷物も気分も重苦しいぞ……」


 口喧嘩の応酬に疲れ、膝に手をついてガックリと項垂れるキヨシの前に、スッと何かが差し出される。


「これ、業務で使ってる荷物の拘束具。重いのはどうにもならないけど、痛いのはだいぶ楽になると思う」


「あ? どうもありがと──あ」


 拘束具をキヨシに渡してくれたのは、いつの間にかそこにいたトラヴ運輸のハルピュイヤだった。


「あれ、早かったな?」


「まだ終わってないよ。何回か報告にはまた来るけどね」


「あの、キヨシさん。いったい何の話を……?」


 勝手に話し込み始めてティナとカルロッタを置いてけぼりにしてしまい、『いっけね』といった風な表情が自然に出てきてしまった。


「ああ、まだ話してなかったな。トラヴ運輸の皆には、採掘基地付近の斥候を頼んでるんだ。あのパオロとかいう奴の情報が嘘ではないかどうかの確認を、護衛で一緒に空も飛べるリオナさんを付けて──」


「……護衛じゃなくて、見張りなんでしょ」


 ハルピュイヤの少女がそっぽを向きながらぼそりと呟いた一言が、キヨシの心を突き刺した。


 そう、確かにキヨシの言ったことも嘘ではない。嘘ではないが、憎悪に焦れたハルピュイヤが基地に突撃する可能性を見越し、リオナを監視も兼ねて同行させている面が強い。危険性を考慮すると当然の対応。が、それはそれでハルピュイヤたちの不信感にも繋がる対応でもある。


 この対応をしたキヨシを責められる者は恐らく誰一人としていないだろう。しかしそれでも、トラヴ運輸の面々に割り切れというのも酷な話には違いない。


「……ゴメン」


「いいよ。それより、どんな具合だった?」


 凍り付いた空気で失言を悟ったハルピュイヤが謝罪するも、やはりというかなんというか目を合わせてはくれなかった。当然のことが当然起こっているだけではあるが、悲しいものだ。


 改めてハルピュイヤから報告を受け取る。


「……空賊団の奴が言っていた通り、確かに西にガーゴイルでガッチリ固めてある採掘基地を見つけたよ。だから、嘘は吐いてないんだと思う。だったらなんだって話だけどさ」


「そういえば、連中にはおたくらの存在は気付かれなかったのか?」


「うん、地上は本当にガチガチに固めてあったけど、空には一人もいなかったから」


 それを聞いたキヨシは若干の違和感を覚えた。


「……空には誰もいなかったのか?」


「本当だよ。リオナさんも一緒に見たんだから」


 そういうことであれば、間違いないだろう。だが、それでも違和感はどうしても拭えない。


 ──地上を固めて、空には哨戒の一人も置いてないってのは、どうなんだ? ただ単にザルなだけ?


 ガーゴイル族と言えば、エルフ族やハルピュイヤ族と同じで空中での戦いは得手だろう。キヨシたちに飛行能力が無いから空中の哨戒は不要と判断したと考えられなくも無いが、そうなると今度はレオやハルピュイヤの存在を認知していながら、空の警戒を怠っているという何とも間抜けな構図ができあがる。フェルディナンドたちと相対した時もそうだったが、相手の行動に何かしらの理由や意図があるのではないかとキヨシは怪しんでいた。


 とはいえ、あるかどうか分からないリスクを気にしていられる状況ではないのも事実。


「……そうなると空路から攻めるのが一番。やっぱりあの飛行機、どうしても必要になってくるな。カルロッタさん」


「設計図なら最低三日は貰うわよ。"最低"ね。もしも設計通りに作って失敗したら、また一からやり直しなんだから」


「前の飛行機があの調子で飛んでるんだし、いらない心配だと思うけど……まあいいや、三日な。そうなると日限いっぱいまで使っても、飛行機自体の組み立てには四日間しか使えないってことになるのか」


「……厳しくない?」


 実際の飛行機が設計図を基にどの程度の時間をかけて製造するのかは分からないが、少なくともどんな小型機でも四日間ではやっていないだろう。カルロッタが何も知らないながら、思わしくない状況を肌で感じ取って眉を顰めるも、


「いやあ。飛行機に関しては多分、そんなことはないと思うぞ。一回でちゃんと飛べれば、だけどね」


 しかしキヨシはその件に関して、かなり楽観的に見ていた。


「何よ、その根拠のない自信はどこから出てくるワケ?」


「根拠ならある。なんだったら帰ったらすぐにそいつを見せてやらァ」


「あ、ちょっと待って」


 そうしてさっさと歩きだそうとしたキヨシの襟首を、カルロッタがグイっと引っ掴んで引き寄せて、「ちょっと耳を貸せ」とジェスチャーで訴えかけてきた。


「……なんだ」


「それってさ、アンタの右手絡みの話だったりとかする?」


「あ、ああ。まあな」


 今キヨシが言ったように、全くの無根拠でこの件を楽観視していたワケではない。ちゃんと確たるものがあって言っているし、さらに言えばそれは、キヨシの右手──ソルベリウムを生み出す能力に裏打ちされた自信だった。カルロッタはその辺りを既に察していたようだ。


「……それ、話してくれるのはいいけれど。騎士団に絡んでる人には聞かれない方がいいわ」


「え? リオナさんにもか?」


「今は仲良くやってるけど……それも束の間ってヤツでしょ?」


 そう、そもそもジェラルドやレオとは元々、今このひと時、キヨシたちがオリヴィーにいる間はよろしくするという作戦の上で仲良くやっているに過ぎず、此度の戦いが終われば敵対する可能性が濃厚なのである。そう考えると、カルロッタの判断は至極真っ当且つ、とても冷静であると言える。


「……ちょっと誠実とは、言い難いな」


「分かってる。けど……後の安全とは天秤にかけられない」


「それも分かっているけど……」


 が、その判断が気に入るかどうかは、また別の話だ。


「あの、カルロ」


「何?」


「えっとね、その……リオナさんには、話しておくべきだと思う。騎士様と違って、リオナさんは一緒に動くんだし……」


 キヨシとカルロッタの話を傍で聞いていたティナは、二人の意見をすり合わせた折衷案を提示してきた。確かに、リオナは騎士団員というわけでもないし、しっかりと連携をとっておかなければならない存在だ。『創造主様に怒られるから、親父さんには内緒な』と、少々乱暴ながら口止めも可能だろう。


 カルロッタは顎を弄りながら考え込み、最終的な結論を出す。


「……分かった。リオナには話そう」


 結局、カルロッタ側が若干譲歩する格好となった。


「ありがとうな、ティナちゃん」


「へ? ど、どういたしまして?」


 キヨシは自分の意見を立ててもらったことについて感謝したつもりだったが、ティナにはイマイチ伝わらなかったようだ。それとも、ただ単に内心で意見が一致していただけなのかもしれない。妙に気恥ずかしくなったキヨシは、「そうと決まれば、とっとと戻ろうぜ」とつま先をトラヴ運輸跡地に向けるが、


「買うもんはまだまだある。逃げようったってそうはいかないぞ」


「……ハァイ」


「私も頑張りますから。一緒に頑張りましょう、キヨシさん」


 ティナのフォローで少しだけ気力を持ち直したキヨシは、自分の顔を叩いて気合を一発注入し、結局また次の店に向かって歩き出した。


 帰り道に弱音を吐きまくり、カルロッタやドレイクに弄り倒されるのはまた別の話だ。

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