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第一章-3『他人とは思えない』

「んで? 小競り合いの末に吹っ飛ばされた先で俺たちに会って、今に至ると」


「そーいうことだぜ、トカゲちゃん」


「ドレイク様だっつってんだろクソ白髪!」


「クソ白髪とはなんじゃア! こちとら好きで白髪やってるワケじゃ……うわッ!?」


 またしてもキヨシの顔面目掛けて飛びかかろうと跳躍する構えを見せて、キヨシは反射的に両手で顔面を庇った。しばらくしても何も起きず、恐る恐る指の間から向こうを窺うと、ティナの小さな手がドレイクを鷲掴みにしている。


「すみません、悪い子じゃないんですけれど……」


「この流れで信じるのは無理だ。おたくが『いい子』なのは間違いなさそうだけどね」


「あ、あはは……」


 ティナもドレイクも、キヨシにとってはおよそ突拍子もない話を冷静に聞いていた。とは言っても、元いた世界の要素は徹底的に排除して、あくまで『他国からやってきた旅人』という体を貫き、カルロッタ──と思われる女性とのやり取りの報告に終始したのだから、当然と言えば当然。『別の世界から来た』などといきなり言ったところで、信じてもらえるどころか『やべー奴』呼ばわりが関の山だ。


「そっちの事情も、なんとなく分かってきたぜ。えー、話をまとめると? ここは『ヴィンツェスト』って国の中央都……で、宗教国家か。えーと、確かなんつったか……」


「『創造教』です」


「なんというか、捻りのない名前だなあ。『創造主様』を主神とするんなら、主の御尊名をまんま名前にするくらいの度胸を見せてもらいたいもんだね。しかも、五百年以上前の歴史が失伝してるなんてな。暗黒時代も裸足で逃げ出すって」


「えっと。宗教、お嫌いなんですか? 話題にするだけでスゴい顔してましたし……」


「ファミレスで話す実績は解除した♨」


「はい?」


「ティナァ~、もう真面目に取り合うのやめにしねえか? コイツのこと」


 この国──ヴィンツェストには創造教という、この世界を創りだした創造主様を唯一神として崇める宗教が存在する。


 いくつもある教義の中で特に重要なのは、『遥か昔に至る歴史の探求を悪徳とする』というものだ。『創造主様の創り出した世界そのものを疑う行為』だとし、進んでこれを犯すものを俗に考古学者と呼び、その告発には報奨金さえかけられている、と。そうしている内に、過去五百年より前の歴史を誰も知らず、全く分からなくなってしまったのだという。


 ティナが知る限り、ヴィンツェストの国民は誰もが創造主様を崇拝し、信仰心が薄い人の間ですら「過去のことなどどうでもいいし、知ったところで役には立たない」と思っている──ただ一人を除いては。


「それで、俺はおたくの姉さんみたいな奴と間違われ、ティナちゃんは手紙を残して消えたその姉さんを探してたと」


「概ねその通りです。……はい、簡単な止血だけですけれど」


「ん? ちょっと待てよ?」


「あ、どこか不備がありましたか?」


 互いに互いの事情を話している最中、ティナはいやに手際良くキヨシの頭の傷に応急処置を施していたが、キヨシが違和感を覚えて変な声を出すと、ティナは不安げに表情を曇らせる。いらない懸念を与えてしまったキヨシは、申し訳なさで頭を掻きつつ、


「ああいや、完璧だよ。どうもありがとう。ただ、ちょっと完璧すぎるなあ、と」


「はい?」


「いや、完璧とか以前にだ。おたくはなんで包帯なんか持ち歩いてんだ? まさか、そういう大怪我が珍しくもないような、戦乱バッチコイな世界観なんじゃ……」


「ば、ばっちこい? え、えぇっと……戦乱や戦争は、十五年前を最後に起こっていませんが……包帯は、その……姉がしょっちゅう怪我して戻ってくるものですから」


「十五年じゃ、全然安心できねえな……」


 キヨシの懸念もあながち的外れでもないようで、ほんの少し前まで戦争状態にはあったらしい。包帯の方は、なんともいたたまれない理由があったようだが。カルロッタというのは、随分家族に心配をかけているようだ。


「しかし、引き止めておいて悪いな。手当までしてもらっといて、有益な情報が何もないとは」


「いえ、私の方こそ。姉の為に怪我したようなものですし……ありがとうございました」


「……俺は、人に感謝されるような人間じゃねえよ。言ったろ? おたくの姉さんだって、最初は見捨てるつもりだったんだ」


「え? け、けれど最後には姉を助けてくれたんですよね? だから、私にとっては凄く良い人に思えますよ」


「まあ、そう言われて悪い気はしないけども。そーやって近付く『極悪人』というのはいるもんだからな……」


「あ、マジ? じゃブッ殺す!」


「冗談ですスイマセンだからもう顔面はやめて──」


 キヨシとしては()()、ティナの緊張をほぐそうとした冗談の類だったが、それでドレイクに殺されては堪らない。すぐさま非礼を詫びる──が、間近で見たティナの表情が、キヨシの心を揺らしてくる。


「……大丈夫か?」


「はい? だ、大丈夫?」


「切羽詰まってるというか……凄く追い詰められた目をしてるような気がしてさ。けど、その割には俺に随分良くしてくれたよな。嬉しいけど、疑問でもある。なんでまた?」


 ティナは酷く狼狽しているようだった。恐らく、怪我人に『大丈夫か』などと心配されるとは思っても見なかった上、矢継ぎ早と疑問を投げかけられて困惑している──そんなところだろう。


 しかし、実のところキヨシにとっては当然の疑問。ほとんど行きずり同然の人間に対し、ここまで尽くしてくれる理由というのが、キヨシには全く想像がつかなかったのだ。


 ティナは考え込むような素振りを見せた後、俯き蚊の鳴くような声で、


「……私と、同じでしたから」


「ん?」


「私にもよく分からないんですけれど、何故か……他人とは思えなくって。貴方が私と同じで、大切な人を探していたからかもしれません」


「……えっ、そんだけ?」


「えっ?」


「えっ?……あ、ハイ。なんでもない」


 キヨシは直感的に、この少女がまだ損得勘定というものを知らない年頃なのだということを理解し、言葉を遮った。幼い頃から無駄に知識を得たり、無駄に賢くなったりすると気苦労が増えるということを、自分の人生をもって知っていたからだ。


「それで……えぇと、ティナちゃん? でいいのか?」


「はい、ティナです。身分のある家柄ではありませんので、家名はありません」


「あ、そう……家名、ないのか……。うーん」


「え? えっと……す、すみません」


「あー、違う違う違う!! 別にガッカリとかはしてねえんだぜ本当に!!」


 ──人を名前で呼ぶってのは、慣れてないんだよなあ。


 基本的に、キヨシはできるだけ誰が相手でも名字に敬称込みで人を呼ぶことが多い。この手のアニメやらなんやらで人の名前を呼ぶ主人公たちを見て、『俺にはぜってー無理だな』などと考えていたし、どうにも違和感を拭えずにいた。が、こうしてそういった状況に直面してみると、なるほどそうするしかないものなのだと納得するしかない。


「……あ、あの。お名前は?」


「俺はキヨシ。ここいらじゃ多分、変わった名前だろ?」


「やっぱり違う国からとなると、名前も全然違うんですね。それで、その……キヨシさんが探していた人は、確か……」


「友人の名前は『セカイ』。こいつも大分変わった名前だろ。故郷ですらそうだった」


「それでその、セカイさんは……私に似ているんですよね」


「ああ、凄く似てる……生き写しと言って過言ではないぜ。歳は随分違うみたいだけど。あ、ちなみにおたくの方が年下な。セカイは多分、俺と同い年くらいだと思うぜ。性格も──」


「でしたら、その……」


「ん、どーした?」


 ティナの語り口が、進んでいくごとに少しずつ歯切れが悪くなっていく。それだけではなく、何故か耳まで赤くなっていて、一言喋る度に呼吸を置いていた。何やら、羞恥心から話しづらい事柄でもある様子。


「えっと、私とセカイさんは無関係じゃないかもしれないって、キヨシさんはそう思ってさっき、私を呼び止めたんですよね?」


「あー……冷静に考えりゃ、気色悪いことこの上ない発想だよな」


「誰もそんなこと言ってねえだろうに。ケケケ、卑屈な奴」


「ドレイク!」


「ハイハイ、俺ちゃんが悪うございましたァーッ」


 度重なる無礼を窘められ、ドレイクは半分拗ねたようにカンテラの中に戻り、みるみる内に炎になって辺りを照らす。話の腰を折られたが、キヨシは『それはさておき』と言わんばかりに咳払いをし、


「失礼ながら……急いだ方がいいぜ。おたくの姉さん、追われてるんだし」


「で、ですから、その……キヨシさんも私も、人を探してるんですよね?」


「うん」


 キヨシはやや意地が悪いながらも、やや強めの物言いで結論を急いだ。理由はいくつかある。まず一つ。キヨシが言ったように、カルロッタと思われる女性が、亜人種ガーゴイル族に追われていたこと。こんなところでのらりくらりとしていたら、追いかけるどころの話ではなくなる可能性が高い。


 そしてもう一つ。キヨシはがすでに、ティナの言いたいことを見抜いていたからだ。そしてそれは恐らく──『キヨシに助力を乞いたい』というもの。


 これまでのティナの立ち振る舞いから、ティナは所謂『人見知り』且つ『引っ込み思案』なのだということをキヨシは理解していた。その手の人間にはありがちなのが、『一人でやれる内は一人でやる』という精神性。『人嫌い』ではなく、『人を頼るのが申し訳ない』という引け目から、自ら手を差し伸べることを躊躇してしまう。いや、恥ずかしいとすら思ってしまうのだ。何かとセカイに絡めて物を言っていたのも、頼る口実を得るためだろう。


 幼馴染と瓜二つの彼女のことが少し心配になってきて、思わず口を開く。


「まあ、なんだ。おたくはまだまだ、色々とねだってもいい年齢(とし)だろ?」


「で、でも……キヨシさんがただ付き合わされるだけに──」


「そーいうのはいいよ。おたくが何をしたいか、それだけ真っ直ぐ言えばいい」


 キヨシは今年で二十歳になり、流石に人に物を『頼む』はともかく『ねだる』という年齢ではなくなった。ねだる側から、ねだられる側になったのだ。第一、ティナがいなければキヨシは恐らくあのガーゴイルたちからさらに酷い目に遭わされていたに違いない。ティナは、キヨシの恩人なのだ。恩人からの頼みの一つや二つ、お安い御用だ。


 そういう気概はしかとティナに伝わったようで、ティナは頭を深々と下げ、


「……お願いします。一緒に私の姉を、カルロッタを探してもらえませんか? こんなことを頼めるの、顔を知っているキヨシさんくらいなんです。キヨシさんの人探しも、きっと手伝います。どうか……どうか!」


「いいよ♨」


「軽っ!? 本当にいいんですか!?」


「行く宛てもないし、誰かと一緒にいた方がなんぼかマシだ──」


 ──何言ってるんだ? 俺。


 『誰かと一緒に』。キヨシは自分がそう考えて口にまで出したことが、自分で信じられなかった。キヨシはどちらかと言えば『人嫌い』が原因で、他者と関わり合いになるのはできるだけ避けたい性分。そんな自分が、この少女とこうして過ごしていることに対し、心から安寧を覚えたのか、と──自分で自分の気持ちが、さっぱり分からなくなっていた。


 ──いや。相手を他人と思えないのは、こっちも同じ。コイツがセカイに似てるから、ほんの少しだけ……気が向いただけだろ、多分……。


 自分という人間を客観的に見て心情を分析し、自分にそう言い聞かせると、その疑問もどうでも良くなっていった。


「あ、あの。キヨシさん? どうかしました……か?」


「あ……いや、なんでも!」


 そうして考え込んでいる間、キヨシは無意識にティナの顔を凝視し続けていたようで、ティナを余計に困惑させてしまった。慌てて視線を逸らし、キヨシはジャケットの内ポケットに手を突っ込む。


「それよかティナちゃん、いらない紙とか持ってないか?」


「へ?」


「俺、実は絵描きを志していてな。俺が見た女と、おたくの姉さんが同一人物かの確認も兼ねて、軽く人相書きでも描いてみようかと。探す上でも、きっと役に立つはずだ」


 取り出したボールペンをノックして、キヨシは口の端をニマリと歪ませる。


 ──こういうのは異世界モノじゃお約束みてえなもんだ。


 これからの展開を想像して、先程までとは打って変わって、キヨシはほんのちょっぴり胸を躍らせていた。

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