第二章-27『折衷案』
「沁みますか?」
「いや……すまない」
間もなく陽が沈もうといった時分。レオはティナから、キヨシに殴られた顔面の手当てを受けていた。キヨシは一切手を抜かずに全力でブン殴ったので、かなり派手な怪我をしているように見えるが、ティナの見立てではそう大した怪我ではないとのことだった。
「ったく、話よりも先に傷の手当てが優先って辺りが、やっぱティナちゃんらしいというか……ティナちゃん?」
なんとなしに軽口を叩くキヨシだったが、前髪越しでも伝わるティナのムッとした顔を見て閉口する。
「キヨシさん。キヨシさんの言い分も気持ちも理解しているつもりですけれど、本当に殴るなんてやり過ぎですよ。ちゃんと謝ってください」
「あ、あの、ティナちゃん。さっきのはなんというか──」
「謝ってください」
眼前の年端もいかない少女から、凄まじい圧を感じる。こうなってしまえば、キヨシは一切の反論ができない。殴るという行為の反社会性は、キヨシ本人も認めるところだからだ。
「……す、すみませんでした」
「はい、よろしい。騎士様、うちの使徒様が大変な無礼を働きました」
「『うちの使徒様』って何ィ!? 」
このやり取りを見せられたレオは、殴られた側にも関わらず吹き出し、肩を震わせた。
「しっ、失敬……ッ! そ、その、何といいますか……使徒殿は信徒とはとても友好的なのだな、と」
「"信徒"って言うとまた違うけど……まあ身内みたいなもんかね。色々な意味で」
「ハハ、主に仕える身としては羨ましい限りです……此度のことに関しましては、どうぞお気になさらず。殴られて当然ですし、元よりその覚悟で来ているのですから。いや──覚悟している『つもり』だったのか」
レオはあくまで『空賊団への憎悪による暴走』を止めるため、そして一行を思いやって先のような態度を取ったつもりだった。だがその心の裏側──無意識の向こう側に、『殴られて許されよう』という心持があったのではないかと、キヨシに叩きこまれた。
カルロッタを思いやるつもりが、逆に追い詰めていたのである。
「痛でででで!! カルロッタさん、もう少し優しくやってくれないもんかな!?」
「大の大人が沁みるくらいでギャースカ言ってんじゃねえよ」
そのカルロッタはジェラルドの傷の手当てをしていた。無駄に痛みを与えるやり方に、どうにも悪意が感じられるような気がするが。
騎士がカルロッタに真の意味で『許される』のには、まだまだ時間がかかりそうである。
──────
本題はこれからだ。
キヨシたちが聞きたいのは、ジェラルドが言うところの『折衷案』。つまり、ヴィンツェストの事情とキヨシたちの意志の間を取った案ということだ。
「さて、お聞かせ願おうかジェラルドさん。あなたの案……あのスイマセン、怪我増えました?」
「カルロ、包帯巻くの下手だから……そもそも包帯巻くほど酷い怪我じゃなかったし」
「うぅ、うっさいわね!! これでも手を抜かずにやったんだぞ!!」
エジプトのミイラの如く顔面におびただしい量の包帯を巻かれたジェラルドは、カルロッタに文句ひとつ垂れずに軽く会釈する。手当に対する謝意のつもりなのだろう。我が子には笑われているが。
「……まずは私の話に耳を傾けていただける決断と、そして使徒殿の高潔なる心に対し、最大の感謝と賛辞を述べさせていただきます。まことに、まことに、ありがとうございました」
「ああ、もういいですよ。ブン殴って喚き散らして、俺の気は済みましたから。第一……おたくらが礼儀を尽くすべきなのは、俺じゃない」
二人の騎士は、キヨシの言うところとその意図を瞬時に見抜き、深々とカルロッタに対して頭を下げる。カルロッタは「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまったが、思うところはある様子。カルロッタにも、彼らがその立場故に苦悩していただろうことは、伝わっているのだ。
それはさておき。
「では、早速なのですが……まず、状況を整理しましょう。この件の首謀者は、ドッチオーネ空賊団であること。あなた方はこのオリヴィーという街を救うため、そして壊滅したトラヴ運輸の皆々様の仇を討つため、これを排除したい。相違ありませんか?」
「相違ない。けど、おたくらは……というよりヴィンツェストって国としては、ドッチオーネ空賊団は言うなれば……"必要悪"。悪と断じてこそいるものの、完全に排除すると益を損なうと」
「……相違ありません。なので、我々ヴィンツ国教騎士団が表立って行動し、事態に介入するというのは不可能です。しかしながら……例えば我々の関知しないところで事態が始まり、そして終息していたとなればその限りではないでしょうね」
「ちょい待ってください。ドッチオーネ空賊団が排除されることそのものが不都合なんですよね? おたくらが関知するしないは関係なくないですか?」
「ええ、その通り。ですから先程は、阻止すべく動いていました。知ってしまった以上は動くべきだと判断しましたので。しかしながら──」
キヨシの指摘に対しジェラルドはニヤリと笑い、
「よくよく考えてみれば、我々はたまの"休暇中"にこの街を訪れただけでしたので」
「おお、主よ。我等の怠惰、御許へ至りしその時に何なりと罰をお与えください」
屁理屈を述べるジェラルドと違い、レオは真剣に言っているのかもしれないが、状況が状況だけに白々しい感じがする。「何が『おお、主よ』だ、この不良騎士め」と毒突いてやると、ジェラルドはそれを一笑に付した。
「とはいえ……何度も申しました通り、空賊団が生業としている街の自治やソルベリウム鉱業に関しましては、ただ悪を排除して終わり、とするワケには参りません。よって、後の対応はヴィンツェストに委ねていただきます。そこだけはどうかご了承ください。さらに言えば、空賊団の構成員を幾人か拿捕していただけると助かります。色々と聴取したいこともあるので」
「それは別にいいけど、そうなると──」
「戦力不足は否めない……ですな?」
現在の頭数は、キヨシ、ティナ、カルロッタの三人だけ。騎士の面々は介入不能。ハルピュイヤの皆は協力してくれるかもしれないが、そうすると今度は戦力過多で困ることになる。あまりにも大規模な戦いになると、中央都の騎士たちの関知するところになる可能性があるからだ。
「当然我々が介入することを始め、国教騎士団の応援を要請することや、まして教皇猊下のお耳に入れること──つまり、"増援"は絶望的かと思われます。ただ、手はあると考えています」
「……衛兵隊、ということですか?」
キヨシの口から出た言葉に、ティナとカルロッタの体がピクンと跳ねた。父親が衛兵隊の重鎮であるが故だろう。国教騎士団の連中が介入してこないというのはむしろ朗報なのだが、衛兵隊がこの件に関わってくるのかもしれないとなると、父親とも再会するのかもしれない。
しかしジェラルドは首を横に振り、否定の意を示す。
「いえ。この件に関し、公的機関の類は介入不可能です。しかしながら、此度の休暇にそれらとは一切の関わりの無い者が一人、同行しております。その者ならば、派遣することが可能です」
「おい、ジェラルド。我々の休暇に同行者がいたなど、初耳なんだが……」
騎士二人の間で意思疎通が取れていないようだが、小首を傾げるキヨシたちを他所に、ジェラルドは『何を言っている?』といった顔で、
「レオ、"姉"に対し思うところがあるからと言って、そんなぞんざいな扱いするのは感心しないぞ」
「あ、姉だとッ!? 貴様、本気で言っているのか!!?」
レオはこれまでのクールな言動からは想像もつかないほどに、激しく取り乱し始めた。
「あ、あー……あの、まあ増援はありがたいんですけどね? どうしたンすか急に?」
「使徒よッ! 僕の姉というのはですね、協調性も無く、態度も劣悪な最低の愚か者なのですよ!! そんな愚物を呼び寄せたとて、糞の役にも立ちはしません!! 断固拒否すべきと僕は考えますッ!!」
いくら自分よりも二回りは小さい体躯のレオと言えども、これほどまでに必死且つ凄まじい剣幕で詰め寄られては、少々気圧されそうにもなろうというもの。
「い、いや。協調性やら態度がどうあれ、実力が伴っていれば別にこっちとしては……」
「使ー徒ーどーのォォォーーーーーーッ!!」
まあ、だからと言って別に拒否する理由も無いのだが。
「弁えろ、レオ。使徒殿への無礼は許さんぞ」
「ふぬ゛をををををををッ!! ええい、覚えていろよジェラルドォッ!!!」
レオはジェラルドに全力で悪態をつき、捨て台詞を叩き付けるとそのまま走り去っていずれかへと立ち去ってしまった。
あまりの出来事に一同呆然としていると、一番に我に返ったティナが頭に『?』を浮かべまくりながら、
「えぇっと、騎士団長様、お姉さまはどんな方なのでしょうか」
「ん? ああ、レオの双子の姉でね。レオが言うほど悪い人間では断じてないよ。格段に腕は立つし、彼女以上の適任はいないと踏んでいる」
「あれ、でも確かあの騎士様はエルフ族で、そのエルフ族は──」
『滅びてしまった』と、そうジェラルドの口から聞いている。キヨシも疑問に思っていたところではあるが、ジェラルドはティナの疑問へジェスチャーで『内密に』と返答した。
「まああの子の生い立ちが色々と特殊なのもあるんだが……その辺はあの子の気持ちを汲んでやってくれ」
何が何やらさっぱりだが、恐らくその姉とやらを呼びに行ったと思われるレオが戻るまで、キヨシたちは再び元々の目的である、描きかけの飛行機の図面を探す作業に戻っていった。




