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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-79『やはり心は良し』

「フ、やはり貴様じゃったか」


「マジィ!!? ちょ、諜報部隊……おたくらがか!?」


「隠していてごめんなさい。けれど、貴方たちだけに隠していたワケではないのよ? 私が諜報を担当していることは、議会員を含めて誰も知らないはず」


「は!? 馬鹿な、ヨツバキラじゃあるまいし」


「……? フフッ、ジーリオ。お夕飯、運んできているでしょう?」


 セレーナがそう言うと、ジーリオはハッとした様子で再び礼をして、また外に出て行った。夕飯にしようという話自体は冗談ではなかったらしい。それはともかく、目一杯困惑して、状況がイマイチ呑み込めていないキヨシにいつもの調子で微笑みかけ、セレーナは「簡潔に言えば」と前置きし、


「本人から聞いてると思うけれど、諜報活動は元々、この一席がヴィンツにいた頃に生業にしていたもの。アティーズの建国後も、戦争が勃発するまでは農業を営む傍ら、後進の育成をしていた」


「で、その教え子におたくがいたと」


「そういうこと。議会設立後は、後任が誰かを伝えることなく、国政を去った……恐らくは意図的に」


「戦後、少なくとも表向き国交ができるのは想定しておった。国家間の距離が縮まる、しかし双方に遺恨があるという状況では、モグラが紛れ込む可能性は高い」


「実際紛れ込んでるしな。ヴィンツ(あっち)に」


「茶々入れるでないわ。ともかく、故にまあ……儂の素性を知っている教え子で且つ、そこそこ、信頼ができんこともないような気がしないでもなさそうな者に任せ、全て秘匿するべきと考えてな」


「それ、褒めてるのでしょうか?」


「貴様が率先して引き継ごうとするとは読んでおったわ。なればこそ、諜報部隊の存続を察しつつも黙っていた。国益を損なうことはないじゃろうからな」


 ──なんだかんだ言いつつも、信用はしてるんだな。やっぱり。


 唖然とするマルコの反応が、この話を裏付ける。何よりこうして監視対象に全く疑われることなくするりと近付き、友好的な関係を築いていた辺りに、腕前の程が表れている。これまで散々、話の節々に出てきて実態が掴めなかった諜報部の元締めが、かなり身近にいたのだ。


「今にして考えると、思い当たるフシっていうか。見破る種はいくつかあったわね」


「ああ。最初にアレマンノさんを姉妹に接触させたのが、まず一つ」


「ええ。一介の使用人が、得体の知れない不法入国者に接触するなど、本来有り得ないことよね」


「議会の決定がどうのこうのと煙に巻かれて、あっさり信じちまったアタシたちもかなりマヌケだな。もっと大変なこと色々あったし、そういうモンだと思っちゃった」


「で、セラフィーニさん。俺たちにやたらとベタベタついて回っていたのは、俺たちを自分の監視下に置くためだな」


「ええ」


「姉妹を使用人したのも、俺を奴隷にしたのもだな」


「ええ。奴隷や使用人の中にも、何人か諜報員が紛れていますので……あ。イチゴあげるから、黙っていてくれる?」


 ジーリオが運んできたデザートか何かの皿から、ケーキのイチゴを摘み取ってキヨシにプレゼント。しかしキヨシはそれをにべもなく掌で制し、


「俺をアトリエに勧誘したのも? 俺を手元に置いておきたかったワケだ」


 淡々と自らの策謀の種を明かしていく中、キヨシが冷ややかに言い放ったこの台詞にだけは、言葉を詰まらせていた。これを肯定することはつまり、これまでのアトリエでの日々も、初日の新たな価値観に触れた喜びも、丸ごと嘘だったと告白することになりかねない。


 明らかに困っているセレーナを見たキヨシの鼻腔を、湿った呼気が抜けていった。


「いや。昨日の今日で意地の悪い質問でしたね、えらいスンマセン。そんなモンくれなくったって、誰にも言いやしねえッスよ。それに、真面目に取り組んで損したかも……とは、思ってませんぜ。実際、絵は上手くなったからな。たぶん」


「悪ぶってるけれど、お人好しなのね」


「……悪ぶってる?」


「ウフフッ……褒めているつもりよ。けれど気を付けた方がいいではある。油断していると、食べられてしまうかもね?」


 大粒のイチゴを顎の下まで伸びる長い舌で絡め取るように頬張るセレーナを見て、キヨシの心臓が少し跳ねるも、直後咀嚼せずにイチゴを丸呑みする彼女の様子に、一気に血の気が引いた。目を剥く一同を横目に、ジーリオは「行儀の悪い」と苦笑していたが。どうも初めてのことでもないらしい。


 しかしキヨシとしては、やはりどうも気に入らない。監視されていたことがではない。キヨシたちは本来、こうしてある程度の自由が与えられていることの方がおかしいような札付きだからだ。


 鼻持ちならないと感じるのは、『悪ぶってる』などと評された点。以前、ティナにも似たようなことを言われた。キヨシは別に悪ぶるつもりも良い子ぶるつもりもなく、あくまでも自然体で、自分の思うように、好きにやっているだけなのだが、こういう言い方をされるとおちょくられているような気さえする。


 しかしこれで二人目となると、果たして何人にそういう印象を持たれているのか分からない。より一層、自分の行動を省みた方が良さそうだと、キヨシは感じていた。


 それはさておき。


「さて、話の流れから察するに。諜報部に仕事を回したいようですけれど。何用でしょうか」


 そう、問題はセレーナを諜報部を動かしていると分かっていたマノヴェルが、果たして何を依頼しようとしていたかという話だ。


 が。


「その前に」


 二人の間に割って入る形で、ジーリオが待ったをかけた。


「まだ、信用ならない?」


「心は良し。しかし、彼等の力はどうでしょう」


「ん?」


 彼女の顔は、信頼と疑心の間で揺れている。


「皆様のここに至るまでの旅路は、議会の聴取内容により把握しているつもりです。しかしながら、誤解を恐れずに言えば、常にギリギリの戦いを強いられている、時には敗北すらしているような印象を受けます」


「ま、否定はできねえわな」


「ジーリオさん、お言葉ですが……確かにあなたの仰る通りかとは存じますが、彼等は一席を相手取り──」


「実戦に取り決めなどありはしない。その辺りは分かっていて?」


「うッ……」


「失敬」


 異を唱えたマルコは、返し刀の正論で完膚なきまでに切り捨てられてしまった。

 

 ジーリオ本人としては、キヨシたちがアティーズの暗部に立ち向かおうとしている、という点においては理解がある。ただ、国の火急を任せるには少々頼りないところがあるのでは、と。確かにジーリオの言う通り、これまでの戦いはそこそこ以上の運によってもぎ取ってきた勝利に過ぎない。フェルディナンド、ロンペレ、そしてマノヴェル。誰も彼も、本来はキヨシなど簡単にあしらえてしまうほどに強く、一行は様々な要因が重なって勝ちを拾っただけ。そりゃあジーリオも疑おうというものだ。


 ならばどうするか。


「そこで。皆様がこの国を任せるに足る方々かどうか……見極めさせて頂きたく存じます」


 ジーリオが指を鳴らすと、大きな音と共に部屋全体が激しく揺れた。続けて聞こえてきたのは、バシャバシャと何かが流れ込んでくる音と、まるで水の中にいるかのようなくぐもった低い音。


「な、なんだッ!?」


「水の遮音を強化させていただきました。これで多少暴れても、外部に悟られる心配はございません。カルロッタ、貴女も」


 水というものは凄まじい防音効果を持ちながら、防音材として取り扱おうとすると多大な手間と費用が掛かる故に、かなり特殊な用途でしか利用されず、一般人レベルの環境構築においては選択肢にすら入らない。この隠し部屋には、魔法込みでそれを簡単に成し得る仕掛けが施されているようだ。


 そして、ジーリオのこの言い様。何をしようとしているのかなど、問うまでもなく明らかだ。


 恐る恐る上司の方を窺うが、彼女は大して動じた様子もなく、


「ジーリオは私の右腕。彼女が納得できないと言うなら、納得させないとね? 一席も、構いませんね?」


「ああ……許可する。指でもなんでも使え」


「嘘だろ、オイ……」


 セレーナは運ばれてきた食事を端の方へと追いやり、埃を被らないように備えていた。


 これで決まり。決定的だ。キヨシたちはこれから、ジーリオと一戦交えるのだ。


「さんざ見てきただろうから分かってるとは思うけど。あの人、魔法使いとしても普通じゃないからね」


「そうだろうな」


 キヨシが若干尻込みしているのを知ってか知らずか、カルロッタは日々の業務の傍ら見ていた彼女の異常性をキヨシに忠告しようとしてくれていた。実際、普段家事に使われている水の魔法やらを攻撃に転用したらどうなるのか、というのは想像がつく。一行はすでに、水の魔法を使う強敵と戦っているからだ。


 ただ、そういう理由で尻込みしているワケではない。例えば暴竜ティナのような、人の領域をそこそこ逸脱したような手合い以外で、女性に対し、自分の意志で暴力を振るうという初めての経験に、()()気が引けているという話だ。


 しかし、これが必要な事柄であるならば──とキヨシは覚悟し、割り切れる。


 割り切れてしまう。


「おたくが言い出したんだからな。全力でやらせてもらう。後で文句言うんじゃないぞ」


 何だか自分に言い聞かせるような言い回しになってしまって、少々不格好なようだが、ジーリオもまたキヨシの覚悟を感じ取って、先程よりも深々と頭を垂れた。


「では、その姿勢にお応えして、私も全力で戦──」


 ここまで話した時点で、頭を上げたジーリオの眼前には、すでにキヨシの右拳が迫っていた。が、直後にキヨシは腰の辺りに何かが突き刺さったような衝撃を受け、腹打ちで石床に叩きつけられる。


「がはッ!!? なんだァ!?」


 一瞬、キヨシは何が起きたのか理解できなかった。自分は卑怯にも、ジーリオが前口上を語っている最中に殴りかかり、今頃彼女を張り倒しているはずだった。だのに今、地に伏しているのは殴りかかったキヨシの方。


 起きたこと自体はなんちゃない、華麗なステップ回避からの肘鉄が突き刺さっただけなのだが。周囲の関心事はそんな当たり前のことではない。


「不意打ちした挙句読まれて迎撃されるとはの」


「君なあ……無粋な男だな」


「うわダッサ……」


「るッせーなコノ!! あと、そこは見てないで戦えよ!」


 セレーナ以外の全員から大ブーイングを受けて、キヨシは羞恥心を振り払うが如く叫び散らかした。とはいえ、周囲の言うことももっともではある。


 そう、『ダサい』。それでもただダサい留まりだ。


「素晴らしい」


「へ?」


 事実、当のジーリオはキヨシを全く非難することなく、むしろ称賛した。


「敵が語り終わるのを待つ必要など全くない。相手が女だろうと情け容赦をせず、目的のために、手段を選ばず、力の限り戦う……そして、ためらわずに実行する決断力。やはり心は良し」


「ほ、ほう……お褒めに与り──」


「しかし動きは素人丸出し。オリヴィーの抗争を収め、ロンペレを討ち取ったその実力は、未だ片鱗も見えない」


「……余裕そうだな、アレマンノさん」


「ええ、余裕でございます」


 お手本のような『上げて下げる』を食らった上、強者の余裕から来るどうにも鼻につく態度と言い回し。言っていること自体は事実だから仕方がないのだが。キヨシは喧嘩慣れしていないゲーム脳の素人でしかない。だが、まだ実力の程を見せたワケでもない。今、隣に来たカルロッタにしても然り。


「ロッタ、お前の魔法は──」


「分かってら。ジーリオさんってば掃除完璧過ぎて土埃一つないし、下手に床や壁の建材を使って防音用の水が吹き出たら、余計に不利になる」


「こっちも水の魔法に対して、指の能力は相性良くないんだよな。二人がかりでもちょっち厳しいぜ」


「アンタがそれでへこたれる奴だとは思ってない。アテにしてるから。武器を寄越しな」


 キヨシの指の力にしても、カルロッタの土の魔法にしても、現状と照らし合わせるとあまり好条件とも言えない。それでも、いくらでもやりようはある。この状況より酷い、絶望的な状況などこれまでに何度もあった。


 二人の闘志がこれっぽっちも消えていない、やはり心は良し──ジーリオは微笑み、懐から水入り瓶を取り出して握り割る。中の水は落ちることなく浮遊を始め、彼女の拳に纏わりついた。


 これぞ、ジーリオ流の戦いの合図。


「さあ、まとめてかかっていらっしゃい」

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