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第二章-8『お出かけ』

「こうして、誰一人犠牲を出さず飛行機は無事着陸に成功し、『ヤードポンド』滅ぶべしと人類は学んだのでした。おしまい」


「事故に直面した人からしたら冗談ではなかったでしょうから、不謹慎かとは思うのですが……凄いお話でした」


「……ティナちゃんはやっぱいい奴だな」


 街へと至る道すがら、先の話にあったティナが持つ会話への苦手意識の克服の一環として、できるだけお互いに目を合わせ、会話形式でという取り決めの元、キヨシはティナに元いた世界の有名な話を語り聞かせていた。


 今回のお話は『航空事故』。今まさに飛行機を作っているところだし、丁度いいだろうと考えてのことだ。ティナでなくとも興趣を引かれるだろう外の世界の話に加え、ハラハラドキドキの展開に対するティナの愛らしく初々しい反応を見たキヨシは密かに、これをこの旅の楽しみに決めたのだった。


「ここまで熱心に聞いていくれると、話し甲斐があるってもんだね。次のネタを考えとくか……この間地図を見た感じだと、もう大分街に近づいてるはずだが」


 話し込んでいると時が経つのは早いもので、二人がトラヴ運輸から離れて既に一時間近くが経過していた。数日前、街がそんなに離れていて不便じゃないのかとアレッタに聞いたところ、『ビューンって行けばすぐだから平気だぞ!』というマイカー持ちのサラリーマンのような回答をされたのを覚えている。


「街はどんなところなんでしょう? ここに来た日に上から見た感じだと、中央都ほどじゃないけれど栄えている感じがしましたが」


「その日は畑、畑、畑で街には近づかなかったものな──うおッ!?」


 突然ブン、という音がキヨシの耳元で鳴った。


 耳障りな種類の音だったので反射的に身を屈め、耳元を手で払うと、キヨシの周囲を黒い豆粒のような影がブンブンと飛び回る。


 よく見てみればなんてことはない、ただ少し大きいだけの(ハエ)だった。


「オイオイ、この世界は蠅までいるのかよ。俺の体臭そこまでキツ……ん?」


 腰回りに柔らかなな感触を覚えてふと脇を見ると、フードを深々と被った小さなティナがさらに縮こまって、キヨシに引っ付いていた。そして蠅が近くを飛ぶ度に「ひぃ」とか「ひゃあ」とか小さな悲鳴を漏らして、ボロボロで今にも千切れそうなキヨシの服をぎゅっとつかむ。


「……おたく、蠅が苦手なのか?」


「蠅というか、虫が全部ダメで……すみません。嫌でしたら離れます」


「別に嫌じゃない。むしろ俺が臭いわけじゃないって裏付けが取れてよかったよかった、って感じ──」


 キヨシが言い終わるのを待たず黒い影は一瞬真っ白に輝いたと思ったら跡形もなく消えてしまう。ギョッとしていると、


「あーあ、さすがに虫を焼いた火を食う気は起きねえなァー」


 ただ飛んでいただけの蠅は、哀れティナの頭上にちょこんと居座るドレイクに焼き払われてこの世から消え失せてしまったようだ。


「おたく、いたのかよ」


「さっきはお褒めに与かり、まっこと光栄のなんたらってヤツだぜ。普段なんのかんの言いつつも、結局俺がいねえとダメなんだよなァー、どいつもこいつもなァーッ」


「褒めると図に乗るタイプのようだな、このトカゲは」


「人のこと言えた義理じゃねーだろ」


 どうやらティナ先生の講義を始めとして、それ以降の会話も全部聞かれていたらしい。キヨシは気恥ずかしさで憎まれ口を叩くも、ドレイクはまるで意に介さずケケケと笑うのだった。


 街はすぐそこだ。


──────


 オリヴィーの街は、ティナの見立て通り中央都ほどではないにせよ、それなりに栄えていた。


 オリヴィー全体が大概して食物の農業が盛んな地域とあって、特に多いのはそれ絡みの店。八百屋、外食屋、喫茶店と思われる建物が建ち並び、飲食店はどこも満席。そして様々な容姿様相の人々があちらこちらを行きかう。恐らくそれ目当ての観光者が多いのだろう。


 一方、キヨシが目当てとする服に関しては──


「……いや、まあスーツがあるとは思ってないけどよ」


「でも、近い服があってよかったですね」


 当然だが、リクルートスーツなどあるワケもなく。さらに言えば、土地柄か農業向けの作業着の注文の方が圧倒的に多いらしく、デザインにこだわることができるような品揃えは無かった。


 結局、今日の所はできるだけ近いデザインの服及び、顔を隠せるようにティナと同じようなフード付きのローブを購入し、元のスーツは修繕してもらって後日受け取りに行くということで落ち着いた。


 顔を隠すための装いは随分前から欲しかったものだ。これで多少街中を歩き回っても平気だろう。


「それで、これからどうしますか?」


「特にもう用事はないんだが。折角来たんだし、もうちっと見て回りますかね……ん?」


 右手の平に温かな感触を覚えてそちらを見やると、ティナがキヨシの手を握っていた。


「……なんだ?」


「あ……す、すみません。カルロとお出かけする時はいつもこうで」


「あ、そうなの? まあ……いいけどよ」


 きゅっと結ばれた手から、お互いの体温をお互いが感じた。


 そんなこんなで始まった市中散策。特に目的もなく、人込みに紛れてふらふらと歩き、目に留まった店には全て立ち寄る。


 この辺りは観光客が多いのもあり、食品関係の店以外にも様々な店があった。特に土産物屋を巡るのは、元いた世界でもキヨシが趣味としていた事柄でもあったため、二人して足取りは軽やかだ。軽やかなのだが……


「だァーッ、クソが! 鬱陶しい蠅共めッ」


「〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 どうにも街に入る前から空を飛び回る蠅が目立つ。たまに腕を振って追っ払ったりもしているのだが、すぐに戻ってきてしまって対処不能。結局、涙目でキヨシに引っ付くティナの周りを飛び始めた蠅が焼失するのを待つばかりだ。


「ドレイク君、君は本当に頼りになる奴だなァー。一家に一匹欲しいわ」


「そう思うんならもうちっと敬意をもって接しろよなァ」


「心外だな、俺はマジにそう思ってるのに」


「ケッ、ホントかよ……ほら、ティナ。もう大丈夫だから前見て歩けよ。オメーがふらふらしてると俺も危ないんだからな」


「う、うん。ありがとう」


 今のティナは、虫が怖いあまりキヨシから離れられない状態である。『セカイに似ている少女がくっついて離れない』、ただそれだけでなんだか照れ臭く、自然に頬を掻いてしまう。


「すみませんキヨシさん、鬱陶しいですよね」


「何度も言わすなよ。むしろ役得みたいなもんだ」


「ふふっ、なんですかそれ」


 ──こうしていると、なんだかセカイと一緒に遊んでるみたいだな。


 セカイとは、元いた世界にある近所の公園でしか遊んだことはない。『一緒に公園から出てどっか遊びに行きたいなぁ』と思うこともあったが、セカイと話しているとそのうちどうでもよくなってきて、結局共に腹が空くまで公園に入り浸るという毎日。


 そんなキヨシにとって、今このひと時は夢のような時間だった。もっともティナの年齢が年齢故、周囲には年の離れた兄と妹くらいに見えるだろうが。


「……いや、『誘拐犯と被害者』がいいとこか?」


「キヨシさん?」


「え、ああいや、何でもない。さあなんでも好きなだけ頼むがいい、俺が全部支払うぜ。ただし、あんまり食い過ぎると晩飯食えなくなるからな」


 そうしている内に陽もそれなりに傾き、歩き疲れたキヨシたちが訪れたのは、街角にある小洒落た喫茶店──と、思しき場所。


 読めないメニュー表をティナに通訳してもらいつつ、会話は通じるのに緊張でエセ外国人のようなカタコトで注文内容を喋ったため、ティナに吹き出され、ドレイクは抱腹絶倒。しかしあくまでキヨシの気分は晴れやかだ。


 そんな空気が崩壊するきっかけは、ティナの些細な疑問だった。


「そういえば、先程から聞こうとは思っていたんですけど……キヨシさん、お金持っていたんですね? 服屋さんでも、いつの間にか支払いを済ませていたみたいですし」


「ん? ああ、それはちょっとインチキしただけなのよ。今にして思えば、オリヴィーに行くまでに使った金も、こうして捻出すべきだったんだが……」


 何のことだかさっぱりのティナに向け、キヨシは人差し指を一振り。すると指の軌跡から拳大ほどの大きさのソルベリウムが顕現し、手中に収まった。この行為が意味すること。それはつまり──


「『ソルベリウム払い』だ。高価な鉱物って前情報はあったから、服屋で試したら上手くいってさ。帰ったら姉さんに話した上で、コイツで必要な路銀を確保──」


「ッ──二度とそんなことしないでくださいっ!!」


 テーブルを叩くようにして身を乗り出し、怒鳴り声をあげるティナに、キヨシのみならず周囲の席の人々も驚いて注目する。ティナは集まる視線に耐え切れず、程なくして着席したが、キヨシに対しての怒気は収まってはいなかった。


 正直なところ、キヨシはティナがなぜ怒っているのか理解できていなかった。これまで積み重ねてきた失態と違い、誰かに迷惑がかかったワケでもなかったからだ。それどころか、今は国そのものを敵に回しているような状態だというのに、何を今更とすら思った。確かに得意そうに話すようなことでもなかったかもしれないが。乱用した結果経済に与える影響への懸念からか? などと突拍子のない想像がキヨシの頭をよぎる。


 そうしてキヨシが目を丸くしていると、ティナは小さく、しかしハッキリと、


「そんなことしてものを食べるなんて、私は絶対に嫌です。気分が悪いじゃないですか。今のキヨシさんは、カルロのことをズルいなんて言えませんよ」


「ぐ……しょ、しょうがないだろ。俺は今冗談抜きで文無しよ、文無し。マジに金が無いとなると、これしかやりようがないって。第一、創造主サマへの背信なんてもっとあくどいことしてるっつーのに、便利パワー使った金策くらいで──」


「とにかく! そのソルベリウムはあとで捨てておいてください。ここの支払いは私がしますから」


「マジィ!? 勘弁してくれよ、子供に奢られる大人とか最高にダサいぞッ!」


「石ころなんかで支払うよりもずうっとマシです!」


 キヨシとティナが小声で言い争っていると、入り口のドアにかけられたベルがチリンと澄んだ音を鳴らした。ほとんど反射的にか、それともティナから逃れるためだったのか、キヨシは音の鳴った方へと振り返る。


 その客の出で立ちを見たキヨシは絶句した。大慌てでローブを被り、ティナにもそうするようにと促した。


 ──馬鹿なッ……! なんでここに!


 いや、理由は理解できる。ここにお尋ね者がいる、ただのそれだけだろう。キヨシが言いたいのはそういうことではない。


 少しだけフードとテーブルに隙間を作り、入ってきた『白銀の鎧』を観察する。


 ──なんでこのタイミングなんだよ、『ヴィンツ国教騎士団』ッ!!

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