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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-44『不謹慎な願望』

「で? 動くって言ったって、どうするのよ」


 さて、こうして一行の方針が決まったワケだが、具体的に何をするかというのは誰もが気になるところ。キヨシの奴隷労働に、姉妹とジーリオも『無理ばかりする怪我人の監視』という名目で同行し、休憩時間を割いての会議が始まった。幸い─というのは不謹慎だが─先の事故によって労働環境の見直し監査が入り、やることのない新人のキヨシには時間がたくさんあった。


 が、キヨシは先程の勇ましい言葉とは裏腹に、集中する視線を受け流しつつ溜息を吐く。


「まあ、やれること自体は少ない。動くにしても、色々と調べてからにしたかったんだけど……」


「色々、とは?」


「色々だよティナちゃん。例えば、さっきはこの検閲がアティーズの全生物を対象にしてる……なんて言ったけれど、確証はないでしょ」


「へ? だって、デシローさんが──」


「そりゃ状況証拠に過ぎん。本当なら適当な国民を何人かとっ捕まえて、ンザーロ云々と話してみて検え……ああ、えっとアレを受けているかどうかをチェック。それを何べんか繰り返して検証したい。他の議会員はもちろん、王女様も」


「そんなこと、ダメに決まってるじゃないですか!」


「落ち着け落ち着け。だから『本当なら』だって。他にもどの程度の範囲内なら引っかからないかとか、抜け穴はないかとか、試したいことはいくらでも。しかし道義上それはちょっとな……」


「マルコの奴に上手いこと言えば、実験台になってくれるんじゃねえか?」


「ドレイク!」


「へいへい、わーってますってゴシュジンサマー……ッ」


 キヨシの突拍子のない発言を発端として、場の空気が荒れ始める。仮初にもアティーズの国民を実験台(モルモット)にしようというのだから、ティナのみならずジーリオも心中穏やかではないだろう。とはいえ、これはあくまで仮の話。


「まあまあ、もったいぶるようで悪かった。そんなマネしないって。もちろん他にもやれることはある」


「どんなの?」


「検閲の範囲は広い。それこそ、セラフィーニさんなんて超大物にもかかっているくらいにな。あの人は議会の一員だ。そんな相手に、本人にも気付かせず頭をイジることができる人間ってのも、限られるはずだ。当たるとしたらそこがまず一つってとこか」


「普通に考えると、同じ議会の一員か、もっと偉い人とかになるってとこかしらね」


「俺もそう思う。けど仮にそうだとして、同じ議会員ごとまとめて陥れる理由が分からん。議会より上ってのも王女様になるしな。それは考えづらいし、それ以前にあの人を疑うのは個人的に嫌だな」


「個人的に嫌って……なんか、キヨシっぽくない意見ね」


「どういう意味だそりゃ?」


「心外。褒めてるつもりだったんだけど」


「は?」


 カルロッタが示した可能性も、中々に空気が険悪になりそうなそれだったが、そこはキヨシが意見を尊重しつつやんわりと否定──した際の物言いが、彼女的にはキヨシらしからぬものだったらしい。何のことやらさっぱりと当惑するキヨシを見て、カルロッタはニヤニヤと笑っているのはともかく、別の可能性を模索すべく頭をひねる。


「アレマンノさん。議会以外に、国全体へ働きかけられる機関ってあります?」


「他ですと、『司法』は議会から隔絶された別の機関が担当しています。議会員への弾劾裁判等も彼らの領分ですので、どこにも属さない独立した勢力として設置されています。もっとも議会設置以来、そんな事態は起こっていませんが」


「司法機関……ちょっとそれも有り得なさそうだな」


「何故?」


「議会や王女様もそうですけど、動機が薄い。それに司法が謀反をって話なら、こんなやり方をしなくてももっと簡単に陥れる方法はいくらでもある。そういう意味じゃ、先に上げた『本人にも気付かせず頭をイジることができる人間』って可能性を無視しても、ヴィンツからの回し者やテロリストの類の方がスッキリするし、対応も圧倒的に楽なんスよ」


「それを言ってしまっては、一番の被疑者はあなた方ということに……いえ、それも無理のある話ですね。アティーズの戦争の歴史にまつわる何かであれば、あなた方が来訪する遥か昔から検閲されていると見ていい」


「ええ。それが動くと決めた理由でもあるんです。当事者であるおたくやセラフィーニさんからは、絶対に疑われないでしょうから。して、ヴィンツ側の工作の気配は? 俺たちみたいな不法入国者以外にも、旅行者の類は……いや、流石に一介の使用人がそんなこと把握してるワケないか。セラフィーニさんに聞いた方がいいよな」


「ええ、流石に。また、セレーナ様に伺うよりは、外交などを担当していらっしゃるセシリオ様に尋ねた方がよろしいかと」


「そりゃそうですね。しかし二席ねえ……事情を伏せて聞くにしても、俺たちじゃまともに取り合ってもらえるかどうか。それこそフライドさんに頼む案件だな。声かけとくか」


 正直、ヴィンツ側の工作という線を当たるのであれば、最終的にセシリオを頼ることになるんじゃないかとは初めからキヨシも想像していたが、あの爺への心象が頼ることを無意識的に拒否したのは否めない。もっとも、キヨシでなくてもそうしただろうが。現にカルロッタは露骨に嫌そうな顔をしている。キヨシも自分の顔を見るべくもないが、およそ同じ顔をしているだろうことは分かっていた。


 嫌そうな顔をしつつも、閑話休題。


「『動機が薄い』……か。そこが一番引っかかるとこよね」


「ああ。謀反にせよテロにせよ、そこが分かれば一気に解決しそうなもんなんだが……」


「案外、ロンペレみたいな価値観がブッ壊れたような奴がなんとなくやってるのかもよ」


「それを言っちゃお終いだぜ、ロッタ。あんな極端な例に二の足踏んでいるのは、建設的とは言い難い」


「それは分かってるけどさ……」


 キヨシたちが一番頭を悩ませているのはここだ。


 検閲がかかっているのはそれとして、分からないのは『何故こんな大規模な検閲をかけたか』だ。普通に考えれば何かを隠すためだろうが、アティーズはヴィンツェストと表面上でも国交がある。つまり、別に鎖国体制を敷いているワケでもない。今回のように、国外の人間から何かしらの追及を受けるだけで、この検閲は全て瓦解する。それでは隠す意味はない。それを押してでもこんな力技を行使するには、それなりの理由があると考えて然るべきだ。


 しかし、今のキヨシたちがどんなに考えても、結論は導き出せなかった。圧倒的に情報不足。


「まあ……今の俺たちが頭をひねったって何も変わらねえ。まずはフライドさんが落ち着くのを待って、アイツを介して二席に話を聞いてみよう。そんで、ヴィンツ側の介入の線が考えられるかを検証する。そうすりゃ、ロッタの言う愉快犯の可能性は排除できるだろ?」


「考えられなかった場合は?」


「言葉を選ばずに言えば……当初の見立通り、偉い人の周辺を嗅ぎ回ることになる。無論、王女様はセラフィーニさんやアレマンノさんが常に見てるだろうからアレだけど、議会周りは……」


「……──────」


 沈黙が、辺りの空気を重苦しく、刺々しいものへと変えていく。安住を得るためにやることが『世話になっている人々を疑うこと』なのだから、当然と言えば当然。セシリオはともかく、割と懇意にしてもらっているマリオ辺りも疑惑の対象なのだ。疑う側も気分が悪い。


「ハア……やっぱ『それもこれもヴィンツの仕業』って方が、ずっと楽だよな」


 これまた不謹慎ながら、願わくばヴィンツの回し者であって欲しいと、キヨシは願わずにいられなかった。


 と、その時。


「くひゅっ──!」


 先程大声を出してから今に至るまで黙りこくっていたティナが、突然変な声を上げた。


 キヨシは少し驚いて隣に目をやる。その先では元より小さなティナの身体が、うずくまってさらに小さくまとまっていた。それだけではない。ティナは顔を耳まで紅潮させ、呼吸を荒げて震えていた。明らかに普通ではない彼女の様子に、カルロッタやジーリオも心配が顔に出ている。


「お、おい。大丈夫か? よもや熱でも──」


「触らないでっ!!」


「ッ!?」


 その上、キヨシが手を伸ばした途端に、こんな風にかなり強い言い方で拒絶されてしまっては、手は引っ込めつつも俄然心配になってくる。しかも、セカイが事ここに至るまでずっと黙ったままなのだ。


「あ……ごめんなさい。ちょっと……席を、外しますね……んっ…………」


「ん? あ、ああ……?」


 ここまで大きな声を出してしまったのに、ティナ自身驚いているようで、非常に申し訳無さそうな顔をして、そそくさと去っていってしまった。頭乗りのドレイクが「ついてくるなよ」と釘を刺しているのが聞こえるが、右から左へ抜けていく。


 あんな態度を取られたのでは、色々な意味で()()()()のキヨシとしては、不安に心中を蝕まれてそれどころではなかった。


「怒らせるようなことしたかな……アレか、さっきの実験台の話かな」


「じゃない? それにしたって、なんか変だったけどね」


「様子を見に行きたいところだけど……ドレイクに先回りされた。どうしよ」


「ま、ドレイクが『ついてくるな』って言ったってことは平気だと思うけどね。アイツもアレで結構、ティナの保護者やってるしね。アタシ程でないにせよ」


「あっそ……」


「何。なんか言いたそうじゃない」


「ジーリオさん、同じ保護者のよしみで何か言ってやって……あれ?」


 半ば呆れたままジーリオに話を触ろうとしたが、ジーリオもいつの間にか姿を消していた。カルロッタに目配せしてみるが、怪訝な顔で首を横に振リ返す。カルロッタもいなくなる瞬間を見ていなかったらしい。


「……会議は終わりでいいか。悪かったね、たまの休日だろうに。もういいぜ」


「そうね。じゃ、アタシはここで見てるから」


「は?」


「は?」


 なし崩し的に話が終わり、キヨシは実質休日返上のカルロッタを気遣ったつもりだったが、彼女はその場を動こうとしなかった。


「……まさかとは思うが。『怪我人の監視』って、マジで言ってたのか?」


「当たり前じゃない」


「なんで?」


「なんで、じゃねーよ。怪我し過ぎなんだよトンチキ」


「心配してんのか貶してんのかどっちよ?」


「両方よ。これから休みの日に来たり来なかったりするから。抜き打ちってヤツね」


「えーーーーーーっ」


「嫌だっつーのか?」


「正直嫌だ」


 そうは言いつつも、こうもストレートに『お前を気にかけている』と表明されると、案外悪い気分でもなかったり。どうせ言っても聞かないというのもあって、受け入れることにした。


 そろそろ何もしていないのが申し訳なくなってきたキヨシは、この場を去ったティナとジーリオのことを頭の片隅へと追いやって、自ら仕事を取りに行った。

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