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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-49『キヨシのカルテ(COPY)』

「はあ……なんでまたこーなるの……?」


 担ぎ込まれたいつもの寝室で、キヨシは誰に言うでもなく、消え入るような声で独りごちる。


 昨日の怪我は大したことはなかった。それ以外も快方に向かい、これまで女衆に任せきりにしていた分バリバリ働こうという時に、このザマだ。最早うんざりと言う他ないし、何より姉妹に、そしてセカイにも申し訳が立たない──


【きー君!!】


「キヨシさん!!」


 などと考えていると、部屋の扉が大きな音を立てて開き、血相を変えたティナが突入してきた。その後からもぞろぞろと入ってきて、最後尾がカルロッタ。彼女が呼びに行ったはずの医師の姿は見えない。


「ん……お、おお皆か。その様子じゃ、随分心配かけてるみたいだな……ってオイオイ、どうしたんスか、セラフィーニさんも……えっ、なんで陛下まで──うおッ!?」


【大丈夫!? 怪我はどこにもない!?】


「肩! 肩は大丈夫ですか!?」


「お、落ち着け。なんともないって」


「……本当に?」


「本当だってばよ。なんで疑うんだ」


 しょぼくれっぱなしで心配をかけるのも良くないと思って、キヨシは色々と驚きつつもできるだけあっけらかんとしたような振る舞いを心がけたが、ティナとセカイはそんなもの跳ね飛ばして、キヨシの容態を過剰なまでに気にする。気にし過ぎて、前のめりになっている感が否めないが、身から出た錆というヤツだということを、キヨシはまだ知らない。


「ふふん。仲睦まじいようで羨ましい限りだな、イトウキヨシ?」


「ま、まあ……というか、誠に失礼ながら陛下は何故ここに? アマミヤ姉妹についてきたんです?」


「いけないか?」


「いや、滅相もない。ひょっとして、俺が思っている以上に仲がいい?」


「人並み程度に。な?」


「……? まあ、失礼のないようにな。ティナちゃん?」


「そんなことより! 倒れたって聞いたんですけど、どこが悪いんですか!?」


 先程築いた友情関係が『そんなこと』呼ばわりされて口を尖らせるパトリツィアを尻目に、ティナはこれまでにない程キヨシにグイグイと迫る。が──


「ソイツは……あー……」


「……キヨシさん?」


 具体的な病状を問われたキヨシは、ティナから目を逸らして口を噤んだ。唖然とするティナの後ろで、カルロッタが腕を組んで溜息を吐く。


「そう聞くとだんまりなのよねえ。突然倒れるもんだから何事かと思って様子見たら、顔真っ赤で息も絶え絶え……って、どう見ても普通じゃなかったってのに」


「まあ、医師にはもう連絡済みですし。もう少ししたらやって来ますから、話しづらい事柄は彼にだけ話せばよろしい──?」


 そう、実は倒れてから今に至るまで、キヨシは誰に対しても自分の病状を話していなかったのだ。その理由さえも、一切口にしていない。セレーナがキヨシの内心を察した様子で、あまり深堀りしないようにと暗に促そうとしたそのとき、


「……お医者様にも、話さないつもりですか?」


「ッ!? いや、そいつは──」


「【嘘。バレバレ】」


 どうやらティナとセカイは、セレーナよりも遥かにキヨシの心を理解していたようだ。それも当然といえば当然の話。先程まで、自分もそうだったのだから。


「キヨシさん。私、今日ちょっと勉強させてもらったんです」


「勉強?」


「身体が悪いときは、ちゃんと話した方が良いんだって」


「む……」


 『そんなもん当たり前』と言おうとして、キヨシは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「もう隠しません。本当は、キヨシさんには黙ってるつもりでしたけれど……私、間違ってました。私も今日まで、ちょっと身体の調子が悪くって。でも、色々あってセレーナ様に相談したら、あっさり解決しちゃったんです」


「しかしだな。なんていうかこう、医者の先生に話してどうにかなるような感じじゃないというか……」


「キヨシさんは、お医者様じゃありませんよね?」


「うぐぅッ……」


「まあ、もちろん人のことは言えないんですけどね。私も今日、学んだばっかりですから」


 ティナの言うことは正論も正論。医者でもないキヨシが、『医者に話しても無駄』などと勝手に自分の病状を判断してあれこれ決めるなど、おこがましいにも程があるというものだ。いつからそんなに偉くなったというのか。流石にティナもセカイも、そこまで辛辣な物言いはしていないし、むしろ人の受け売りという自覚からか、滲み出る羞恥心を隠しきれていない様子で、伏し目がちに語った。


【あと、もし相談しなかったら死んでた】


「死ッ!?」


【ね? 話して良かったなーって思うに充分でしょ?】


 しれっと言い放ったセカイの注釈にキヨシが愕然とし、ティナはこの教訓を身をもって得たのだと理解させられた。その証拠に、彼女は少しずつ、しかし確かに伏していた顔を上げて、『自分は正しいことをしている』という確信に満ちた目でキヨシを見ていた。キヨシはその目には絶対に敵わない。自分が間違っているのだと突きつけられたキヨシは、意気消沈する他ない。


 そうして親に叱られる子供のような様相を呈すキヨシの手を、優しい温もりが包み込む。


「私たちには無理に話す必要はありませんけど……お医者様には、ちゃんとお話してください。皆、心配してますから」


 ティナに、キヨシを叱りつけているつもりは毛頭ない。キヨシを心から心配し、窘めようとしているに過ぎないのだ。自分のため、そして他ならぬキヨシのために。


 あとは、キヨシが素直に受け入れてみせるだけ。


「そうだよな……悪かった。正直話すのが恥ずかしかったってのもあるんだが……あまりにも普通じゃないっていうかさ」


「だったら、尚のこと黙ってる意味が分からないわよ。少しは自分からこっちを頼りなさいよ」


「カルロ!」


「それと、なんか休むことに負い目があるらしいけど。こちとらアンタがいなけりゃ死んでた身よ。そんなくだらねーこと、イチイチ気にしてんなよな」


「……言い方はともかく、本当ですよ。キヨシさん、あんまり抱え込まないでくださいね?」


 カルロッタの歯に衣着せぬ物言いを諌めようとしたティナだったが、後に続いた発言に共感を覚えてしまい、これ以上強く言えなかったようだ。一応、カルロッタにもそういう自覚はあったらしい。


「そうだな。ここはティナちゃんを見習って、戒めも兼ねてちゃんと話そうと思う。聞いてくれ」


 キヨシは姿勢を正す。真に改められるにはまだまだ時間がかかるだろうが、ティナから受け継いだ教訓を無駄にはしない──『私たちには話さなくていい』と言われたにもかかわらず、これから自覚症状の仔細を話すのは、そのための第一歩、いわば儀式のようなもの。ティナたちもとやかく言うことはなく、ただ耳を傾けてくれているようだった。


「倒れたのはついさっき、十五分と経ってない。俺は奴隷労働に従事してた。もちろん、自分が怪我人だって自覚を持って働いてた。さんざ釘を刺されてたからな。ロッタに監視されてもいたし。で、本当に何がきっかけだったかは分からんのだが──」


 ここまでは、一緒にいたカルロッタが把握していた事柄のおさらい。自己弁護染みている物言いだが決して他意はなく、あくまでありのまま話しているだけだ。重要なのはこの先。キヨシは自分で自分の口を割らせるような気持ちで、勢いのままに自分の病状を語り始めた。


 これがいけなかった。他ならぬティナにとって。


「突然、こう……へその辺りが熱くなりだしたんだ。そんで、熱が全身にどんどん広がっていって立っていられなくなった。終いには、身体の中に異物感まで出てくる始末だ」


「【えっ】」


 ティナとセカイが絶句し固まったのと同時に部屋の空気が凍りついたのを、キヨシは鋭敏に感じ取った。キヨシだけではない。何せキヨシが語る症状には皆、心当たりがあったのだ。


 ただ一人を除いては。


「え、何? なんで皆黙ってんの?」


「いや……」


「へそが熱くなって、それが全身に広がって、それで?」


「カルロッタ。後で簡単に説明するから、これ以上キヨシの口から語らせるのは──」


「はあ? なんで病状を当人じゃなくて、現場を見てもいない陛下が説明できるのよ……ですよ? キヨシ、続けて」


 全てを察したパトリツィアが、かなり慌てた様子で続きを催促するカルロッタを止めようとするが、彼女は大変無礼な物言いで突っぱねてしまった。確かにカルロッタの言うことももっともで、筋は通っている。しかし、正論を振りかざすには、彼女はあまりにも無知だったと言わざるを得ないだろう。


「つまりだな……全身がまるでインフルエンザにでも罹ったように熱くなって、しかし不快な感じはしなかった。というかぶっちゃけ、むしろ──」


【きー君ストーップ!!】


「なんだ!」


 話しているのはこちらだというのに割り込まれて、ほんの少しの不快感を隠し切れないキヨシだったが、その不快感はすぐにどこかへ吹き飛んでしまった。あのセカイが、恥ずかしがっているのが伝わってきたからだ。そう、四六時中異性であるキヨシにベッタリとくっついて回り、『大好き』だの『愛してる』だのと恥ずかし気もなく言い放つような人間が、羞恥心のあまりキヨシを止めに入ったのだ。


 その上、セカイを相手にしているつもりで目を向けた先で、ティナが肩を震わせて赤面しているのを見てしまったら、キヨシは何も言えなくなってしまった。


「ごめんなさいぃぃぃ……無理に言わせてすびばぜんでしだぁぁぁ!!」


「えっ……ええッ!? なんで泣く!?」


「全部分かりまじだぁ! 後生ですから、もう言わないでえ!!」


「分かった分かった、もう言わんから泣くなってばよ! どうしたってんだオイ!!」


 鼻声でびーびーと泣くティナを宥めるキヨシ。『あーあ』といった調子で額を抑えるセレーナとパトリツィア。そして完全に蚊帳の外で呆然とするばかりのカルロッタ。三者三様の反応を示すこの場の空気は、混沌を極めていた。特にキヨシからしたら、自分の病状について話した相手が、その場にいなかった自分より詳しいらしいというのだからワケが分からない。ただ困り果てて、ひたすらティナを落ち着かせようと務める以外にできることなど何もなかった。


 しかし、ある意味一番気の毒なのは──


「セレーナ様、急患と聞いてきたのですが!!」


「あ……すみません、必要なくなりました」


「…………ええ……?」


 ジーリオから言伝を聞いてスッ飛んで駆けつけたというのに、完全に無駄足に終わったキヨシの担当医なのかもしれない。

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