表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/189

第二章-2『第一村人』

 キヨシはオリヴィーへと至る道すがら、ティナから本で読んだ程度の知識を得る。


 中央都から歩いて一週間と少し、馬等を用いればおよそ二日の場所に位置する、巨大な盆地地形の上に栄えた街。その名の通りオリーブの栽培が盛んで、ヴィンツェストに流通しているオリーブの半分近くがこの街で生産されているそうな。


「で、その街に数日間逗留する理由ってのは何だ? まさかこれからの旅路のメシ全部、オリーブで済まそうってんじゃないだろ?」


「さあ、そこのところはカルロに聞いてみないことには」


 二人でカルロッタを窺うと、カルロッタはニマリと笑って、


「まあね、当然オリーブ……というか食料の調達も急務。誰かさんが朝飯作るの失敗して色んなもん燃えカスにしやがったから食糧難、できるだけ人目に付きたくないっつーのに宿屋の世話にならざるを得なくなったわけだから。口止め料で宿代にイロ付けたりしてさ」


「悪かったな! そんな当てつけみたいに言うことないだろォ!?」


「でもあの火はなかなか美味かったぜ、ケケ」


「それは火が主食のおたくだけじゃい!」


 いつの間にかティナの頭上に顕現していたドレイクの皮肉交じりの擁護も火に油、いや火の精霊という生態を鑑みれば、どちらかと言えば油に火か。ティナも俯いて笑いをこらえているし。


 それはさておき。


「実は私の真の目的はここにある、というより『ここにいる人』にあるのよね。そのために、できれば日が沈まないうちに街に入りたいとこなんだけど──っと」


 カルロッタは地面の起伏につまずき転びそうになったティナに腕を伸ばして抱きかかえ、


「はい気を付けて。ここら一帯似たような景色ばっかりで、下手したら崖すら気付かなくて落ちる人だっているんだと。ティナってば、結構そそっかしいんだから」


「う、うん。ありがとう」


「ああ、ティナちゃんがそそっかしいってのは俺にもよく分かる話だ。あの日、親父さんからカルロッタさんの話を聞かれた時なんか──」


 キヨシが先走り、ティナの少々気恥ずかしいエピソードを暴露しようとしたその時だった。


 端的に言うと──キヨシがその右足で踏もうとした地面が、無かった。


 そのような状況にもキヨシはまるで物怖じせず、『ああ、魔法ね』程度の認識しか持たなかった。いよいよ持って、場に染まってきたというところか。ただし、今このひと時においては、


「わっ、あっ!? うおああああァァアアアァァァーーーーーーッ!!?」


「き、キヨシさ──!!」


 その余裕は、ただの油断。


 キヨシはカルロッタの言うところの『似たような景色ばかりなのが原因で気付きづらい崖』に気付かず、足を踏み外したのだ。『魔法』でもなんでもなく『物理』。起こっていること自体は現実も異世界もない、ごくごく当たり前の現象だ。


 ただちょっと、地面に激突すれば無事ではいられないような高さではあるが。


「言ったそばからこのバカタレ、がッ!!」


 カルロッタが地面を叩くと、崖の壁面部分から土が隆起してキヨシを受け止めんとする。が、キヨシの落下するエネルギーの方が勝り、というよりは隆起させた土の強度が足りず、キヨシは土をブチ抜いてさらに落下していった。


 その刹那、カルロッタが隆起させた土の突起を掴もうとキヨシは手を伸ばし足掻く。


 残念ながら手は届かなかったが、キヨシの指先の軌跡が輝き、ソルベリウムが土の突起に生えるように顕現して、届かないその距離を補った。


 キヨシと融合した謎のペンの力だ。


 とはいえまだ終わったわけではない。さてどうやって登ったものかなと上を見上げた際、自分の右手──というより、右手で掴んでいるソルベリウムに、キヨシはある発見をした。


 以前峡谷でペンが発動し、同じようにソルベリウムを顕現させた際、無から有を生む滅茶苦茶さはともかくとして、ソルベリウムの形状はそこらの道端に転がっている石ころと同じで、決まった形を持っていなかった。しかし今回は、


 ──なんだこれ……『フック』、いや『鉤型』? なんでこんな形に?


「きー君大丈夫!?」


 キヨシの思考は、いつの間にか土の突起に片足立ちしていた『瞳の黒い』少女の声により中断される。


「ティナ……じゃねーやセカイこの女ァ! 降りるなら俺を置いて降りやがれ!!」


「セカイなのか? いやいやそもそもにして、お前まで降りてきてどうする!」


「ん」


 ティナを押しのけて出てきて、キヨシを助けんと頭のドレイクごと降りてきたのであろうセカイは、事も無げにキヨシに手を差し伸べる。


「跳ぶよ」


 キヨシもドレイクも一瞬、セカイが何を言っているのか分からず戸惑ってしまう。セカイの言うことはつまり、上まで目測で五、六メートルほどの地点から跳躍して、上まで戻るということを意味するのだから。しかも今現在セカイの足場になっている土の突起は小さく、片足で跳ぶことになる。


 だがキヨシは既に見ていた。セカイが常人、いや人間離れした身体能力でもって国教騎士団の追跡を振り切ったところを。理屈も原理も全く不明だが、考えている時間も、躊躇している猶予もない。故に、キヨシは信じてその差し伸べられた手を掴むのだ。ドレイクは完全に置いてけぼりだが知ったことか。


「いっくよォーーーーーーッ!」


 さあいざ、その爆発的脚力によって土の足場を──


「あっ」


 踏み抜いた。


 そもそも、この土の突起物が何故セカイが片足立ちする程度のスペースしかないかと言えば、カルロッタが隆起させた土をキヨシから解き放たれた位置エネルギーがブチ抜いたからだ。


 早い話が、『非常に脆い』。


 よって、突起はセカイの脚力に耐え切れず粉砕され、セカイの足はその場で空を切るだけになってしまったのだ。


「おッ……前なんてことをッいや『いっけね』みたいな顔はいいから!!」


「うわッ、私のっていうかティナちゃんのベロなっっっがエッッッロ」


「フッざけんなーーッ!! ああああああァァアアアァァァ!!!」


 健康的且つ艶めかしい顎の下まで伸びるピンク色の舌を出して、頭をコツンと叩くセカイへの怒声が空しく響き、哀れ二人と一匹は再び地面に向かって真っ逆さま……。


 と、思われたその時、二人は服の襟首を引っ掴まれ、キヨシの予測に反してグイっと上昇し始めた。


 思わず引っ張られる方向へと視線を移すと、傾いた陽の光の逆光により全身に影の落ちた人型の何かが、キヨシたちに覆い被さっているようだった。さらに言えば、キヨシとセカイを引っ掴んでいる、その人型の何かのものと思われるそれは、


 ──……鳥?


 ワケが分からないまま、どこか清々しく心地の良い風を全身に受けながら、二人は上へ上へと昇っていくのだった。


──────


「カルロッタさァーーーーん!! ひっさしぶりィーーーーーーッ!!」


「ちょ、ホントアンタはもう! やめろったら、『アレッタ』!」


 カルロッタは口ではそう言いつつも、キヨシの目には、二人は飼い主にじゃれついて遊んでいる動物、といった風に見えた。そう見えたのには理由がある。キヨシたちをすんでのところで救出した、彼女の出で立ちだ。


 天然の人間のものとは言い難い深緑色の髪の毛や、ボディラインの強調された黒のライダースーツ的な服装と頭にかけたゴーグル。


 そして何より、四肢が人間のそれではないのだ。


 手にあたる部位はあるが肩から先は鳥類の翼になっており、膝から下も鳥、それも猛禽類のそれと思われる力強さを感じるゴツゴツとした足が生えている。


「よー、こっちじろじろ見て何?」


 自分の世界に没入しつつも、キヨシがその少女をじっと見て観察をしているのはバレバレだったらしい。


「え? あ、ああ。その、『亜人種』っていうのか? こうやって直接話したりっていうのは初めてだったから。気に障ったんならゴメンな」


「んーん! 私は見られるの好きだからいいぞ!」


「あ、そう……見られるのが好きってなんだよ。まあいいや、助けて頂いてどうもありがとう」


「いやー、私の目に留まらなかったらあのまま死んでたぞ! いっぱい感謝しろよ、白黒とちっちゃいの!」


「ハ、ハハハ、白黒ね白黒。クッソ、見た目故に否定できねえ」


「むー、ホントはもっと色々おっきいのに」


 セカイは頬を膨らませてむくれていたが、逆にキヨシの力は抜けていった。軽い謝辞を述べ、説明を求めるべくカルロッタの方を見やると、そちら側もその意図を察し、


「コホン……この子はアレッタ。有翼の亜人種ハルピュイヤ族の子で、まあ……私の友達。それと今回ここに来たのはこの子に用事があって、よ」


「ほえ? なになにどしたの?」


「オイ、本人が分かってねえぞ」


 当のアレッタの方は何のことなのか皆目見当もつかない様子だが、ともかくこの第一村人が、カルロッタの目的の根幹にあるのは確かなようだ。


「説明は後でする。じゃあ私たちは宿でも取ってくるからまた明日にでも……」


「宿がまだならうちに来なよカルロッタさん! そんでいっぱい話を聞かせてくれ!」


「ホント? それじゃあそうしちゃおうかな」


「やった! こっちこっちカルロッタさん!」


 アレッタは翼を広げて大空へと舞い上がり、早く早くと一行を急かすように先導した。キヨシはぶーたれるセカイを宥めながら、カルロッタの後ろについてオリヴィーへと入っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ