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第二章-28『己が死を知る者』

 すでに夕刻を回り、星々が薄っすらと天上に輝く時分となっていた。


 レオがこの場を離れてからというもの、キヨシたちは額に汗し懸命に瓦礫をほじくり返してはいるものの、その甲斐なく目的のブツは入手できていない。


「ティナちゃんティナちゃん、本当にこのへんに埋まっているのかい? その設計図とやらは」


「えぇっと、カルロ……姉曰く」


 ティナが重たい瓦礫に難儀していると、顔面ミイラのジェラルドがやってきて、ティナがどうにか撤去していた瓦礫をヒョイヒョイとその辺に放っていった。流石、と言ったところか。


「あ、あの、やっぱり顔の手当てをやり直しましょうか?」


「いやいや、いいよ。せっかくお姉さんがやってくれたんだからね」


 申し出を断られたティナだったが、悪感情は微塵も湧いてこなかった。ジェラルドは自分に対してあんなにもつらく当たったカルロッタをも思いやれる、度量の深い人物なのだ。


 そして、だからこそ湧いてくる気持ちもある。


「あ、あの。騎士団長様」


「なんだい?」


「えっと、騎士様──レオさんにもお伝えしたんですけれど。うちの使徒様が大変な無礼を働きまして、その……」


「ハッハッハッ! 『うちの使徒様』と来たかあ!」


「あ、あはは……レオさんにも笑われました」


 「そうだろうな」とジェラルドは腹を抱えて笑う。傍目から見たら『"創造の使徒"を我が子のように扱う子供』とでも映ろうというものなのだから、滑稽と言えば滑稽にも思われるだろう。


「まあ、なんだ。レオも言っていただろう? 『殴られて当然だ』とね。それにどうして君が気に病むんだい?」


「えぇっと……監督不行き届き、と言いますか。使徒様も姉も、ちょっと行き過ぎがちなところがあるので、私とドレイクが止めてあげないとって」


「ハハ、流石はフィデリオさんとアニェラさんのお子さんだ。カルロッタさんも突っ走るところはあれど、あの怒りは正当なものだし、やはりあの二人の娘だなと感じるよ。もっとも──」


 ジェラルドは遠くの方でカルロッタと共に、設計図の発掘作業をするキヨシの方をじっと見やる。こちらに見向きもしていないのを見ると、恐らくこちらの会話は聞こえていない。それを確認したジェラルドは、


「恐れながら……使徒殿に関しては常に『危うし』といった印象がついて回るけれどね」


 ジェラルドのキヨシ評は、とてもプラスとは言えないものだった。


「危うし……そうかもしれません。確かに使徒様は時々突飛な行動に出たりします。でも、使徒様は決して危険人物だとかそういうことではないですし、殴ってしまったのはいけないことですけれど、使徒様は姉のことを思って──」


「ああ、違う違う。気を悪くしたならすまない。私が言う"危うし"とは、ティナちゃんが想像しているようなものではないよ。実際、使徒様の人柄は尊敬に値するし、カルロッタさんのために怒っていたことも分かるさ」


「それじゃあ、その……」


「落ち着いて聞いて欲しいんだけど……私の感覚で言えば、使徒殿からは……『死の気配』を感じるんだ」


「死の、気配?」


 ジェラルドの口から洩れ出でた不吉なワードに、ティナは声こそ荒立てなかったものの、心臓をキュッと握られたような緊張と、背筋が凍り付くような感覚を覚えた。


 「簡単に言えば」と、ジェラルドは続ける。


「ティナちゃんが言うように、使徒殿は突飛な行動というか、向こう見ずな行動が目立つ面があって、そしてその行動にはどこか、『自分がどうなっても構わない』という気分があるように思う。今日の出来事からだけでも、その片鱗は窺える。使徒殿がレオとカルロッタさんの戦いに割って入ったあの時だ」


 それは、つい先程の出来事。


 レオはヴィンツ国教騎士団の一員として、ドッチオーネ空賊団と事を構えようとするカルロッタと交戦し、止めようとした。そしてその間にキヨシとティナが入り、キヨシはレオの前に立った。


「カルロッタさんに向かって猛進するレオの前に出て、あまつさえ構えていた槍に直接触れて軌道を逸らすなど、もしも常人が使徒殿と同じ能力を持っていたとしても、実行する決断は下せない。確かに傍で『鎮まれ』と声をかけるよりはずっと止められる公算は高いが、一歩間違えば己が身を危機に晒す行為なのだから。恐らく使徒殿は……『己が死ぬことを理解している人間』なんだろう」


「え──」


 ティナはジェラルドが言っていることが理解できなかった。


 人間はそれが人間である限り、誰だっていつかは死ぬ。それが摂理で、自然の流れ──運命と言ってもいいだろう。理解できないというのはそういうことではない。そんなことはティナだって知っているのだ。ティナにとって理解しがたいのは、


「『誰だって知っていることを、さも特別のように話してる』……そう思ったかい?」


「えっ!? それは、その………すみません」


「謝ることじゃない。それが普通の感覚なんだから」


 それはつまり、『キヨシの感覚が普通ではない』ということ。キヨシの感性が良くも悪くも常軌を逸していることは見ていれば分かるし、本人にも自覚があった。


 しかし、ジェラルドの語り口はもっと重大な、根源的な何かを意味していた。


「人間はいつか必ず死ぬが、大抵の人間は己が死ぬその瞬間を何年、何十年の年月を重ねた果てに、と……どこか他人事のように考えている。今の自分と、遙か未来の自分を、同一視できる人間などそういない。そういう点は、使徒殿も同じだろう」


「それじゃあ、使徒様はいったい……」


「使徒殿が他の人間と大きく違うところは、己の死を身近なことと理解している……転じて、今に殉じているというところ。だから今日の決断を下せるんだ。常に死と隣り合わせの場所で生きてこなければ根付かない、異形の感性……そういう感覚を持つ者に出会ったことがないわけではないが、その全てが戦場で出会った人々だ。断言してもいい──使徒殿は間違いなく、これまでの生涯で死線を越えてきている」


 ティナはジェラルドの言い分に驚きこそしたものの、『ああ、やっぱりな』という気持ちの方が強かった。


「……使徒様をお傍で見ていると、なんとなく分かるんです。きっと使徒様は、並大抵の人生は送っていない。すごく思い切りが良くて、だけどたまになんというか、今日みたいに尋常でない怒りを見せることもあって……私のような平凡な人生を過ごしている人には、及びもつかない何かを乗り越えてきたんだって、感じるんです」


 今日のような荒事に至ったケースこそ少ないが、カルロッタがアレッタに協力を取り付けようとした夜や、ロンペレと相対した一時等、普段は冷静なキヨシが猛烈な感情の昂りを見せる機会は何度かあった。


 キヨシは元いた世界で、何かしらの経験を積んでいると想像するに充分な証拠だ。それも、ジェラルドが語るところで言う、『己が死を理解』せざるを得ないような壮絶な経験を。


「でもきっと……そういった経験が良いこととは、限りませんよね」


「そう、だからこそ『危うし』と感じるんだ」


 ジェラルドが語る伊藤喜々という存在。それは常に過去や未来ではなく、現在のために生きている人間。一見すればある種達観したような、淀みない素敵な生き方にも思える。


 しかし、その生き方に『己が死を知る者』の感性──死が特別なものと微塵も思わないという思想が合わされば、とんでもない死に急ぎ野郎のできあがりだ。


「あのまま放っておけば、そして成長することがなければ……遠からず死ぬだろう」


 『死ぬ』。ただその一言が、ティナの心を突き刺した。よく分かる話だったからだ。


 キヨシの一挙手一投足にはジェラルドの言う通り、どこか自分を顧みないというきらいが滲み出ているように感じた。朽ちかけのペンを盾にフェルディナンドを脅し、空賊たちにもまるで恐れることなく猛進し、黒衣を纏って現れたアニェラが己よりも格上の相手と分かっていても、地べたを這いずって挑みかかる。思い返してみれば、皆そう。


 良く言えば刹那主義。悪く言えばさしずめ自棄(やけ)。それがジェラルドの言う『死の気配』の正体だ。


「……どうしてそれを、私に?」


「さあ、何故だろう。確かに子供に話すようなことではないかもしれないが………ティナちゃんが、たぶん誰よりも使徒殿と仲が良いからかな。『監督不行き届き』に責任を感じて、時々『きー君』なんて呼んでるくらいだし」


 ジェラルドの意図を問いただしたティナだったが、返ってきた洞察は少しズレていた。


 確かにティナはキヨシと近しい間柄だが、その実キヨシのことを何も知らない。キヨシが元いた世界のことや、これまでの生涯、趣味、趣向等々。そもそも、仲が良いと言ってもそれは二番目なのだ。


 一番目なら、セカイなら、きっと()()()をよく知っている。


 ──なんだかちょっと、ズルいなあ……ん、『ズルい』?


 ふと聞こえてきた自身の心の声に、ティナ本人が一番驚いた。ただティナよりも先に知り合って、仲睦まじいことのどこが卑怯なものか。『ああ、私はなんて嫌な子なんだろう』と軽く自己嫌悪にすら陥ったが、それにつけても、とティナは思う。


 ──セカイさんとも、お話できたらいいな。


 いつの日か、ティナが知らないキヨシを知るセカイと面白おかしく話すことができたら、キヨシのことをもっとよく知ることができたらと、切に願うのだった。


「どうかしたかい? ぼーっとして」


「い、いえ! なんでもっ! 貴重なお話をありがとうございました!」


「?……あ、ああ?」


 願望に思いを馳せてトリップしていたティナはジェラルドによって現実へと引き戻され、ふと遠くの方でカルロッタと共に何かを話しているキヨシを見やる。


 こうして傍で見ていても、ジェラルドの言うような『死の気配』は感じない。だが、ジェラルドから聞いた話のせいか、どこかいつもよりも危なっかしいというか、『ついていてあげなきゃ』という気持ちが沸き上がり、瓦礫の山をえっちらおっちら歩き出したその瞬間、


「あッッッッたアアアァァァーーーーーーーーーッッッッ!!!」


 聞き慣れた甲高い歓声と共に、目の前のキヨシの足元から激しい火柱が立ち上った。

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