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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-31『前置き』

「カルロッタちゃん、私たちは傍聴できないけどしっかりね!」


「うん、頑張るから!……お、二人共来たな!」


 議会へと向かう道中の廊下に、姦しい声が響いていた。


 少し歩いて、キヨシたちが廊下の角を曲がると、使用人の服を着た集団がカルロッタを取り囲んで激励する様が目に入る。カルロッタの方もこちらに気付いて、気持ちの良い笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。


「お、おう。なんだ、随分仲良くなったんだな」


「働き始めてもうすぐ一月だし、まあこんなもんじゃない?」


「で……どこまで知ってンだい、あの人たちは」


「ほとんど何も知らないわ。皆イイ人でしょ」


「マジィ? 涙ちょちょ切れるな」


 キヨシたちの素性は、王宮内でも知っている人は限られている。キヨシはアトリエの奴隷に素性を問われた際に嘘を吐いて対応したが、カルロッタやティナの同僚たちは何も聞かずに、友好的な関係を築いてくれているようだ。成程確かにイイ人だ。


 で、その同僚たちはキヨシをジッと窺っている。療養中のキヨシの世話は姉妹が焼いていた故、使用人の人々とは三週間王宮に住みながら初対面だ。そうなるとその態度もやむなしと思って、キヨシが気にしない体を貫いていると、


「白髪……カルロッタさん、ひょっとしてその人が例の彼氏さん?」


「「違げーよ」」


「違いますよ!」


「ん?」


「え?」


 突然飛び出した爆弾発言を、一行は全否定。その中でも特に声を荒げ、必死になって否定したのはティナだった。


「アンタがムキになることないでしょ」


「あ、あー……そ、そうだね。あはは……」


「ははァ……ったく、アイツを好きなのは勝手だけど、身体は他人のものだって自覚はしなさいよ」


「へ? い、今はティナなんだけど……その物知り顔をやめてよカルロ! カルロってばぁ!」


 何かを察した口調で、呆れたようなズレた物言いをするカルロッタを、ティナは背中をポカポカと叩いて猛抗議するが、まるで意に介さない。むしろ面白がっているような気分すら見て取れる。一方キヨシとしては苦笑しつつも、勘弁願いたい誤解が広まっているのは間違いない。実際に口に出したら頭をかち割られそうだが。


「ったく、どーいう因果でこんなことになってんだ? まさかとは思うが、本当にそう紹介したとか?」


「ンなワケあるか! 皆が勝手に言ってるだけ!」


「そんなこと言ったって、ねえ?」


「あんなに甲斐甲斐しく尽くすなんて」


「そーじゃないとできないわよねえ?」


「『確定』……」


「やかましゃアアア! もう向こうに行け! アンタらはまだ業務あるでしょ! ジーリオさんにチクるぞコラァ!」


「ハイハイ」


 カルロッタは羞恥か怒りのどちらかで顔を紅潮させて、同僚たちを追い払った。追い払ったは良いが、どう見ても誤解が解けていない。


「仲良しこよしで何よりだ」


「……まあね」


 もっとも、それくらい打ち解けているのだと考えれば、そのダシにされているのもまあ、目を瞑る他ないか。


 それはともかく。


「で、そっちの仕込みはどうだ?」


「設計図はこの三週間で新しく引き直した。前のは脱出時に慌ててたもんだから、オリヴィーに置いてきちゃったし」


「大丈夫か、それ? 国教騎士団の連中に見つかったら──」


「置いてきたって言っても、アレッタに預けたって話よ。それに、ちゃんと破棄するように言っといたから大丈夫。その辺は抜かりないわ」


「ああ、そうかい。とりあえず、首尾はバッチリのようで安心したぜ。流石」


「ええ、後はアンタと議会の連中次第。けど大丈夫?」


「説明の大部分は俺がやるワケだからな。不安になるのは分かるけどな」


「『不安』っつーか『心配』って言ってよ。言っとくけど、前にアレッタと一緒に聞いたようなフワッとしたのだと、多分納得されないわよ? それにアンタ、人前で話すの苦手でしょ?」


 今回の議会における主だった議題は、前の臨時議会で約束した『飛行機とその関連技術についての継承』。その時は実物を新しく製造して、その上で説明する必要があるとは言ったものの、プレゼンもなしに企画を通す会社がないのと同じように(?)、事前に何をするかどうするか、という説明は必要だ。そうでなくても、キヨシたちは監視対象なのだから。問題はカルロッタの言ったように、詳細な説明が求められることと、それにキヨシが耐えうるかという懸念だ。


「まあな。けど、一機造り上げたあとなんだ。造ってる最中の発見も含めて、もう少しだけ深掘りするつもり。後者に関しても、さっき予行演習に近いことは──」


 と、ここまで言いかけてキヨシはハッとする。浮かんだ考えのままに恐る恐るセレーナの方を見やれば、


「?」


 彼女はいつもの柔和な微笑みをこちらに投げかけたまま、『何のことやらさっぱり』とでも言うかのように、小首を傾げていた。だが、今日に至るまでの日々を鑑みて、それをそのまま受け取るようなことができる者はいないだろう。


 ──よ、よもやとは思うが……。


 もしやセレーナは、数時間前の特別講義以前に、すでにキヨシの苦手意識を見抜いていて、今このひとときに向けて予行演習をさせたのではないか──というのが、キヨシの中に生まれた疑惑。普通ならただの偶然と切って捨てることもできようが、相手がただでさえあの何を考えているのか分からないセレーナなだけに、ないとは言い切れない。


「キヨシ?」


「ああ、セラフィーニさんにはよろしく言っといたから。まあなんとかなるだろ」


「はい、よろしくされました」


「ということだ……ん?」


 床が微かに震える感覚に背後を見やると、大きな台車が金属の触れ合う音を立てて、一行の脇を通っていった。


「なんだ、今の? 機体じゃなかったよな?」


「機体ですよ?」


「いやいや、機体そのものはジジイが……あっ」


 セレーナ曰く、今持ち込まれたのは飛行機の機体らしい。しかし、アレはマノヴェルが所持していた機体の残骸ではないと一目で分かるほどに小さかった。


 となると、答えは一つ。


「そうそう、マルコが斬り落とした機体の尻尾のところね。ウンディーネ様に頼んで、回収してもらったの」


「ああ、やっぱり。よかった、どうやって説明しようかなとは頭の片隅で考えてたんスよ。ウンディーネ様についてはロッタから聞いてますぜ。ありがたい話ですけど」


「けど、何か?」


「いや。四大精霊の一角は、割とこの国に従順なんだなー、と」


「従順、ねえ」


「あ、ああいや! 良くない言い回しでした。申し訳ない。この国の守護神的な扱いらしいし、そりゃあ──」


 思ったことがそのままポロッと出てしまい、慌てて謝罪して取り繕うキヨシだったが、セレーナはコロコロと悪戯っぽく笑い、


「ウフフ、意地悪してごめんなさい。ここに来てまだまだ日が浅いですし、そう思うのも無理はありません。ただまあ、従順というよりは、そうですね……『仲が良い』とでも言いますか」


「はい?」


「その辺は追々、機会は設けるつもりですので。では、マルコ。後は頼みますね」


「はッ。では諸君、こちらへ」


 そう言って半ば強引に話を打ち切ると、セレーナは一足先にと、足早に議会の別口へと駆けていった。


 セレーナが去り、議会はすぐそこ。マルコに誘導されるがまま一歩一歩進む度、一ヶ月弱前のあの日に味わった緊張感がよみがえり、思わず身震いしそうになる。


「うぅっ……」


 その気分が特に強いのは、あの議会で特に辛い思いをしたティナだった。


「ティナちゃん。よくよく考えりゃ、お前はこの議会に出る必要はないんじゃねえか? 飛行機の開発にはあんまり関わらなかったワケだし……つっても、お前のことだ。意地になってついてくる──」


「へ、平気です!」


「……お前がそう言うなら、うん」


 子供扱いされたと感じてムッとしたか、語気を強めて意思表示をするティナに、キヨシはそれ以上何も言うことはなかった。正直なところ、彼女がそう言ってくれたことに、キヨシは少しだけホッとしていた。


──────


 キヨシたちが議会室へ入場した時点で、他の出席者は席に着いていた。一部を除いて落ち着かない様子で、その理由は誰の目にも明らかだった。


「……──────」


 十五年間空席だった第一席の椅子に着いたマノヴェルは、何を思っているのか分からないなんとも言えない表情で、ただ時を待っているようだった。盲人であるマノヴェルの介助のために傍にいるジーリオは涼しい顔をしている。よくもまあこの物々しい空気の場で、そんな態度を保っていられるものだ。


 一方キヨシたちはと言えば、空気にあてられて皆一様にゲッソリとした表情で、ただ漫然とマルコの後ろを歩いているだけだった。


 一行の心情を他所に、時は来る。


「これより、『パトリツィア・レ・アティージア』の御名の元に、定例のアティーズ中央議会を執り行う」


 議会が始まり、形式張った開会の挨拶を手慣れた様子で行うパトリツィアだったが、その先を間違いの無いようにと、一呼吸置いてから口に出した。


「欠席者──なし。規則により本議会は、有効とする」


 初めての欠席者なしの議会。皆、口には出さずともどこか緊張しているのを隠せてはいなかった。あのセレーナでさえ、椅子に深く座り直して落ち着かない気持ちを誤魔化しているようだ。重い雰囲気を感じ取ったパトリツィアは、自身もまたその空気に呑まれそうになりつつも、咳払いを一つしてから、


「……皆、初報を聞いた際には、戸惑いを隠せなかったことと思う。そして、思うところもだろう。しかし、今は冷静に、そしていつも通りに、本議会を進行して頂けることを期待する。議会一席、マノヴェル・ンザーロ。貴方のことをよく知らない人もいることと思う。皆に一言」


 この雰囲気の中心人物であり議会の新顔、マノヴェルに挨拶の一つもしてもらおうと気を利かせたこの一連の流れ。議会の進行役としてはこの上なく完璧と言って過言ではない。マノヴェルもまたそれに応え、静かに起立して円卓の中心まで歩いていく。


「初めまして、の者もおるな。儂がマノヴェル・ンザーロじゃ。よろしく頼む」


「……──────」


 問題は、マノヴェルが名乗ったきり何も言わなくなり、しばらくの沈黙の後にさっさと戻っていってしまったことか。


「えっ終わり……?」


 ──あンのクソジジイ……。


 パトリツィアの口から、ふと素の反応が漏れてしまうのも無理はない。


 マノヴェルにも議会参加が初めてという事情はあろうが、先程『思うところもあるだろう』とパトリツィアが言った直後にこれだ。自分がどう思われているのかには全く無頓着なようで、悪い意味で我が道を征く態度に、セレーナとキヨシは全く同じタイミングで額に手を当てて溜息を吐き、セシリオは不快感を隠せない様子で目尻をヒクつかせていた。


 幸いなのは、これが定例の議会であり、キヨシたちの出番はもう少しだけ後という点だ。この上そのままキヨシたちの出番ともなったなら、本当に文句の一つも叩きつけていたかもしれない。キヨシが我慢したとしても、恐らくカルロッタ辺りが。


 前置きからしてこんな調子で、先が思いやられるというもの──キヨシたちにできることは、悪い意味ハラハラとした気持ちのまま、議会が進行していくのをただ見ていることぐらいだった。

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