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第二章-24『戦いは始まった』

「…………ム」


 一夜明けた。


 キヨシはティナが眠ったのを確認した後、ヴァイオレットたちの手伝いに回っていたところまでは記憶があるが、どうも途中で壁"だったもの"にもたれかかって、眠ってしまっていたらしい。


 未だ疲労の色濃い体を引きずるように立ち上がり、軽く体を捻って伸びをする。


「……今日はセカイの奴、来なかったんだな」


 昨日は色々あり過ぎて疲れているのか、それとも空気を読んだのか──そう思っていたが、空を見ると太陽がすでに真上に昇りかかっている。恐らく、先に起きてどこかへ行ってしまったのだろう。


 いずれにせよ、朝起きたらティナの体を勝手に借りたセカイが、一緒の布団で寝ているのが当たり前になっていたキヨシにとって、朝になってセカイが隣にいないというのは逆に驚きだ。


 しばらくそのまま物思いに耽っていると、ぱたぱたと忙しそうな足音が近寄ってきて、


「やっと起きたか。もう昼前よ」


「……カルロッタさんか。ゴメン、すぐに負傷者の手当の続きを──」


「そっちはもういいってさ。それより早くこっちに。アンタ待ちなんだから」


「こっちって、いきなり言われても。待たせたのは悪いけど、そもそも何をしようってんだ?」


 過程を飛ばして急ぐカルロッタにキヨシが説明を求めると、カルロッタはこちらには顔を向けずにただポツリと、


「……飛行機が置いてあった倉庫の跡地に行くのよ。"戦う"のなら……空路を使えればきっと色々と有利になる。必要になるはずだ」


「あ、ひょっとしてティナちゃんから全部聞いた?」


「うん。でもよかった、また昨日みたいにうじうじ悩むようだったら、ブン殴ってるところよ」


 キヨシはただ「そうだな」とだけ答えて、カルロッタに速足でついていった。


──────


 負傷したハルピュイヤたちの応急手当は完了し、ヴァイオレットの見立てでは、これ以上の大事になる者は出ないだろうとのことだった。


 だが、心の傷が癒えた者など一人もいない。トラヴ運輸はドッチオーネ空賊団によって、全てを壊され、全てを奪われたのだ。オリヴィーにおける存在意義、そしてかけがえのない仲間さえも。


 そしてこの状況では、死した同胞を形式に則ってただ弔ってやることさえできない。瓦礫を墓標の代わりにして、騎士に対し慣れない祈りの言葉を懇願するので精一杯だ。


 そして──その悲しみに暮れるハルピュイヤたちの中に、トラヴ運輸代表アレッタの姿は見当たらなかった。


「……アレッタさんは、やっぱまだダメか?」


「一晩明けたくらいじゃね……今は母さんがついてるけど、朝ご飯もろくすっぽ口にしない──というか、周りで何をしても反応が無いのよ。動く物を目で追おうともしない」


 当たり前のことだがやはり端的に言って、アレッタの心はまだ壊れたままのようだ。


「……アレッタさんは、俺を恨むかな」


「アレッタはそんな子じゃないよ。それに、確かに間違いなくキヨシの行動が遠因でこうはなってるけどさ。誰もキヨシを責めることなんてできないだろ。湿ってる暇があったら、今は戦うことに集中しな」


「そうだな、ありがとう。カルロッタさんもたまーに優しいな」


「はン、お褒めに与かり光栄よ……っと、オーイ! ティナァー!!」


 カルロッタを追って倉庫跡地に来てみれば、すでにティナが小さな体をせかせかと動かして、瓦礫の山から欠陥飛行機を掘り出している最中のようだった。キヨシは足早にティナのところまで駆け寄って、ティナが持ち上げかねている瓦礫をひょいと持ち上げて、辺りに放った。


「おはようございます、キヨシさん」


「おう、おはよう。早く起きたんだったら、起こしてくれればよかったのによ」


「すみません。そうしようかとも思ったんですけれど、キヨシさんがどこで寝ているのか分からなかったものですから……」


 ティナのこの何でもない言い分。しかしキヨシにとってその言い分は、先ほどキヨシが建てた予想を裏切る内容だった。


「……アレ、一緒に寝てたわけじゃないんだな。毎朝毎朝そうだからてっきり」


「はい、私もちょっとだけ意外に思いました。でもキヨシさん、こう言うと何ですがそれが普通ですよ」


「あ、ハイそうですね。慣れって恐ろしいな……そういえば昨日も、一度だってセカイと話してねえし。なんか調子狂うな」


「あ、でも昨日の朝にキヨシさんとヴァイオレットさんが抱き合っていた時、ちょっとだけムッとなって髪の毛の先まで『ぞわぞわーっ』ってきたので、きっとセカイさんに何かあっただとか、そういうことでは──」


「抱き合ってねェーッ!! あれはあの破廉恥女が勝手に抱き着いてきてだな……」


「二人ともくッだらねえこと話してんじゃないッつーの。で、何?」


「キヨシさんが『セカイさんと話せないと寂しい』って」


「キヨシ……アンタ、まさかとは思うけど童女趣味だったりするワケ?」


「違うぞ!……ん?」


 実際寂しくないかと問われれば嘘になるが、それはともかく。


 足元で陽光に反射して光る真白い物体に目を引かれたキヨシが、辺りの瓦礫をどかしてみると見覚えのある形状のソルベリウムが露出した。探し物とは得てして、力を抜いた傍から急に見つかったりするものだ。ティナたちは朝から探し回っていたのだからやっとといったところだろうが。


「カルロッタさん、探してるのってこれじゃね? 早速掘り出して……うおッ!?」


 キヨシが言い切るよりも早く、臓物を震わせるような震えが地面から伝わってきて瓦礫の下にあった探し物を隆起した地面が持ち上げた。


「お手柄ね、キヨシ。思ったより早く見つかって何より何より」


 土に持ち上げられてジオラマのような()()になった飛行機を撫でるようにして埃を払い、カルロッタは操縦席に乗り込んだ。


「ええい、魔法使うんなら先に言え! 危ねえな!」


「ゴメンゴメン、すぐにでも空賊をブッ潰したくて気が急いててさあ……どれどれ、操縦席周りは無事っぽいけど、やっぱ外装は所々へこんだり割れたりでボロボロだな」


 憤慨するキヨシを適当に受け流しつつ、カルロッタは操縦席を下りて外装の様子を見ているようだ。


 土の魔法に巻き込まれて雪崩れた瓦礫に生き埋め寸前になったキヨシはティナに救出され、若干不機嫌ながらもカルロッタと一緒に飛行機の様子を見る。


 やはりというかなんというか、場所によっては本当に酷く損傷している。


「どうだ、カルロッタさん。修理できそうか?」


「何とも言えないわね。時間をかければって感じだけど、連中がここまで事を大きくしやがったのを考えると、そう悠長なことは言ってられない。かといってキヨシの右手で直そうったって、それをやればやるほど機体重量は増して性能が下がる。もう新しく造ったほうが早いかもしれないね」


「そうか。まあ最悪の場合、地べた這いずってでもやってやるけど、あるに越したことはないな。例によって設計は任せるけど、昨日見せてもらった設計図は無事?」


「多分、まだこの瓦礫の山のどっかに埋まってると思うから、ティナと一緒にこれから探すわ。ドレイクにも言って聞かせてさ」


「分かった、ありがとう。俺も手伝いたいんだけど……一つ、用事が済んでからでいい? そんなに長くはかからないからさ」


「用事? 別にいいけど、どうしようっての?」


 カルロッタの質問に答えることを、キヨシはほんの少しだけ怖いと思った。何故なら──


「アレッタさんに、会ってくるよ」


 この悲劇の中心人物に、この悲劇の引き金を引いてしまった己が会いに行くとなると、前者の友人としては難色を示されるどころか、最悪非難されるかもしれないと思ったからだ。


 それでも、アレッタにはどうしても会っておかなければならない気がした。戦うこと、そして何より自らの責を直接謝罪し、然る後その清算をしなければならない。その為に必要なことだと、そう思ったのだ。


「……それ、あんまりおすすめはできないわ」


「そう思うか」


「けど」


 非難を覚悟して若干身構えていたが、むしろカルロッタは少しだけ微笑んで、


「それがキヨシにとって大事な"儀式"みたいなもんなんだろ? 行ってきなよ。ただし、アレッタをもっと酷い目に遭わせるようなら、ブッ殺してやるからな」


「カルロッタさん……」


 キヨシの傍らで、ティナも全てを見透かしたようにこくりと頷いた。


 姉妹は背中を押してくれている。ならばもう迷いはない。


 キヨシはネクタイを少しキツめに締め直し、昨日まで居候していたアレッタの小屋に向けて駆けだした。

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