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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-98『天運、不運』

 しくじった。


「よう。ヴァーゴさん……だったよな」


 セスト・ヴァーゴは目の前でぶっきらぼうに足を組んで座る黒服、イトウ・キヨシを殺しに行って、返り討ちに遭った。おまけに口封じの対象となって仲間が二人主人に殺され、捕虜となって城下町から離れた森の穴倉で数日間勾留されている。生き残った残りの二人がどうしているかは定かでないが、恐らく同じようにしているのだろう。


「気分はどうだい? 食欲は? その手の福利厚生はちゃんとしてやってくれとは、爺さんに言っといたんだけど……」


 確かに、食事はかなり質素ながらキッチリ出されているし、特に酷い目に遭わされたりはしていない。というか酷い目に遭うという話であれば、キヨシの方が幾分酷い目に遭ったのは間違いない。にもかかわらず、やたらと気さくに接してくるキヨシの内心を掴めず、セストは何も言わないまでも困惑を隠せずにいた。


「相変わらずだんまりか。ああいや、結構。別に俺は何か聞き出そうってんじゃないからな。ただ答え合わせがしたいだけなんで、何だったらただこっちが一方的に話すのを聞いてくれてたっていい。……さて、その前に。この間言いそびれていたけれど、まずは同僚の兄妹のこと。とても残念に思う」


「……────?」


「どーいう風の吹き回しだって顔してるな。色々と調べさせてもらった。おたくらへの印象もずいぶん変わったよ」


 まさにキヨシが言った通り、どういう風の吹き回しなのか──いや、分かる。セストは、キヨシがこの国の真実に、どこまで到達しているのかを瞬時に理解し、直後キヨシが何を口にするかさえ予想していた。


「なんせ今、死人と話してるんだ。さすがに態度も改まるってモンだ」


 そして、予想は的中していた。


「……そうなったか」


「あ……! フッ」


 セストの口を突いて出た一言にキヨシが目を丸くしたかと思うと、彼の力と緊張が呼気となって鼻を抜けていった。半ば侮りともとれる態度に、セストの眼に力がこもる。滲み出る怒気をキヨシはしっかり感じ取って、バツが悪そうに目を逸らして罪悪感を誤魔化した。


「いや悪い。今、用事の半分が済んだ。もう半分の用事を済ませよう。やっと口も利いてくれたことだしな。それと、ここでのやり取りは爺さんたちにはオフレコ……あ、内緒ってことね。とにかくそうしてあるからな」


「……何故」


「まあ……ちょっとな」


 含みのある言い回しをしつつ、キヨシはセストへの事情聴取を試みる。セストは最早観念していて、キヨシが前置きしたようにただ黙って話を聞いている気はなくなっていた。


 かくのごとし──セスト・ヴァーゴ以下、マッシモ・デサンティス、マルタ・デサンティス、イレネオ、ヤコポ。彼らは全員、戸籍上は既に死亡している亡霊兵士だ。そのうち二人は哀れ本物の亡霊となってしまったが、とにかく彼らは、社会的に死んでいるという立場を使って、この国のために必要なことをやってきた。


 今回の仕事もその一つ。国の窮状を救うため──そう信じて──セストたちは主人の命でキヨシたちの命を頂戴しに参上したというワケだ。


「どうやら、すべてを知ったらしいな。この国が今、どういう状況なのか」


「いや、実はそうでもない。何故そうなったのかが分からんってとこだ。何が起こってるのかは分かったがね。おたくに検閲がかかってないらしいことも」


「……正確には、『かかっていた』。かかっていた検閲を後から取り払われたのが、我々だ──むッ?」


 セストの発言を聞いたキヨシの表情が見る見るうちに曇っていく。それから思案気に顎を弄りながら俯き、その数秒後には、無言で穴倉の中で見えもしない天を仰ぎ見た。このなんでもない会話からキヨシが何を見出し感じているのかは、セストの知るところではない。だが眼前でげっそりとしている青年は、もしかしたら今、自分が掴んでいる以上のことを掴んでいて、その結果としてこんな反応を示しているのではないかと、セストはそう思えてならなかった。


 そう思わせるだけのことを、キヨシは──一行は積み重ねてきている。


 などとセストが考えている最中、キヨシは突然立ち上がり、


「よし、用事は済んだぜ。どうもありがとう。まだしばらくここにいてもらうけれど、そう遠からず出られると思う。それまで、おとなしくしてな」


 脈絡なく尋問を打ち切り、(きびす)を返すキヨシの背に、セストは声色に困惑をのせて正直な言葉を投げかける。


「オ、オイ。何も聞くことはないのか?」


「言ったろ。用事は済んだ。おたくは俺が知りたいことを全部話してくれた。それとも、何か聞いてほしいことでもあんのか?」


「……──────」


 聞いてほしいこと、そんなものは別にない。そもそも、セストは雇い主との間に守秘義務があり、何か一つでも話すワケにはいかないのだ。そう、一つでも。


 たとえば『自分の名前』も。


「じゃ、強いて一つ挙げるとして……。何故、俺たちに塩を送るような真似を? あ、これ俺の故郷の言い回しね。意味はなんとなく分かるでしょ?」


「……私はただ、名乗っただけだ。何のことか分かりかねる」


「嘘だね。昔、聞いたことがある。兵士ってのは捕虜になった時、名前や階級、認識番号、生年月日以外喋るなと教育されるそうだ。しかしおたくは少なくとも社会的には兵士じゃない。死人だ。口を利く死人があるか。そんなことは俺に得意そうな顔で解説されるまでもなく分かっているだろうよ」


「お前の世界の兵士の話など知るか!」


「俺はこの世界に来てしばらく経ち、確信していることが一つある。世界が違えど、手足が人のそれじゃなかろうと、結局どこまで行っても皆、血の通った人間だってこと。良くも悪くもだけどな。だから、たぶんそういう立場の人が持つルール……決まりのようなものも、多少環境に差があっても、恐らくそう変わらないんじゃねえかって思うんだよ」


 キヨシの言うことは当たっている。実際、セストたちはそれに従って黙秘を貫いた。だが、どういうワケかセストは自分の名前のみならず、同僚たちの名前すらもキヨシたちに喋ってしまった。それが何故なのか、実のところセスト自身にも言語化できるほどハッキリとは分かっていなかった。


 だが、キヨシはその理由をごくあっさりと言ってのけた。


「要するに、おたくはあの時、最早何が正しいのかが分からなくなっていたんだろう。雇い主を裏切ることはできない。けれど爺さんの言うことにも何か感じるものがあった。だから、俺たちに、事の真相につながる情報を与え、辿り着くかどうかをお天道様に任せたワケだ」


「馬鹿な。よくできた妄想ではあるが」


「それ以外に名乗る理由なんかあるか? 俺の貧困な想像力じゃ、他には思いつかん。ッつーかだったら逆に聞くけどよ、さっきの『……そうなったか』はなんだよオイ」


「そんなマヌケ面で言っていないぞ」


「悪かったなマヌケ面でよ!」


 真面目な話のつもりが憎まれ口の叩き合いに発展していたが、()()()()動揺を隠すのには丁度良かった。


 まずセストとしては、キヨシの考察を聞いてほんの一瞬でも『ああ、そうか』と得心する自分がいること、そしてこの結論を導き出したキヨシの洞察力に驚嘆を禁じ得なかった。この国の真実に辿り着いた努力、そして機会を引き込んだ天運。この男が右手の能力を抜きにしても、国のこの先を左右するだけの特異点になり得ることを、セストはほとんど疑わなくなっていた。逆に、こんな奴が標的の近くにいた()()を呪いたくもなっていた。そういう理由から半ば八つ当たりで出てきた暴言でもある。


 ひとしきり罵り合ったあと、一周回って二人とも頭が冷えたのか、襲い来る脱力感にぺしゃんこにされて深い溜息を吐き出す。繰り返しになるが、片や殺されかけ、片やそれを返り討ちにした二人だ。


「……まあ、理由はこの際どうでもいい。とりあえず、爺さんとアツい舌戦を繰り広げたおたくの、『国のために戦っている』って意志は、理想は違えど本物だと思う。だから、俺はもうおたくから直接雇い主を聞き出そうとはしねえ。そうするまでもなく、この事件の全貌もなんとなーく見えてきたことだし」


「何?」


 キヨシの『勝利宣言』とも取れる物言いに、セストは思わず声を上げる。そんな彼を一瞥もすることなく、キヨシは再び歩を進めていった。


「顔面もそうだけど。我ながら自分の頭脳のマヌケさに辟易としてるんだよな。こんな簡単な可能性に気付かねえとは……。ま、期待はしないでくれよな」


 そしてもう一つ、これはキヨシがひた隠しにしている動揺の話。さっさと会話を打ち切ってその場を離れたかったが、セストに引き留められて時間を浪費してしまった。セストにとっては意義深いひとときではあったかもしれないが、そんなことはキヨシの知ったことではない。


 セストが引き留めたキヨシの背中には、冷たい汗がびっしょりとくっついていたのだ。


 ──この状況はかなりマズい!! もう誰も信用なんねえクソッ!!


 このごくごく短いやり取りで掴んだ情報、そしてキヨシが組み立てた仮説は、仲間たちの身が危険に晒されて──否、最初から最後までずっと危険に晒され続けていたことを意味していた。

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