第三章-閑話『闇に葬られた物語』
「何故、こんなことを教えるのです?」
彼の手が震え、構えていた双剣が滑り落ちる。
「こんなことを僕に教えて、僕に何をさせたいのです?」
自らに課されたそれの重みに、彼は跪く。
そして、がっくりと落ちた彼の肩に、眼下の小男が伸ばした皺だらけの小さな手が置かれた。
「今知ったことは忘れてもらう。しかしこの一件にケリが着いたその時、全てを思い出すだろう。そして、決断を迫られるはずだ」
「何の?」
「この国の、いやこの世界の未来」
「そんなものを僕に委ねると? 許されるはずがない」
「そう、許されない。だが我々のこれまでの道筋も、きっと許されざる決断に満ちていた。これは、未来を担う人々の宿命なのだ。お前にはその素養があるように感じた。何よりお前は、優秀な兵士だ。今のペンの保持者とは違ってな」
「馬鹿な……」
「繰り返すが、今は全てを忘れていい。だが忘れている間も逃げるな。逃げずに全てを見聞きし、考えることをやめるな。その結果導き出された答であれば、我々も納得するだろう」
「これから全てを忘れる人間に対して、何を言ってるんです」
「……独り言だ。お前は言うまでもなく、成し遂げるはず」
額を指先で突かれると、少しずつ、彼の視界は霞んでいく。
薄れゆく意識の中、彼の耳は蚊の鳴くような小さな声で、小男が何かを呟くのを聞いた。
「すまない……我々がつけられなかった決着を丸投げしてしまった。半ば諦めかけていたが……いもしない神からの天啓を見た気すらした。ペンがこちらに渡ったのは、きっと運命だ。あれをどうするかは、お前たち次第」
ほんの少しだけ興趣を惹かれたが、どうせ覚えていられないのだと気付いたその瞬間、急速に意識は遠のいていった。
しかし。
「お前もどうかくれぐれも、我々を許さぬよう」
既に何が起こったのかも忘れ始めている彼の心に、その言葉だけは深く刻み込まれたのだった。




