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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-56『薄れた疑念』

「……フム。もうよいぞ、フライドの孫」


 マノヴェルの診察は、マルコの額を打診するように叩いたり、遠い目を覗き込むような仕草をしたり、終いには彼の頭を大きな手で鷲掴みにして、そのまま固まること数分。と、傍目には何をしているのかさっぱりな内に終わってしまった。当のマルコは何をされても、周囲──主にキヨシと愉快な仲間たち──がマノヴェルの一挙手一投足に声をあげても、一切の反応を示さなかったが、マノヴェルに『もうよい』と言われると、ハッとした様子で目を覚ます。


「次はセレーナ、貴様じゃ」


「フフッ、優しくしてね?」


「何を言っとるんじゃ貴様は。フライドの孫のエーテル体を見て、()()()は理解した。最早、一目見るだけで充分じゃ」


「あら残念。けど、あなたがそう言うということは……」


「何かしらの細工がなされているのは間違いないようじゃな。貴様も同じじゃ。当たり前の話じゃが、他所者の三人と一匹は対象外じゃ」


「やっぱそうか……」


 診断結果を聞いたカルロッタが反射的に舌打ちしてしまい、バツの悪そうな顔でそっぽを向いた。


 マノヴェルが二人を診察したところ、やはり検閲の対象である二人のエーテル体には、意識のチャクラに根差した魔法がかけられ、記憶や知識、果ては思考パターンまで制限されているようだ。これでは、国の歴史が云々などと疑問を持つ余地がない。


 やり口は分かった。しかし、マノヴェルは未だ釈然としない様子だった。


「ただ二つ程、気になる点があった。先の話を思い出せ。術者と施術方法の話じゃ」


「それぞれにそれぞれのやり方があるって話だろ。それが?」


「やり方がセレーナと同等かそれ以上に、儂に似ておる」


「……なんだって?」


「言うまでもない事柄じゃろうがな、儂にはエーテル体専師としての弟子やらの類はおらん。当然子孫もな」


 検閲の魔法がマノヴェルにやり方が近いとなると、どういう形であれ近しい人が下手人と推察できるワケだが、当人には全く心当たりが無いというのだ。強いて挙げればセレーナが考えられないことはないが、彼女も検閲対象なのは先刻承知。確かに不可解だと言わざるを得ない。


 その上、マノヴェルの懸念点はもう一つあるというのだから堪らない。このレベルかそれ以上の事実が飛び出してくると想像すると、もう嫌になってこようというものだが、スルーするワケにもいかない。


「……気になることがもう一つあるって言ってたな。そちらは?」


 そんなワケでもう一つの方を聞いてみたが、これが嵐到来の引き金になるなどとは、キヨシは思っても見なかった。


「二人がかけられていると思われるその催眠術とやらの痕跡は、儂の中には感じられん。恐らく儂には、その検閲とやらは──」


 マノヴェルがここまで話した瞬間、目の前のテーブルが轟音と共に吹き飛んだ。正に文字通り木っ端微塵になったテーブルをブチ抜いて、カルロッタの魔法で隆起した土がマノヴェルに迫る。さらにその脇からは拍子を合わせたセカイが、身体の主導権を無理矢理ティナから奪って今にも飛びかからんと跳躍の構えを見せていた。


 二人がこんな行動に出た理由は分かり切っている。マノヴェルが気にかけた二つの事柄、そのどちらもマノヴェルが最重要容疑者であることを示しているも同然だ。一つ目で猜疑心を激しくくすぐられ、二つ目で爆発してしまったのだろう。


 二つの敵意。それらを前にしても、マノヴェルは涼しい顔で平然と椅子に腰掛けたままでいた。


「ッ──きー君!?」


 攻撃を瞬時に察知したマルコが即座に割って入り、振り抜いた双剣からブルーノが飛び出して土塊をズタズタに寸断。跳んできたセカイは、キヨシが抱きかかえて止めるのを読み切っていたからだ。


「よせ、二人共! 爺さんは犯人じゃない!!……たぶん」


「なんでそう言い切れンのよ!」


「……俺がさっき、催眠術をかけるのが可能かどうか聞いたときに、範囲を王宮内部って予想しただろ。そもそも、何が起きてるのか分からないって感じの語り口だった。儂にならできるってのも、俺の質問に答えただけだ」


「──!」


「……きー君の考えを、見抜いてたかもしれないよ?」


「それを言い出したら、どこまで疑えばいいのか分からんじゃないか。どっちみち、俺たちが束になったって敵わんのだ。疑わしきは罰せずだ、構えを解いてくれ」


「んー、まあ、きー君がそう言うなら……」


 若干頼りないながらも、二人はキヨシの理を理解して矛を収める。


 そう、実は先程までのやり取りの中でも、キヨシはすでに一計を案じて実行していた。最初に何が起きているのかを語らず、まずは催眠術云々の話を先に出し、そこから少しずつ質問に答える形で情報を渡していく。この話の最中にマノヴェルがこちらしか知らないようなことを喋れば、その時点で黒確定。()()()()()()()()()()、やっつけられるかどうか──と考えてはいた。


 しかし、その辺りの狙いは外れた。セカイが危惧するように、ただ単にボロを出さなかっただけとも取れなくはないが。


「なるほど……儂はカマをかけられていたワケか。つくづく食えぬ小僧じゃ」


 その通り、カマをかけていた。マルコには『疑っているワケではない』などと言っておいて。なんとなくマルコとブルーノの視線が痛い気がして、キヨシは気まずさで目を逸らしたが、そんなキヨシを見てマルコはフッと笑い、


「いいよ。まだ何も手がかりがない状態だったのだから、多少致し方ない部分はあるだろう」


「あ、ああ……悪いな。ところで、ブルーノついてたのか。王宮の警備は大丈夫なん?」


「上に許可は取ってきている。もちろん、この件に関しては内密にしてあるけれどね」


「誰がどこまで疑わしいのか、分からぬ故……ある程度の武力を保証したいのだと、主からは伺っている……」


 話を聞くに、マルコもブルーノもマノヴェルを訪ねるに当たっては、多少の荒事は覚悟していたらしい。キヨシを許したのも、あまり人のことは言えなかったからかもしれない。


 皆落ち着いたところで、キヨシはマノヴェル、そしてセレーナに対しても深々と頭を下げた。


「さて……爺さん、申し訳ない。誰がやらかしたのか見当もついてなくて、皆少し疑心暗鬼気味なんだよな。セラフィーニさんも、友人が疑われちゃ気分悪かったでしょ。すいません、本当に」


「いえいえ、当人もさっき言っていた通り。疑われて当然と言えば当然でしょうから」


「フン、此奴と友人などと思われとるとはの。まあ身内の躾は、行き届いておるようじゃがな」


「そうでもない。俺の身内は三人共、元々俺なんかよりもずっと人間できてるだけだ。で、もしも本当におたくが検閲の対象外なんだとしたら、より詳しい事情を話した上で協力してもらいたいと思うんだけども……皆がいるところで話すと、そこの二人がまた倒れちまう。この検閲、意識のチャクラ絡みの魔法で間違いないんだよな?」


「いかにも」


「解くことは?」


「できぬ……ことはなさそうじゃがな。明らかに解術を考慮していない、とてつもなく強力な術が施されておる。放っておけば、一生涯に渡って解けることはないだろう程のものじゃ。一人ひとり解くにしても、それなりに時間がかかる」


「どれくらい?」


「一人につき……いや、いっぺんに見るにしても精々三人まとめて、およそ一ヶ月」


「無理だ、とても待てない」


「何か急ぐ理由でもあるのか?」


「一ヶ月もの間、こうして周辺を嗅ぎ回っている奴がいるとバレない保証がない。どんなに短く見積もっても十五年そこそこ、誰にもバレずに検閲をかけ続けていた奴だ。馬鹿とは思えねえ」


「何をそこまでして嗅ぎ回っておる。いい加減に話さぬか」


 ともかく、これでマノヴェルに対する疑いはかなり薄くなった。これ以上隠している理由もなくなり、キヨシは検閲対象の二人に退室するように頼んだ後で、マノヴェルに詳しい事情を、今度こそ全て話すことに決めたのだった。


「それと、この部屋の有様もなんとかせい」


「あ……ロッタ、ほら」


「……す、すいませんでした。ホント」


 台風が過ぎ去った後のようになっている部屋を片付けながら。

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