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第二章-19『創造の使徒』

「うおー、スゲエなオイ。これソルベリウムなのかよ」


「何を悠長なことを言っているんだジェラルドォッ!!」


 人間というものは得てして、得体の知れないものと相対するとまず敵意が先行してしまうもの。それは、栄えあるヴィンツ国教騎士団の兵とて例外ではない様子だ。


「……とりあえず、その槍を向ける相手を変えてくださいよ。これからこいつらを一掃しようってのに、やりづらくって敵わんじゃないっスか」


「待て待て待てッ!! 君は一体何なんだ!? すぐに答えろォッ!!」


「その必要はありません。これから起こることが、きっと全てを語ってくれるんだからな」


「貴様、持って回った言い方を──」


 緊張と恐慌からなのか、槍を構えたままレオがキヨシに詰め寄ったその時、


「どけどけどけェェェェーーーーーーッ!!」


 遠方より良く響く声と共に、炎をまとった何かがガーゴイルを蹴散らしてやってきた。爆炎と着込んだローブのフードを振り払うように首をプルプルと振るは、セカイやティナと近しい風貌の女性。


「ジェラルド君! 何、このメーッチャクチャな状況は?」


「アニェラさん」


「お、お母さん!」


 この時キヨシは名前を知ったのだが──女性の名はアニェラ。ティナ、そしてカルロッタの母親である。


「ンー、この剛毅……やっぱあの姉妹のおかんってなもんだな」


「そーれは褒めてるのかなぁ? 件の青年君」


「当然。おたくの娘さんたちには、随分世話になって──」


 瞬間、キヨシの謝辞を待たずして水の弾丸が四方八方から撃ち込まれ、紛争地域もかくやとけたたましい音を辺りに響かせた。


「待っている義理はないな」


「だよねェ兄貴ィィィイイイッ!!」


 まだ雨はやまない。真夏の夕立よりも激しく、水の弾丸はキヨシたちを穿たんと次々に撃ち込まれ、周囲の空間を煙らせる。


 圧倒的な力で弱者を蹂躙するこの状況に、ガーゴイルの誰もが愉悦を感じていた──しかしただ一人だけ、愉悦の方向性は違っていた。


「……ああ、待ってやる義理はねェし、卑怯とは全く思わねェ。が……効果もねェな」


「なんだよおおおおお親分ンンンン!? こんなの誰だってどうしようも──」


「本当に馬鹿だなテメエ。いくら激しかろうと弾丸は"水"だ。ただ撃ち込まれただけでこんなに煙くなるわけねェだろ。それのこの煙……湿っぽい」


 飛ばしたのは水。立つはずのない煙は『湿っている』。この二つの事柄が指し示すことは一つ。


 しかしそれでも、ロンペレは笑っていた。


 ロンペレが足元の水の塊に手をかざすと、そこを中心に表面が波打った後掌に吸い付いた。その掌を天に悠然と掲げると、水の塊も形を保ったままついて行く。


 それを見た配下のガーゴイルの誰もが、ロンペレとキヨシたちの直線──いや、射線を空けるように右へ左へと移動を始め、


「さァて……どうなるかな、っとォ!!」


 ロンペレは耳元まで裂けた嘴の端を激しく歪ませ、腕を力強く振り下ろした。すると、水の塊はキヨシたちのいる方へと勢い良く突っ込んでいき──


「ウッシャアアアァァアアアーーーーーーーーーーッ!!」


 男の叫び声を聞いた者は皆、次の瞬間仰天した。


「な、なんだァァアアアーーーーーッ!?」


「これは……」


「そ、ソルベリウムかよォッ!?」


 未だキヨシのことを何も知らないガーゴイルたち。


「あーあー、やっちまったよ」


「……凄い」


 キヨシのことをこの世界でもっともよく知るティナやドレイク。


「……あ、主の……御業──」


 国の秩序、そして在り様そのものを護る国教騎士団の構成員たるレオですら。

 

 当然だ。湿り煙る大気をブチ抜き、真っ白な巨大な手が地面に落着しようという巨水弾を穿ち弾いたのだから。しかもその腕は水弾を弾くだけに留まらず、ロンペレに向かってぐんぐんと伸びていく──が、その手はロンペレに届く直前で砕け散った。水弾を弾いた時点で限界だったようだ。


 が──


「カァッ!!」


「ぐげッ!?」


 その破片に紛れてロンペレに飛び掛かり、顔面を殴りつけた男が一人。


 キヨシである。既に自分で生成したソルベリウムの腕を伝って登って来ていたのだ。


 殴りつけた後はただ自由落下するだけのキヨシだったが、すかさず右腕を一振りし、近くの建物に繋がる棒状のソルベリウムを生成し、それに掴まった。さらに、すぐ足元の折れた街灯に向かって指を振り、ソルベリウムの足場を生成して降り立つ。


 そして、その真下でこちらを窺うティナをちらと見やると、彼女はただ頷いてそれに応えた。


「おいティナ。そこに刻まれた『お前にしか読めねえ文字』は、お前の言う通りの内容で間違いないんだな?」


「うん。ドレイクはキヨシさんを『カッコよく』見せてあげて。チャクラはバッチリ使っていいから」


「へいへい」


 ドレイクは白い炎と化して、キヨシの右手から音を立てて顕現するソルベリウムにまとわりつく。


 『神々しい演出求む』


 ティナの正面──キヨシが最初に半ばデモンストレーション的に顕現させたソルベリウムには、そう刻まれていた。


 キヨシの右手に宿りし力。それは『イメージした形通りにソルベリウムを描き出す』能力。先のような巨大な腕は勿論、文字を刻みつけるといった繊細なものまで自由自在……まずはそれが確かめられた。


 そして、『ティナが日本語を読める』ということさえも、だ。


 ──思った通りだ。俺たちが初めて出会ったあの日……セカイもこの国の文字を読んでいた!


 ティナに意図は伝わった。そして、キヨシを信じてくれている。あとは自分次第だ。


 キヨシは地に叩き落したロンペレを感傷たっぷりに右手で指さして、


「『お楽しみの最中』と、そう言ってたよな? ああその通り、お楽しみはこれからだッ!!」


 その右手を思い切り振り挙げると、指先の軌跡がより真っ白に輝きを増す。火の魔法によるものだが、注意がキヨシに向かっているため、ガーゴイルたちには悟られない。


 そしてその軌跡はそのまま右腕に重なり、腕全体を覆う手甲の形を成した。さらにドレイクの白き業火のおまけつきだ。


「何がしてえのかはさっぱり分かんねえが……まあ、今はテメエについててやる。精々カッコつけろよ」


「ああ……最ッ高だ。でもあんまり熱くしないでくれよな」


「そいつは保障しかねるなァーッ」


 饒舌な炎の言い草に辟易としつつも、キヨシは右腕と全く同じものを左腕にも創り出し、


「いくぞクソ野郎共ォォォッ!!」


 空賊たちに向かってまっしぐらに突撃を始めた。


「お、親分に近寄るんじゃねえええええええッ!!」


 狂乱する昨日会ったガーゴイルの叫び声で、間に何人ものガーゴイルたちが立ち塞がる。が、それらは右手の力を使うことに躊躇いが無い今のキヨシにとって、まるで障害にはならなかった。


 一人、また一人。そして腕の一振りで何人も。ソルベリウムをまとった拳が障害のことごとくを粉砕して薙ぎ倒していく、まさに『無双』といった言い回しが似合うような光景だ。


「熱い熱い!! もうちっと加減してくれ!」


「ケケ、ちっとくれぇ我慢しな」


 飛んでくる水弾を蒸発させるドレイクの炎に、キヨシの感覚が悲鳴を上げる。先程のガーゴイルたちの不意打ちを対処したのもドレイクであるが、手痛い代償を支払っている格好となっていた。


 が、それでも前進を続ける。今キヨシを突き動かしているのは、ある目的に何が何でも到達しようという絶対的な意思。立ち塞がるガーゴイルだとか、体のどこかが熱いだとかで止まりはしない。


「調子に、乗るなァッ!!」


 空賊たちも当然受けるばかりではなく、水弾の規模を大きくして応戦する。蒸発させるにも限度があることを考慮すると悪くない判断だ。


 しかしそれすらも無意味。キヨシが深く屈みこんで地を引っ掻くように指を振ると、ソルベリウムの壁が形成されて水弾を防ぐ。その裏で大きく指を振り抜いてやると、今形成した壁をブチ抜いてソルベリウムの拳が飛んで行き、ガーゴイルのどてっ腹に突き刺さった。


 まだまだこれから、この程度では終わらない。


「お返しだッ!」


 ソルベリウムの階段を生成してガーゴイルたちの頭上へと飛び上がり、空間を切り裂く腕を振るとその軌跡から降り注ぐ、輝くソルベリウムの雨あられ。


 数の暴力で一方的に潰そうとしていた先程とは打って変わり、単騎の圧倒的な力に翻弄され、空賊たちは叫喚の渦に叩き落されてしまっていた。


 そして、大暴れするキヨシの力が何に──否、『誰に』由来するものなのか、この場にいる誰もが勘付き、その想像は完全に一致していた。


「……そろそろだな。ドレイク、仕上げだぜ」


「あいよ」


 ソルベリウムの足場から足場へと飛び移り、此度の戦いで半壊した建物の屋根に降り立って、太陽を背にして本来なら見下ろされるはずの空賊たちを見下ろす。


「さっきとは逆だな、ロンペレ」


「……この力。テメエ、一体何モンだ」


 今誰もが気になっているであろう事柄だが、キヨシはこの問いを待っていた。


 キヨシがもう一度指先で天を指すと、白き炎が巨大な翼の如く広がって、宗教画に見られる光背のような形をも示し、キヨシを大きく見せる。


 その様子に誰もがたじろぎ、慄き、果ては跪く者さえいた。


 これから始まるのは──


「我、仕えし崇高なる主より、その力の一端を賜りこの地に降り立った『創造の使徒』也ッ……!」


 一世一代の『大ホラ』だ。

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