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第二章-29『甘ったれ』

 時はほんの少し遡る。


 ティナとジェラルドが語らっていた丁度その頃、少し遠く離れた瓦礫の山の上で、キヨシとカルロッタもまた、必死に瓦礫を崩して飛行機の設計図を探していた。


「……ハァ」


 しかし、キヨシは溜息を吐くばかりでどうにも作業が捗らない。


 体の調子が悪いワケでもなければ、いつまでも見つからない目標に辟易としているワケでもない。先程から、心の中に"もや"がかかって離れないのだ。


 騎士との一悶着から始まり、謝罪を経て今に至る心持は、アニェラと話した時の晴れやかな心持が嘘のよう。


「……何、どうしたの?」


 そんなキヨシの空模様をカルロッタはあっさりと見破り、ぶっきらぼうにキヨシを窺う。


「俺、なんか悩んでるように見える?」


「そりゃあ、そんなに陰気な雰囲気垂れ流してたらね。そんなずっと沈んでて作業に身が入らないじゃあ、こっちだって困る。何より気分悪いし」


「気分悪いっておたくなぁ……うわッ!?」


 キヨシは有無を言わさぬカルロッタに肩を掴まれ、瓦礫の山の上に座らされた。そして背中合わせでカルロッタもドカッと座り込む。『聞いてやるから吐き出せ』と、そう言っているのだと直感で理解した。


 キヨシは遠くの方でジェラルドと話し込んでいるティナの方をじっと見やる。こちらに見向きもしていないのを見ると、恐らくこちらの会話は聞こえていない。それを確認したキヨシは、


「いや、まあ。今後に影を差すような深刻な話じゃないんだけど……。俺ってさあ……あんま成長してないんじゃないかって」


「……は?」


「ホラ見ろッ! こういう反応返ってくるだろ!?」


「あーもう、本ッ当に面倒臭い性格だな! いいからグダグダ言ってねえで話せッつの!!」


 口ではキツく当たりつつも、その手は優しくキヨシの肩をポンポンと叩き、労りの姿勢を見せた。そうしてしばらくの沈黙の後、落ち着いたキヨシはポツリポツリとその胸中を語る。


「さっきの一悶着の時……レオさんの言い分が騎士たちの総意なんだとしたら、俺は連中をどうしても許すことができないと思った。だから直前におたくを止めたのに、俺がブン殴っちまった。そりゃ殴るって良くないことだけどさ、それでも……こんな奴らは、殴られて当然だと思って、そのまま行動した。そしたらあとで……ティナちゃんに叱られた。なんかもう、それがショックでショックで……」


「しょっく?」


「衝撃的ってこと」


「なんでティナに叱られてアンタがその、ショックを受けるのよ」


「だって昨日の今日ってヤツなんだぜ? あんなことがあったばっかなのに、早くも見限られそうで──」


「ちょい待ち。昨日ティナとの間に何があったの? 二人で街に行くようには促したけど、その間のことを聞いてなかった」


「あっ……話さなきゃダメ?」


「ダメ」


「マジィ……?」


 キヨシのこの「あっ」は『言うのを忘れていた』のそれではなく、『口が滑った』という気持ちから出たものだった。何せ内容としては、ティナにすら『今回のことをネタにしてからかったりするなよ』と釘を刺すほど恥ずかしいエピソードなのだ。


 しかし、カルロッタはキヨシの反応をバッチリ捉え興味津々。説明しないと後の話がややこしくなりそうというのもあって、言い逃れできそうにない。


「えーっと……その…………」


 腹は決まった。ただし、ティナの尊厳を害するような真似だけはしてはならない。






























「オリヴィーの御神木の下で、ティナちゃんにはちゃんと謝ろうと思ったらむしろ逆に慰められた♨」










































「ふゥ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」


 ──こ、このクソ女ッ……!!


 反応自体はシンプルなものだったが、カルロッタの顔には人を全力でからかうような粘着質な笑みが張りついていた。数時間前、キヨシはカルロッタから童女趣味(ロリコン)を疑われたが、これにてその評価が覆ることはなくなっただろう。必死に追いかけてきたセカイは同年代くらいだというのに。


 とりあえず、『やっぱり後でカルロッタさんの弱点とやら、聞いておこう』と決心させられるに十分な出来事だった。


 それはともかく。


「ショックはさておき、どうして連中を許せなかったワケ? 怒りのポイントがあたしとは随分違うみたいだったけど?」


 カルロッタはキヨシが騎士を殴るよりも早く激情に呑まれて騎士に詰め寄ったが、その感情の源泉はヴインツ国教騎士団が公的機関という立場を重んじ、これまで動こうとしなかったばかりか、こちらの行動を阻害しにかかったという点に対してというものが強い。


 しかし、キヨシの怒りはそこではない。立場故に致し方ないことなどいくらでもあると知っているからだ。


「……"罪"ってヤツはさ。他人を害した結果背負うもんで、さらに言えばそれが許されるかどうかってのは害された側の裁量であるべきだ。罪人の分際でそれを乞うなどもっての外だし、人の上に立つなら下の奴から恨まれる覚悟もしてなきゃいけない。まして開き直るなど……ああクソッ! 今思い出しても腹が立つ。だから俺は手を出しちまったんだ。同じ"罪人"として……我慢ならなかった」


「なるほど。まだ納得してないってワケ」


「それがまた『ショック』なんだよ……ほんのちょっぴりでも、『なんで俺が叱られてるんだ』と思っちまったんだからな」


 キヨシはティナに促されるままレオに謝罪したが、実のところイマイチ釈然としていなかった。


 キヨシの言うように、人を殴るという行為の反社会性は議論を待たないところではある。しかしながら、それを理解して尚、キヨシは自分の行いを"悪い"と思えなかったのだ。己の感覚が一般的なそれとはズレていると、ティナの方が人として正しいと知っていながらだ。


「全然成長の兆しねーじゃねーかチクショウ……情けなさ過ぎてとても──」


「甘ったれがァ~~~~~~~~~。そんなことで浮いたり沈んだりしてたのかよ」


「へぇっ、あ痛たたたた!?」


 予想外の返しに面食らっていると、カルロッタの両腕がキヨシの首に回され、素っ頓狂過ぎる変な声が漏れる。


「えっ、あ、おま、甘ったれェ!?」


「甘ったれでしょーが。決意しただけで変わった気になってんじゃないっつーの。大体まだ詳しく聞いてないけど、何かしらの決意をしたのが昨日なんでしょう? そういうのは、もっと先々までかけてやるもんだろが」


「うぐっ……」


 カルロッタの言葉には一分一厘反論の余地もなく。


 色々とあり過ぎて忘れがちだが、キヨシがティナと語らい、人並みを目指すという決意を固めたのはつい昨日の話。出来事自体はとても鮮烈だったが、そんな程度で人の価値観が一変するなら、誰も苦労しないのである。


 人が変わるというのは並大抵のことではない。何度も間違い、苦悩し、その果てに見つけ出した答えすら正しいかどうかは分からないという圧倒的苦難なのだ。


「まあ……釈然としない、ってのは正直私も似たようなモンよ。むしろあたしとしては胸がすくような気持ちだったし。で……たぶんそれは、人としては間違ってるんでしょうね。あーあ、前にも言った気がするけど、あたしもどっちかって言えばキヨシ側なのかぁ……」


「残念だったな、オイ」


「はン、それならあたしだって変わる余地はあるってことよ。精々頑張ろうじゃない?」


「……そうだな」


 キヨシは昨日ティナと話したことを思い出していた。


『カルロも、セカイさんも、ドレイクも、私も……隣を一緒に歩いてますから』


 ──ああ、本当だ。


 カルロッタもまたこの旅と事件を通し、少しずつ成長しようとしている。そしてティナはその成長を後押しし、セカイも聞いたらきっと応援してくれるだろう。


 まさに、『隣を歩いている』のだ。


 元より疑うつもりなど毛頭なかったが──ティナの言っていたことが嘘偽りのない真実であり、それをその目で確かめ実感できたことに、キヨシはもう何度目になるか分からない救いを、その身に受けた。


「うっし、休憩終わりだ! さっさと設計図見つけ出すぞ!」


「アンタが手ェ止めてたくせに……調子良い奴」


「ああ、カルロッタさんのおかげだ。ありが──」


 悩みを吐き出すきっかけをくれたカルロッタへの謝辞を述べようとしたその瞬間。


「あッッッッたアアアァァァーーーーーーーーーッッッッ!!!」


 聞き慣れた甲高い歓声と共に、キヨシの足元から激しい火柱が立ち上った。


──────


「オーイ、設計図? とかいうやつ見つかったぞォ! どんなもんだアホども…………ん?」


「クーソートーカーゲェエェェーーーーーーー!! 燃えなかったからいいようなものの、何してくれとんじゃ貴様ッ! 熱いぞッ!!」


「なんだ、お前真上にいたのかァ。運が悪かったなあ」


 瓦礫の山から転げ落ちたキヨシに文句を垂れられても、全く悪びれる様子のない爬虫類。


 実はしばらく姿を見せていなかったドレイクがこれまで何をしていたのかと言うと、瓦礫と瓦礫の小さな隙間を這い回って、キヨシたちとは別のアプローチで設計図を探していたのだ。そしてそれは功を奏し、喜びのあまり火柱を打ちたてついでにキヨシを焼いたというワケだ。はた迷惑すぎるが。


「で、ドレイク。肝心の設計図は……?」


「あ、悪ィ。今の火柱でどこかに飛んでった」


「アンタねェ~~~~~! ティナ! 騎士団長サマ! そっちに飛んでない!?」


 カルロッタの問いかけに対し、いつの間にかこちらの方へとやってきてキヨシの具合を見ていたティナは首を横に振り、ジェラルドも周囲を見渡してみているようだったが、見つからない様子。


「……これでしょうか?」


「えっ」


 この始末にぎゃいのぎゃいのと言い争うキヨシとドレイクの間に、四つ折りにされた紙を持った小さな手がスッと割り込んできた。


 受け取って広げてみれば、確かに探し求めていた飛行機の設計図だ。キヨシは安堵の溜め息を吐いた。


「……助かったァ~~~~~~~~~。いやはや、どうもありがとう。ところで……おたくはどちら様?」


「"弟"に促されて、馳せ参じたのですが」


「弟……てことは、おたくが──」


 設計図を渡したくれたキヨシより二回りは小さい少女は、『創造の使徒』に跪く。


 "姉"の到着だ。

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