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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-65『蹂躙』

「やったか?」


「次弾準備、急がせろ。相手はかのンザーロ氏と、オリヴィーの抗争に巻き込まれて生きていたような連中だ。生きていると見て動く」


「はッ」


 一方、キヨシたちを急襲したローブの者共は、キヨシたちが無事でいることを見抜くと、すかさず次の攻撃の準備に取り掛かっていた。国の政治はナメているかもしれないが、一行の力をナメているというワケでもないようだ。


「アレで生きてたら、もう我々じゃ敵わないと思うんですけども……」


「何発でも撃ち込んでやるさ。破壊力は見ただろう? こんな趣味悪い見た目の割には、大した兵器だよ、これは。大体、仕留められなければ、()()()()ここで死ぬだけなんだから、そうならないように努力しろ」


「ですね。次弾装填急げ! 急襲、白兵戦にも備えろよ!」


 そのうち一人が、背後に構えている『何か』に疑いの目線を向けつつ手の甲で叩く。パッと見は、少しゴテゴテとした装飾のついた奇妙な大砲。しかしよくよく見てみれば、砲身はあれど砲門はなく、弾を突っ込む穴もないという、欠陥兵器極まりない特徴を持つ単なるオブジェのようなもの。これではこんな感想を持つのも仕方がないだろう。


 とはいえ、現実に成果は挙げている代物だ。


 空を裂き、地を抉り、眼前の一切合切を薙ぎ倒し吹き飛ばす。それで生きているキヨシたちも大概だが、慢心ではない、充分過ぎる程の勝算を持っていた。その上で最悪の状況を考慮し、直接戦闘にもいつでも対応できるように備える。油断さえしなければ、絶対勝てる戦いのはずだった。


「へえ。アイツらが言う程、馬鹿でもないじゃん」


「──ッ!?」


 不意に聞こえたくぐもった声に、男たちは狼狽える。その動揺は明確な隙となり、地を割って飛び出してきたカルロッタに一人、二人と殴り倒された。しかし、そこはしっかりと心構えはしていたらしく、初弾はもらいつつも決定打とはならず、すぐさま受け身をとって持ち直す。その際の挙動から、相手が素人ではないことを理解したカルロッタは、懐には迫らずにやや後退。一旦仕切り直しだ。


 そうこうしている内に、連中の虎の子である『例のブツ』も二人がかりで引きずって全力後退。そこもカルロッタは見逃さなかった。


「キヨシ、セカイ! 奥に大きいのが何かある!!」


「了解! ま、そんなことだろうとは思ってたけどよ」


 カルロッタが気を引いている間に、セカイを伴って接近していたキヨシも、その辺りは承知していた。相手に魔法使いはいない、しかし攻撃に使われたのは土の魔法。となれば、何かしらの道具の類を使っていると考えるのが自然だ。警戒するに越したことはない。


「セカイ、深追いしないでまずは前からだ! 何があるか分かんねえぞ!」


「合点承知の助!」


「反応が古いなオイ。ま、精々気を付けてくれ」


 此度の戦いにおいて、セカイの──特に彼女の操る『騎士団長の手管』は極めて有用だ。ただ張り倒して終わりという話ではなく、キヨシとしては敵の身柄を押さえて吐かせるもの全て吐かせたいというのが実情だ。まあセカイの力量や余裕綽々の態度からして、大した心配はいらないだろう。


「クソッ……その少女には触れるな! こちらも手段を選ぶんだ!」


 問題は、相手が王宮関係者である以上、手持ちの札は全て見透かされているということだ。その証拠に、連中は明らかにセカイを警戒する素振りを見せ、懐に手を突っ込んで『別の手段』に訴えようと──


「手段というのは? よもや、その銃を抜く気ではあるまいね」


「ッ──マルコ!」


 背後から聞こえた低い声に驚いたのは連中だけではなく、キヨシたちも同じだ。音もなく、キヨシたちに気付かせることもなく、マルコがいつの間にか彼等の背後を取っていた。男は振り向きざま彼に銃口を向けようとするが、左の剣の柄尻で手首ををかち上げられ、弾は乾いた音と共に明後日の方向へ飛んでいってしまう。続いて空を滑る右の剣は、男が銃を捨ててとっさに抜いたナイフとぶつかり火花を散らす。


 超至近距離では銃よりも刃物の方が有利になる、という状況の典例だが、当然一定以上の力量は必要になる。マノヴェルとのファーストコンタクト時の出来事も鑑みるに、マルコはかなりの達人と見て間違いない。


 続けて周囲の二人がマルコに発砲するが、


「ロッタァ!」


「もうやってる!」


 片や大地、片やソルベリウムで壁を生成してマルコを保護する。それぞれ生成される壁が自身の身体を掠めていくのにも意に介さず、マルコは男の首を引っ掴んで引き寄せ、耳元でぼそりと何かを呟いた。


「君等の考えは理解しているつもりだ。しかしそんな手段に訴える程──」


「マルコどいてッ!!」


「ッ!!?」


 マルコが何かを言い終わる前に、壁を一足飛びに乗り越えてきたセカイが軽やかに着地し、今度はマルコと男の方へと向かって跳ぶ。どうなるかすぐ理解したマルコは、半ば逃げるようにその場を離れたが、男の方は想像力に欠けていたらしい。


 少し考えれば分かることだ。背丈よりも高い壁を余裕を持って軽々飛び越え、国防兵の宿舎を窓から窓へと飛び回って洗濯物を回収して回っている脚力で蹴飛ばされたらどうなるか。


「だっシャアいッッッ!!」


「ひっ!!?」


 いや、それにつけてもこうはならないか。


 およそ女の子らしからぬ気合の入った声と共に放たれた飛び蹴りは、一緒に放たれた凄まじい圧に怖じけて身を翻した男の背後の土壁、ソルベリウム壁をも粉砕してしまった。壁が崩れ、その様子が顕になってキヨシが額を抑えて首を振る一方、九死に一生を得た男は恐怖からか、はたまた安堵からか、変な気の抜けた声を漏らしてその場にへたり込んでしまった。


「ん、アレ?……よく分かんないけど、まず一人!」


「やり過ぎるなよ、セカイ」


「あ、そっか。メンゴメンゴ……あ」


「……()()()()()()があっちゃ困るだろうが」


【……──────】


「そ、そうだよね。ゴメンね」


 これでとりあえず、一人確保。ただ、やり方は選ばなければならない。今回は運が良かったが、うっかり男たちの口を割れなくなっては困る。


 それに──セカイの行動はそのまま、身体の持ち主であるティナの行動ということになりかねない。ある意味、今誰よりも慎重な行動を求められるのはセカイなのだ。


「くッ……な、情けない奴め。少女は後回しにしろ! やるなら雑魚からだ!」


 確かにセカイが厄介な能力持ち且つ、フィジカルもピカイチとなれば、彼女ごとまとめて相手するというのは、賢い者のすることではない。そういう意味合いでは、連中の判断は間違ってはいない。


「誰が雑魚だってオラァ!!」


「誰って……ガハッ!?」


 間違っていたとしたら、キヨシやセカイ、そしてマノヴェルを恐れるあまり、カルロッタを完全に視野の外に置いていたことだ。仲間たちに号令を出した男は、腹に入った蹴り一閃と、下がった顔面に入ったアッパーカット、そしてめげずに反撃で繰り出したナイフを避け、カウンター気味に繰り出された後ろ回し蹴りによって、それを思い知ったのだった。


「侮るなよ。これでも第八衛兵隊隊長の娘なんだから。ただの喧嘩も強いわよ、アタシ」


 ──なんだかんだ言って、親父さんを尊敬してるんだな。カルロッタさんは。


【それ、言ったら怒られますよ。たぶん】


 ──だな。


 本人は絶対に認めないだろうが、カルロッタは案外、故郷で喧嘩別れした父親のことを尊敬しているし、そこそこ気にかけているらしい。でなければ、その父親から仕込まれた格闘術など使ったりはしないだろう。


「次弾装填完了! いつでもいけます!」


「俺たちごとでいい! 撃てッ!!」


「え、えぇ!?」


「早くしろォ!!」


 が、一難去ってまた一難。連中が向こうに退かせていた『例のブツ』の準備が終わったと、離れた場所から大声の報せ。その上、事もあろうに、男は自分ごとキヨシたちを攻撃するようにと命令したのだ。先に味わった道具の──いや、兵器の威力から察するに、自分が死ぬことも覚悟してやっているとしか思えない。命令された部下と思われる男の素っ頓狂な声は困惑の色が強かったが、ピシッとした声で急かされるとそのまま黙り込んでしまった。本当に何かを撃ち込もうとしだしているのは、想像に難くない。


「大した根性だな、クソ! ここ任せた!」


「き、きー君!?」


 しかし、キヨシは身を引かない。愕然とするセカイたちを横目に、むしろ彼等が『例のブツ』と一緒に退いていった方向へと全速力で駆け出した。邸宅跡からそこそこ離れた林道の馬車道まで走った辺りで、木々の隙間で微かに何かが輝いたのが見える。連中は万全を期し、随分離れていたらしい。何が起こっているのかここから視認したいところだが、中で水が流れている木々はソルベリウム生成で切断できないため、とにかく急いで近付くしかない。あんな威力のものを何発も叩き込まれたら、流石にひとたまりもない。


 そうして抜けた先でキヨシが見たのは例の大砲。ただ、砲門に当たる部分が凄まじい光を放っていた。それと同種と思われる光が、連中の大砲に触れている手からも発せられている。これだけ見れば、どういう状況なのかは理解できる。そして、どうするべきなのかも。


「うッシャアアア!!」


「あぐァッ!?」


 魔法絡みの兵器であれば、術者をソルベリウムの籠手で張り倒す。当然、兵器の方を破壊するという選択肢もあった。しかし、あわよくばその兵器を鹵獲し、詳しく調べたいという無意識の欲が出たのは確かだった。


 その欲が、キヨシたちを窮地に陥れる。大砲の輝きは増していくばかりなのだ。


 ──な……砲手をやっても止まらねえのか!? ヤ、ヤバイ!!


 アテが外れ、一手遅れた。


 急速に血の気が引いていくのを感じ、最早兵器の鹵獲だなんだのと言っている余裕はなくなった。キヨシ一人が良ければいいという話ではない。キヨシの背後には、セカイたちがいる。大砲自体をズラすという手もなくはないが、マノヴェルの農場に被害が出るのはキヨシとしても避けたい。


「こ、このォッ!!」


 キヨシは右手を一振りし、大砲を真っ二つにする軌跡でソルベリウムを生成するが、ここまでやっても依然として砲門部分の光は収まらない。ならばと砲門をバラして中の光源を引きずり出すと、出てきたのは土気色のモヤを放つソルベリウム。とにかく遠くへと、キヨシは掴んだそれを満天の星空に向かって放り投げた。


 ソルベリウムから撒き散らされた細い光が雲を切り裂いたのは、直後だった。


「……あぅ…………」


「すっげェー……うわッ!!?」


 双方、呆けた声を上げるしかなかったが、そればかりではいられない。


 先程見た極太の破壊光線とはまた別の脅威。キヨシが砲門を破壊したせいで指向性が失われたのか、威力は木々に防がれる程度には減衰しているものの、散った光線が地上にも降り注ぎ、容赦なくキヨシたちに襲いかかる。すかさずキヨシはソルベリウム壁を生成して影に隠れたが、後で聞こえた悲鳴からして、砲手たちは外で逃げ惑っているようだ。


 「うわっ、大変だね」などと他人事のような感想を口走っていると、地面が揺れると共に鈍い音がして、悲鳴も止んで静かになった。恐る恐る外を覗き込んでみると、さっきまでそこになかった赤く光ったソルベリウム混じりの大きな土塊、そしてそばで倒れている砲手。


 キヨシはニヤリと笑った。これにて制圧完了だ。


「おうい、もういいぜェ」


 直後、キンキンとした声が聞こえて、土塊内のソルベリウムからドレイクが飛び出した。


「ジジイが地下のソルベリウムでここらを制圧した。もうトカゲ一匹入る隙間もないぜ」


「お、ソイツは良かった。で、そのジジイは?」


「今コッチに向かってる。カルロやセカイのが先に──」


「キヨシ、今のは!?」


「きー君!!」


「お、噂をすれば。よう、お前らも無事か? おかげで最後の方以外は、全部計画通りに進んだな」


 先の騒ぎを遠くから見たセカイたちが血相を変えて、彼女らに任せた三人を担いで追いついてきた。心配を解いてやろうとキヨシが軽い調子でカラカラ笑うと、向こうも呆れたように笑い返した。


 そう、実はここまで打ち合わせ通りなのだ。まず最初のカルロッタの急襲前に、キヨシは地下にソルベリウムを木の根のように、連中の方へと向けて伸ばした。あまり広範囲に生成するとセカイが引っ込んでしまうため、細い根を数本伸ばすに留める。


 あとはマノヴェルがソルベリウムに自分の意識のコピーを張り巡らせ、辺り一帯を制圧するまでの時間稼ぎだ。これでここら一帯、全てマノヴェルの掌の上。マノヴェルの得意技──しかも今回は、きっちりソルベリウムを介している故に、持続力も抜群だ。


「しかしまあ、歯応えのねえ連中だ。俺ちゃんもティナも、出るまでもねーってな」


「身も蓋もない話、俺たちは空賊団(ドッチオーネ)を潰した実績もあるし、ジジイに至っちゃその何倍も強い。元々、不意でも打たれない限りは苦戦する要素はないんだよ」


「それもそうか」


 まあもっとも実の所、相手だって決して弱いワケではない。戦闘経験は豊富なようだし、虎の子の兵器だってあった。


 しかし斯くの如し。キヨシたちの方がもっと、もっと強かった。おまけにマノヴェルもいた。ただそれだけだ。

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