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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-95『社会の異物』

「お連れしました」


「どうぞ」


「オイ。儂の部屋なんじゃがな」


 一行はキヨシが住んでいた部屋──もとい、マノヴェルのために用意された部屋に、部屋主の了解なく通された。些末な話ではあるが、主の機嫌を損ねないようにという気遣いが働き、キヨシは戸の前でジャケットを脱いで、頭を少し下げて入室した。


「ご苦労様。ジーリオ、貴女の用事はもう半分は済んでいるでしょうけれど、貴女も同席して。諜報部隊にとっても重要な話ですから」


「はい。これまでにないくらい忙しくなりそうですね」


「そうでしょうね。覚悟しましょう」


 実のところ、内心では『諜報部隊も大変だよなあ』程度に考えていたキヨシだったが、隣で姉妹+α(あとドレイクとセカイ)の背筋がピンと伸びたのを見て、そっと目を伏せる。元々とてつもなく多忙な日々を過ごしているジーリオがこんなことを言うというのは、それだけの事態だということを暗に示しているようなもの。そのあたりは、一緒に働いていた面々の方が詳しいワケだ。


 とどのつまり、キヨシの気はますます重くなっていた。


「さて。すでに全員に話は共有していますので、お気兼ねなく」


「それは話が早いや。もう議会員なのを隠す気もないのは確かだわな。どういうつもりか知らんけど、これで追い詰めたも同然だぜ。というよりか、勝手に袋小路に入ってるのか」


「そう上手くいくと思うか。小僧っ子の浅知恵で勝とうとすると痛い目を見るぞ」


「ケッ。だってそうじゃねーかよ。議会員は七人。陛下とセラフィーニさん、あとおたくを除いてあと四人。最初は雲を掴むような話だったのが、ずいぶん絞り込めた。問題はそのうちの誰が、ということだけど、その情報を漏らすことで何が起こるかを考えれば、さらに絞り込むのはそう難しくないはずだ」


「それが本当なら、の」


 明るい話題の一つもないとやっていられない。そんな気持ちで現状をなるだけ前向きに分析しようとしたところ、マノヴェルが悪意なく出鼻をくじき、容赦なく叩き潰してしまった。しかもド正論過ぎてぐうの音も出ない。


「ええ。ですから確証を得るため、つい今しがた、ジーリオを飛ばして私から直接、難民群に一人だけ遣いを出しました」


「構いません。今は丁度、難民群の諜報員を例の依頼へ充てていて、手薄でしたから。何より、事は急を要します故」


「ん?」


「キヨシ、何か?」


「ああ、いや。そのッ……なんだ。あの……ジーリオさんの盗聴になんで引っかからなかったのかなって……」


「恐らく引っかからなかったワケではないと思います。覚えていますか? 二人の会話を盗聴した際、私はどうしていたか」


「どうって……あ、なるほど」


「盗聴に使った水を回収しないとダメなのね」


「後々ウンディーネ様によって浄化され、循環する水は別ですけれどね。使用人側の内偵も、私自らその方法で進めます」


「無論、奴隷側への遣いには盗聴のために設置した水の回収も依頼してあります。すぐに結論が出るはず」


 どうやら話に聞いていたほど、水の盗聴技術も万能ではないらしく、意外な弱点もあったようだ。とはいえ流石というかなんというか、そこのところのフォローも抜かりない。任せておいて問題ないだろう。


「分かった。で、以上を踏まえて。議会の御二方に是非聞いてみたいことがある」


「ええ。想定できる限りの最悪の未来を、お伝えせねばなりませんね。とりあえず、『機密情報は漏洩している』という前提で話を進めます」


「やっぱり話が早いぜ」


 本当の問題はここから。


 少し前からキヨシが懸念している事柄。先にも触れたが、此度の情報漏洩によって何がもたらされるのか、という話だ。


「伝えるも何も分かってるって。アタシたちの居場所が──」


「確かに、それは容易に想像できますね。これだけでは済まないということも」


 少々棘のある言い回しに眉を顰めるカルロッタを他所に、キヨシは薄い人生経験やらなんやらを総動員して、よくよく考える。ティナも同じ。ドレイクも珍しく、周囲に同調して頭を悩ませている。セレーナとしては、一行の理解が及んでいないことは意外だったようで、少し困ったような笑みを浮かべ、


「ヒントです。この話は、奴隷中心に漏れているということ」


「奴隷……?」


「ではもう一つ。アティーズにおける『奴隷』という身分がどのようなものか、思い返してみて」


「勿体つけた言い方してねーで、とっとと答えろォ駄肉女」


「ドレイク!」


 あまりの物言いにティナが声を荒げるも、当のセレーナはどこ吹く風といった様子でニコニコと笑う。それが余計に気に食わなかったドレイクは、悪態をついてそっぽを向いてしまった。


 それはさておき、ここまでヒントを出されても分からないようでは、特に今現在奴隷として生きているキヨシとしては情けない限りだ。ここはなんとしても正解を導き出したいところ。


「奴隷制度は元々、先の大戦であぶれた戦争難民たちの救済策でした。それが今は、貧困層の救済策へと拡大されています。今は王宮外壁の工事が仕事です。ここまでお話すれば、いかがでしょう」


 ジーリオも気を回して解説してくれている。過去に伝え聞いていた話も含めてまとめると、


 奴隷とは、労働者の最下層で、社会のセーフティネットの役割を持っている。戦争難民以外にも、単純な貧困層を擁してもいて、双方に共通しているのは『社会的な生き方を知らない』こと。そして今は、全員が王宮外壁工事の仕事に就いている。


 全員が。ただ一人の例外もなく。


 キヨシはハッとした。


「……王宮外壁の作業が終わった後で、何か雇用先が用意できてるのか?」


 当然湧いてくる疑問に、セレーナとジーリオは顔を見合わせ、首を縦に──というより、俯くことで応えた。


「そう……少なくとも今は何もない。ウンディーネ様のお陰で、アティーズの暮らしは一見すると豊かに思えますが、実際は、戦争の賠償というお題目を笠に着て、超大国ヴィンツェストからの恵みを享受している、国家規模で貧しい国。とても今抱えている奴隷たちすべての雇用先まで、面倒を見ることができません。その上、奴隷にかかる諸費用の大半は市井が納めた税金です。国民の負担は計り知れない」


「とはいえ、王宮外壁工事はどう短く見積もっても十年近くかかる仕事だから、その間に国を立て直す腹づもりでいました。思惑通りに事も進んでいた」


「……もしかして、キヨシさんのソルベリウムを創る力を使って、ですか?」


「まさか。確かにソルベリウムが大量に入手できれば、一時的に財政は潤うでしょうけれど、それができるほどソルベリウムに頼るとなると、最終的にソルベリウムの価値は暴落し、ただ元の状況に戻るだけ。下手をすれば今より悪くなってしまう。政はあくまで真っ当にね」


「それじゃあ……?」


 仲間たちはまだあまりピンとは来ていないようだ。確かに今の話はあくまで奴隷という立場の人々、そして国が置かれている現状でしかなく、キヨシたちが関わっている事件との繋がりは薄く思える。


 だが、その二つを強く結びつけるものを、キヨシは知っている。いや、持っている。


「奴隷の皆は、たぶんそう思わなかったんだろう」


「どーいう意味よ」


「たとえば、俺がソルベリウム生成能力を使って、王宮外壁工事を巻きで終わらせちまったらどうだ?」


「そんなことしたら、奴隷がまた路頭に……──────ッ!!」


 ここに至り、カルロッタたちもようやく事の重大さに気付いた。


 国が貧しいということはつまり金もない、つまり行くあてもない、つまり雇用先もない。今はとりあえず王宮の外壁工事で一時しのぎをしている最中。しかしここで流星の如く現れたのは、ソルベリウムを際限なく創り出すことができる男。やろうと思えば、向こう数年はかかる国家事業を一年とかけずに終わらせてしまうことだってできる。現にキヨシは、オリヴィーで一日とかけずに飛行機用のガレージ兼製造現場を建設した経験がある。造作もない話だ。


 だが、それは工事に従事している奴隷たちからしても、それを擁している王宮からしても迷惑極まりない。だからこそ、キヨシの能力行使には議会員二人以上の承認を設けられているのだから。


「どうやら俺たちは……いや()()、ハナから社会の異物だった。下手したら王宮全体を巻き込んだ暴動になるぞ。使用人側で俺個人への悪口が突然飛び出したのにも、そういうことなら説明がつく。ちょっと考えりゃ分かったことだろうに」


 居場所を失うどころの騒ぎではない。キヨシには初めから、世界のどこにも、腰を落ち着けられる居場所などなかったのだ。


「実際キヨシのスカスカ脳ミソでも分かる話かもしれねえけどよ。奴隷連中がそんなに賢いかね」


「ドレイクだって分かってなかったくせに、偉そうなこと言わないのっ」


 毒舌絶好調のドレイクをティナがいつものように叱りつけるが、言っていることは一理ある。


「まあまあ。確かに、まだ価値観が未熟な奴隷たちに思いつくような話じゃない。絶対に誰かが入れ知恵をしているハズです」


「……本当に誰なんでしょう」


「奴隷たちと一番密接なのは、五席のアガッツィさんだけど、奴隷の不満が募ってアガッツィさんにイイことなんか一つもないしな」


「そういう話をするなら、そもそも王宮そのものを陥れるような真似して得をする議会員なんている?」


「まあ、そこは例の諜報員が色々調べてくれるでしょ。奴隷たちに直接聞くとかはできないまでも、難民群への出入りとかを外部の人が見てるかもしれないし」


 敵の尻尾を掴みかけている一方、こちらの状況もあまり良いとはいえない。が、黒幕が議会員とハッキリしているし、こちらには虎の子の諜報部隊が味方している。ここはまだ無理をするような場面ではないと、キヨシは判断した。


「……なんからしくなくない? アンタ、いつもはそんな楽に構えてたっけ?」


「楽に構えてるつもりはねえよ。まあもっとも、この話はついさっき転がり込んできた話で、本題じゃねえしな」


「えっと、『棚ぼた』? みたいな?」


「惜しいなティナちゃん。その言い回しは、吉報でしか使わないぜ……とまあ、場も和んだところで。アレマンノさん。報告があるんスよね」


 無理をするのは、これを聞いてからでも遅くはあるまい。

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