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第二章-4『本題』

 アレッタの家にしばらく厄介になるキヨシ一行は、トラヴ運輸のハルピュイヤたちの食事にも同席することになった。


 聞くところによれば、トラヴ運輸の社員─会社なのかは知らないが、便宜上こう呼称することにする─は、大抵は寝食を含めた生活を共にしているようで、広い休憩室に集まり、学校の給食時間よろしく朝昼晩の食事を()ること自体は珍しいことでもなんでもないという。


 ただ、今回非常に珍しいのは、


「あのさ、アレッタさん」


「ん?」


「この職場にはさ、男はいないのか?」


 いつもは女性しかいないこの職場に、一人だけ男性が紛れ込んでいるということだ。男の名は伊藤喜々。


 いや、別に文句はない。


 確かに物珍しいものを見るような無数の目線は感じる。こっちからしたら誰もかれも珍しいというのに。なので居心地が悪くないかと言われれば否だが、この程度のことで文句をイチイチ付けるほどキヨシは狭量ではない。ただ、この男女比は明らかに偶然ではない何かを感じると言わざるを得ない。


「んー、男はいないよ。ここはハルピュイヤしかいないからな」


「いやいや、ハルピュイヤしかいないってことと男がいないってことに何の因果が──」


「キ、キヨシさん」


 キヨシが言い切るその前に、隣に座るティナがキヨシの太ももを突っついて制止した。また礼節を欠いたことを口走る気配を感じたのだろう。キヨシはそれを素直に受け入れ、ティナの方に耳を傾けた。


「ハルピュイヤ族には、生物的に女性しかいないんですよ」


「え? それじゃあ遠からず滅びちゃうんじゃないのか?」


「えっと、ハルピュイヤ族は普通の人間と結婚して子供を作るんですけど。その場合、子供は絶対にハルピュイヤ族になるんだそうです」


「えぇ……遺伝子が強過ぎ──痛って!」


 子供相手なので直接的な表現は避けたが、それでも思わず正直な感想が口から洩れ、向かいのカルロッタに爪先で脛を蹴られた。


「白黒どうしたんだ?」


「『美味すぎる』ってさ。感動のあまりこうなってるだけだから気にしないで」


「こ、この女ッ……」


 カルロッタの制裁により、食卓に突っ伏して低い唸り声のような声を上げるキヨシの頭に、何かが『もさっ』と覆い被さった。こそばゆさに思わず頭を上げて辺りを見回すと、キヨシよりも二回りほど小さいハルピュイヤ族の少女が、キヨシの背後でケタケタと笑い、


「にーちゃん、うちのメシそんなに美味しかったの? いつも何食べてたらそうなるんだ?」


「え、質素ながら普通のメシ食ってたと思うぞ。ここの普通はどうか知らないけどな」


「嘘だー、そんなに服もボロボロでさ。ビンボーな感じが身体中から溢れてるぞ!」


 その子は別のハルピュイヤに叱られそうになり、「逃げろ逃げろ」と走り去ってしまった。食事中に行儀がいいとは言えないが、キヨシは別段と悪い気はしなかった。が、カルロッタの隣に座るアレッタがばつが悪そうに頬を掻いて、


「ごめんなー、後でよく言っとくから勘弁してやってくれ」


「別に。どっかのトカゲ相手にするのと同じ、と思うだけだ。それにホラ、服がボロボロなのは本当だしな」


「なんだ、私の真似か?」


「さっき見逃していただいた返礼みたいなもんだ」


「ヘヘ、ありがとうな」


 気の利いた返しができたが、蹴られた脛をさすりながら故に格好はつかない。しかしそれはそれで雰囲気は和やかになる。


 前言撤回。和気藹々(わきあいあい)とした空気で『案外、居心地は悪くない』とキヨシは思い始めていた。


「それはそうと、だ。今回ここに寄った理由についてそろそろ聞きたいな」


 ここに来てようやく本題だ。


 現状キヨシとティナに分かることは、『オリヴィーにアティーズへの亡命に使える何かがある』ことと、『その何かにアレッタが関係している』ということだけ。その両方の答えを知っているのは、カルロッタだけだ。


 カルロッタは立ち上がり、皿の端に残ったオリーブを摘まんで口に運ぶと、


「アレッタ、二年くらい前に私たちで作った『例のブツ』はまだ残ってる?」


「え? あ、ああ一応残してある。でもカルロッタさん、あれは……」


「大丈夫、運用する目途が立ったのよ」


 相変わらずキヨシとティナにはさっぱりの会話だが、少なくともカルロッタとアレッタの間では意味が通じているらしい。


「さあ、二人ともとっとと食っちまいな。事情を話すには、見てもらわないと始まらないから」


「分かったけどもうちょっと待ってくれ、俺はともかくティナちゃんのメシが全然減ってねえんだ」


 キヨシの見る限り、ティナの皿の上には出された料理が八割方残っているように思える。アレッタが『口に合わなかったのか』と心配気にティナの顔を覗き込むと、


「……あ、違うんです! むしろとっても美味しくて、その」


「『勿体なくてちびちび食ってる』というのか? それこそ勿体ねえぜ、美味いもんは口一杯に頬張ってこそ──」


「いえ、何度もおかわりをいただいてしまって……これで四皿目なんです。あちらの方も『いっぱい食べなよ!』って……」


 視線の先には、良い笑顔でこちらに向かって翼をブンブン振るハルピュイヤ。自らの旺盛な食欲を酷く赤面しながら告白するティナに、一同ズッコケる他なかった。


 『上品な食いしん坊』。そういうのもあるのか、とキヨシは新たな発見に少しだけ口角が上がった。


──────


 深夜、従業員全てが帰宅し静寂に包まれたトラヴ運輸の倉庫の一角。そこは倉庫の部屋の中で唯一、クライアントの荷物が一切置かれていない場所。では何があるのかというと、二人のとある少女が一時期熱を上げて製作していた、血と汗や言うならば絆の象徴のようなものが、未だ置き去りにされているのだという。


「で、これがそうだっていうのか?」


「絆の象徴、っつったよな? それを平気でぞんざいに扱いやがって」


 だだっ広い部屋の真ん中にぽつんと置かれている、鳥を象ったような巨大な何かを手の甲でコンコンと叩くキヨシを、カルロッタは嫌悪感たっぷりに非難した。ティナは若干の苦笑いをしつつ、


「えーっと、カルロ。それでこれは一体何なの?」


「見て分かんない? 『鳥』よ」


「いや、まあ、何となくそういう感じには見えるよね。それで、これは何?」


「だから、『鳥』なんだって!」


「それが分からないって言ってるんだけどなぁ……」


 カルロッタの言い様でティナは余計に混乱した。分からない人に分かるようになっていないのであれば、それは説明とは言えない。見かねたキヨシはアレッタに目配せで解説を要求し、アレッタもまた意図を汲み取って答える。


「コイツはな、二年前に私とカルロッタさんで作っていた、『人間でも空を飛べる乗り物』なんだ」


「マジィ!? じゃあこれ『飛行機』なのか!? オッたまげたな、やっぱどの世界でも考えることは皆同じか。これ飛べるのか?」


 キヨシの問いにアレッタは少し表情を曇らせ、首を横に振ることで答えた。


「まあ、飛ぶことは飛ぶよ。本物の鳥や、ハルピュイヤ族の身体の構造を基にして作って、動力には貯金叩いて買ったソルベリウム使ったりとかしたんだけど……ソルベリウムに貯めたチャクラ使い切ったらそのまま落ちるだけでさ」


「動力使えなくなったら落ちるのは、当たり前なんじゃないのか?」


「この羽を羽ばたかせるだけで飛べるつもりだったんだ。そもそもソルベリウムは始動くらいにしか使わないつもりだったし。それで何度も事故ってるうちに、ソルベリウムを割っちゃってさ。『もうやめにしよう』って諦めたんだ」


 アレッタとカルロッタの顔には、昔を懐かしみ思いを馳せるような、所謂ノスタルジックとでもいうのか、とにかくそのような気分があった。


 だがアレッタと違い、カルロッタの顔は『展望がある』ことを示していた。


「もしかしてカルロ、これで海を!?」


「そんなとこ。まあ色々問題はあったけど、一番困ってたのはソルベリウムがどうしても手に入りづらかったってことよ。そこんところの問題が解決したから、この乗り物もう一度動かしてみて、なんだったら同じのをもう一機作って──」


「無理だな」


 しかしキヨシは熱を持つカルロッタに対し、冷水をピシャリと浴びせるが如く断言する。呆然とする三人に向かってさらにキヨシは厳しい意見をぶつけた。


「これじゃあアティーズへなどとても行けない。それどころか、この街を出ることすら絶対に不可能だと思うぜ」

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