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第二章-31『秘密』

「まずは、酒場だな」


「使徒様、よもや情報収集にかこつけて呑──」


「あんまり見損なわないでくんない? 情報収集以上のことは何もないって」


 落伍者を見る目──とまではいかないが、どこか呆れ半分といった感じのリオナの視線にキヨシはがっくりと肩を落とす。


 キヨシはティナとリオナを伴ってトラヴ運輸跡地を離れ、三度の街へと訪問していた。キヨシの中では『情報収集は酒場』というRPG脳的な方程式ができあがっているのだ。ティナと共にカルロッタを探していた時と違い、公的機関が頼れないという事情もあるが。


「……まあ、空賊団がソルベリウム採掘に()()な内は、採掘現場を片っ端から当たるって手もあるし、俺たちが動いて事が進めば、最終的には騎士なり衛兵なりがそうするとは思うけど……」


「けど?」


 リオナの問いに、キヨシの心がぞわりと小刻みに震えるような感覚に陥りキヨシの眉間にしわが寄る。"アイツ"の顔が浮かんだだけで、憎悪に心を蝕まれそうになったからだ。


「アイツ──ロンペレだけは絶対にこのタイミングで除かないとダメだ。例えオリヴィーから追い出せたとしても意味がない。アイツは、ソルベリウム鉱業には微塵も興味が無いんだからな」


 空賊団を追い出さない限りオリヴィーに安寧は決して訪れない。しかし、それだけでは不十分なのだ。


 ロンペレ──空賊の首領にして、"闘争"以外の一切に興味関心を見出せない異常者。とにかくコイツを倒さなければ、ただの繰り返しになる。闘争の香りに引き寄せられ、その行き着く先は放し飼い状態の下僕たちに、骨の髄までしゃぶり尽くされる。この街で起こったことが、ただ別の場所で起こるだけ。


「つまり、使徒様が本当に欲している情報とは、『空賊団の拠点』と言うよりは……」


「ああ、『ロンペレがどこにいるか』だ。騎士も衛兵も動けないなら、俺たちがやるしか──ン」


 キヨシの"騎士も衛兵も"という言い回しで、リオナの半分以上隠れた顔にほんの少しだけ影が落ちる。遠回しに身内が批判されていると感じたのだろう。無論そんな悪辣とした意図はないが。ともあれ、失言は事実。


「……まあ、なんだ。それが分かってるから、ジェラルドさんはおたくを派遣する決断を下したんだろ? さっきはブン殴っちゃったけど、これまで苦悩もあっただろうことは俺も理解してるつもりだ」


「苦悩……。それは、騎士たる彼らに許されることでしょうか」


「え?」


「先程何があったのか及び使徒様の言い分は、レオから伺っています。立場を重んじる以上は、誰かに恨まれることも覚悟せねばならない。至極真っ当な意見だと私も思います。それら全てを心に秘めて、この国のため、そして創造教のために邁進(まいしん)し続ける。それが言ってしまえば、上に立つ者の務め。そしてあまつさえ、その尻拭いを騎士とは無関係のものに押し付けるなど──情けない話です」


 ばつの悪さをから精一杯のフォローを入れたが、リオナの返答に言葉を詰まらせる。


 元よりキヨシは今リオナが言ったことなど分かっているし、分かっていたからこそ彼らの立ち振る舞いに怒りを露わにした。しかしながら、実際にこうして第三者から分析するように口にされると、彼らが酷く悲壮な覚悟を求められる立場にいるということを、改めて認識させられる。


 リオナは『心に秘めて』とそう言ったが、そんな程度のものではない。彼らは『心を殺し』、日々の任務に当たらなければならないのだ。


 キヨシには、それができなかった。第一、キヨシはそんな上の立場に立ったことなど一度だってない。責任だとか立場だとかの一切を忌避して生きてきた。にも関わらず、それを強いるような真似をしたのだ。


 ──やっぱり、俺が悪いのか?


 殴った右手に残る感覚と、それでも納得のできない不快感のせいか、キヨシはリオナの顔を直視することができずに目を逸らす。


「でも、その苦悩ってヤツを追い払えるかどうかは、私たちの活躍にかかっていますよね」


「──!」


 すると突然ティナが二人の間に割って入り、複雑化していく状況の一点、即ち核心をつく。


「……そうだな。結局のところ、俺たちのやることはシンプル。『空賊団をブッ潰す』、ただのそれだけだ。それが上手くいきさえすれば、これまでの苦労苦難も浮かばれるんだ。頑張ろーぜ」


「はい……気を使わせたようで、申し訳ありません」


「いい。ところで──」


 言い終わるや否や、キヨシはティナの襟首を引っ掴む。


「え? え? あれ?」


「ちょっとこっち来てもらえる? "ティナちゃん"?」


 "ティナちゃん"とやたら強調して呼びかけつつティナの襟首を引っ掴み、引き摺るように路地裏の入口あたりへ連れて行くという、ぞんざい──もとい、フランクな対応に面食らったのか、リオナは呆気に取られ、キヨシたちにかけようとした声が喉のあたりで引っ込んだふうだった。


「えーっと、その。キヨシさん、突然どうしたのでしょう?」


「あのさ。前髪どけて、閉じてる目を開けてもらえるか」


「ぎくり」


 声色やどこかぎこちない敬語、そして何よりこのわざとらしい反応。キヨシはほぼ確信していた。


「大丈夫です! そんなことするまでもなく、私はティナちゃんですよ」


「ティナちゃんが自分に『ちゃん』なんて付けるワケがあるか! どの辺だ? どの辺から入れ替わってやがった!?」


「んー……ティナちゃんがえっちなの見ちゃったとこらへん?」


「なんかあの辺から喋らなくなったと思ったら!」


「おはよう!」


「何がおはようだ!」


 舌を出して自分の頭をコツンと叩く少女が観念した様子で開いた目の瞳は、澄んだ緑からキヨシと同じ黒色になっていた。


 そう、実のところ結構前から、セカイはティナの内から表に出てきていたのだ。そして入れ替わってからほとんど喋らなかったのは、セカイの性格を考えると恐らく大した理由はない。ただ、『いつまでバレずにティナのふりをしていられるか』を面白がってやっていた可能性が高い。


「……引っ込む?」


 が、しょぼくれるキヨシを目にして出てきたセカイが残念そうな顔で、おそるおそるこちらの顔を窺っているのを見ると、がなる気は失せてしまった。


「ええい、今引っ込まれて気絶されても面倒だ。精々ティナちゃんの物真似に努めてなよ」


「やったー! きー君愛してる!」


 甘々な台詞を吐いて飛びつくセカイに、キヨシは「ケッ」と悪態をつきながらも、妙な安心感を覚える。まだ一日そこらだが、セカイと話さない時間が続いて、この世界に流れ着く前の日々が頭の片隅で存在感を増し、寂しさを感じていたからだ。


 そうして溜め息を吐きつつふと横に視線を移すと、リオナが音もなくこちらに寄ってきて、真顔でこちらを窺っていた。恐らく全部見ていたのだろう。しかしリオナは特別嫌悪や侮蔑をすることなく、


「……私もしましょうか?」


「なんでそうなるんだオイ!」


「ティナちゃんの特権ですからダメです」


「話をややこしくするなお前ェェェーーーーーーッ!! チクショウ、ドレイク君いないのか? 収拾つけてくれ頼むからァ!!」


 しれっと腕を広げてキヨシを待ち構えるリオナと、猫か何かの如く頬ずりをするセカイのダブルコンボにキヨシはK.O寸前である。脳ミソの容量オーバー的な意味で。


「ハハ、冗談はさておき……なんというか、ティナさんは『二面性』があるようですね」


「え? うん、お姉ちゃ──カルロ? そう、カルロには秘めている一面みたいなものがあるんです、ハイ」


「何故ゆえに?」


「え、えーっと……秘密のある女の人って、魅力的じゃないですか」


 ツッコミどころが多過ぎるあまりにも苦しい言い訳に、傍で見ていたキヨシは呆れ半分、焦燥半分といった心地で頭を抱える。やっぱり今まで通り黙っていた方がいいのではなかろうか。


 しかし、そんなギクシャクとしたティナに扮したセカイを他所に、リオナは少し考え込む素振りをした後、


「秘密のある女性は、魅力的だと思いますか?」


「ん? ミステリアスでイイと思いますよ、私は」


「……そうですかね」


 セカイの方は特段何か気になった様子もなく思ったことをさらりと述べただけのようだが、返答を聞いたリオナは満足気に、しかしほんの少しだけ悲し気に笑っているように見えた。


「……まあ、秘密なんて誰でも持ってるもんだ。おたくの事情は計り知れないけど、ティナちゃんも別に他意はないし、あんまり気にするなよな」


「それより、なかなか賑やかなそうな酒場が見えて参りましたが。使徒様、如何様に」


「え? あ、ああ。そうだな……リオナさんはお酒飲める年齢?」


「恐らくは。生まれが特殊なので自身の年齢が判然とはしていませんが、父上の言を信じるならば、十七歳中頃かと」


 中々に闇が深そうなワードが耳に入ったが、そういう事情を掘り返したって良いことは何もないのでスルーを決め込む。


「へえ、この国の成人ってのはそういう感じなのか。そしたら一緒に入っても大丈夫か? ティナちゃんは──」


「行くーーーーーーッ!」


「知ってた。まあいいか、酒飲みに来たわけじゃねえし。くれぐれも俺たちから……離れるワケないか。いいか? あくまで情報収集がメインな。荒事は起こさないこと。そして誰かが起こしそうになったら誰かが止めること。よろしく」


「はーい」


 リオナの「お酒はダメですよ」という忠告も半分に、セカイは先陣を切って酒場の扉を開けて入っていく。ヤル気があるのは良いことだ。


 とはいえ、一発で上手くいくとはキヨシを含めて誰も思ってはいない。


 空賊団の話題など、この街に住んでいる者は誰も触れたがらない腫れ物のような扱いだろうし、まさかあれ程の騒ぎの起こした昨日の今日で、空賊団の構成員が酒を飲みに来るなどという馬鹿な真似を──


──────


































「いるんだよ、ああいう馬鹿が……」


 酔っ払った異形が、周囲の客に酷く間延びした管を巻いていた。

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