第二章-21『オリヴィーに潜む闇』
「づーーーがーーーーれ゛ーーーだーーーーーッ!! もう手がガッチガチ。ティナぁ、ほっぺたプニプニさせてェーッ」
「えぇーっ? 別にいいけど……むえっ」
返答を待たずして、ティナの頬が姉の手で揉みくちゃにされた。
大怪我を負わされたアレッタをヴァイオレットの診療所に担ぎ込み、ジェラルドに協力を仰がれる形で顕現させたソルベリウム片の埋め立て処理を完了したキヨシたちは、診療所の客室にて改めてジェラルドたちとの会談に臨む。
「では改めまして……ヴィンツ国教騎士団の分隊長職を務めております、レオ・キャスティロッティと申します」
「ヴィンツ国教騎士団団長ジェラルド・キャスティロッティ。此度のご助力、誠に感謝の極みであります『創造の使徒』殿」
「あ、これはご丁寧にどうも。俺は、俺は―……」
伊藤喜々、と正直に答えるのは簡単だ。しかしながら、いくら束の間でも友好関係を築くといっても相手は国教騎士団の重鎮たち。下の名前は既にフェルディナンドにすら把握されていると思われるが、警戒はしておくに越したことはない。
そうして考え出した答えは、
「創造の使徒、キヨシ・イットです♨」
「プフッ!!」
異世界、そして異文化の人間からしても滑稽なネーミングだったようで、同席していたアニェラに吹き出された。
「ご、ごめんなさい使徒様。あんまりにも可愛いお名前でしたから……フフッ、からかっちゃったみたいでごめんなさい。こちらも改めて、自己紹介をば。アニェラっていいます。あ、ちなみにジェラルド君とは……元・同僚の関係、かな」
「えっ、昔騎士だったんですか?」
「いーや、騎士に女性はいません。ジェラルド君は騎士になる前、衛兵隊にいまして。うちの亭主の部下だったんです。私もそうだけど、今はただの主婦」
「へー、道理でやたら強いと思いましたよ」
「昨日はごめんなさい。でも、人攫いと間違われて当たり前というのは自覚してほしいところですね」
「ああ、実際その通りだと思うんで、それについては。あとその畏まった言い回しも」
「あーら、どうしてでしょう?」
「後ろの二人の視線が痛いからです。というか、分かっててやってません? さっきまで喋り方普通だったよな?」
ティナとカルロッタの微妙な顔から発せられる刺々しい視線が、キヨシの背中にグサグサと刺さる。そりゃあ別に偉くもなんともないと知っている男に、親がへりくだる様子を見たらそうもなるだろうが。
「そ、それはともかくですね! 騎士団長、あなたに問いたい事柄がいくつか」
「なんなりと」
「……その前にまずは俺の友人、アレッタに報いてくれたこと。本当に感謝しています」
「ああ、あのハルピュイヤ族の子が我々の所在について口を割らなかったのは、きっと我々を思ってのこと。それ報わずしてなんとしましょう」
──同じ騎士でも、あのクソッタレフェルディナンドとはエラい違いだな……。
別にフェルディナンドの人となりを完全に把握しているワケではないが、指を切り落とされた上本当に殺されかけたらこう思うのも仕方がないだろう。恐らく背後の姉妹も同じことを思っているに違いない。
「本題に入ります。単刀直入に聞きますが……このオリヴィーって街で、一体何が起こってるんです? 聞いている限り、かなり根も闇も深そうな印象を受けますが」
「……フーム、どこから話したものかな。実際、根深い話ではありますので」
問いを受けジェラルドは返答に困っている様子で、思案気に顎を手で弄る。
「じゃ、言い回しを変えます。あのドッチオーネって連中は? そもそも、なんでここは連中の根城なんかになり果てちまったんです?」
「それはまず、ドッチオーネ空賊団の成り立ちから話さねばなりませんな。まず前提として、『十五年前の戦争』についてはご存知でしょうか?」
「え? あ、はい」
十五年前の戦争というと、キヨシ一行の目的地であるアティーズという国をヴィンツェストが侵略しようとして返り討ちに遭い、国教騎士団設立の遠因になった戦争だったとキヨシは記憶している。
「アティーズは海の向こうの島国。普通、そういった地理なら海路から攻めるのですが、当然向こうはそれを読んでくる。そこで特に重用されたのが、空路からの攻撃が可能な有翼あるいは飛行能力を持つ亜人種でして……具体的に言うと、ハルピュイヤ族、ガーゴイル族、そしてエルフ族。事実、彼らで編成された隊は多大な武勲を上げました」
「でも、戦争自体には負けたんですよね?」
「使徒殿の仰る通り。アティーズが擁する魔法使い、そして騎士たちの抵抗もまた激しく、奮戦空しくほぼ全滅してしまいました。その結果、ハルピュイヤ族とガーゴイル族は戦争開始の二十年前当時の大人世代が徴兵されたため、今現在大人や老人が極端に少なく、長命故に誰彼構わず徴兵されたエルフ族は、このレオを除いて絶滅しています。嘆かわしいことです」
「……やっぱり」
ジェラルドの解説に、ティナが合点のいった様子で口を挟んだ。
「昨日裏路地でお会いした時から、まさかとは思っていましたけれど」
「ん? ああ、これを見たんだな」
レオもまた合点のいった様子で、手櫛で髪をどかして尖った耳を晒す。その所作を見るに、この尖り耳とあの飛行能力こそがエルフ族の特徴なのだろう。
「あれ? そうなると騎士団長さんとレオさんは……」
「お察しの通り、血の繋がりはありません。私は身寄りのないこれを引き取ったに過ぎない」
「……で、それがあの荒くれ者共とどう関係が?」
「ああ、少々話が逸れましたな。ともかくヴィンツェストがアティーズから提示された和平を承諾し、戦争には事実上敗北。創造主様の名の下に繰り広げられた戦争に敗北したことで、創造教の威信は少なからず揺らいでしまい、今では考えられない数の考古学者たちが生まれる事態となりました。それを狩っていたのが、ガーゴイル族の荒くれ者たち──今のドッチオーネ空賊団というワケです」
「善意で成り立っていたものだった?」
「そもそも、本来ガーゴイル族というのは創造主様への信仰が厚い種族でして。始まりはきっと純粋な信仰心から生まれたのでしょうが。数年前、その頂点に信仰や既存の枠組みに唾吐く異端者──ロンペレが納まったことで、利権と闘争を求めて手当たり次第に喧嘩を売る、厄介な集団にになり果ててしまいました。それになぞらえ、ロンペレは破戒者と呼ばれている」
「利権? アイツ、『闘争以外の一切に価値はない』って……」
「ロンペレはそうでしょうな。しかしその部下たちはロンペレの暴威を盾に、このオリヴィーに巣食って利権を貪っている……当初は善意で始まった組織ですが、腐敗しきっているのです」
「具体的には、何をしてるんです?」
「この街の裏路地を見て、何か思うところはありませんか?」
そう言われて、昨日キヨシとティナの逃走劇の舞台となった裏路地を思い返すと、いやでも思い出されるあの汚らしい景色。
「──! 異常にゴミが多かった!」
「その通り。連中はまずこの街の自治に介入してゴミの処理を牛耳り、格安で請け負った。しかし始まってみればその実態は、ただの『埋め立て処理』。そうなれば土地は荒れ、盛んなオリーブの栽培産業が激しく阻害されてしまいます」
「それからこのオリヴィーを守るための苦肉の策、その結果があの放置されたゴミ……と」
ジェラルドは首を縦に振り、肯定の意を示した。なんとも胸糞の悪い話だが、それだけだとまだオリヴィーに固執する理由としては弱い。
「でもそのビジネス、別にオリヴィーじゃなくてもできるんじゃないですか? それに住民の抵抗を受けてるんなら、むしろ手を引いて新天地を探すのが自然な気が──」
「ゴミ処理を牛耳ってること自体は重要じゃない。問題はその後なんだ」
キヨシの背後から聞こえたのは、先程までヴァイオレットによる治療を受けていた少女の声。
「アレッタ! もう動いていいの!?」
「ダメですよぉ、安静にしていないとぉ」
「うん、心配かけてゴメンね、カルロッタさん。で、ヴァイオレットさんだっけ? 怪我を診てくれたのはありがたいけど、これくらいへっちゃらだよ」
意識を取り戻したアレッタが客室まで歩いてやってきて、丁度カルロッタの傍らに立ち会談に加わってきた。
「本当に大丈夫なのか?」
「本当だって! なんなら今から業務に戻ったって──」
「やめとけよ。それに、今から業務に戻ったらおたくから話を聞けないんだからな。『問題はその後』というのはどういうことなんだ?」
意識を取り戻したアレッタは、心配するカルロッタの肩を借りつつ、キヨシの話にらしくない沈痛な面持ちで口を挟む。
「……オリヴィーの空を飛んでいるとよく見えるんだけどさ。色んなところが"虫食い"みたいになってるんだよな」
「虫食い? ああ、そういえば……」
キヨシたちがオリヴィーに来たあの日、盆地の端から街を一望した際に、一面に広がるオリーブ畑のそこかしこに何も生えていない大地がぽつぽつとあったのを視認している。今日ここに来る途中、ティナと話した場所も巨大な樹以外ぺんぺん草も生えていなかった。
「このオリヴィーはな、『サラマンダーに呪われた土地』なんだ」
「サラマンダー? 火の妖精とかのアレか?」
「火の『精霊』な。知ってるんだな?」
「いやまあ、それ以上のことはよく知らんけど……」
サラマンダーというと、キヨシが元いた世界でも聞いたことのある固有名詞だ。とはいえ今キヨシが言ったようにそれ以上のことは知らないし、この世界でのサラマンダーについては微塵も分からない。
沸き上がる疑問の数々に小首を傾げていると、カルロッタがそれらに一つ一つ丁寧に答える。
「火炎竜サラマンダー。水のウンディーネ、風のシルフ、土のノームと一緒に『四大精霊』って言われてる精霊の一角ね。数多の精霊たちの頂点にして祖でもあり、それぞれが各属性を司っている存在……と、言われてる」
「なんかやっぱり、全部聞いたことあるな」
「それとこれは内緒なんだけど……」
「え、何?」
カルロッタがこそりと耳打ちをするようなポーズを見せたので、それに耳を傾けると、
「アンタ無知に見え過ぎてヤバい。しっかりしな、『創造の使徒』サマ」
内容はただの苦言だったが、全くその通り。今のところ作戦通りに事は進んでいるが、キヨシの行動一つでご破算の危うい状況であることには変わりないのだ。
キヨシはカルロッタに「ありがとう」とだけ伝えると、背筋を伸ばし姿勢を正した。
「話の腰を折って悪かった。アレッタさん、その『サラマンダーに呪われた土地』ってのはどういうンだ?」
「う、うん。ずっと昔のおとぎ話なんだけどね──」
──────
むかーしむかしあるところに、暴れ者の竜がいました。
竜の名はサラマンダー。その竜に焼かれた大地は呪われ、草一本生えない大地になってしまいます。放っておけば、作物が育たなくなって人々が飢えてしまうでしょう。
困り果てた創造主様は大きな山を拵えて、暴れ回るサラマンダーをそのてっぺんに閉じ込めてしまいました。
それから山の竜が伝説となり、山がサラム大山と呼ばれるようになった頃、何も知らない人間の少女が、サラマンダーの封印された山に迷い込みました。
少女とサラマンダーはたちまち仲良くなりましたが、ある日少女は閉じ込められているサラマンダーを憐れみ封印を解いてしまいます。
しかしそれと同時に、何年もの間抑えつけていた自らの心すら焼き尽くさんほどの怒りも解き放たれ、サラマンダーは山を下りて大暴れを始めてしまいました。草を焼き、大地を抉り、それでもまだ怒りは収まりません。
少女は自らの行いを後悔しますが、それでもサラマンダーと共に素敵な日々を過ごした少女は、頭ごなしにサラマンダーを悪者と思うことができませんでした。そして少女は勇気を振り絞り、何度も何度もサラマンダーに声をかけ続けました。
そしてその声は、サラマンダーの焼け焦れた心に届き、潤していきます。サラマンダーにとっても、少女と過ごした日々はかけがえのない宝物だったのです。
全てを見ていた創造主様は心打たれ、少女とサラマンダーがいつまでも一緒に暮らせるように『精霊との契約』の概念を生み出しましたが、少女はサラマンダーの呪いを受けた地を気がかりに思っていました。
そこで創造主様はサラマンダーの呪いを受けた地に、オリーブの種を一つ蒔きました。すると見る見るうちに大きなオリーブの木が育ち、それを中心として緑が少しずつ戻っていきました。
心残りの無くなった少女は、サラマンダーと共にいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
──────
「その話アタシも知ってるけど、最後『創造主サマすっげー』で締めるのサイコーにイラッと来るわ」
「ン゛ンッ」
カルロッタの直球の感想に、レオが大変威圧的且つわざとらしい咳払いをした。
キヨシは下手なことを言えない立場にいるので感想を述べることは避けたが、確かに土地柄というか、いかにも宗教大国ヴィンツェストといった感じの内容だとは思った。
「つまり、オリヴィーはサラマンダーが暴れた痕に栄えた土地で、何も生えてない大地はその名残──ということでしょうか?」
「うん。実際、今そこに種を蒔いても何も生えないし、苗を植えてもたちどころに枯れていっちゃうんだ。唯一そういう大地に生えてるのは、さっきのお話に出てきた『創造主様が蒔いた種』から生まれたって言われてる、御神木のオリーブだけ。オリヴィーに来た日に見たんじゃないかな、大きなオリーブの木」
アレッタにそう言われたティナは少し考え込む素振りを見せていたが、すぐに思い出したようだった。
確かに一行がオリヴィーに入る前、虫食いの大地と一緒に大きな樹木を一緒に視認している。そしてその大樹は今日ここに来る前、キヨシとティナが仲直りをした場所でもあった。なんだか大変な場所で話し込んでしまったようだ。
「そういうワケだからドッチオーネの連中は何も生えていないのをこれ幸いと、回収したゴミをそこに埋め立ててさ。今じゃもう随分深いところまで掘り進んで埋めていってるみたいで……その内、『アレ』が見つかった」
「アレ、とは?」
「そこから先は私からお話しします。国教騎士団と関係が無い話でもないので」
事の核心に迫ると思われる"アレ"とやらの話に入る直前、おとぎ話を黙って聞いていたジェラルドが再び口を開いた。
「数年前、いつものようにドッチオーネたちが回収したゴミを埋め立てていた時のこと。掘り進んだ地下深くで"ソルベリウムの鉱脈"が見つかったのです」
「……奴らがここに執着している理由はそれか」
「ええ、未だ貴重且つ需要の絶えない魔法の石ですからな。それが湯水の如く出てくるとなれば、執着もしましょう……と言っても、それを無尽蔵に生み出すあなたにとっては、馬鹿らしい話かもしれませんが」
「本当に馬鹿みてえだと思いますよ。第一、今おたく言ってましたよね? 『国教騎士団と関係が無い話でもない』って。それはつまり……」
「……お察しの通り。国教騎士団内に、どうやら奴らの顧客がいるようで」
「別に驚きませんよ。組織ってのはデカくなるとそういうきらいが出てくるもんですからね」
これでアレッタの言う『問題はその後』が大方明かされた。つまり今現在のドッチオーネ空賊団の関心事は『ゴミ処理ビジネス』から『ソルベリウム鉱業』に移り変わっており、連中がいつまでもオリヴィーで幅を利かせている原因になっている──ということ。
別に怒りは湧いてこない。本当にただただ"馬鹿らしい"と思うだけだ。
「昨日アレッタが言ってた、『もっとヤバい』ことってのは、ドッチオーネ空賊団のことだったってワケね。だったら、ソルベリウムを使徒様が供給するってのはどうよ?」
「お株を奪っちゃおうってことか?」
「おかぶ……? うん、うんまあ多分それ?」
「カルロ、それキヨシさ……使徒様がずうっとここにいないと成立しない」
「あ、それはダメだわ。今のナシ。じゃあこの街の衛兵隊……がダメだから今こうなってるに決まってるか。街の偉い人……も、どうせ顧客の一部でしかないだろうし。カァーッ、国教騎士団サマがどうにかしてくれたらなァーッ」
当てつけともとれる不躾な態度をアニェラが窘めるも、当のジェラルドは「いやはや全くその通り」と言って笑うだけ。いや笑い事ではないのだが。
「……あー、この流れで言いづらいんだけどさ」
「アレッタ?」
「いいよ、この街のことは放っておいても」
「えっ……」
どうしたものかとうんうん唸る一行に対し、アレッタの口から発せられたのはおよそ被害者とは思えない物言いだった。
「放っておいてって……放っておけるワケないだろ! 友達をこんな目に遭わされて黙ってられるか!!」
「落ち着いてって、カルロッタさん。気持ちはスゴく嬉しいし、アイツらには腹も立つよ。けどあんまり空賊団を刺激すると、暴れ出してオリヴィーにもっと酷いことが起こるかもしれないし」
「はン! そういうことなら安心しなさい。そうならないように、空賊なんざ一人残らずブッ潰しゃいいのよ。特にアレッタに直接手を出した奴ァ徹底的にッ!!」
「カルロ、発想が蛮族か何かみたいなんだけど……」
「うっさいぞティナ! ああ、本当に腹立たしくてしょうがねえッ!」
動機はともかく、変な方向性で奮起するカルロッタに家族は苦笑を隠せない様子だ。が、強く咎めようとはしないあたり、許せないのはカルロッタと同じに違いない。
「……頼もしいなぁ、カルロッタさんは。でもダメなんだ」
「ッ──」
しかしそれでも、アレッタは立ち上がろうとはせず、カルロッタの心意気を真正面から受け止めてどこか悲し気に笑っていた。
「……どうしてそこまで」
「さっき騎士団長様が言ってたけどさ。私たちは前の戦争のせいで大人世代が少なくて。今トラヴ運輸の代表が私なのも、そういう理由からなんだけど……それってよく考えたら、ガーゴイル族も同じなんだよなって」
「同じ……?」
誰もが一瞬アレッタの真意を測りかねていたが、キヨシは誰よりも早く辿り着いた。
「空賊共に情けをかけるのか?」
キヨシの単刀直入且つ核を突いた一言で、この場の全員がハッとした表情になる。ただ一人目を伏せるアレッタを除いては、だが。
「なるほど確かに、大人世代が少なくって困ってるのはガーゴイル族も同じだよな。でもそれっておたくが暴行を受けて黙ってる理由にも、この街の諸問題を放っておいていい理由にもならないだろ」
「それは……そうだ。そう、そうなんだけど……」
「そりゃあ気持ちは分からんでもない。おたくがガーゴイル族のことをどう考えてようと勝手だし、尊重するよ。でもガーゴイル族って『人種』とドッチオーネ空賊団って『集団』は別だってことは、後々厄介なことになる前に理解した方がいいぞ。第一、向こうからしたら余計なお世話だろうし、そういうの俺の故郷じゃエゴって──」
「使徒様っ!」
ズバズバと物を言うキヨシをティナがつつき、首を横に振る。ティナは何も言わなかったが、『言い過ぎだ』と態度で訴えかけていた。キヨシの言うことは正論かもしれないが、正論も相手の心情を考えなければただただ辛辣なだけ。
「……ゴメン。おたくの気も知らんでズケズケと言い過ぎた」
「ううん、私も白黒の言う通りだと思うぞ。本当に気持ちは嬉しいよ、ありがとうな」
頭を下げていても、アレッタの表情は何となく想像がつく。
あの日、アレッタに出会った時から分かっていた。この少女はどこまでもお人好しで、誰彼構わず手を差し伸べ、気を配り、いつでも笑顔を絶やさない。そんな彼女が今はきっと笑えていない。
そう思うとキヨシの胸中に何かが去来してくるが、その感情をうまく言い表すことができなかった。
「これ以上とやかく言うのも野暮だわな。カルロッタさんももういいかい?」
「よくないけど……分かった」
渋々と矛を収めるカルロッタに対し、アレッタはいつもの調子でニカッと笑いかけ、
「平気平気、これまでそうやって来たんだし。大丈夫だ、心配ないぞ!」
満身創痍ながらも気丈に振舞うアレッタを見て、カルロッタは毒気を抜かれた様子で微笑むのだった。
──それで長続きすりゃいいけどな。
しかしキヨシの胸中にはある懸念──というより予感があった。
キヨシは知っているのだ。『"これまで"がどうであれ、"これから"がどうなるかは分からない』こと。そして、『何かのきっかけで"これまで"は容易く崩れ去る』ということも。
──────
「親分、なあ親分ってばああ」
一方その頃。橙色のオリヴィーの空をガーゴイルの集団が、紋の入ったローブをはためかせて飛行していた。その先頭を高速で飛ぶのは、ドッチオーネ空賊団首領ロンペレである。
しかし、部下が高らかに笑いながら空を闊歩する中、ロンペレは一人気分が悪そうに歯噛みしていた。
「ウッセーな、なんだよ」
「なんだって"あんなこと"したんだよおおお。俺たちは楽しかったから別にいいけどよォォ」
語尾の長いガーゴイルはロンペレへとある疑問を投げかける。
彼の言う"あんなこと"とは、街でキヨシやジェラルドたちと交戦したことを指してはいない。その後街を離れ"ある場所"に向かって成した事柄についてだ。
「あ? まだ分かんねえのか。街でも言っただろうが、『とっておきの舞台を用意する』ってよ」
「なんだよそれェェェェーーーーーーッ」
「ここまで言って分かんねえなら話は終わりだ。説明したところで理解できねえだろうからな」
ロンペレは溜息を一つ吐き、さらに加速をつけて前へ前へとぐんぐん飛び去って行く。
「……なんだよォ、機嫌悪いのか?」
語尾の長いガーゴイルがロンペレの塩対応に眉を顰めていると、兄貴分が寄ってきて宥めてきた。
「無理もあるまい。『さっきの連中』は創造の使徒と違って、まるで相手にはならなかったんだからな。一方的な蹂躙は親分の好むところではない……滾るものが無かったのだろう。だがまあ、不機嫌なのも一瞬。そのうちすぐ上機嫌というか、また次の闘争に思いを馳せて笑うに違いない」
「え、なんでェ?」
「フ、説明したところで理解できないだろう?」
「兄貴までヒデェよォォォーーーッ!!」
背後で繰り広げられる滑稽な寸劇などまるで気に留めず、ロンペレは兄貴分の予想通りに嘴の端を歪めて笑っていた。
──分かっているぜ『創造の使徒』。大仰な技で演出しようと、偉そうな口調で嘯こうと……テメエの本質は俺と同類の"狂人"だ。あの時テメエは、俺と同じ目をしていたぞ。"人殺しの目"をな。
そう、ロンペレは気付いていたのだ。己が街を去ろうとするその時、背後で指を向けてこちらを狙っていたことに。そして、そのロンペレの言う"人殺しの目"の向こうに葛藤が見え隠れしていたのにも。
だからこそ、ロンペレは『あの場所』へと向かった。そして、成すべきと思ったことを成したのである。
「舞台ってのは場所だけじゃなく、優れた演者も必要だ。テメエはまだまだだが……きっかけを一つ与えてやれば、真に覚醒できるだろう。テメエならできるさ。さて、俺の演出はお気に召すかな? 使徒サマよォ。フフ、ハハハッ!」
ロンペレは高らかに笑いながらさらに加速し、先の闘争で自分の体にくっついた『薄緑色の羽』を脱落させながら、オリヴィーの闇へと戻っていく。
幕間が終わり再び舞台の幕が上がる時は、すぐ目の前まで迫っていた。




