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第二章-16『不穏な気配』

「あああああぁぁぁあぁあああああーーーーーーッ恥ずかしいいいいいイイイイイよオオオオオオオオオ~~~~~~ッ!!」


「あー恥ずかしいなァ、キヨシ君。趣味か? さっきのは趣味なのかァ? ン?」


 目を腫らし、全身真っ赤になって地面をゴロゴロと転がる男。


 名前は伊藤喜々。齢十二の少女にきざったらしい台詞で凄んだ、情けない男だ。


「お、落ち着いてくださいっ! 大丈夫ですから、恥ずかしくありませんから! ドレイクも煽っちゃダメっ!」


「だって傍から見たら幼女に"バブみ"を感じてるロリコン野郎じゃんかよもおおおおお!! あーーーーッ! 穴があったら突入したァい!!」


「ば、ばぶ?……あ、そういうことですか。セカイさんが中にいるおかげか、キヨシさんの言うことにも堪能になってきました」


「そんなこと分からなくていいからァ!!」


 キヨシはティナが宥める度に──というか、口を開くたびに全身に鳥肌を立てて悶える他なかった。

 こういうところもまたティナと似通っていることに、羞恥心のあまりキヨシは気付いていない。具体的に言うと、セカイが表に出ている際の立ち振る舞いに悶えるティナにだ。


 ひとしきりのたうち回ったキヨシは、四肢を投げ出して眩しい天を仰ぐ。


 手を伸ばしても届かないほど高く透き通った蒼天。奇しくも、キヨシが目指すものと同じだ。


 しばらくそのままでいると、視界の端の方からティナがひょっこりと顔を出してこちらを窺い、


「空に何か、見えるんですか?」


「……いい感じに逆光になってイラスト映えしそうな、恩人の顔が見える」


 キヨシの変に気取った返しにティナもまた顔を赤らめてはにかむ。可愛い。


「もう、からかわないでください」


「分かったから、おたくも今回のことネタにしてからかったりするなよな。ペットにもキツく言っといてくれ」


「ふふ、はいはい」


 返事を聞いて安心したキヨシは体中に着いた土を払って立ち上がり、もう何度下げたか分からない頭を、ティナに向かってもう一度深々と下げ、


「……繰り返しになるけど、本当にありがとう。救われたよ……別の世界に来て、ようやくスタートラインを……『ゼロを目指す』なんて、程度が低いのは分かってるけど。その……」


「その?」


「その……これからも、いやいや。これから、よろしく」


 気恥ずかしさで飲み込みかけた言葉を、意を決して吐く。するとティナはにこりと笑い、


「はい、よろしくお願いします!」


 そう言ってキヨシの服の襟をピッと正してくれた。ただそれだけで『言ってよかった』と、そう思わせられた。


「……ケッ、ティナだけかよォ」


 和やかな空気の中、ティナの頭上のドレイクはトカゲの精霊のくせに頬杖をついて、不服そうにボヤく。せっかく発破をかけてくれたのに、その後は置いてけぼりで勝手に話を進めて、勝手に完結させているのだから当然と言えば当然か。


「そうだな……ドレイク、おたくにも礼を言わなくっちゃな。本当にいい気付けになったよ」


「お……おおう。ありがたがりまくれやクソ野郎」


 どうやら一切の飾り立てをしていない、直球の感謝が返ってくるとは思っていなかったらしく、不意打ちを受けてドレイクはとても狼狽えていた。


「おーおー、ありがてえありがてえ。昨日も言ったがね、心の底から一家に一匹──」


「……やっぱ馬鹿にしてンだろテメエーッ!!」


 ドレイクと調子に乗ったキヨシのこの寸劇で思わず吹き出したティナを皮切りに、キヨシとドレイクもまた大いに笑った。


 こんなにも腹一杯笑ったのも、随分久しぶりな気がした。


──────


「さてティナちゃん。こう言うとアレなんだけど、ここまでは寄り道……前座みたいなもんだ。あの騎士団長サマとおたくのおかんを、どうにかいなさなくちゃいけねえ」


 外れたルートの軌道修正をしつつ、キヨシ一行はオリヴィー中央街の端へと入り、道行く人々の流れに逆らって歩いていた。そう、元々の目的は『ヴィンツ国教騎士団団長からの呼び出し』に応じ、上手いこと言い訳をしてくることなのだ。


「とは言ったものの……キヨシさん、どう説明するつもりなんですか?」


「一応言っとくがよォー、俺たちを当てにはするなよな。正直な話、どう言い訳すりゃいいのか皆目見当つかねえし」


 二人は少々及び腰のようだが、キヨシは若干の緊張はあるものの割合平静を保っていた。


「ああ、二人はとにかく『俺が誘拐犯とかではないこと』と、『口裏を合わせること』に終始してくれていればいいよ」


「ということは、何か作戦があるんですね」


「まあね、分の良い賭けとは言えないけど。一応昨夜ティナちゃんとの仲直りと並行して考えてはいたぜ」


「それで、どういうンだ?」


 「まあ落ち着けよ」とティナとドレイクを宥め、キヨシは前提から順を追って話し始める。


「まず第一に、事実を話す気なんかさらさらないってこと。それともう一つ、これが結構重要なことだが……別に嘘ついたとして、バレない必要もないってところもミソだな」


「いやバレちゃいけねえだろ」


「ああ、ちょっと語弊があるかな……」


 言葉選びのミスを正すため、キヨシは脳内で予定原稿を組み直した。


「俺たちの最優先すべき事柄は、とにかくアティーズに亡命することだろ? 今その為に飛行機づくりに勤しんでるワケだけど、それさえ達成できればこっちのもの。まあとどのつまり、『飛行機が完成するまでバレなければ、あとはどうでもいい』ってことだな」


 飛行機が完成し、オリヴィーを去ることさえできれば、あとは野となれ山となれ。表面上は国交があっても、内情は険悪な国への亡命ともなると、さしものヴィンツ国教騎士団とて、公的な連絡手段はあれど追跡は困難だろう。


 アティーズに行くことについてだけは、悟られないようにするつもりでもある。これでハードルはかなり下がったと言っても過言ではないだろう。


「……なるほど」


 ただし──結局、実の親に対して嘘を吐いて逃げることには変わりはない。


 ティナのその一言に多分に含まれた罪悪感。以前なら素通りしていた感情にもキヨシは気付いて、察していた。


「……まあ、おたくにしろ、カルロッタさんにしろ。もう後戻りはできないところまで来ちまってるんだ。最悪、今生の別れってこともあり得る。限られた時間の中でどうするか、それなりの身の振りを考えといた方がいいかもな」


「そう、ですね」


 しかしながら。一度事を構えてしまった以上、戻れば命の保証はないのだ。


 ──大丈夫だティナちゃん。おたくは、そしておたくのその価値観は、俺とセカイが死んでも守り抜く。


 あの日交わした約束と、今日固まった新たな覚悟を胸に秘め、キヨシは大きく深呼吸をした。


 目的地は目の前だ。


「で、ここからが本題。具体的になんて話すかだが──」


 どこからかバシャン、と水風船を叩きつけたような音が響いた。


 突然の出来事に当惑していると、それがもう一度。二度、三度と、何度となく繰り返される。それに混じり何かが激しくぶつかる音や、人の悲鳴なんかも聞こえていた。


 先程からキヨシ一行の進行方向とは逆行していた人々は、『何かから逃げていた』のだ。


 そして、耳をそばだてると悲鳴に混じって聞こえてくる。


 「逃げろぉ!!」「『ドッチオーネ』が暴れているぞ!!」と。


「え、何? 何なのよ──!?」


 突如、キヨシとティナの周囲の地面に当たっている陽の光が、影を伴ってゆらゆらと揺れ出した。そうして太陽の方を見やった二人は愕然とする。


 そう遠くない上空に大きな水の塊が『浮いていた』。


 そしてそこからもう少し下の方で『空飛ぶ白銀の鎧』が槍を構えて大立ち回りを演じているではないか。相手は複数人のガーゴイル。そして白銀の鎧は昨日であった騎士──『レオ・キャスティロッティ』だ。


「……なんかヤバそうだぞ!」


「行きましょう!」


「ウゲー、俺水嫌いなのにィ」


 嫌がるドレイクに対してしかとを決め込み、二人は水の塊を目指して走り出した。


 右へ、左へ、いくつかの細い路地を通って走り抜け、水の塊の真下の大通りへと出る。周りには逃げ惑う群衆。そして、一様に同じデザインのローブを着込んだガーゴイルたちが、裏路地から飛び出してきたキヨシたちをじっと睨む。


「……どういう状況だコイツは」


 どうにも分からないことだらけだ。


「キ、キヨシさん……あの人……!」


「どうした、そこに誰か──」


 街に入ってからというもの、驚愕してばかりだ。


 ティナの視線の先にいたのは、緑毛のハルピュイヤ。


「馬鹿なッ、アレッタさん!?」


 アレッタが、全身痣だらけのボロ雑巾のようになって倒れていた。

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