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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-70『人か否か──今一度』

「……帰りは日付を跨ぐことになりそうですねえ。下手をしたら、朝になっているかも」


「ブルーノを先行させましょう。とにかく早く王宮に報せないと、騒ぎになります」


「でしょうね。お願いしても?」


「度々済まないが、よろしく」


「御意……」


 先程とは違い、凄まじい羽音を響かせて、マルコの号令を受けたブルーノは王宮方面へと飛び去っていった。


 一方、キヨシたちはというと。


「ったく、泣きっ面に蜂というかなんというか。林道を歩いて帰ることになるとはな……」


「しゃーないでしょ、馬車も無事とは思えないし。開けたところを進むのも危険だしねえ」


「遠くから例の兵器でバカスカ撃たれたら……か。あーあ、ドッチオーネと喧嘩してたときだって、そんな心配してなかったのによ。もう少しでも街に近ければ、そういう心配もなかっただろうになー、爺さん?」


「当てつけならもっとバレないようにするんじゃな。クソガキめが」


 最早どうしようもないこととはいえ、馬車で来た遠い道のりを徒歩で戻ることになると気が重い。道中も常に襲撃に備えて気を張り続けなければならず、しかもそれは事態の解決までいつまでも続く。それでも、人目に付く場所なら連中も手を出しづらかったはずだ。ボヤキの一つも仕方がないだろう。


「俺は全然平気なんだがな……そっち二人は大丈夫か?」


「んー……ティナちゃん、交代して欲しいなーって。やっぱりきー君がたくさん右手使った後は、まあまあ眠いや。引っ込むだけで、起きてはいるからさ」


【分かりました。どうぞお休みください】


「ティナちゃんいい子ー!」


「イヤ声がでけえよ。大丈夫そうだな、その調子だと」


 そんな先行き不安な道のりの中でも、愛想を振りまくセカイの存在は、キヨシにとって希望の星と言える。カルロッタも苦笑している辺り、なんだかんだで癒やされてはいるようだ。当人が意識しているかどうかは計り知れないが。


「しかしなんじゃな、似ているクセして性格は真反対とは。事情を知っている儂等はともかく、周りは困惑せんのか──」


「あッ、そうそうそれだァッ!!」


「うおッ!? なんじゃ突然」


【キヨシさん、声大きいですよう……】


 つい先程、自分がセカイに言ったことも忘れて、キヨシはマノヴェルの発言に割り込んだ。


「それがずーっと、ずーっと棚上げされてた、気になっていたことの二つ目だ。邪魔が入りまくって、随分お預けだったが」


「……ああ、そういえばそんな話もしていたか」


「ティナちゃんストーップ! もう少しらけ表にいう……ぁく。眠ッ……」


 血相を変えて叫ぶキヨシに少し驚いたマノヴェルだったが、なんとなく話題の当たりが付いて得心する。それはキヨシと繋がっているセカイも同じだった。自分に関係することだと察していたからこそ、ティナの内側に引っ込もうとしていたのを、欠伸を噛み殺して思いとどまったのだ。


「初っ端、戸口で世間話をしたときのことなんだが。おたくはティナちゃんとセカイをして『どっちがどっちだか分からん程似とる』とかなんとか言ったよな」


「ああ。それが」


「確かに二人が生き写しレベルで似てるのは事実なんだがね。俺はおたくにそれを教えた覚えはないんだよ。身内以外、誰も知らないことだ。その身内っていうのも、当人間を除くとたった一人だけだし、それもヴィンツでちょろっと話しただけで、アティーズでは一度も口にしてない。どういうカラクリなんだ?」


 その場の空気にほんの少し、しかし確かな緊張が走った。


 キヨシたちを取り巻く事情は、少なくとも王宮関係者たちにはかなり詳細に公開、共有もされている。それは議会のボイコットを続けているマノヴェルに対しても、例外ではない。ただ、ティナの中にいるセカイに絡む情報は全て、ティナ当人の名誉や風評に関わる事柄故に、キヨシの右手の力と並ぶトップシークレットと化している。当然、ティナとセカイの容姿が酷似していることなど、当人たちとキヨシ以外だと、カルロッタしか知らない事実だ。それをマノヴェルが知っているとなると、疑問が出てくる。


「……ああ。この件でおたくの疑いが濃くなったりとかはしないからな」


「ちょっと待ってよ。爺さん、確か読心能力があったわよね? それでどこまで読めるかどうかで、色々と話変わってこない?」


「そこまで深読みできないことは間違いない。でなきゃ、さっきだってもっとすんなり連中の秘密を聞き出せたはずだし、わざわざ俺の過去を対価を払ってまで聞こうとはしないだろ? この爺さんは俺たちを陥れようって打算的な考えで、一番大事なところで手を抜いたりするような奴じゃないと、信頼はしてるつもりだ」


「あー……アンタ、意外に結構考えてるわよね」


「ハハ。褒め言葉として受け取っとくぞ」


 このようにカルロッタのツッコミも半ば利用しつつ、マノヴェルが話しやすい場の雰囲気を醸し出したつもりではあるが、果たして彼がどう出るか。


「先に言っておくが、儂の目は本当に見えぬぞ」


「じゃあ、何が似てるってんだ」


「エーテル体……魂じゃよ」


 まずは詐病の可能性を早々に潰され、じゃあ何かと問えばこの返答。『似ている』というのはそもそも容姿の話ではなかったらしい。


「エーテル体は誰もが持っているモノじゃが、一人ひとり大きく性質が異る故に、儂は目が見えずとも目の前にいる者が何者か、どこにいるのかを判別できる。例えば今は王宮関係者の二人を始め、左からカルロッタ、セカイとティナ、そして頭上の大精霊。あと音を殺して、ティナとカルロッタの間に移動しようとしとるキヨシ……といったようにな。お、今何かに引っ張られてつんのめったか?」


【キヨシさん。くだらないことしないでください】


「うぐぅッ!?……ティ、ティナちゃんまでなんだよォ~ッ、ちょっとした茶目っ気だってばさァ~」


 キヨシとしては当人の言う通り、本当にちょっとした悪戯心からの行動だったのだが、ティナにまで『くだらない』とバッサリと切り捨てられてしまった。正直、これくらいふざけていないとやってられないというのも多分にあるが。


 それはともかく、マノヴェルのチャクラ感知能力は今この場の全員の位置関係を完璧に感じ取れるだけではなく、先程のようにかなり遠くにいる襲撃者たちの気配をもキャッチできる、というのは確かだ。その鋭敏な感覚でもってティナとセカイを見ると──


「しかし、じゃ。そこのティナとセカイは、エーテル体も極めて似通っておる。血縁、特に双子ともなると、そこそこ似る例もなくはない。じゃがその二人は、ほとんど同一人物と言っても差し支えない程に似ておる。正直、小さな竜やシルフの奴など及びもつかん程に不可思議じゃ」


「それで、さっきは思わず食いついた……。そういうことか」


「……身体は、どちらの持ち物じゃったか」


「ティナちゃんさ。セカイは元々、俺と同じ世界の出身だからな」


「では、今一度セカイに問う。お主は何者じゃ。本当に人なのか?」


【……──────】


「……爺さん。幼馴染としては、本人に直接言うんならもう少し言葉を選んでもらいてえんだがな」


 マノヴェルの言いたいことも理解できる。キヨシとしてもセカイとの付き合いもそこそこ長いが、この世界に来てからというもの、彼女の一挙手一投足全てに驚かされるばかりだ。とはいえ、付き合いが長いからこそ、彼女が半ば化け物のように扱われるのには、少なくない不快感を覚えるのもまた、仕方がないことだ。


「お爺ちゃん。仮に私がお化けかなんかだったとしてさ。それ何か問題?」


「ム……」


 しかしそんなキヨシとは裏腹に、セカイの方は極めて自然に、大して煩悶した様子もなくそう言ってのけた。


「まあ確かに……私自身、ちょっぴりだけど普通の人と違う自覚はあるよ。私が表に出てる間は、ドレイク君も魔法使えなくなったり、お城の窓から窓へひょいひょい飛べたり。人を蹴って壁までブッ飛ばしたり、さっきも色々蹴り砕いたりとか。『騎士団長の手管』だかなんだかっての、ティナちゃんはできないんだよね。というか、自分の身体が無いし。もしかしたら私、人間じゃないのかもしれない」


【に、人間じゃないって……】


 元々セカイが、自分の事柄にはあまり固執しない性質なのは先刻承知だったが、ついに自分を『人ではないかも』などと、平然と言い放つ程に極まっているのが分かった。『それじゃあ俺と向こうで過ごした日々はどうなる』と言いそうになったが、きっと言ったところでセカイは変わらない。彼女はキヨシの絶対的肯定者。しかし、彼女の中にも確固たる自分というものがあるはずだ。


 などとキヨシが考えている内、視線を感じて顔を上げると、セカイが愛玩動物を愛でるような眼でキヨシの顔を覗き込んでいた。どうも不安が顔に出ていたらしい。気恥ずかしさで目を逸らすが、逸らしてなおセカイの表情、そして感情の変化が手に取るように分かる。


 キヨシを安心させようとしている。そう表現するのが正しいだろう。


「けどさ、仮にそうだったとしても。私はロッタちゃんやドレイク君の友達で、ティナちゃんの半身で、きー君の素敵なパートナーっていうのは変わらないの。で、もちろんアティーズも大事に思ってるよ。これから住み続ける国なワケですしー。幽霊でも妖怪でも神様でも、なんでも良いじゃない。なんか不満?」


 とどのつまり、セカイはこう言いたいワケだ。『たとえ自分が何者であれ、自分の想いが変わらない限りは何ら問題はないだろう』と。例えばこの言い分が元の世界でのものであれば、大問題だろうとツッコまれるところだ。現代の大抵の決まり事は、人間基準で整備されているのだから。


 しかし、ここは亜人種や精霊までもが跋扈する異世界。それこそ、幽霊でも妖怪でも神様でもなんでも、現れたところで何を今更という感想しか出てこない──かもしれない。生来よりこの世界に生きている人々からすれば、尚更だ。


「……なるほど、筋は通っている。結構。儂は単に、興味本位で聞いとるだけじゃからな。しかし身内としてはどうなんじゃ。特に姉」


「人を蹴って壁までブッ飛ばした現場で吹っ切れてるわよ。つーか当人が気にしてないのに、こっちが気を揉む方が馬鹿馬鹿しい」


「フン、それもそうか。して、そっちは」


「まあ……セカイならそれくらいやりそうってのが、まず一つあってさ。なんならさっきの兵器直撃しても、アフロになるだけで済みそうだし」


「そんなワケないじゃん」


「急に冷静になるのなんだよ」


 カルロッタの物言いに『それもそうだ』と共感を覚えた途端、キヨシの中でも急に馬鹿馬鹿しく思えてきた。ますます謎は深まったが、正直今はそんなことには構っていられない状況だ。


「ソルベリウムを無限に生み出す男と比べたら、幾分人間やっていると思いますよ」


「……──────」


「あ……すまない。失言だった」


「まあ、否定はしねえけど」


 何より、マルコもこう言っていることだ。


 さっさと気持ちを切り替えて、キヨシたちは足早に王宮への帰途に着いたのだった。

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