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第一章-4『忌憚なき意見』

「あのー……キヨシさん? 頑張っていただけるのは嬉しいのですが、そんなにこだわらなくっても……」


「ちょっちょっちょっちょっと待って! もう少し、もう少しだからァ!!」


 キヨシによる人相書きの制作は、ある意味で難航を極めていた。


 特徴さえ分かれば、クオリティなど別にどうでもいいのだが、人に見せる絵となると、時間の許すギリギリまで、できるだけ整えようとしてしまう。そしてあわよくば称賛されたい。絵描き特有の背伸びみたいなものだ。


 しかし、締め切りは守らなければならない。幾度かの描き直しを経て、ティナから得た情報を基に探し人の外見の絵は少しずつまとまっていった。


「でーきたッ。ちょっと見てみてくれや」


「お、どれどれ」


 キヨシ渾身の作、題して『会った人はこんな感じ』。このクソ寒いのにヘソ出しルックだとか、妹が茶髪なのに姉は金髪だとか、記憶を辿っていて色々と気になるところはあったが、無駄にこだわっただけあって、キヨシ本人としては結構な自信作ではあるが、果たして画題の親族たちによる評価は──


「オイオイ、カルロの奴はそんなに乳デカくねえぜ。やっぱ人違いだったんじゃねえの? ケケ」


「えっ? いや、まあ、確か……えー……その、結構控え目に描いたつもり、だった……んだけど……」


 男性の口から出すのが憚られるような話題に、キヨシは口ごもる。自分が女性()()()()()()を描くと、まあまあ『盛りがち』になるというのは自覚しているところだが、他者からの忌憚(きたん)のない意見というのは、ありがたくもあり、グサリとくるところもあり。


「ドレイク、カルロはお乳が『小さい』んじゃなくて『無い』んだよ」


「……おたくら、それ本人の前で言える?」


「言える」


「はい」


「ええ……」


 ティナによるいらない補足情報と、本人が聞いていたらガンギレ不可避な対応に、キヨシは呆れ返る。『親しき中にも礼儀あり』とは言うし、そこまでしっかりと言ってしまうのは如何なものか、と困惑しきりのキヨシだったが、このごく短い付き合いの中でも容易に察せられる程に臆病気味なティナがここまで言ったとなれば、本人たちからしたらただの日常的な会話の一つでしかないのかもしれないが。


「キヨシさん。その絵、私にも……あっ、この顔と服の趣向、間違いなく姉です! なんだか丸っこくて可愛い絵……スゴいです!」


「ヘッ、テメエにこんな取り柄があったとはな」


 とはいえ、そこ以外の評価は概ね好評のようだ。ティナとドレイクは惜しみない賛辞を述べるが、受けてキヨシは、拳を固く握りしめて激しくわななかせる。


「……キヨシさん?」


「ん? オイ、どした?」


 異変に気付いた一人と一匹が、恐る恐るキヨシの顔を覗き込もうとすると──































挿絵(By みてみん)


 凄まじいアホ面で、キヨシは心のままに叫んだ。


「な、なあ、マジィ!? マジにそう思う!?」


「……へ? は、はい、お上手で、可愛い絵だと思います。とっても」


「お、おぉうッふ……」


「……?」


 実はキヨシにとって、イラストレーターを目指して勉強を始めて以降、自分の絵がセカイ以外の人間に心から評価され、褒められたのは初めての経験。いや、例えば専門学校の『教示』だとか、同好の士の『意見』などの頭にくっつく社交辞令的なものはよくあることだったが、絵を描かない人間からの評価というのは、思わず叫ぶ程に嬉しかったのだ。何故なら、これまでの努力が報われ、『間違いではなかった』と確認できる唯一の方法だから。


「いやスマンスマン。いやね、絵を褒められるなんて本当に久し振りで……お願い、もっと褒めて♡」


「え、えっと。と、とっても上手ですね! とても助かります」


「イーッヒッヒッヒ! やっぱ創作物は積極的に公開しないとねェーッグフフフフフフフフ♨」


「あ、あはは……」


「褒めると図に乗る性格のようだな、この白髪は」


 驚喜のあまり悶えるキヨシを見てティナがドン引きしているのについてはともかく、これで準備は半分整った。


「さてと、まだ終わりじゃねえ。この人相書きを量産せねばならん」


「へ? 量産?」


「嫌か? まあ配り歩かないにしても、少なくとも俺とティナちゃんで、最低二枚は必須──」


「ちょ、ちょっと待ってください! キヨシさんは一体何を!?」


「え、そりゃあおたく、聞き込みは基本だろ? もしもまだ付近にいるなら、目撃者は絶対にいるはずだし。俺も正直、知らない人と話すのは気が進まないけど」


「聞き込み……?」


「え?」


 この意見に疑問を持たれると思っておらず、ティナが何を考えているのか理解できなかったキヨシは、一瞬呆然としてしまう。


「イヤイヤイヤ、まさかとは思うが情報収集の類は一切してなかったのか? ご近所とか行きつけの店とかで。マジィ?」


「ご、ごめんなさい」


 『やれる限りは自分でやる』精神、ここに極まれりといったところか。


「いや、まあ謝るようなことじゃないけどな。しかし情報収集してねえわ、そんな視界の狭まる格好してるわ、もうちょっとこう、頑張った方がいいんじゃねえの? その前髪とか、人探しには邪魔じゃねえのか?」


「あの、これはその……」


 キヨシの無遠慮な物言いに、今度はティナが口ごもる。


「白髪もそう言ってることだし、こうやって顔出しちゃえばァ?」


「え、ちょっとドレイク──ひゃあっ!!?」


「──!!」


 おどおどとするティナの広く長い前髪を、ドレイクが額に張り付いて押しのけ、そのあどけない小さな顔を顕にした。ティナはたまらず顔を手で覆ってうずくまる。最早病的と言っても過言でない程の臆病さだ。そうして一瞬見えた顔に、キヨシは心奪われていた。まるで西洋の人形のように綺麗で、整っていて、そして何より──


 ──やっぱり、他人とは思えん程似ている。並行世界の同一人物……? それともこの世界は『過去』で、もしかしてセカイはこの子の血筋、とか……?


 前者にせよ後者にせよ、キヨシは自分が酷く突拍子もない事を考えているのは、充分理解しているつもりだ。だが、そういう話も自分が知らない世界にいるという現実を考えれば、全くないとは言い切れない気もした。


 だが、挙動はやはりキヨシの知る親友のそれではない。


「……うん、言い過ぎたわ。アレだ、反省は街で活かそうぜ」


「はい、まあ……そうです、ね」


 アフターフォローに対し生返事をしたティナに、ドレイクが小声で囁いた。


「なあ、だんだん先行き不安になってきたぜ。主にお前がこんなヤバイ奴について行けるのか的な意味で」


「うーん……確かにちょっと強引で、よく分からない人だけど、意思が弱い私にはきっとこれくらいが丁度いいよ」


「そうは言ってもよォ」


「それに、何だかこの人とは話しやすいから」


「そこがまた気に入らねーんだ! いっつも初対面の奴相手となるや、『カルロ』とか『アニェラ』の後ろでコソコソしてんのによ、なんでアイツとは平気で話すんだよ」


「べ、別に平気じゃないし……ドレイク、ひょっとしてやきもちしてるの?」


「ち、違わい違わい!」


 ──聞こえてンぞ、この。


 声を潜めた甲斐なく、二人の会話はキヨシの耳にバッチリ届いていた。苦言の一つも呈したいところだが、これ以上ズケズケと物を言ってはせっかく掴んだ心が離れていく懸念があると考えると、キヨシは何も言えなくなる。今ここで、また独りに戻るのはマズイ。


「まあいいや。さてティナちゃん、いらない紙もう一枚持ってないか? なければ、せっかく描いたけれどこの紙を半分に切って、裏にもう二回描く」


「あ、あー……どうしよう、何回も描き直ししてたから、紙なんてこれ以上──うわっ!?」


 ティナが自分の持ち物を漁ろうと懐に手をやろうとした瞬間、辺りに転がっていた木片に真っ白な炎がまとわりつき、焦げ目を残して消え失せた。


「これでいいか?」


 ドレイクの仕業だった。そして残された焦げ目は、キヨシの絵を転写したもののようだ。


「……『焼絵』とでも言うのか? 器用な奴だなー。魔法ってスゲー」


「へへーん、もっと褒めろ! 崇め奉れ!」


「お見事お見事。これで準備は整ったな! さ、街へ行こうぜ。姉さんがきっと待ってる」


「は、はい! よろしくお願いします!」


 おざなりな称賛に不満気なドレイクを他所に、キヨシとティナは再び街へと繰り出していく。これが二人の冒険の始まりだった。


──────


「えー、見た感じだと電気の類はないし、移動手段が馬車っぽいのみると、内燃機だとかもなさそうな感じか……文明のレベルは『中世』くらいでいいんかねェー、この手のラノベのテンプレから逸脱してねえし。しかしなんだな、結構珍しい物を見る視線を感じるというか」


「そりゃあお前。こんな時間に、ヘンテコな服でガキ連れ回してりゃ、それもやむなしってなもんだ」


「ヘンテコとはなんだ、ヘンテコとは! むしろこの服こそ、正装(フォーマル)ってヤツなんだぜ……就活の、だけど」


 夜の空気に賑わう街に戻ったキヨシがまず始めたのは、転移直後にし損ねた、この世界の文明の程度の確認だ。


 あまりにもキョロキョロとしているせいか、道行く人々がキヨシのことを『かっぺ』を見るような目で見ているが、後の自分のためと思うとやめられない。


 そうしている内に、早速キヨシは興趣の引かれるものを見付けた。


「あ、そういえばよ。さっきから気になってたんだけど……」


「如何なさいましたか?」


「ここでは、石に火をつけて灯りにしてるのか? 石炭みたいな燃料の類じゃないよな? そういえばおたくが持っている、その……なんだ、カンテラにも?」


「……ひょっとして、『ソルベリウム』をご存知ありませんか?」


「そる……?」


「オイオイ、ソルベリウム知らねーとか嘘だろォ!? 『かっぺ』なんてもんじゃねえぞ……おぉっと。視線が痛いよォー、引っ込んでよーっと」


 『これ以上の無礼は許さない』とでも言わんばかりに、ティナの鋭い視線がドレイクへと降り注ぐ。ドレイクとティナは全く同じタイミングで溜息を吐いたが、その意味合いは完全に相反するものだった。片方は安堵、もう片方は呆れ──誰がどっちかは、言わずもがな。


「すみません、後でよく言って聞かせますから」


「いやいいって。実際田舎モンと言えば田舎モンだしな。で、ソルベリウムとはなんぞや? ソルはともかくベリウムって何?」


「区切りません。そのままソルベリウムです。どこからお話ししましょうか?」


「なんも分からないんで、頭っからお願いします」


 そのソルベリウムというものが街灯のどの部分を指すのか分からないが、どうもこの世界の人間なら知っていて当然の知識のようだ。ならば、教示を受けなければなるまい。


 ティナはコホンと咳払いをして、たどたどしくも解説を始めた。


「えっと……ソルベリウムというのは、ちょっと昔に発見された『人間が魔法を使うための力を溶かして、貯める性質を持った石』でして、今では色々なものに使われているんです。例えば丁度、キヨシさんが気になっているあの街灯ですとか。あの燃えている白い石がソルベリウムで、あれは火のチャクラを貯めたものですね」


「へえ。じゃあソルベリウムさえあれば、誰でも魔法っぽいものが使えるんだな?」


「そうですね。凄く高価なので、誰でもというとまた違うかもしれませんけれど。確かにこの鉱石の一番凄いところは、『魔法が使えない人でも魔法の力が使えるようになった』というところ。そういう意味では、キヨシさんの意見はピッタリなんです。あ、キヨシさんの見立通り、このカンテラにも組み込まれてるんですよ。これは昔、姉が誕生日に買ってくれたもので、それで──」


「ティナちゃんは、こういう話をするのが好きだったりするのかね?」


「あ……す、すみません。長々と話し込んでしまって」


「いやあ、そんなことは。ただ──」


 ちまい身体いっぱい使って早口に、そして聞いてもいないことまでどこか得意気に話す様を、不覚にも可愛いと思った──などとは口には出せず。


「キヨシさん?」


「ゴホン……じゃあさっきの街灯とかは、誰かからチャクラを吸い上げて光ったりしてるのか?」


「はい。ここは中央都ですから、教皇猊下が直接管轄なさっています。中央都と言っても、最末端ですけどね」


「へー、ヤベーな」


 『教皇』と聞くと何だか凄そうな響きだが、宗教や神仏の類といったものとは無縁に生きてきたキヨシにはイマイチ実感が湧かず、つい気のない返事になってしまった。


「まあこの国が魔法とかの非現実的な力で回ってんのは間違いなさそうだな。それにしても、やれ魔法だ精霊だチャクラだ、ちょっと属性盛り過ぎなんじゃないのォ?」


「属性? 魔法のですか?」


「ああいや、そういうんじゃ……おっと?」


 転移した世界そのものに対して非生産的なツッコミを入れるのも半分に、キヨシはまた別のものに興趣を引かれた。


 キヨシの視線の向こう、人々が行き交う街中を不動で一人佇む鎧の男。無論、キヨシが初めて見るタイプの人間だが、キヨシの現代サブカルチャーに侵された脳味噌は、彼がどういう立場の人間なのか瞬時に弾き出していた。


「おっしゃ、渡りに船とはこのことよ。俺は閃いたぜ。人探しにおいて、まずは警察的なアレをあたるというのは、至極真っ当な話だよな!」


「けい、さつ……?──ッ!」


 走り出したキヨシの目的に気付いたティナが青ざめたのに、当のキヨシ自身は全く気付かなかった。


 せめて──せめてこの時。気付いてさえいれば。


「オイオイちょっとヤバイんじゃねえのか!?」


「『衛兵隊』……しかもあの人は! キヨシさん待って──うわっ!?」


 ティナは慌ててキヨシを呼び止めようとするが、人の波にのまれてどうにもならず、ある意味──最も避けたかった事態の引き金を、キヨシが引いてしまうのを止めることができなかった。


「もしもし、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけども。こちらの人相書きの女性について──」


 カチャリ、と金属の触れ合う音と共に、キヨシの手首にひんやりとした感触。


「アレ?」


 腕を目線の高さまで上げてみると、キヨシの両手首に、縄で繋がった輪っかが一つずつ。


 キヨシの全身を、汗が滑り落ちていく。キヨシの両腕には手錠がはめられ、それを成したのは今キヨシが話しかけた鎧の男。その二つが意味するものは一つ。


「私の『娘』に……どのような御用向きですか?」


「……色々とちょっと待てェェェーーーーッ!!」


 間違いない。キヨシはただカルロッタの人相書きを見せただけで、逮捕されてしまったのだ。


 ──なんで? どうして!? どういう因果で!? しかも『娘』って? 誰が? 誰の?


 意味不明な状況と情報の波に押し流され、キヨシの思考回路は完全に停止していた。今にも頭から煙でも吹きそうな状況の中、縋ることのできる藁がどこかにないかと周辺から脳内に至るまでを探し回り、最終的にキヨシが導き出した結論は、


「助けてくれティナちゃー──うぐァッ!?」


「ティナ……と言ったのか!? 貴様は一体ッ!!」


 最早自分一人ではどうにもならないと判断したキヨシがティナに助けを求めようとしたところ、鎧の男はキヨシの胸倉を掴んで更に問い詰めようとした。この反応を見るに、この鎧の男も冷静じゃないし、余裕がないように思える。キヨシの発言全てが、この男にとって『地雷』、或いは『導火線』となっているに違いない。キヨシには全く分からないが。


「やめて、『お父さん』!」


「……は?」


 疑問の答えをキヨシに示したのは、これまでの態度からは考えられない程に大きな声を出したティナだった。


 そして、ティナの言う『お父さん』が誰を指しているかということもまた、聞くまでもない事柄だった。

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