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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-39『異世界ってのはこんな女ばっか』

「キヨシ! 無事だったかい!」


「キヨシ殿……先程は大変失礼仕った……」


 ウンディーネから離れて少し歩いたと地点で、キヨシたちは血相を変えた様子のマルコとブルーノに遭遇した。マルコ本人からすれば、今回の事故は自身の不手際も原因の一つということもあって、責任を感じているのだろう。それを察したキヨシも気を使って、


「ああ、なんともないぜ……あ、ウンディーネサマにお礼を言いそびれたな。けど、酷い目にも遭わされたし……複雑だ」


【キヨシさん、それさっき聞きました。また会ったときで構いませんから、ちゃんとお礼を言ってくださいね】


「しかしだな……」


【お返事!】


「……へーい」


 助けてくれたウンディーネを侮ったような態度をティナに見抜かれ、セカイ以外には分からない形でティナから叱責を受ける。とは言っても、ここにいる者は皆事情を知っている故、キヨシの一人芝居染みた挙動にも、あまり動じる様子はない。が、ティナとの接点の少ないマルコは流石に苦笑を禁じ得ず、それを誤魔化すためか少し目を逸らした先にいた女性に、マルコは度肝を抜かれていた。


「ッ! ジーリオさん!? 先に見つけているとは!」


 事故の当事者である自分よりも早く、ジーリオがキヨシと接触していたことは彼にとって信じがたい事柄だったのだろう。


「いいえ。一番最初に見つけたのは彼女(セカイ)です。どうも位置が分かっていたようですよ」


「ふわっとだけどね。その後で、ウンディーネちゃんがブワって出てきたのが遠くで見えて確信した感じ」


「ウンディーネ『ちゃん』?」


「ウンディーネ様でした」


 国の守護神的な存在に馴れ馴れしい物言いをするセカイに、ジーリオの分かりやすい作り笑いが迫り無理矢理に発言を訂正させた。セレーナといいジーリオといい、静かに怒る手合をセカイは苦手としている。キヨシのように声を荒げてキレるタイプをいなすのは慣れてしまっているのだ。


「しかし、本当に良かった。ブルーノ、飛び回って小隊の皆に報せてくれないか」


「仰せのままに……」


 主人の命令でブルーノが飛び立つが、キヨシはこのやり取りに一種の違和感を覚えていた。


「……俺を探すために、国防兵が動いたのか? しかも小隊規模で?」


「あ、ああ。まあね。僕の不手際もあったし。そもそも君は君が考えている以上に、我々にとって重要だということさ」


「それはまあ、ありがたいような……?」


 どうもキヨシが運河で溺れていると報告を受けた後、かなり大掛かりな捜索が行われたらしい。丁重と言われればまあ確かにそうなのだが、必要以上に大仰な扱いを受けている感は否めない。とはいえ、マルコの言うことも事実といえば事実故、あまり突っ込んだことも言えず、キヨシは自分を納得させて口を閉じることにした。


 と、その時。


「おじちゃん!」


「ッ!? 君、ついてきていたのか!?」


 マルコの背後から、ジーノがこっそりとつけてきていたらしい。キヨシの安否をこの目で確かめようとする少年の前に、ジーリオはマルコよりも素早く動いて立ち塞がり、


「申し訳ありません、ジーノ様。当人はなんともないと仰っていますが、念の為医師にかかりますので。業務の方へお戻りいただけますか?」


「は、はい……」


 ジーリオがジーノの両手を取って、じっと目を見据えて語りかけてやると、彼は素直に回れ右して向こうの方へと行ってしまった。このやり口は、セレーナやパトリツィアのそれと同じだ。あの三人の中で、常套手段にでもなっているのだろうか。


 ところで、マルコがジーノの登場に焦り、ジーリオが妨害に入ったのには理由がある。


「流石です、ジーリオさん」


「恐縮です」


「で、キヨシ。両腕のそれはなんだい?」


「あ? あー……」


 そう、キヨシの両腕には大きなソルベリウムの手甲がくっついているのだ。こんなものを事情を知らない人間に見られた日には、大変な騒ぎとなることだろう。というか、キヨシの能力使用は議会で制限されている事柄だ。


「勝手に使ったね? どうするんだい、それ。先に言っておくけど、市場に流して金を得ようとは──」


「しないって! 今この場で処理する」


「ああ、僕の目の前でやってくれ」


 キヨシは手甲を外して無造作に地面へ放り、


「ウリャッ」


 すぐさま手甲のド真ん中に右人差し指を突き立てた。


 すると硬いはずのソルベリウムに、まるでバターか何かを突き刺したようにブスリと指が刺さって沈んでいき、そのうち手甲は塵になって跡形もなく消滅してしまった。


「先月の議会でも見たが、本当にワケの分からない能力だ。確か、それでオリヴィーの採掘基地から脱出したんだったね?」


「ああ。ンザーロとの決闘で使ったヤツも、これで処理した」


 これぞ、『指の特殊ルールその三』──『作ったソルベリウムは指を突き刺すことで、消滅して無に還る』。


 オリヴィー抗争最終局面──地下採掘基地脱出において、ティナが飛行機上で見た『巨大なソルベリウムの腕が理屈に合わない壊れ方をする』という、不可解な現象の正体はこれだったのだ。


 キヨシはマグマに押し出されて外に出た時、ほとんど無意識で真上に顕現させたソルベリウムに指を振った。するとソルベリウムはマグマが帯びていた膨大なチャクラによる破壊を待たずして消滅し、キヨシは辛くも脱出に成功した──そういう流れだったのだ。


「ちなみに、この件に関して、議会員に秘密には──」


「当然しない」


「だよな」


 やはりというかなんというか、キヨシのルール違反について内密に──とはいかないとのこと。がっくりと項垂れるキヨシをマルコは鼻で笑い、


「しかし、大方ウンディーネ様を間近で見て、恐怖のあまり咄嗟に……そんなところだろう? 情状酌量はされると思う。こちらも配慮として、セレーナ様を先に通すようにするよ」


「……いいんスか? 祖父様(じいさま)を先に通さなくて」


「どうせ公にはなるんだ。それなら、穏便に済ませるに越したことはあるまい」


「助かる。持つべきものはフライドさんやねせやね」


「調子の良い男だな。セレーナ様に面倒をかけるのは事実なんだから、ちゃんと頭を下げておくんだぞ」


「ええ、そりゃもちろん。ただ……」


「ただ?」


 なんとか穏便に済むように手を尽くしてくれると分かって一安心したキヨシは、もう一つ別の用事があることを思い、傍らの少女を一睨みした。


「先に頭下げる人がいるんだよ。な? セカイちゃん」


「んぇ?」


──────


「セカイちゅわ~~~~ん。アタシに仕事まるまる押しつけてお外出るの、楽しかったかなァァァ~~~ッ」


「み゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛ごめ゛ん゛な゛ざい゛ィィイーーーーッ」


【私も痛いから手加減してえ゛え゛え゛】


 ──見た目以外もだんだん似てきたな、この二人。


 そう。セカイは出る直前に全ての業務をカルロッタに押し付けていったのだ。押し付けられた側の怒りたるやこの通り尋常ではなく、厨房前にて解放された憤怒はセカイの両こめかみに炸裂した。ただ、巻き込まれる形でティナもお仕置きに付き合わされているのが酷く理不尽だったので、程々でキヨシが止めに入った。


「ったく。埋め合わせ要求したいところなんだけど、お互い金もないしな。どーしてくれようか」


「じゃあじゃあ、ティナちゃんが言いそうにもない台詞を、後ろからハグして、耳元で囁くっていうのはどうでございましょ。内容指定も可で」


【ちょっ!? な、なんですかそれぇ!】


「埋め合わせだもん。これくらいはしなくっちゃ」


【私も巻き添えじゃないですかあ! カルロも止めてよ!……あ、でも聞こえてないのか──】


「んー、おー……内容考えとくわ」


【ちょっとぉ!!】


 いや、微妙に反省していないようだし、もう少しそのままでも良かったか。もっとも、キヨシが騒動の中心にいたのは間違いないので、どの道深々と頭を下げるのだが。


「ホントスマン、ロッタ」


「なんでアンタが謝んのよ」


「いやホラ。コイツが突然出ていったのは、そもそも俺が溺れてたからであってだな」


「もういいわよ別に、災難だったんでしょ? ったく、自分が頭下げられると『謝るな』とかなんとか言うクセにさ。つーか、謝るんならティナにも謝っときなさいよ。ティナからしたら理不尽な仕打ちだったろうし」


「じゃあなんでシメたんだよ」


「だってそれ以外にどうしようもないし……私も埋め合わせする」


 さしものカルロッタも思うところはあったらしく、キチッと制裁しつつも全く考えなしではないようだ。キヨシもいい加減に色々埋め合わせもしなければならないところだが、財を背景にした埋め合わせができないのがなんとも辛いところだ。


「あ、()()()()()()のイイ人だ!」


「あらまあ、イイ人さん?」


「『彼氏』……」


 そうして話し込んでいると、キヨシを発見した三人の使用人が何故か興奮気味にこちらに寄ってきた。この三人は、前の定例議会の際にカルロッタの応援に駆けつけてくれた、特に親密と思われる人々だ。同年代が二、子のいそうな中年女性が一人。こうティナたちも並んでいる状態で見ると、本当に

歳の幅が広い。ジーリオの言う通り、相変わらず仲良くやってくれているようだ。妙な誤解をしているのも相変わらずのようだが。


 ちなみに『アマミヤ』というのは、一週間前、ジーノに突っ込まれた際に即席で決めたティナとカルロッタの家名。語感から分かる通り、命名者はキヨシだ。


「ちげーっつってんだろォー!! さっさと仕事──」


「今日の私たちの仕事は、誰かさんが頑張ってほとんど片付けてくれたから、残りは深夜担当に引き継ぎ済みでーす」


「んぎぎ……」


「違わないよー、きー君は私のイイ人だもん♡」


「話をややこしくするんじゃねー!」


 乗っかる形でセカイが茶化すのはともかく、キヨシは三人に軽く会釈した後、挨拶をした。初対面ではないのだが、前は議会絡みで立て込んでいて、それどころではなかったからだ。


「あー、なんだ。こうして話すのは初めてですね。キヨシ・イトウです。俺も姉妹も、世話になってます」


「あなたが世話に?」


「二人が俺の世話を焼きに離れてる間は、ここの仕事は増えるでしょうからね。俺は間接的に、使用人の皆の厄介にもなっていたワケだ。二人と仲良くして頂いてることも含めて、一度お礼を言っておかなくてはとは思っていたんです。菓子折りの一つもなしで恐縮ですが、俺も奴隷の身なんで──」


「そんなくだらないことを気にして療養してたの? 身体に悪そー」


「ま、まあそれはそうなんスけど……」


「「「……──────」」」


 小さな悩みが『くだらない』と一蹴されてしどろもどろになるキヨシを見た使用人たちは、ニコリと笑った後でそっぽを向いて集まり、


「毎日精神的に疲れてそうな言動」


「二人から聞いてた通りねぇ」


「『卑屈』……」


「一体俺のことをどんな風に伝え聞かされてるのか、大変気になるところだな……」


 こっそりと話したつもりだろうが、丸聞こえだ。わざとらしく余所見をして口笛を吹く─セカイは吹けていない─姉妹に睨みを利かせつつ、三人にそこのところを詳しく問いただす。


「えーっと確かね。『厭世的で皮肉屋で、自己評価低くて自分を下げた話し方ばっかりする奴』、だったかな。けど──おっと」


 『その先を言うのは許さない』とでも言わんばかりにカルロッタはこちらを吊り上がった目でジトリと見つめてきた。


「……まあ、おおむね事実だからよしとしよう」


「そこ認めちゃうのかい……」


「本当に自己評価ひっくいんだね……まあとにかく、こっちは全く気にしてないから。奴隷労働、頑張ってね」


「どうもすみません。今後とも何卒。それじゃ、ちょっと別に用事があるんで、俺はこの辺で」


「あ、でもお礼っていうんなら、一つ頼みがある。大したことじゃないんだけど」


「なんなりと」


 マルコの言いつけ通りにセレーナの元へと向かおうとしたところを呼び止められ、キヨシは耳を傾ける。大したことでないらしいが、それが礼になるというのであれば何よりだ。


 が、どうも使用人たちはバツが悪そうに頬をかいたり、苦笑を浮かべたりしていた。何か話しづらいことでもあるのだろうか──


「君って、セレーナ様のアトリエに所属してるんだよね?」


「ん? うん」


「アトリエの人たちにね、『猫をアトリエに何匹も連れ込むのやめて欲しい』って言っておいてくれない? 猫のご飯の時間がズレるとスゴく面倒なのよね」


「あ? あー……」


「何か思い当たる節でも?」


 そういえば最近、特にここ二日間程だが、アトリエ内で猫をよく見かけるようになった気がする。元々弟子郎はキヨシを見つけるとべったりだったりするのだが、そうでなくてもしょっちゅう名前も知らない猫をアトリエのメンバーが餌その他で釣って連れ込んでいるのには見覚えがあった。で、連れ込んだ猫と何をしているのかといえば、猫を寝かしつけてその顔面を皆でじっと見て模写している、といった調子。


──『別に人間でなくても、可愛いと思う生物はたくさんいるはずだ。例えば猫の顔なんか、参考によく引き合いに出されるんだぜ』──


 そして思い出されるのは、『可愛い』という概念を絵に落とし込むことに苦心するアイーダにした、こんなアドバイス。今思うと、アトリエの猫が増えたのはそれ以降な気がする。


 つまり、使用人たちが困っている現状の元凶は──


「……なんでもない。分かった。しっかり。ちゃんと。俺伝える」


「なんで急にカタコトになった?」


「そんなことはない。失礼する」


【ちゃんとお話ししてから出てください。私もついていてあげますから】


「うぅー……ん゛チキショ」


 ティナにこう言われてしまっては、キヨシは逆らう術を全く持たない。観念して大人しくその場に留まり、神妙な面持ちで事情を話すと、厨房前の廊下に姦しい笑い声が響いたのだった。










おまけ:実際にやってみた(台詞指定ナシ)

挿絵(By みてみん)


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