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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-41『キヨシたちは訝しんだ』

「いやいやいやはや。毎度、お世話になってます……ははは」


「ははは、じゃない。無茶ばかりするとは聞いてたけど、こんな頻度で怪我する程とは……呆れてものも言えないですよホント」


 ティナとセカイ、そしてマルコを伴って部屋に戻ったキヨシを出迎えたのは、酷く力が抜けた代わりに虚無感に満ちた顔をしたいつもの担当医師と、見舞いに来たカルロッタだった。


 治したそばからまたぞろ怪我を増やして、バツの悪さを誤魔化して愛想笑いをするキヨシに、医師は怒りを通り越して呆れ返ってしまっているようだ。怪我人、病人の治癒の手助けをするのが仕事とは言っても、こうもキリがないと嫌にもなろうというものだ。それはキヨシ当人も理解はしているのだが。


「あのさあ。身内の治療をしてくれるのには感謝しつつも、ちょっとお言葉なんですけども」


「ん?」


 一方、仕事終わりに駆けつけてくれたカルロッタは、医師の投げやりな物言いに、不愉快そうに眉を顰めていた。


「今回は完全に事故だし。大体、話を聞く限り労働環境に十割問題があるとしか思えないんですけど、その辺どう思いますかね?」


「そーだそーだ、ナイスロッタちゃん! 私の言いたいこと全部言ってくれた! 見舞金寄越せ、入院一週間で一万円くらい! じゃなくて金貨一枚!」


【セカイさん、それはお医者様に言っても仕方がないんじゃ……】


「けど、きー君悪くないもん! 労災だよ、ろーさい!」


【……それは確かにその通りです。お医者様に言ったってしょうがないことですけど、今回はキヨシさんが怒られる謂われはないです。絶対に】


 セカイも、内に引っ込んでいたティナも、三者三様の意見を持ちつつも、『キヨシは悪くない』という一点に関しては完全に一致していた。オリヴィーの事件やマノヴェルとの決闘においてもそういうきらいはあったが、今回は特に『誰かを庇って被った災難』という面が強い。それを悪し様に言われて、身内としては気分が悪かったのだろう。


 さしものお医者様も、患者の身内二人(?)に詰め寄られ、「それはまあ、そうなんですがね」とタジタジの様子。ただ、キヨシは感謝に堪えなかったが、医師が責められるのも何か違うというのも分かっていたため、


「よせよ、二人共。けど、庇ってくれてどうもありがとうな」


「フン……庇うも何も、事実を述べたまでよ」


「素直じゃないなあ、ロッタちゃんは~」


「うっせ!」


「ティナが白髪とベタベタすんのはムカつくけど、テメーなら何とも思わんぜ。俺ちゃんは」


「キイィィィ、クソトカゲェ!!」


 感謝の気持ちを明示したつもりが、余計にややこしいことになってしまった。カルロッタにそういう気がないことは、キヨシに限らず誰もが理解しているだろうが。


 最早キヨシの力で収拾は付けられなさそうなので、となりでキャイキャイとやっているのは放置することにした。


 それはともかく。


「まあ、事前に聞いていた程大した怪我でもなくて良かった。療養生活に逆戻り、なんてことにもならんでしょう。明日にも労働に復帰しても構いませんが、元々の怪我もありますし、無理はしないでください」


「そいつはまあ、方々から言われてますんで」


「それでは、僕はこの辺で」


「お世話になってまーす」


 具合はそれ程悪いワケでもなさそうと判断し、退室していく医師に、キヨシは軽い謝辞を述べて送った。


 これで、邪魔者はいなくなった。


「じゃ、アタシも帰るぜ。明日は休みだから、朝早く起きて満喫するんだァ。ティナ、セカイ。行くわよ」


「ああ、ちょい待ちロッタ。話があるから、まだ帰んないでくれよ」


「えー。アタシ今日滅茶苦茶頑張ったから疲れたんだけど……」


 邪魔者でない、むしろ最重要人物まで帰りそうになったため引き留めたが、日中の激務で疲労困憊のカルロッタは、キヨシに付き合うのには及び腰──


「考古学絡みの話だ」


「それを早く言えよ! 夜通し付き合っちゃうから!! どっちにしても手帳取りに一旦戻るから待ってなさいフッフーーーーゥ!!」


「疲れてるんじゃ──」


「回復した! 考古学には滋養強壮効果があンだよ!」


「嘘つけこの女」


 というワケでもなかった。キヨシが放った一言は彼女にとって大変効果的だったようで、後で毒づくのも全く聞こえていない様子で部屋の扉を蹴破り、自室へと走っていった。


「……まあ日付跨ぐくらいには寝られると思うぜ、ティナちゃん」


【カルロったら……すみません、キヨシさん】


「俺は楽しいからいいけど、お前らは平気か?」


「全然平気!」


【お付き合いします。カルロが休みの日は、私も休みですから】


 姉妹の勤務体系が発覚したのも他所に、キヨシは考古学バカのカルロッタが戻ってくるのを静かに待ちつつ、どう話したものかと話の内容を組み立て始めた。


──────


「……妙ね」


「やっぱお前もそう思うよな」


「え、何々? 私にも教えて?」


 そうして話した結果返ってきた反応は、キヨシがセレーナの話を聞いたときとほぼ同じ種類のそれだった。ただ、セカイは何のことやらさっぱりといった風情。別にそのままでもいいのだが、セカイ当人は『皆だけずるい』と教示をせがんでくるものだから、カルロッタは少しだけ呆れの入り混じった面持ちで、


「じゃあ、簡単にまとめるわよ? セレーナさん曰く、ウンディーネ様はかつて、アティーズ(ここ)の初代王妃のミケェラ様と契約していたと『言われている』。で、この国を作った超スゴイ魔法使いの一人だと。で、残りの賢者はよく分かってない」


「うんうん、それで?」


「考えてもみなさいよ。アティーズが建国されたのはニ百十五年前。セレーナさんは初代王妃について、『言われています』なんて伝説か何かを語るような言い回しをしてたんでしょ? 十五年前の戦争もそうだし、『五百年以前の歴史』もそうだけど、歴史規模で見ればそんな大した時も流れてないだろうに、なんでこう忘れ去られてるのよ?」


「そもそも、そのミケェラと知り合いのンザーロがいるだろ。偏屈でいけ好かない奴だけど、アイツは国の歴史そのものと言っていいはずだ。残りの賢者のことも含めて、なんでそいつに聞かない?」


 これが、キヨシたちが覚えた疑問。ヴィンツで忘れ去られている五百年前ならともかく、アティーズの歴史はたかだか二百十五年。西暦で言うと一八〇〇年代辺りの話だ。ましてや、直近の戦争だってたったの十五年前の話でしかない。その一方で、アティーズ建国当時を生きている、記録を通り越した『生き証人』であるマノヴェルが未だ健在。彼が生きているにも関わらず、当時のことが断片的にしか分からないというのは、極めて不自然な話だ。


「んー……まあ、あのおじちゃんに聞いたって、素直に話してくれるとは思えないし。皆その辺分かってるんじゃない?」


【そこなんです、セカイさん】


「え、どこ?」


 それを聞いたセカイは、ほとんど推測で塗り固められた持論を展開するが、ティナが同調しつつも異を唱える。


【分かっている……そう、それくらいは分かってていいはずです。けれど、話していたセレーナさんも傍で聞いていたマルコさんも、何の疑問も持っていなかったでしょ? 私たちみたいな他所者にも分かるようなことなのに】


「そういうこと。フライドさんもそうだけど、特にあのセラフィーニさんが、そこまで頭が悪いとは到底思えんぞ。この場合、ヴィンツと同じでそういうお国柄なのか、それとも……王宮が俺たちに対して、何かを隠してるか。そんなとこだろう」


「あー……なるほど。皆賢いなあ」


 仲間たちの懇切丁寧な説明で、アホの子セカイもようやく得心したようだ。やはりというかなんというか、セレーナがキヨシたちなど及びもつかない大人物だというのは一行の共通認識であり、それ故に彼女がこの諸問題について気付いていない、疑問にすら上らないという状況の異常性を、誰しもが認識できていた。


「で、その辺どう思います? フライドさん」


 して、そのアホの子でも理解できる内容について、マルコの意見を聞こうとした。


 が、返事はない。


「……フライドさん?」


 もう一度呼びかけても同じだった。なんだどうしたと皆がマルコのいる方を見やると、腕を組みながら壁にもたれかかって俯いている青年が目に入る。キヨシが恐る恐る近付いて顔を覗き込んでも全く反応を示さない。


 それもそのはず、マルコは静かに寝息を立てていたからだ。


 流石に頭に来たキヨシは、マルコの頭を指二本で小突いてやった。


「……ん? おお?」


「おお、じゃねーッすよ! さっきの話、全く聞いてなかったのかよ。というか、話聞く云々以前に監視役が寝てんなよな」


「寝て……? え、僕は寝ていた?」


 河を流されていたキヨシ探しに奔走して余程疲れたのか、自分の意識が落ちていることに自分で気付かなかったようだ。この真面目を絵に描いたような男が、ここまで気を抜くのも珍しい。


 キヨシの指摘と一行の苦笑で、自分の愚にようやく思い至ったマルコは羞恥で少し顔を赤くして、


「す、すまない!! それで、話とは?」


「ったく、もういいよ。おたくも疲れたんだろ? 俺たちも話が終わったからもう休むし、今日はいいや」


「あ、ああ……?」


 全力で呆れ、らしからぬ職務怠慢ぶりに違和感を覚えこそしたものの、マルコの疲労も自身の事故が原因と考えると、キヨシはあまり責める気にはならなかった。疲れたのはキヨシも同じワケだし、事を荒立てても損をするだけだ。


「重ね重ね申し訳ない。確かに今日は疲れていたかも」


「いいよ。また後日、ンザーロに直接聞けばいいや」


「きー君、私の意見も覚えてて欲しかったなって」


「え? あ、聞いても教えてくれねえか。しゃーない、明日アトリエでセラフィーニさんに聞いてみるわ」


「それが良さそうね。アタシも同席させてよ」


「ロッタ。いいのか? 折角の休みを」


「いーのいーの! むしろそんな面白そーな話、アタシを除け者になんて許さないわよ! 無理矢理押しかけてやるから!」


「よせよせ。こっちで口利きしといてやるから、昼飯時くらいに来なよ。俺が労働に出るまでは話せると思う」


「やったあ! 色々聞きたいなー、何聞こうかなー。今日は寝られないかも!」


「喜んでもらえて何よりだけど、夜更しして根詰めるくらいなら、早寝早起きしてそれから色々やったほうが効率的だって、セラフィーニさんが言ってたぜ」


 こうして紆余曲折ありながらも、カルロッタにとって、アティーズ到着以降一ヶ月目にして、ようやく考古学者っぽい動きができそうだ。キヨシとしても、友人が小躍りしながら明日を心待ちにしている様子を見るというのは、非常に喜ばしいことだった。

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