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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-87『案外重要な話』

「セラフィーニさんや、どんな塩梅だ」


「大丈夫、なんとか誤魔化せました」


「ご、誤魔化したァ!?」


 戻ってきたセレーナの報告を受けたキヨシたちは、異口同音に調子っぱずれの声を上げた。説明して抱き込んだとかならいざ知らず、だまくらかしてして丸め込んだというのだから、変な声も出ようというものだ。セカイが荒らしまくっただろう部屋の有様──もっとも、キヨシたちは直接見てはいないが──を、どう言い訳したのやら皆目見当もつかなかった。


「まあまあ、ともかくこれで良し。明日の創作活動までにここをなんとか致しましょう」


「いや、しかし。んー……いったいどうやって?」


「ジーリオ。もう立てるでしょ? 手伝ってくださる?」


「ええ、ただもう少しだけ……。マルコ、肩を貸してもらえるかしら」


「ハイ喜んでッ」


「緊張感ないでやんの。なんだかどうでもよく……あ、こうやって誤魔化したのか」


「一応言っておきますけれど、違いますからね? 断じて」


「じゃあどうしたんで?」


「秘密です♡」


「秘密ってのはなんかちょっと困るんだけど……まあ、主目的はそこじゃないし棚上げか」


 普段なら徹底的に追及するキヨシだが、セレーナが気付かない。気付けない。セレーナが純粋な被害者だという先入観もあるが、何よりも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが、キヨシにも感じ取れてしまっていたため、裏の裏を読むことができなかった。嘘を覆い隠しているのが真実では、誰にも暴くことなどできない。


「キヨシさん、立てますか?」


「ああ、もうずいぶんいい。よっしゃ爺さん、こっちの揉め事は片付いたぜ。色々話したいこともあるだろうし──」


 そんなこともつゆ知らず、キヨシはずいぶん遠回りしてきた本題に入ろうと、マノヴェルに声をかける。が、先程までここにはいなかった女性が彼の傍らで楽しげに笑っているのを見て、キヨシは仰天し、ティナの肩を借りつつ右手を挙げて構えを取る。


「うおッ、誰だお前! いつの間に!?」


「あン? 何を驚いておる。初対面ではないと聞いたぞ」


「──!」


 そう言われて女性の容貌をよく見てみると、確かに見覚えがある。ただ、会った時と比較して体躯が何百分の一という超ミクロサイズだったために、気付くのが遅れてしまったのだ。


「ああー……。普通の人間大ってのもアリなんだな、守護神様は」


「アリというか、決まった形などない。今の容貌は、ミケェラの姿を模しているつもりらしい。儂は見たことがないがの」


「ミケェラ……初代の王妃様? 仲良しだったんですね、ウンディーネ様」


「左様」


 カルロッタが開けた床の穴から、ひょっこりと出てくる形で現出しているウンディーネは、前に会った時よりもとても小さく、少し興奮している様子に見えた。


「どんな声してるんだい、守護神様は? 俺も訓練次第で聞けるようになるんスかね?」


「そういうものでもない。そこそこ才能は要る」


「そうなんだ。で、声は?」


「ミケェラの生き写し、鈴の音のような声とでも言おうか」


「あ、そういうところも似せてンだ。全身水人間で鈴とはこれ如何に……」


 ここまで言いかけて、ニヨニヨとした顔でこちらを覗き込むウンディーネを見て、キヨシは肝が冷える感覚を覚えた。


「今更なんだけどさ。こっちが聞こえないだけで、向こうには……?」


「聞こえとるぞ」


 正直、分かってはいた。全然声が聞こえないとそういう感覚が薄いが、諜報部隊が国中に聞き耳立てるのを手伝っているウンディーネだ。というか、別に喋らないからと言って、こっちの言うことも聞こえないなんて道理はない。当たり前の話だ。


 こうなると、あまり滅多なことは言えない。


「あ。あー…………その、なんです。先日は、ありがとうございました」


「……──────」


「あ、あの……本日は、えー……お日柄もよく…………」


 いつになく畏まった、キトキトとした口を利くキヨシを見たカルロッタが噴出した。しかし、それも無理からぬこと。何せ一切口を利かないため、何を考えているのか分からない。ある意味、王女パトリツィアを相手にするよりも気を使わなければならない相手なのだ。


「……なんて?」


「『変な人』じゃと。否定はできまい」


「ごもっとも」


「『面白い人』とも」


「マジィ? 実在する守護神様に気に入られるってのは、なんだか──」


「そして『マジヤバイ、チョーイケてる』じゃと」


「鈴のような声で?」


【あ、ディーちゃんってそんな感じなんだ】


「あの。もしかしてその、ウンディーネ様のことですか……?」


【うん!】


「うんじゃなくてぇ! マノヴェル様には聞こえてるんですって!」


「ホントだよ、チクられたらどーすんだ!」


「『ウッソ、守護神にそーいう口きいちゃうワケ? ウケる』と」


「鈴のような声で?」


 セカイの不躾極まりない言動はしっかりと告げ口されたようだが、機嫌を損ねずに済み、一安心といったところだ。ただ、板についた死語もとい、古風な物言いが光るのがどうも気になるところだ。そのうち『チョベリバ』だの『ナウい』だの言い出すのではなかろうか。流石にそこまで古くもないか。


 と、ここで『おちゃらけるのもここまでだ』と言わんばかりに、セレーナがわざとらしい咳ばらいで緩み切った空気をピンと張った。


「さてと。では伺いましょうか、一席? 諜報部隊に何用でしょうか?」


 紆余曲折あったが、本題はここから──と言っても、先の資料あさりに参加していたキヨシとカルロッタは、およそどういう用事かは見当がついていた。


「『法』の領域を諜報せよ。具体的には、悪疫の大流行によって鬼籍に入った者を洗いたい」


 自国への諜報。キヨシにとってはそう驚くような話でもないが、他の者はどうだろうか。たとえば、マルコの介助でようやく立ち上がったジーリオなどは、極めて苦々しい顔をしている。


「何故でしょう?」


「それを話すと、検閲の発動懸念がある。不正入手した戸籍を何に使うかも、知らぬ方が良かろう」


「いくら議会主席と言えど、なんの説明もなくそのような──」


「こうするより他にはない。もっとも、根拠も説明はできんが」


 実際、横柄だ、職権乱用だと取られても当たり前な話だ。


 そもそも、キヨシたちが今日の捜査で辿り着いたのは、悪疫流行という事件自体が狂言、誰かに流布されたカバーストーリーであるという可能性。『全て真っ赤な嘘で、戸籍情報と現実にズレがある』、『悪疫の流行自体は嘘だが、戦争とは別に大勢人が死んだこと自体は事実』、『マノヴェルが知らなかっただけ』、色々と可能性が考えられるが、戸籍情報がなければ検証することすらできない。マノヴェルの強硬な態度も、事情を知る者からすれば当然のことと言える。


 しかし、それを検閲対象者に説明するとなると、極めて困難と言わざるを得ない。百人に聞いたら百人にダメと言われるような話だ。


「引き受けましょう」


「ッ! セレーナ様?」


「あら、意外そうね」


 しかしどうやら、二つ返事で従う人間も、ここに一人いたようだ。


「意外も何も……本当によろしいのですか?」


「貴女の言いたいことも理解できる。しかしさっきも言った通り、今は国の火急、進退ままならない状況。それに私のお師様たっての頼みとあっては、とても断れないもの」


「しかし」


「それとも、また信用ならない? 彼らと同じように、信頼に足るか試してみる? 絶対に敵わないと思うけれど」


 そう言われてしまっては、彼女も黙るしかないだろう。マノヴェルの底知れない実力は、キヨシも身をもって味わっているだけに、ジーリオに対する憐憫の情を禁じ得ない。


 それにつけても。


「この爺さんをずいぶん買ってるらしいですね、セラフィーニさんは。俺もいっぺんコテンパンにされたからよく分かりますが」


「当然! 自慢のお師様ですよ」


「こないだは『お黙れ』とか言ってたのに。で、満更でもないスかね、お師様?」


「フン……」


 長い髭をウンディーネに弄ばれるマノヴェルは、付き合っていられるかとでも言いたげに、そっぽを向いて鼻を鳴らした。基本的に偏屈でいけ好かない老人だが、存外憎めないところもあることが分かってきて、今後の付き合いも面白おかし以下読心防止呪文詠唱。


「あ、それはそうとセラフィーニさん。実は俺も頼みたいことが一つあるんだけど、いいですかね」


「キヨシ? 何それ、初耳だけど……アタシも聞いていいヤツ?」


「構わんよ。むしろ聞いて、よく覚えといて欲しいね」


 ここからはキヨシの個人的な思い付き。思い付きに付き合わせるのもどうかという話だが、実は案外重要な話でもある。


「『デサンティス』って家柄のことを少し調べてもらえませんか。マッシモとマルタっていう兄妹がいた家。あと、セストって奴がいた『ヴァーゴ』という家についてと、イレネオとヤコポって名前の奴が、近しいところにいるかも。事のついででいいからさ」


「ん、聞き覚えあるわね」


「その人たちは確か……」


「アイツら、何の脈絡もなく、黙っていりゃいいだろうに名乗りを上げたでしょ? ちょっと気になりましてね」


 デサンティス、そしてヴァーゴ。彼らは先日、恐らくは事件の黒幕の命令でキヨシたちを議会員もろとも抹殺しに来た連中だ。デサンティスの方は兄妹で、残念ながら双方口封じで消されてしまったが、生き残った内の一人、意識のあったセストという男が、全員の名前を教えてくれた。意図は不明だが、何かの手がかりかもしれないと感じたのだ。


「……どうしますか?」


「構わん、調べてやれ」


「かしこまりました。ジーリオ、いいですね? 人選は任せますが、必要最小限でね」


「はッ。では早速……マルコ、もういいわ。どうもありがとう」


「え、ええ。お気をつけて」


 聞き分けがいいジーリオは動くのも早い。いつものポーカーフェイスが戻りながらも少し名残惜しそうにマルコの肩から離れたジーリオは、まだほんの少し重たい身体を引きずって、足早に部屋を後にした。ジーリオが去って、ようやくドンパチが終わった実感が湧いてきたのか、キヨシもティナから離れてふうっと息を吐く。


「……長い一日だったな」


「いえいえ、上階(うえ)の片づけが残っていますよ? 先に傷の手当てをしてあげますから、ついていらっしゃい」


「おゲッ……」


「それでは、ここでお待ちくださいな。お師様」


 否、最後の一仕事が残っている。正直この上、労働を重ねるのは勘弁願いたいところだったが、身内の不始末と思って取り組むしかなさそうだ。キヨシたちは言われるがまま、非常に重たい身体を引きずって、セレーナに続いて上階へと歩を進めたのだった。


 盲目で、この手の仕事には役立てないため残されたマノヴェルは、キヨシたちの背を見送るウンディーネに何かを話しかけられて、静かに苦笑する。


「違うぞ。お前の父は別にいる」


 それを聞いたウンディーネは少し残念そうな顔をして、水面へと還っていった。

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