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第一章-13『話をしましょうよ』

「……うっし、ここまでくればしばらく大丈夫かな」


 峡谷から離脱した一行は、ヴィンツ国教騎士団からともかく距離を取るべくただ真っ直ぐに進み、およそ安全圏内だろうと思われるところまで到達した。未だ予断を許さない状況ではあるが、一先ず息つく間くらいは得られるだろう。大人二人を担いで韋駄天の如き疾走をするセカイには、最早ツッコむ言葉も出てこなかったが。


「ったく、マジに酷い目に遭ったもんだ」


 どこか軽い感想を述べつつ、キヨシは半ば無理矢理にセカイの肩から降りる。


「でもまあ……ともあれ、ようやくまた会えたな。やっぱり最後に助けてくれたのはお前だよ、セカイ……セカイ?」


 キヨシの不器用な礼にセカイは答えず、身体を震わせて俯いている。悪い予感がキヨシの心中を覆い尽くした。


「セカイ、どうしたッ!!? どっか痛んだりするのか? さっきの一悶着の時、連中に何かされたりとか──」


 並び立つという決意、それが早くもこの有様か。何かの拍子にまたセカイと離れ離れなど、もうキヨシには耐えられない。万に一つでも、そのような可能性に至る要素は許すことはできない。


 気持ちが逸り、ついまくしたてるようにセカイに問いをぶつけてしまう。そんなキヨシの心配を一身に受けて顔を上げたセカイは、





























「……〜〜〜〜〜〜んんんんッ、きーくぅぅぅううううん!!」

































「おわッ!?」


 キヨシの激しい動揺や焦燥も何のその、もう片方の肩に担いでいたカルロッタを放って、セカイはキヨシの胸に飛び込んだ。体をピッタリとくっつけ、キヨシの胸の中で頭をグリグリ。猫か何かか。


「ゴメンねゴメンねゴメンね、何日もほったらかしにして寂しかったよね!? もう大丈夫だから! ずっと一緒にいてあげるからねっ!」


「ギャアアアァァァーーーーッ! 痛い痛い痛いやめろお前ェェェーーーーーーッ」


 忘れがちではあるかもしれないが、キヨシは指以外にも魔弾の直撃を数十発単位で受けて、全身痣だらけ。つまり、セカイのこの愛情表現はキヨシの命をゴリゴリ削っているというワケだ。


「痛っつつ、急に降ろさないでよ……って何やってんだおどれらァァァーーーーーーッ!!」


「ほれ見ろこうなるんだよ! これ痣がもう一個増えるヤツじゃねーか!」


 セカイの肩から転げ落ちたカルロッタは、感じた違和感を無理矢理塗り潰そうとするかのように怒気を噴出させた。それはそうだろう。本来、引っ込み思案な妹からは絶対に出てこないだろう言動なのだから。しかし、キヨシの知るセカイの性格というのは、こういうものなのだ。ティナとは真逆の、活発で積極的且つ、自由奔放な性格。それもカルロッタから見れば、『愛する妹が、今日出会ったばかりの男にくっついている』となるのだから、怒りも困惑も当然と言えば当然か。キヨシからすればこれが普通なのだが。


「お、カルロッタさん。大分気分も元に戻ってきたようで何より何より。にしし」


「ワケ分かんねーこと言ってねえで離れなさいティナ!」


「やー! もう片時もきー君から離れないィ〜〜〜〜〜〜ッ」


「やー! じゃねェーーーーッ!! つか、アンタ本当にどうした? それともお前がなんかしたのかコラ!」


「いやあ、まあ俺がなんかしたのかと言われれば、したような、してないような……」


「ハッキリしろォーーーーーーッ! 全部説明しなさい、そしてティナはそいつにくっつくのやめー!」


 恐らく自分以外、今現在どういう状況なのかさっぱりわかっていないのだろうと、キヨシはセカイを剥がしてカルロッタを落ち着かせようとするが、セカイは凄まじい力でそれに逆らいびくともしない。これはもう、てこでも動かないだろう。


「落ち着けよカルロ。コイツは多分、ティナじゃねえ」


 どうしたものかと思い悩むキヨシに、何やら分かってる風な口で助け舟を出したのは、ドレイクだった。


「……は? ティナじゃない?」


「俺ちゃんはコイツのチャクラを感じることができっからな。そうしてみりゃ一目瞭然よ。今のコイツは『ティナに超似てる何か』だ。で、ここまでの話を考えると……」


 ドレイクは溜息を吐きながら、キヨシに目配せする。『ここから先はテメーでなんとかしろ』ということだろう。とりあえず、これでカルロッタは幾分か落ち着きを取り戻した。これならどうにかなる、と希望が垣間見えたその時だった。


「んぅ……」


「え──」


 ずるり。そんな感覚を味わった気がする。


 抱き着いていたセカイが体重の全てをキヨシに……ではなく、ただ脱力してキヨシの腕を滑り落ちていく。咄嗟に腕を伸ばし、抱きかかえて顔を覗き込むと、酷く眠そうなとろんとした表情で、


「んー……、我慢してたんだけどもう限界かなぁ……」


「オ、オイ! やっぱりどこか──」


「んーん、峡谷脱出する前くらいから凄く眠くて……」


「眠い? そういやそんなこと言ってたな……じゃなくてェ!」


 キヨシの頭にガンガン響く声も効果が無いようで、セカイの瞼はどんどん下がっていく。


「この身体……えっと、ティナちゃん? だよね……よろしく言っておいてね。『仲良くしましょ』って」


「ちょ、オイマジィ!? お前抜きで、カルロッタさんに一体どう説明すりゃいいんだよ!」


「おやすみー……」


 そうして、セカイはそのままキヨシの腕の中で深い眠りに落ちてしまった。


 恐る恐る横目にカルロッタの顔色を窺えば、分かりやすい怪訝な顔でこちらを見ている。


 こうなると困るのはキヨシの言の通り、『この状況をカルロッタにどう説明するか』だ。峡谷では後先考えずに『異世界人』と自称したが、果たして信じてもらえるかどうかは怪しいところ。だからと言って黙りこくっているのも良くないが、どう説明していいか分からないため、歯切れ悪く「あの」とか「その」とか言っておたおたしていると、


「……あーもー、怒鳴ったり責めたりはもうしないから、話をしましょうよ。最初から順序立てて、フワッとしててもいいから。気になるところは後でまとめて聞く」


「うん……その、ゴメン」


「だから、別に責めたりしてないんだから謝るなって。実際、アンタたちには助けられたんだから。ホラ、ここからも離れなきゃいけないんだし、移動しながら」


 ──向こうに気を使わせてしまった。


「分かった。えー、ドレイク」


「なんだよ」


「物事を説明するにあたって、ちょっと協力頼みたいんだけどいい? 俺が嘘を吐いてないのを、証明して欲しい」


「別にいいけどよォ。ティナからのチャクラ供給が途絶えて結構経つから、俺ももうそろそろカンテラに戻って寝ちまうぜ」


「あいよ。じゃあそうなる前に話しちまおう」


 あんな修羅場を超えてきても、終わっちまえば俺なんてこんなもんだよな。などと自己嫌悪に陥りつつも、最初から、できるだけ詳細に、事ここに至るまでの経緯を話し始めた──


──────


「住んでる国の名前と公用語。日本で日本語」


「ヴィンツェストのヴィンツ語。世界一高い山は? 既知の山ならサラム大山」


「エベレスト或いはチョモランマ。2+3、9−4、2.5×2、30÷6の答え。全部5」


「全部5……ちょっと、四則計算以外一致しないじゃない」


 そして、今に至る。


 キヨシとカルロッタのこの会話は、世界の常識と言えるであろう事柄の確認行為。他にもいくつかの設問を設けたが、当たり前ながら見事なまでに不一致不一致、そして不一致だ。


「これで、元いた世界の過去だとか、並行世界みたいなもんでもないってのは確実か。全く位相の異なる別世界ということになるなぁ」


「あーのーねー。さも当たり前みたいに言ってるけど、アタシはまだ半信半疑なんだからね。頭っから否定するのはアタシの流儀じゃないってだけで」


「いいとも。こういうのはな、普通は森羅万象信じてもらえないのが相場だし。本来なら最悪、異端審問とかにかけられて、そのまま死刑執行とかは覚悟すべきなんだぜ」


「そーねえ。実際、そうなりかかったの同士だと説得力も違うもんね」


「違いない」


「いや、だから違うんだって」


「いーだろ、そんなとんちは!」


「……経緯は分かった。少なくとも、この世界でのことについては嘘吐いてないみたいだし。異世界がどうってのについては……まあ、それ以上に信じられないことの連続だったし、その指のこともあるし。真っ向から否定もできないか」


「その指についてと、ティナちゃんの中に表面化してる俺の友人については俺もよく分かんねえ。申し訳ない」


 キヨシが深々と頭を下げると、カルロッタはムズ痒そうにそっぽを向く。


 一行は戦跡の森また別の森の中、切り立った崖の壁面部分に身を隠して休める洞窟状の岩場を発見し、そこで話し込んでいた。ドレイクは既にカンテラに戻り、三人を仄かに、しかし暖かく照らしていた。


 ここに至るまで、本当に色々なことがあった──カルロッタはその疲労からか、或いは目下の不安からなのかどちらともつかない溜息を吐く。


「謝るなって……それに、今のアタシの関心事はそこじゃないし」


 カルロッタの視線の先、キヨシの背におぶさっている少女は穏やかな顔で寝息を立てていた。


「ああ……実は俺もそうだ」


「セカイ、だっけ? アンタの友達。つーか、ちゃんとティナは目を覚ますんでしょうね」


「ああ、その辺については目を覚ます……というより、無事だとは思う。峡谷で最後の最後、カルロッタさんを助けようとしてたのはきっとティナちゃんだ。根拠はないけど、そんな気がする」


「あっそ……」


 カルロッタは精魂尽き果てた様子で受け答える。当然ながら、様々な意味で疲れ果てていることが窺えた。ティナの話になった瞬間、若干頬を赤らめたような気がしたが、触れないのが人情だろうとキヨシは思った。


「じゃあ、今度はこっちの質問に答えてもらうからな」


「何?」


 返事をそのまま了承と受け取ったキヨシは、自らの右手人差し指をピッと立てて見せ、単刀直入に問うた。


「俺の指に取って代わったコイツは一体、なんだ? いや、それ以前におたくはどうやってコイツを手に入れた?」


 当然の疑問だ。


 ただ生物と融合するだけで十分に奇怪だというのに、ソルベリウムが無尽蔵に出てくることに加え、さらに融合前の朽ちたペンだった時から発していたただならぬ雰囲気。これのおかげで助かったとはいえ、そんなものが自分にくっついているというのは、なんとも恐ろしい心地だ。


「アンタもアタシと同じ、国教騎士団と事を構えた人間だもんね。しかも元々無関係の、ただ巻き込まれた人……」


 カルロッタも聞いてすぐの内は話すべきか迷った様子だったが、


「当然の権利ね。経緯を聞きたいってのは」


 すぐに答えは出たようだ。

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