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第二章-1『冒険は始まった』

 温かな闇。


 今キヨシが感じている感覚を形容するならば、このようになるだろう。


 身体が重い。押さえつけられている感じではない。だが、重力が果てしなく強く、どういうワケか動けそうにない。そのくせこの闇、キヨシにとってはどうにも心地良く、『動けそうにない』というよりも『動きたくない』という方が正しい。心寂しくもただ一人気怠さの海に沈むキヨシを包み込む、暗い暗い、しかし温かい、優しい闇。


 ──起きて、起きて。


 起きて、と言われても起きたくないし、いつまでだってここに居たい。包まれていたい。というか俺は寝てるのか? などといった考えが巡る。しかし妙に心を突っつくその声も気になるので、起きないまでも目を凝らすくらいのことはやってみる。


 ──美味しそうなきー君……早く起きないと……。


「んぁ……?」


 薄ぼんやりと見えてきたのは、キヨシを捉えて離さない闇を湛えるような黒い瞳──


「食べちゃうぞー♡」


「……うおおおおあああああああ!!?」


 覚醒。自らにのしかかるもの全てを吹っ飛ばして上体を起こし、汗だくで辺りを見回すと、


「びっくりした、急に叫ばないでよー。でもこれが『聞こえる』ってことなんだなーって思うと、悪くない気分だったり? でもきー君の匂いと体温を感じられる喜びには敵わないかなー、寝顔も二十歳の男の子とは思えないほど可愛くて、いつまでも眺め──」


「グダグダ言ってねえで離れろこの!」


 キヨシとしてはただ夜が来たので床に就いていただけ。しかし時飛んで朝となれば、いつの間に入ったのかキヨシが寝ていた布団の中には、前髪の長い少女が潜り込み、ひしと抱き着いていたのだ。


 彼女の名前は、今このひと時においてはセカイ。されど、体はティナのもの。


「あーったく、朝っぱらからうっさいわねー」


 呆れ切った台詞と共にガチャリ、と部屋の扉が開く。声の主はティナの姉であるカルロッタだ。扉を開けたカルロッタの視界に飛び込んできたのは、朝からまだ出会って日も浅い得体の知れぬ男と妹がいちゃついて──


「あ、カルロッタさんおはよー☆」


「はいはい朝飯食ったら荷物まとめて出るんだからもたもたすんなよなー」


「なんか言えばァーーーーッ!?」


 あまりにも予想に反した反応に、キヨシはツッコミに起き抜けのエネルギー全てを注ぐ。今のうちに断罪されておかないと、後が怖いからだ。


「何、罵声浴びせられるのがお望みだったわけ? 毎朝毎朝、がなる気も失せるっつーの」


「初日も別に何も言わなかったろーが!」


 その初日は『何も言わず』キヨシの顔面に足の裏をめり込ませた。というのは、また別の話。


「それじゃあ『アッツいの』を食らいな、ケケケ」


 次の瞬間、キヨシの視界はまたも闇に覆われた。しかし──


「アッヅアアアアーーーーーーッ!!」


 今度の闇は優しさとは大きくかけ離れた、激しいものだったが。


──────


 あの死闘──ヴィンツ国教騎士団との交戦から一週間が経過していた。


 この一週間は街から街へと宿を取りつつ移動の繰り返し。一応騎士団の追手も警戒し、できるだけ衛兵の前を通ったりするのも避けていたが、人っ子一人追っては来ない。手配書的な物も出回ってはいないようだった。やはり、徹底的に情報が隠匿されているようだ。恐らく、姉妹の父であるフィデリオに対しても例外ではないと考えると、都合は良いか。


 カルロッタはキヨシを『最重要研究対象』として、旅のお供に連れて行くことに決めた。『異世界から来た』云々はともかくとして、キヨシの右人差し指に宿った力は、ヴィンツェストという国がどうあっても隠したかった何かで、誰も知らない五百年以前の歴史に関係する何かの可能性は大いにある。初めて掴んだ歴史を紐解く為の手掛かりらしい手掛かりを手放すなど、カルロッタにはできなかった。


 しかし、問題はティナ及びその中にいるセカイだ。


 カルロッタとしてはティナを同行させるのは避けたいところなのだが、一度騎士たちと事を構えた以上は家に戻ることなどできっこないし、何よりその手の話をする度にセカイがティナを押しのけて表に出てきて、キヨシに引っ付き断固拒否、その後セカイが引っ込むとティナが目を覚ますまで眠り続けるという事態がここ一週間で頻発したため、大変不本意ながら連れて行かざるを得なくなった。


 しかしながら、キヨシにとってみれば願ったり叶ったりだった。あの日の夜、カルロッタにはああ言ったが、ティナとの約束──『ティナとカルロッタを助ける』ことを誓ったのと、もしも状況が前後していたら、カルロッタから言われずともこちらから頼んでいた。セカイとも、もう二度と離れたくはなかった。


 こうして、三人──否、四人と一匹の旅は始まったのだ。


 そして現在──


「アー……」


「あんまだらしない声出さないでよ。こっちまで暑くなるじゃない」


 半分砂漠のような熱帯気候地域、しかも登り始めて随分と経つにもかかわらず、未だ頂点の見えない斜面を、トボトボと歩いていた。


「いやだっておかしくねえ!? 中央都だったかは肌寒いくらいだったぜ!? まだそこまで離れてないだろ!?」


「十一月だからね」


「理由になってねーーッ!! じゃあなんでこっちはこんなに暑いんだよ!」


「十一月ですからねえ」


 納得ができずに頭まで温まったキヨシを宥めるようににこりと笑うティナを見て、キヨシは毒気を抜かれてガックリとうなだれた。


「あっちは冬でこっちは夏。カァーッ、季節や気候もちょっと地域が違うだけで滅茶苦茶……なんなんだこの世界は。設計ミスにも程があるだろマジで」


「あまりにお身体に障るようでしたら、無理をしないでくださいね。あの日の傷、まだ治ってないんですから」


 キヨシのボロボロになったリクルートスーツの下は、包帯ぐるぐる巻きのミイラの如き様相を呈している。ある程度跳んだり跳ねたりできる程度には回復しているものの、時折堪える痛みがあった。だが、ティナの心配そうな顔を見たキヨシはそれを一笑に付す。


「そういうティナちゃんも、セカイが悪さして具合悪くなったりとかしたらちゃんと言えよ? 言って聞かせるから」


「毎朝してるじゃないですか」


「うぐぅッ……やっぱ覚えてんのかよ」


 できれば触れたくなかった事柄を突っつかれてキヨシは全力で溜め息を吐く。ティナの方も、恐らく気まずい空気になりそうだからと触れなかったのだろうが、毎日となると話も変わってくるか。


「わ、分かった。あとでセカイには言っておく。だからその代わり、へばりそうな時はちゃんと言うから姉さんをよく言って聞かせてくれ」


「フン、夕方くらいにもっと暑い場所に着くと思うから、覚悟決めなさいよ」


「ウゲェー、マジィ……? あ、そういやちょっと気になってたんだけど、俺たち今どこに向かって歩いてるわけ? そのもっと暑い場所とやらが目的地なのか?」


「私も気になるな……」


 そう、キヨシはカルロッタやティナと行動を共にするとは決めたものの、どこへ行き何をする、などの詳細を聞いていない。ティナも同じく、具体的なところは知らないようだ。


 カルロッタは頭上に『?』を浮かべていたが、まだ話していないことを思い出して「ああ」と気の抜けた声を漏らし、


「じゃあ改めて説明するけど……私の元々の計画は、最終的にはここからずっと東の海を越えて『アティーズ』って島国に亡命すること」


「アティーズ? 昔ヴィンツとの喧嘩に実質勝って、あのクソ騎士団ができるきっかけになった国だよな? あと、俺はそこの出身ってことになってるし」


「そ。今でこそ和平結んで表面上はよろしくやってるけど、遺恨ってヤツは根深いわけ。十五年程度じゃ消えやしない。そういう場所へ行けば、創造教のくだらない戒律や教義に縛られることもないだろう、ってのが私の考え。向こうじゃ『ヴィンツのクソ共が信じる神なんざクソくらえ』って国民感情が強いみたいだし」


「じゃあ、俺たちが向かっているのは『港町』ってことなのか? 海の向こうに行くんなら、船を確保しなきゃいけないんだからな」


「ところがそうじゃないのよ。厄介なことに、船で行くのは厳しいわ」


 意外な回答にキヨシは返す言葉に少々困ってしまう。『何故ゆえに?』といった顔をするキヨシに対しカルロッタは、


「じゃあヒント。原因は、さっき言った"遺恨"よ」


「……あー?」


 ここまで言われてもイマイチよく分からず、かといって『分かりません』と正直に言うのもなんだか恥ずかしく。困り果てたキヨシは、ティナに対し視線を送ることで助けを求めた。


「えっと、確かに海を渡るなら、港町に行けば船は確保できるかもしれませんし、連絡船だってあります。けれど、連絡船に乗るにしても、船を手に入れるにしても、ヴィンツ国教騎士団を通さなくちゃいけないんです」


「え、なんであのクソ騎士団が……あっ」


 『遺恨』。ヴィンツ国教騎士団が設置されたきっかけは、アティーズとの戦争でヴィンツェストが事実上敗北したこと。


「分かったでしょ? アティーズへ至る海路は、ヴィンツ国教騎士団が徹底的に固めてるのよ。私もその辺には困り果ててさ、アンタと出会わなければ連絡船の荷物にでも紛れ込んで入るつもりだったわ」


「ちょっと待てよ。おたくの言う『アンタ』ってのは俺のことだよな?」


「そうよ。アンタ……というよりは、アンタに生えた指のおかげよ。もう砂漠もおしまい。ほら、見えるわよ」


「もう着くのか? 夕方にはまだ早──」


 キヨシとティナは、眼下に広がる光景に目を奪われた。


「私、この景色結構好きなんだ。ここを夕方までかけて下っていくの」


 キヨシはこの登っていた斜面を『山』、いや砂漠なのだから『砂丘』だとばかり思っていた。しかしキヨシたちの前に広がっているのは、今登ってきた斜面の標高よりさらに深く沈みこんでいる、そしてとても広大な、所謂『盆地』。その盆地一面にところどころ虫食いでぽつぽつと広がった低い深緑と、中心近くに一本だけそれらとは違う巨大な樹が視認できた。


「ここはヴィンツェスト東部の田舎町。名前は『オリヴィー』。由来は……なんとなく分かるでしょ?」


「……『オリーブ』か?」


「はい、私も本にそう書いてあるのを読んだだけで、直接見るのは初めてですけど……その、凄いですね」


「ああ、スゲえな」


 人間の中には、素敵なものや雄大なもの……どれも一概して、様々な意味で『大きいもの』を目の当たりにした時、語彙が極端に失われる人種がいる。キヨシもティナも、それだった。


「さて、ここには少しの間逗留するからね。気を引き締めなさいよ」


 『気を引き締める』。それは分かっている。分かっていてなお、一行は昂り溢れ出す感情を抑えられそうにもなかった。

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