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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-62『緊密なる関係』

「じゃあ何か? ジジイの話聞きに来たのは完全に無駄骨だったってのかよ?」


「ドレイク! なんてこと言うの!」


 ドレイクがあまりにも不躾で身も蓋もない見解を、一切オブラートに包まずに言うものだから、ティナが慌てて口を塞ぎにかかったところ、ドレイクはティナの指の間をするりと抜けて、首の後から迅速に服の下に引っ込んだ。


 一方キヨシはそんあやり取りを尻目に、唸りつつ深く考え込む。


「無駄骨ってことはねえ。一見、隠す意味もなさそうな情報ではあるが、俺たちの……それこそ、爺さんすら思いもよらない何かがあるはずだ。でなけりゃほぼお手上げだ」


「単なる愉快犯であれば、推理で辿り着くのは不可能じゃろうな」


「ああ、正直ほとんど願望だよ」


「そうでもない。このような大仕掛け、単なる娯楽のために消費するとは考えにくいな」


 マノヴェルの後押しを受けて、キヨシは少しだけ安心した。それはそうだ、こんな大それたことをするからには目的意識はあったはずだと、半ば自分に言い聞かせるように、無理矢理に脳味噌をフル回転させる。自分の願望混じりの推論を補強する材料が、少しでも欲しいと考えてしまうのは、どこまで行ってもキヨシが俗人である証か。


「……あ…………」


 そうしているキヨシの傍らで、ティナがハッとした様子で思いがけず声を漏らした。


「ん……どうしたティナちゃん? 何か気付いたのか?」


「は、本当に重要かどうかなんて、全然分からないんですけれど──」


「良い良い良い! どんなに些細でどうでも良さそーな情報でも構わんから気軽に寄越してくれよな」


 計画的犯行の線に偏った思考なものだから、ティナがほんの少しだけ発言を渋っているのにキヨシは気付かず、まくしたてるようにティナから意見を聞き出そうとしてしまった。ティナはキヨシの手前、苦笑する他なかったようだが、その笑みを見たキヨシはすぐに冷静になった。そうならざるを得なかった、どかか悲しみが入り混じった笑みだったということだ。


「以前、セレーナ様が仰ってました。陛下のご両親の『いまわの際に賜った遺言で』……セレーナ様は、陛下の親代わりを務めているんだって」


「あ、それアタシも覚えて……あれッ? でもあの時、玉座の間にいたのはンザーロとヴィンツ兵が一人、それと侍女さん……?」


「……侍女さんとセラフィーニさんってのは、当然別人なワケだ。侍女さんは確か、それなりに高齢だって話だったはずだからな。話がちぐはぐになっているな」


【アットリオさんの件だってひん曲がって伝わってたワケだし、叩いたらいくらでも埃出てきそうだね。それを一つ一つ洗っていかなきゃいけないのかあ。気が遠くなっちゃうなあ】


「ボヤくなよ。ここまで雲を掴むような話だったんだから、小さなようで大きな前進だ」


 キヨシはその場にいなかった故に知らなかった事柄だが、ティナとカルロッタは、セレーナがパトリツィアの親代わりを務めるに至った経緯を聞き及んでいる。が、マノヴェルの証言を真とするならば、セレーナの記憶とは矛盾していた。この矛盾が重要かどうかは分からないが、似たような矛盾点がいくつか残っている可能性は充分にある。それを一つ一つ、事細かに調べていけば、何かの手がかりを掴めるかもしれない。


 とはいえセカイが言うように、およそ二百年分の広い範囲で総数の分からないものを一つずつ探すという、砂場で蟻を数えるような気の遠くなる作業になるのは間違いない──


「いや、そんな面倒なことにはならんかもしれんぞ」


「……!」


 そう思っていたところを、マノヴェルが口を挟んできた。


「最初に話を聞いたときはてっきり、検閲によって記憶が消去されているものだと考えておった。しかし、先にティナが発見した矛盾やアットリオの素性の件を鑑みるに、ただ記憶や歴史を抹消するだけではなく、完全ではないにせよ埋め合わせ……つまり上書きも行っておると推測できよう。頭をイジって思考を誘導し、違和感を隠すことができるにもかかわらず上書きをしたということは、そうしなければならなかったと考えて然るべきじゃ」


「つまり、隠された歴史の方ではなく……」


「上書きされた偽りの歴史の方を調べてみれば、何か掴めるやもしれん。一つ一つ洗うのは、そちらで成果が挙げられなかったときで良かろう」


 確かに彼の言うことは筋が通っている。ただ人々の記憶と共にアティーズの歴史を封印するのみならず、抹消された歴史に偽の歴史を上書きする工作も行っているのは、客観的事実だ。しかし、これは恐らく本来不必要な措置だろう。この検閲は人々の思考パターンをも制御して、虫食いになっている不自然極まりない歴史に対し、違和感を持つことを許さない。だから、不法入国者であるキヨシたちが気付くまで顕在化しなかったのだ。これにはきっと何かしらの意図があるに違いない、洗うのはそっちからでも良いと、マノヴェルは道筋を懇切丁寧に示してくれたというワケだ。


 情けない話だが、今のキヨシにとってはそれがどれ程の救いになるか。そういう意味合いでも、やはりここに来たのは決して無駄足ではなかったのだ。


「よし。早速王宮に戻ろうよ。セレーナさんの職権乱用で明日も休みになったし、強権が色んな意味で通用する内に、徹底的に調べ上げるわよ。職場の皆にも悪いし」


「待った。俺はここでの用事はまだ終わっていない」


「ん? そーいえばキヨシは気になることがもう一つあるんだっけ?」


 さすれば善は急げと立ち上がったカルロッタの出鼻を挫き、キヨシはさんざ引っ張ってきたもう一つの用事について言及しようとしたところ、


「それは帰り道で聞こう」


「は? 帰り道?」


 マノヴェルの意図が掴めずに、キヨシは気の抜けた返事を返してしまった。


「儂も王宮に行く。貴様等としても、その方が都合が良かろう」


「え……良いの?」


「良いも悪いも、貴様等だけでどうやって偽の歴史を調べる気じゃ」


「とりあえず俺は、『奴隷教育の延長線で』とかなんとかアガッツィさんに言い訳して、色々聞いてみようと思ってるんだけどもよ」


「そんな誰でも調べられるような情報が、なんの役に立つんじゃい。国の教育で学べる以上の守秘義務があるような情報を調べるとなると、立場のある者がいなければ許可されん。不法入国者ともなれば尚更じゃ。その上、儂以外の議会員が検閲で具体的に何が起こっておるか分かっておらんのでは、儂が行って手引してやる他あるまい。多少強引な手段にはなるがな。外の二人にも話をつけておこう。もう中に入れても問題はあるまい」


 なんと、マノヴェルはこの件のためにわざわざ王宮に赴くと言い出した。実際キヨシたちとしては願ったり叶ったりだし断り理由もないが、初対面から考えると信じられない程の協力関係だ。『協力は惜しまぬ』とは言っていたものの、ここまで至れり尽くせりで協力してくれるとは思ってもみなかった。そんな調子だから、マノヴェルが勝手にセレーナとマルコとに入室を促すのも、呆然としてスルーしてしまったし、


「痛ッ……なんじゃい」


「やり過ぎよ、ジョー」


「あ?」


 マノヴェルの足をセレーナが軽く蹴ったのにも、彼女が口を尖らせて不満げに何かをボソボソと呟いたのにも、誰も気付かなかった。

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