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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-60『真なるアティーズサーガ──その3』

 『王と妃は名も知れぬ一兵卒に討ち取られ、亡き者となった』。


 キヨシたちは以前、マルコからこのように伝え聞いた。しかし、こうして当事者から事細かに中身を聞いてみると、気安く語ることなど憚られる程の凄惨な話──いや、凄惨の一言で片付けることすらもできない。過去の戦争を『記録』として見ても、きっとこんな感想は出てこないだろう。マノヴェルの『記憶』を伝え聞いて、自分で考えて、ようやく悲惨さを理解できるのだ。


 その記憶が今、何者かの手によって封印され、忘れ去られようとしている。それは良くないことだと、悲しいことだと、キヨシにはそう思えてならなかった。


「おい小娘、何故泣く」


 マノヴェルの半ば呆れたような声で隣に目を向けると、ティナが喉の奥で嗚咽を殺しぽろぽろと涙を流していた。子供にはショックの強い、非常に過激な話なのは間違いない。が、涙の理由は全く別のものなのだということをキヨシは、そして恐らくセカイも分かっていた。


「すみ、ません。……つらい人生ですね」


「……よせよせ。儂のような愚図のために泣くなぞ、涙がもったいないわい」


 マノヴェル当人も少し遅れて、自分の辿った数奇で残酷な運命を思い、ティナは泣いているのだということを理解した。困ったマノヴェルは自分を卑下して泣くのをやめるように言ってみたが、これがどうも逆効果。カルロッタが背中をぽんぽんと叩いて、ようやく少し落ち着いたようだ。


 マノヴェルは、ティナからこんな反応を示されるとは思っていなかったらしく、憎まれ口の裏側で、ここ一番狼狽えているのを隠し切れていなかった。マノヴェルもティナが『優しい良い子』なのは分かっていただろう。実際、以前会ったときにも『お人好しが過ぎる』と評している。だが、それがここまでとは──人の不幸に涙が流せる程に極まっているとは思っていなかったのだろう。


「全く。これだから昔話なぞしたくないんじゃ。……小僧、貴様もそう思っておるのでは?」


「……続き、話しなよ。サラマンダーはどうしてた? さっき市街にいたっつってたよな」


 マノヴェルはキヨシに話を振ってきたが、キヨシはにべもなく突き放して話の続きを要求した。振られた理由は分かっているが、ここで話に乗ると自分の過去に触れられる羽目になるかもしれないと思ったからだ。


 それはともかく、マノヴェルはキヨシの要求に応えて歴史の話を続ける。


「サラマンダー……奴は、元々は市街地内の防衛をしておった。国防兵だけでは、いざというときに手が回らぬからのう。知っておろうが、精霊の火は自分の意思で物を燃やすかどうかを選べる。サラマンダーともなれば、その精度はほぼ完璧。つまり、国民が攻撃の巻き添えになる心配はないということじゃ。そういう意味では、うってつけの防衛位置と言える。現在のアティーズが存続しているのも、サラマンダーのおかげと言っても過言ではない」


「へえ。サラマンダーって言やあ乱暴者のイメージしかなかったけれど、結構役に立っていたんだな」


「しかし、そのサラマンダーが問題じゃった」


「問題?」


「市街で戦っていたサラマンダーは、海上の戦線から撤退した国防兵が加わって落ち着きつつあるその場を、儂と共に来ていたノームに任せ、王宮へと向かった。ここまで話せば、何が起こったかは想像に難くはあるまい」


 キヨシたちは少し考えたが、すぐに結論は出た。


「……おたくと同じく、前王夫妻の死に遭遇したワケか。ちなみに、他に誰かいた?」


「夫妻の血で身体中を染めた、幼少から面倒を見ていた侍女が一人」


「……もしかして、そいつが噂に聞く『救国の魔女』なのか?」


「否。あの女は今のジーリオとやらに相当する者じゃが、あやつと違って人間としてはかなり高齢じゃった。優れた魔法使いでもあったが、奴から夫妻を守るには力不足じゃったろう」


「そうか……その人も気の毒にな。場にいたのはおたくを含めた三人と、サラマンダーだけ?」


「左様。しかしサラマンダーには、儂や彼女とは決定的に違うところがあった」


 確かにサラマンダーや、前王夫妻の侍女には気の毒な話だ。しかし、それがサラマンダーの問題とどう関わってくるのか話が見えない。そこはマノヴェルの言う『決定的に違うところ』とやらにかかる事柄に違いない。


「儂やあの侍女の心を支配したのは怒りや憎悪以上に、深い絶望と徒労感じゃった。じゃが、奴に限っては割合が逆じゃった。元々荒々しい性格で、人の言うことなど全く聞かない乱暴者じゃったのをようやく手懐け、人並みの価値観と道義を授けたような奴じゃ。そういう奴でも……いや、そういう奴だからこそ、アティーズへの帰属意識と不器用な情を持ち合わせておった。奴は、アティーズが見舞われた惨状に、烈火の如く怒り狂っていた」


「……サラマンダーは暴れたんだろうな。昔、オリヴィーでやったみたいに」


「ただ暴れるだけならばどうとでもなるわい。じゃが奴はそれだけには留まらなかった」


 オリヴィーを抉って盆地にした──と、言われている──サラマンダーが暴れてもどうにかする方法があるというのがまず驚きだが、それ程の何かを持ってしても手に余る事態に陥ったらしい。


「まず、あのウンディーネを越す巨体を誇るサラマンダーが、突然消えたらしい」


 マノヴェルが頭から何を言っているのか、キヨシたちには分からなかった。


「……は? らしいってのは?」


「目が見えんのだから、周囲の反応から察する他なかろう」


「それじゃあ、おたくにはどう見えて……いや、どう感じられたんだ?」


 ウンディーネの見上げるような背丈を越す化け物が、突然消え失せるという現象。盲目のマノヴェルのこの口振りからして、少なくとも彼の主観では、サラマンダーはその場にまだいたように感じられていたのは明白だ。その上、マノヴェルは『まず』と言っていた。これがまだまだ序の口だということになる。


「儂がまず感じたチャクラは、憎悪に囚われた意識に呼応するように膨れ上がっていく、サラマンダーのチャクラじゃ。そのチャクラが渦を巻いて、玉座の間を滅茶苦茶にしながら這いずり回っておった。儂も下手人もあのチャクラに巻かれたが、例外がおった」


「おたくに下手人ときて、残りは……侍女さん?」


「あやつは、火のチャクラ持ちじゃった。それが原因じゃったのか……増幅されたサラマンダーのチャクラ全てを、人の小さなその身に受けた。小さな身体に、サラマンダーの猛威が押し込められているような状態じゃ。それがどれ程の苦痛と快楽を伴うものか、ティナ……そしてセカイとやらも、その一端は理解できるな?」


 オリヴィーで味わったあのおぞましい感覚が、氷山の一角──ほんの一端でしかないとと断じられて、ティナは顔を青くして唾を飲む。しかしそれ以上に一行の頭をもたげていたのは、侍女が猛々しいサラマンダーのチャクラに襲われる様子に対する既視感──デジャヴだった。


「それで、どうなったの……?」


「直後のことは細かく覚えていない、というのが実のところじゃ。次に思い出せるのは、瓦礫の中でウンディーネに庇われていたあたりかのう。海からの敵兵にかかりきりだったところを、王宮が吹き飛ぶのが見えて引き返してきたんじゃと」


「……他の奴らは?」


「王を殺ったあの兵士は、儂が目覚めたときには既にいなかった。普通に考えれば生きてはおるまいが……死体の確認をしなければ、そしてその死体もズタズタにしてやらねば気が済まず、激情にかられて瓦礫を穿り回す儂に、ウンディーネが残りの二人のことを教えてくれた」


 この時点で、王宮の状況はマノヴェルの人智を超えていた。下手人の死体を探し出して滅茶苦茶にしてやろうという欲求も、こうして聞いてみると現実逃避のような気分が感じられる。ウンディーネが口を挟んだ──口を利けない彼女に対して、奇妙な表現だが──のは、もしかしたらそれを見かねてだったのかもしれない。


「ウンディーネが引き返す道中、正面からやってくる何かに身体をブチ抜かれたんじゃと。まあ、全身水のウンディーネにとっては、身体に穴が空いた所で手傷にはならん。じゃが、身体の一部が一瞬で蒸発させられたのでは、流石に驚いたじゃろう」


「身体を蒸発させ、って……サラマンダーにやられたの?」


「正確には、『サラマンダーと侍女』にじゃ。身体は侍女のもの一つしかなかったが、その中には確かに二人のチャクラが感じられた、と。これが、『救国の魔女』の正体。侍女ではなく、『侍女とサラマンダー』を併せて、救国の魔女とする。もっとも、呼ばれとるだけで肝心の中身は忘れられとるらしいが」


「今更だけど、ややっこしいことになってるな……」


「そして、過ぎ去り様に一瞬だけ見た奴の風貌を、ウンディーネはこう比喩した。……『小さな竜』と」


「小さな……竜……」


 『小さな竜』という表現に、ティナとドレイクがピクリと震える。これでキヨシたちの既視感は確定的なものとなった。オリヴィー抗争最終局面、敵味方見境なく破壊の限りを尽くして暴れたティナの姿は正しく、『小さな竜』と形容するに相応しい。


「けどそれは、その二人が……少なくとも侍女さんが望んでやったワケじゃない。そうだな?」


「恐らくはな。サラマンダーは奴自身が望まない形で、その時近くにいた火のチャクラを持っている者と同調し、身体を乗っ取ってしまったんじゃろう。この推測は、あくまでウンディーネからの伝聞から導き出した可能性でしかなかった。……先日、貴様等が訪ねて来て、臨時で開かれた議会の報告書を確認するまでは、な」


「やっぱり……そう、ですよね」


 ティナが涙を拭いながら、俯き目を閉じる。心身共に疲労の色が濃く、今にも倒れてしまいそうだった。


 侍女が見舞われた現象は、ティナとドレイクが体験した事柄をそのままなぞったような──いや、正確にはティナが、十五年前のアティーズをなぞっていたのだ。違いは精々、怒りに呑まれていたのが人か精霊か程度のもの。マノヴェルもキヨシたちが来た時点で、ある程度事情を察していたようだ。それならそのときに話してくれたって良さそうなもんだ、とキヨシは内心毒づきそうになるが、あの頃のマノヴェルとの関係はとても良いと言えるものでもなかったので、致し方なし。


「それでその、被害は……」


 こう聞いては気になるのは、竜人と化した侍女がもたらしたアティーズへの被害だ。大暴れしたティナ本人ともなれば、尚更だ。


「王宮内に、他と比べて異常に綺麗な場所があったじゃろう。元々玉座の間だった場所と、その周辺一帯……」


「議会場周りか。確かフライドさんによれば、あの辺は跡形もなくなったって……なるほど、頷ける話だ。王宮が半分残ったんだったら、不幸中の幸いとしか」


「そうでもないわい。この話はまだ途中なんじゃからな」


 ただ被害自体は、体験したり、話に聞いていた程でもなかったようだ。が、マノヴェルは半ば安堵したような気持ちになっていたキヨシたちに、無情にも待ったをかけた。


「のう、カルロッタ」


「……──────」


 マノヴェルに静かに語りかけられて、明らかに目を泳がせた。


 マノヴェルはイヤミで陰険な老人かもしれないが、弁えは持っていた。


 アティーズの戦争被害だけ声高に訴えて、ただ一方的な被害者面するのは、あまり褒められたことではない、と。アティーズ側が出した、ヴィンツェストの被害。ここまで話してようやく、マノヴェルの昔語りは完結を見る。

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