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ペンでセカイは廻らない~魔法の石を生み出す力を得た青年が、二重人格少女と冒険する話~  作者: 洞石千陽
第三章『キャストユアシェル─殻を破ったそのあとで─』
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第三章-29『教育方針』

「今更だけれど、少し無茶ぶりが過ぎたかしら」


「ホントっスよ。でもまあ、ちょっと楽しかったかな。ちゃんと受け入れてくれたみたいだし」


「あら、私の門下にはこの程度の感性の差異で音を上げるような、ヤワな方はいませんよ?」


「お師さんのご指導の賜物だろ?」


 アトリエの門下たちが、別の世界より伝来した『デフォルメ』の概念を基に絵を描き始めるのを他所に、伝えたキヨシは精神的な疲労でぐったりと椅子に腰掛けていた。


 元々、社交的とは言えない性格の所を、身内が現場を見たら『雪でも降るんじゃないか』と心配になるくらい頑張って不特定多数と向き合ったのだ。しかもぶっつけ本番、台本全くなしで聴衆に伝わるように配慮することの、なんと難しきことか。セレーナとの対談形式で話を進めていなければ、絶対に途中で心が折れていたことだろう。全くもって、セレーナには感謝してもしきれない──と思ったが、よく考えてみればセレーナがキヨシをハメたのが原因で、こんなことになった面は否めないと考えると、複雑な気持ちだ。


「また時々、こうして貴方中心の講義をするのも良いかもしれませんねえ。フフッ」


「勘弁してくださいよ。俺は元いた道すら道半ばだったんだ。大体、俺と話しながらおたくが描いた絵さあ、なんかすでに俺よりも上手いんだが? 俺の数年間がおたくの数十分間なんだが?」


「あら、謙遜なさらないで? 私も貴方と同じ、道半ばですから」


 ──チクショウ、その心構えが眩しい!!


 その特別講義の過程で生まれたセレーナの絵は、数刻前に手にしたデフォルメの概念を高水準で活用し、単色且つ未完成ながら、SNSに投稿しようものなら光の速さで世界中に拡散されそうな出来栄え。この世界に来る前のキヨシが目の当たりにしたなら、本当に筆を折っていたかもしれない。そのうえ描いた当人は『まだまだ』と自己評価を下しつつも、向上心を全く捨ててはいない。絵師の鑑過ぎて泣けてくる。


「さて、休憩はこんなところでよろしいでしょう。次は貴方が学ぶ番」


「え? 今日からやるの?」


()()()()()()()ことですし、本当はもう少し間を空けてからでもいいと思っていたのですけれど」


「うん、正直そうしていただけるとありがたいんスよね。ちょっと疲れたし」


「ダメです」


「ダ、ダメ!?」


 疲労困憊のキヨシとしては、まだ午前中だというのに今日は何もしたくないくらいの気持ちだったが、それは許されないようだ。その心はと問おうとしたキヨシは、セレーナの顔を見て絶句した。


 新しいおもちゃを差し出された子供のような、ただただひたすらに純真で、それでいてどこか狂気を孕んでいるような、そんな目をしているセレーナと相対すれば、そうなってしまうのは当然だ。


「貴方の今の絵が、私が教えられる限り教えたら、一体どうなってしまうのか……ああっ、もう辛抱堪りません」


「あ、あの。セラフィーニさん? なんか目が怖──うわッ!?」


 狼狽えるキヨシの手を両手で取り、興奮を隠し切れない気分のあるニマリとした笑顔で、


「絵の上達方法は、とにかく描き続ける以外にはありません。さあ……一緒に描きましょう?」


 ──へ、変なスイッチ入っちまった!!


 そこからは、最早筆舌に尽くしがたい。


──────


「どういう絵を目指したい……という方向性は、すでに貴方の中に定まっています。ならば、貴方に一番必要なのは基本的なデッサン力! そして何より、それを楽しむ方法論!」


「やっぱそうなるのかよォ! 女の子を無限に描きたいよォ!!」


「ならば、そうしなさい。そのための被写体も次回から用意します」


「え、イイの?『百年早いわ!』みたいなのはないのん?」


「良いも悪いも、好きなものから学ぶのが最高効率です。苦行を課することにまるで意味はなく、好きなものも好きなだけ描くことこそ理想! 絵を学ぶ合間に絵を描くのです!」


「ウゲェ! お絵描き地獄だよォ!」


「天国!」


──────

「取りあえず一枚、ササッと石膏胸像を模写ってみたぞ! どーよ、初回にしては、よくできてンじゃない?」


「デッサンに『デフォルメ』は必要ありません。輪郭線を描き込んでから陰影付けましたね? それに一番明るいところも、真っ白ではないはずですよね? 全く何も描かないのもどうかと。大体、先程描いたラフ画と違って、本来は何時間とかけて描くものであって、ササッと描こうという姿勢自体有り得ません。やはり、基本中の基本から学ばねばならないようですね」


「て、手厳しー!!」


「けれど、造形をしっかり捉えているのは高評価。先達の模写を随分こなしてきたようですね」


「絵柄の最適化において、一番効率イイってネットで見たからな!」


「けれど、絵柄と画力は離して考えるべき事柄。さあ、私が一から教育しましょう!」


「うげーッ! なんてこったァーッ!!」


──────


「配給の時間です」


「奴隷メシうめぇ」


──────


「お昼寝しましょう」


「眠れん」


「あ、一緒じゃないと眠れないタチ──」


「じゃなァい!!」


──────


「一所を随分描き込みますね」


「もう少し時間さえかければ、クオリティ上がる気がする」


「残念、貴方の腕前ではそこが限界です。スパッと諦めて次に移りましょう」


「マジにバッサリ言うよな、おたくは!」


「反省は最後まで描かないことには得られませんもの。意義ある失敗を愛しなさい」


「けど失敗しないに越したことないだろォ!?」


「分かる」


──────


【朝のこと、ちゃんと反省してるんですよね?】


「してるしてる。だから今度は、ちゃんとお仕事済ませてから、きー君とイチャイチャしに来たじゃない」


【イチャイチャって、セカイさんってばぁ……】


「コイツがティナの身体借りてなかったら、焼いてやったのになァ」


「ティナちゃんもドレイク君も、細かいことばっかり気にしてると、きー君みたいに白髪だらけになっちゃうぞォ」


「は? やだ」


 陽の沈みかかった夕刻過ぎ、朝の一件でジーリオからこってり絞られ、ティナやドレイクからも苦言を呈されたにもかかわらず、セカイはおみやげの入ったバスケットを携えて、あっけらかんとした調子で再びセレーナのアトリエに足を運んでいた。目当ては勿論、キヨシだ。


「きーくーん、来たよ! ハイこれ──」


 扉をくぐって即、満面の笑みをもってキヨシを労おうと、セカイは手土産を高く掲げるが、


「いいですねえ、いいですねえ。着実に完成度増していっていますよお。その頬骨の陰影など、特に成長が見て取れますねえ」


「お え か き た の し い な あ ♨」


「きー君んんんんんんんんんーーーーーーーーーッ!!!?」


【キヨシさあああああああんっ!!!?】


 キヨシはセレーナの声援を受けつつ、気色の悪い種類の笑い声を上げながらキャンバスに石膏胸像のデッサンを描き殴っていた。その異様過ぎる光景にティナとセカイが悲鳴を上げていると、訪問者に気付いたマルコが笑いながら寄ってきて、


「お、セカイさん……かな? 今度はしっかりと勤めを終わらせて──」


「どーでもいいわそんなモンッ!! 何がどーしたらこーなるのよ! 何、なんなの!? アレ is 何ィ!?」


「アレはもう、その何ていうか……ぁあっはっはっは」


「アハハじゃねー、こっち見て言えオラァ!! やいセレーナこの女ァ!!」


【セカイさん待って! 落ち着いてくださいってばぁ!】


「……ん、おおセカイ! 来てくれたのかァ~~~~嬉しいなあああ~~~~」


「ヒャッ」


 怒りのあまり発狂寸前のセカイをティナとマルコが必死に宥めていると、セカイたちがやってきたことに気付いたキヨシは、彼女らを爽やかな笑顔で出迎えた。セカイからしたら嬉しいはずだが、いつものニヒルぶった言動からは思いも寄らない態度に、何故か変な声が出てしまった。動揺するセカイたちに一切気を留めることなく、キヨシは素敵な笑顔で描いている絵を指差して、


「見てよこれェ、セラフィーニさんのおかげでこんなに上手くなっちゃったよォ」


「あ、あのー、きー君? 大丈夫? この指何本に見える?」


「池袋?」


「ダメだぁ!! きー君がバカになっちゃったよォ~~~~ッ!!」


「元からあんなじゃねーか?」


「ンなワケないでしょチビトカゲェ!」


「ンだとコラア! 平均的なトカゲよりデカイんだぞ俺ちゃんはァ!!」


 知能指数が著しく低下しているキヨシを前に、セカイとドレイクが大声で低レベルな口喧嘩を始めたその瞬間、セレーナが迅速に寄ってきて一人と一匹の身体をがっしりと掴み、


「喋るなとは言いませんが、アトリエ内ではお静かに願います♡」


「「ハイ」」


 『誰のせいだよ』と文句の一つも垂れたかったセカイだったが、分かりやすい作り笑いで何かしらの感情を隠して話しかけてくるセレーナを前に、何も言えなくなってしまった。


「……すみません、騒がしくしてしまって。今、ティナに代わりましたので」


「分かればよろしいのです。そんなに怖がらないで?……あら、いい匂い。そのカゴの中は、焼き菓子かしら?」


「あ、はい。ジーリオさんが皆にって」


「フフ、どうもありがとう。皆さん、今日はこれくらいにいたしましょう! キヨシも、描くのが楽しいのは結構ですが、思考停止状態でただ描いていても身にはなりませんし、休息を!」


「ハァイ……うお、クッキーの匂いじゃん」


「「「クッキー!?」」」


「わ、わ! い、いっぱいありますから押さないでください!」


 ようやく我に返ったキヨシが発した一言で、アトリエの門下たちが一斉に反応し、カゴを持つティナのところへと詰めかけた。慌てるティナを気遣って、セレーナが無言で手を叩いて並ぶように促すと、門下たちはそれに従う。門下たちも大概奴隷だが、教育が行き届いている証拠だろう。それに混じってキヨシもクッキーを手に取る際、ティナがニッコリと笑いかけてきて、


「お疲れ様です、キヨシさん。楽しそうで何よりです」


「うん、けど魔法が解けちまったよ。作業を止めた途端、クソデカ疲労感がどっとやってきた気がする……」


「魔法? それはどういった?」


「基本的にな、絵に限らず『練習』ってのは自分との孤独な戦いになるんよ。で、そのうち自分の絵を客観的に見ることが難しくなってきてな、『果たしてこの練習は正しいのか?』とか『俺は上達してるのか?』と不安になって、次第にやる気が失せていく。そうなると完成させんのも億劫になるし」


「はあ」


「で、今回もご多分に漏れずそういう病を発症しそうになったんだよ。で、そしたらセレーナさんがな?」


「一体どんな魔法を?」


「勿体ぶるなよな」


 結論を急ぐティナとドレイクを見てキヨシは天を仰ぎ、感情のままにこう言った。


「クッッッッッッッソ褒めちぎってくれるんだよ……」


「……へ? そ、それが魔法?」


 ティナはキヨシの口から語られた『魔法』の内容があまりにも意外で、肩透かしを受けたようにポカンとする他なかった。


「勿論ダメなとこはダメってバッサリ斬られる。けど、それ以上になんかもうとにかく、褒めてくれるんだよ。漠然とではなく、根拠込みで論理的に褒めてくれるから『俺の絵なんて』みたいな気持ちにもなりにくいし。考えてみりゃ、今までそういうのは一度だってなかった。当たり前のことだけど、見る人は完成した絵を見て評価するワケだからな。『褒めて伸ばす』っていうのかなー、月並みな言い方だけどさ」


「個人差はありますけど、それが一番効率的ですし、褒められて気分を悪くする人はそういませんから。悪くするなら、その心持ちをどうにかするところから始めなければならないと考えています。キヨシは、その辺りは養われているようですから」


 例えばどんな技法や画法を用いていようが、絵を見る側の人間からしたら知ったことではない。絵が世に出るときというのは、大抵は完成してからだ。たまに『過程が見たい』という人もいるが、それも完成した絵を見たからこその欲求だろう。故に、真の意味で過程が評価されるというのは、普通はまず有り得ない。良い悪いの話ではなく、それが現実、当たり前の話なのだ。


 しかし、セレーナのアトリエでは作っている最中の作品を、他でもないセレーナが褒める。自力で定めた方針が肯定されたなら、人はそこから自信を得る──いや、自信を持てるようになるのだ。このやり方は特に、キヨシのような自分に自信を持てない人間には非常に効果的だ。


 その前段階として、『ある程度でも自分を肯定できる』という心持ちが必要になるのだが、それはこれまでの旅路で未熟ながらも養われてきている。


「フフ。良かったですね、キヨシさん!」


「ま! そういうことだ。これからアトリエの皆とバリバリ描いていくからよ、そのうち似顔絵でも描かせてくれよ。セカイとも、昔そういう話したことあるしな」


「張り切っているところアレですけど、適度に休んでくださいね? まだまだ万全とは言えないんですから……セレーナ様、キヨシさんをよろしくお願いします」


「はい、お任せください」


 三週間療養したとて、キヨシはまだ怪我人の域を出ない健康状態。ティナやセカイの不安の種の一つだったが、セレーナがその辺りをマネジメントしてくれていれば心配ないはず。そうして微笑みを交わす二人を見て、キヨシもまたどこかホッとしたような気持ちになったが、


「気持ちは嬉しいけど、過保護過ぎやしないか?」


「それ、君が言うかい?」


「フライドさん、どういう意味ですかそれ……アレ、アガッツィさんは?」


「マリオ様なら、随分前からいないよ。絵に夢中で気付かなかったのかい? 君も、後の予定を考えれば無関係じゃないだろうに……皆さん、そろそろ時間です」


「あ、もうそんな時間?」


 楽しい時間も、ひとまずこれでお開きだ。


 そう。実はキヨシたちにはこれから、また別の予定がある。それを知らせるように、外からこもったラッパの音が響いてきた。要人の来訪を王宮の人々に報せるためのものだそうだ。


 誰がやってくるのかは、キヨシたちは事前に聞いている。


「……さて、どういう風の吹き回しなのかね」


 一行が窓の外に目を向けると、そこそこの大きさの船が巨大な荷物を載せて、搬入口と見られる場所に侵入していくのが見えた。そして、少し遅れて別の小舟で揺られる、角の生えた巨体の老人。


「『議会一席』……」


 老人の名は『マノヴェル・ンザーロ』。積荷は、押収した飛行機の残骸。


 今日は、定例のアティーズ中央議会執行日だ。

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