第一章-10『魔弾の威力、そして』
「窃盗……?」
ティナの顔が見る見るうちに青くなっていく。敬愛する姉の罪状が増えたからだ。キヨシは少し気の毒に思いながらも、
「御免ッ」
「え……あ、何を!」
カルロッタの不意を突く形で、持ち物のバックパックを開けて手を突っ込んだ。不躾にも人の鞄をガサゴソと漁り中身を取り出し、姉妹から全力で離れる。騎士たちは容赦なくキヨシに銃口を向けるが、フェルディナンドが合図してそれを降ろさせた。
というのも、再び外に出たキヨシの右手には、例によってキヨシには判読できない文字が刻まれた、細長い古ぼけた木箱が掴まれていたからだ。その際チラとカルロッタの顔を窺うと、彼女は明らかにキヨシから目を逸らした。
「多分これかな? おたくらが真に探しているのはカルロッタさんじゃない。実のところ、カルロッタさん本人なんかどうでもよくて、重要なのは持ち物なんじゃないですかね? おっと妙な動きはしないでください。俺ごとでも、そこの女の子がコイツを焼却するぜ」
その言い様に当のティナはギョッとしていたが、頭にへばりつくドレイクがニヤリとした口から小さな火を漏らし、
「ケケ、マジでやっちゃうかもしれないぜェ〜ッ」
と、アピールする。口には出さずとも、キヨシはここに来て初めてドレイクに心底感謝した。これで、ある程度強い物言いをしても平気だろう。
異世界に来てからというもの失態ばかりのキヨシだったが、ここに来てようやく役に立てそうだ。それも、ヴィンツ国教騎士団といういかにも威厳ありそうな組織を相手取って。
しかしこれを受けてもフェルディナンド、未だ余裕の態度を崩さず。
「……ンッフッフッフ、本人はどうでもいいなどと。何故ゆえ、そう思うのでしょう? 創造主様の生家を荒らした者など、どうでもよいはずが──」
「そうだ、どうでもいいワケがない! その割には、手緩いですよね? かなり」
「はい?」
「だって、おたくらは創造主様とやらが大事で大事で、刃向かう奴を捕まえて拷問とかしちゃうんでしょ? この人が事を起こしたのは二日前。俺たちは衛兵の目撃情報から、この人の行方を割り出して追いかけてきた。けど、そうなると衛兵隊は大罪人を目撃しておきながら、放置したってことになりますよね? つまり、この二日間は衛兵隊になんの連絡も来てないってことだ。上位組織がこんな大勢で追っかけ回してるのに……ティナちゃんが彼等なら、どうする」
「えっ……と……」
ティナは急に話を振られて少し困惑していたが、すぐにハッとした様子で、
「衛兵さんに頼んだり、指名手配したりして、皆で探します」
「ハイ、お利口さん。それに引き換え、おたくら動きが妙に支離滅裂なんだよ。考えられる理由は三つ。『ただ単に頭が悪い』か『衛兵隊にすら知られちゃマズい事柄が、カルロッタさんに漏れた』そしてもう一つは……いや、これだけでも充分だな。この木箱に、何かとんでもない秘密が隠されているという証拠としては」
「……いえ、その辺りは少なくとも、私は存じ上げませんが。カルロッタさん、本当に何か盗んだのですか?」
「嘘! さっき『持ち出した物はどこに隠したのか』って確かに言ってた! 言い逃れできると思ってんのかバーカ!」
「『してやったり』みたいに言うことじゃないよう……」
ティナのツッコミはともかく──感心と関心で、皆キヨシの理に聞き入っていた。
この場にいる誰も彼も、ティナですらもキヨシのことを侮っていた。しかし、キヨシはこの状況下で良くも悪くも冷静な心持ちを保ち、フェルディナンドの話の矛盾を的確に見抜いて推理してみせた。
この様子に業火の壁で撒かれていた他の国教騎士団員は、銃口を再びキヨシたちの方に向けてきたが、フェルディナンドが手を挙げてそれを制する。およそただの脅しだろうと知っていながらも、可能性をちらつかせるドレイクを警戒しているのだろう。
そして、そのフェルディナンドは丸腰で、周囲に大砲だとかそういった特殊な兵器は用意されていない様子。
キヨシは、ほぼ勝ちを確信していた。
「ともかく。単純に見てはいけないものを見ただけなら、衛兵に身柄を抑えさせるくらい頼んでもいいが、持ち物となるとそうはいくまい。持ち物押収くらい、衛兵ならする権利はあるんだからな。以上が根拠……だが、そこは俺としてはどうでもいい。俺はこんな小汚い箱に用なんかない。欲しけりゃ渡すさ」
「ハア!? ちょ、ちょっと待ちなさい! それはアタシが──」
「盗んできたモンなんだろ? だったらそれは返すべきでは?」
「ホントだよ、カルロ」
「それは……まあ、そーなんだけどさ」
キヨシとティナの振りかざすド正論に、カルロッタはやや納得いかなさそうに俯いた。
この寸劇を前にしても、フェルディナンドは気を緩めたりはしない。
「……何を望みますか? あなたのことだ、ただ善意で渡してくれるワケではありますまい」
「悪党の心理、よく分かってるじゃないっスか。俺の要求は、この一件の抹殺と『謝罪』……ただのそれだけだ」
「はい?」
「言ったはずだ、キチッと謝らせるってな。この女は、確かに常識的には悪人だとも。しかしそれはそれとして、おたくはこの姉妹ひいては一つの家庭の尊厳を侮辱した。そこは謝らんとな。それに、メンツってもんもあるでしょ? おたくらはたった一人の人間に、その創造主のなんたらって史跡の防衛をこっそり突破された。そんな不祥事、多方面にバレるの嫌だろ?」
キヨシはやや調子に乗りながらも、話に割って入った際にティナと交わした約束を忘れてはいない。さらに、この一件が明るみに出ること自体のリスクを口に出してしまうことで、カルロッタが創造教の弾圧と拷問を受けることを回避しようという取り引きも兼ねた、一石二鳥。
問題があるとすれば、それが済んだ後だが、姉妹の場合は父親が衛兵隊の重鎮ということを考えれば、そう易々と手は出せまいと推測し、そこまで心配はしなかった。キヨシはその点、有り体に言えば頼るところのない、天涯孤独の身。生涯つけ回されることになろうが、さしたる問題はないと判断した。
受けてフェルディナンド、思案げに天を仰ぐ。考え込む際の癖なのだろう。それもすぐに終わり、いつもの粘着質な笑みを浮かべ、
「誠に恐縮ながら……我が主に背を向ける不心得者に下げる頭を、持ち合わせてはおりませんので」
フェルディナンドは全く姿勢を崩さない。だが、それはキヨシも同じだ。
「強情なことだな。ただここだけの話にして頭下げるだけで、これは返そうってんだぜ? もっとも……返すのは法王府にであって、おたくらにではないけれど」
「──!!」
「気付いてないと思うか? これが理由の三つ目だ」
キヨシの傲岸な物言いで、フェルディナンドの余裕綽々の表情が、ほんの少し揺らぐ。キヨシは今、この瞬間こそ切り札を切るべきタイミングだと感じた。
「おたくらざっと見たところ、総勢二十人にも満たねえ。まさか騎士団全員でその人数ってんじゃあるまい。敵の所在が分かってるのにその程度ってことは、おたくらは騎士団の思惑の外で動いてるってこと。つまり、おたくらは……この木箱を個人的に欲──」
「勘が良過ぎますねぇ」
「ッ──!!?」
次の瞬間キヨシは右手に凄まじい熱を感じ、手にあった木箱を意思に反して取り落とす。
「……あ?」
なんだと思って木箱が落ちた足元を見ると、肌色の細長い物体が木箱の傍らに落ちていた。
「おい、なんだこれ。その……『指』みたいなのは?」
──誰の?
さらに木箱を持っていた手に視線を落とすと、右手に五本ついているはずのそれが──
「うッ……お゛おおああああア゛アアアッ!!?」
その気付きはキヨシの脳に何が起きたのかを半分だけ理解させ、痛みを超越した痛みを覚醒させる。何が何だか分からぬまま、キヨシは右手人差し指をごくあっさりと失ったのだ。
脈に合わせてもうそこに無いはずの指が痛む感覚。普通の人間がおおよそ普通に生きている限り一生味わうことのない痛み。木箱を回収するどころではない。
「がッ!!?」
さらに追い打ちをかけるように、吠えるキヨシのこめかみに何かが直撃した。
それは一枚の『硬貨』。
キヨシの頭蓋を跳ねてあらぬ方向に飛んで行った硬貨は、今度は破裂音と共に空中を跳ねて不自然な軌道で再び襲い掛かり、キヨシの顎を強く、正確に撃ち抜く。
これが良くなかった。頭部への衝撃が脳を揺らしてしまったのだ。瞬く間に優勢と平衡感覚を失い、そしてそれが何故なのかも理解できない。キヨシはフェルディナンドの一瞬の動きも見逃さなかったはず。実際、フェルディナンドは微動だにしていない。
キヨシがその膝をつく寸前、『やれやれ』とでも言いたげな顔のフェルディナンドが、懐から大量の硬貨をジャラリと取り出して空に放り、
「我が魔法は『風』。我が異名は『魔弾』のフェルディナンド。今は素直に、この名が知れ渡っているつもりでいた自らの未熟を恥じましょう」
このような状況でもキヨシは思考を止めてはいなかった。
戦跡の森で体験した石や硬貨の横殴りの雨。業火の壁をブチ抜いた突風と、フェルディナンドの顔面を蹴った瞬間に発生した暴風。騎士の中で、フェルディナンドのみが非武装な理由。そして全くのノーモーション攻撃。
『風』なら、全ての辻褄が合う。
キヨシは、とんでもない思い違いをしていた。戦跡の森で聞いた『魔弾』という固有名詞。それをこの異世界特有の特殊な兵器、兵装だとばかり思っていたのだ。故に、それらしいものが見当たらず、尚且つ他の騎士の攻撃をフェルディナンドが制した際に安堵し、その類の警戒を怠った。
その安堵は、ただの油断だとも知らずに。
──魔弾とは、コイツそのものを指す……ッ!!
気付いた時にはもう遅い。空で月明かりと炎に煌めく『魔弾』は、超高速でキヨシに降り注いだ。咄嗟にカルロッタが地面を隆起させて弾の遮蔽を試みるが、空中を幾度も跳ねて器用に土の壁を避け、横合いや、背後からも回り込んでキヨシを穿つ。そしてその弾丸は、役目を終えた後も風の魔法によって、地面に落ちず再び力を得て襲い掛かるのだ。
まさに『魔弾』。
──────
「あなたの推理は……正しい。それは認めましょう。しかしながら『身柄がどうでもいい』ということは、『生死は問わぬ』ともとれる……フィデリオさんの縁者はともかく、あなたのようなどこの誰とも知れぬ者は特に、ね」
魔弾に弄ばれ、ついに膝をつくキヨシを見下ろすフェルディナンドの目は酷く冷たく、どこまでも残酷な色に染まっていた。
相当量の血が、キヨシの指の断面から捻られた蛇口のようにドクドクと流れ、地面を赤黒く染め上げる。ショックが強く、身の毛もよだつような絵面だ。
「クッ……ソがアアアアァァァッ!!」
突如カルロッタが吠え、地面を叩く。すると地面が隆起し、キヨシのすぐそばに転がっている木箱を勢いよく持ち上げて吹き飛ばした。とにかく木箱だけでも回収し、優位だけは守らなくては──恐らくはそういう魂胆か。
「させると思いますか」
しかし魔弾はそれを許さない。
空中に放り出された木箱の角やふちに、複数の硬貨が寸分の時間差もなく着弾して、あらぬ方向へと木箱を弾き飛ばした。少し木箱が傷ついてばつの悪そうな顔をしたフェルディナンドだったが、大して気にも留める様子は見せなかった。
カルロッタは冷たい汗を全身から噴出させ、呼吸を荒げて力なく崩れ落ちる。
「チ、ク……ショウめ、が……」
魔法を──というより精霊を使役し過ぎたのだ。
カルロッタが使役する精霊はドレイクと違い容量も少なく、土くれや石ころで形作らなければ視認もできず、人格も持たない無機質なものだ。それ故、チャクラの供給が途絶えればそれだけで引っ込んでしまう。
土塊一つ動かす気力も、カルロッタからは感じられなくなっていた。
「……限界のようですねぇ。さて、ティナさん?」
突然呼びかけられて、あまりの出来事に茫然自失としていたティナの心臓が跳ね、全身が硬直した。この反応にフェルディナンドは微かに口角を上げて、
「今飛ばされた木箱、取りに行っていただきたい……そうしてこちらへ持ってきていただけたならお姉様を、まあ不問とはできませんが、できるだけの計らいをするとは約束しましょう。まあもっとも……この男は『ダメ』ですが」
一瞬、ティナはフェルディナンドが何を言っているのか理解できずにたじろいでしまう。妙に馴れ馴れしく、絡みつくような態度で接する彼に対し、ティナは言い表せない気色の悪さを覚えたが、相手は国家を背負って立つ高尚な騎士。
心の縮み上がったティナには、拒否することなどできなかった。
脳内が真っ白になったティナは、ゆっくりと立ち上がりふらつきながらも、木箱の方へと歩み寄る。
「ダ、メ……! 殺される、ぞッ……!」
ティナを我に帰したのは、カルロッタの掠れた声だった。だが、今や敬愛する姉の言うことさえ、完全には意味が理解できない。
──殺す? 誰が誰を? 騎士様が? カルロを? それともまさか……『私を』?
我に返ったところで、今のティナに理路整然とした思考はできていなかった。その長髪の向こう側に隠れた大きな目からポロポロと涙を零すティナに、カルロッタは苦悶しながらも諭すように、
「木箱を回収したら、アンタも含めてこの場の全員、用済みよッ……! そしたらコイツらは、きっと皆殺す!」
「で、でも……! あの人は、騎士様で、私たちは……!!」
「そんなもん、もう関係ないんだよッ! いいから、アンタだけでも逃げろ! 大丈夫、ドレイクがついていれば、なんとかこの場は──ギッ!?」
瞬間、風切り音と共にカルロッタの喉元に魔弾が着弾した。喉が破れてこそいないようだが、苦痛に喘ぎ咳き込むカルロッタを見たティナの精神は、さらに衰弱していく。
「余計なことは言わないように……ティナさん、早く木箱をお願いします。ほら、今だって致命の一撃は与えなかったでしょう? こちらもフィデリオさんの実子に危害を加えるなど、したくはありませんので」
実子──フェルディナンドは意識してか意識せずか、この言葉を選んだ。つまり、実子でないカルロッタの身の安全は保証しないと言っているようなものだ。柔らかい物腰を装ってはいるがその実、人を人と思っていないのが誰の目にも透けて見える。これこそが本性だろう。
最早、ティナにはどうしていいのか分からない。何を頼りに行動すればいいのか分からず、心は恐怖でぐちゃぐちゃに塗り潰されていく。
その恐ろしさのあまり全身の力が抜けて、その場にへたり込んでうなだれるだけになってしまった。
そんなティナを見てもう役に立ちそうにないと判断したのか、フェルディナンドは小さな溜息を吐き、ゆっくりと歩を進める。結局は自分で取りに行く辺り、やはりティナから木箱を受け取った後、無事で済ますつもりはなかったのは間違いない。ただ、より安全に事を成したかっただけだ。
このまま放っておけば、みんな死ぬ。殺されるのだ。『創造教』の秩序を守り、国を、そして国民を守る、ヴィンツ国教騎士団に。
「おいティナ、チャクラだ! チャクラを寄越せ!! カルロの言う通り、騎士がどうとか関係ねえ。このままじゃどいつもこいつも皆殺しだ! オイコラ、聞いてんのかこのクソガキ──な、何ィ!?」
「あ──」
ドレイクも、そして遅まきながらティナも、すでに意識を木箱の方へと向けているフェルディナンドの背後から肩を引っ掴む男に目を奪われた。
「──ッ!!」
なんと、ほんの数瞬前まで全身を苛む痛みに苦悶していたキヨシが、フェルディナンドを止めんと立ち上がったのだ。
「……七十発強。コインを俺にブチ込んだ回数だ」
「チィッ!」
これにはさしものフェルディナンドも驚いたが、恐れる程のことはない。舌打ちをしつつキヨシの死角方向の地面に落ちている硬貨を操って、キヨシの首筋を背後から狙撃した。
「グギッ……さらに、もう一発……」
キヨシは倒れない。ただならぬ雰囲気を感じ取ったフェルディナンドは、もう一発硬貨を飛ばし、今度は右足を穿つ。キヨシの身体はぐらついたが力は抜けておらず、足を踏ん張って痛みに耐え、逆にフェルディナンドの顔面を血に濡れた右手でガッシリと引っ掴む。
「フゥーーーーーッ……二発……二発だッ!! これだけやっても、まだ謝らないのかッ……!!」
「──ッッッ!!?」
キヨシの眼光は、空を照らす白い炎よりも刺々しく輝いていた。
何がキヨシをこうまで駆り立てるのか、ティナにもフェルディナンドにも、そしてキヨシ本人でさえ理解できなかった。分からないが、キヨシの心中でのたうつ何かが、キヨシを突き動かしているとしか言い様がなかった。しかし、それが正しいのだという確信めいたものすら、キヨシの目からは感じ取れる。
その向こう側で燃える執念の炎──そして、『狂気』の輝きすらも。
フェルディナンドは無意識下で、それに恐怖した。
「ばッ!!!」
「ぐぼァッ!!?」
フェルディナンドは硬貨を使うのも忘れて、自分の拳でキヨシの腹を思い切り殴った。あまり太いとは言えない腕から繰り出された突きだったが、風の魔法でキヨシは容易く引き剥がされて、木箱の方へと転がっていった。フェルディナンドの意図するところではなかったが、どこへ飛ぼうと同じだろう。
どの道殺すのだから。
フェルディナンドは、不愉快そうに鼻を鳴らし、顔面にべっとりと付着したキヨシの血を拭って、再び歩き出す。
カルロッタは倒れ、キヨシも身体の一部を欠損し、吹き飛ばされた。そして二人がフェルディナンドに殺されようとしている様を、恐怖に打ち震え、ただ漫然と見ているだけのティナ。
最早、これまでか。
ティナは自問する。この状況は何だ?
どうしてこうなってしまう?
こんな殺されるような目に遭う謂れがあるのか?
創造教の教義、戒律に──そこまでする価値があるのか?
そして──
──どうすればいいの? どうすれば、みんなを?
ティナには分からない。分かるのはこの場の絶望だけだ。
もうキヨシの眼鼻の先までフェルディナンドは迫っているというのに、身体を動かすこともできない。心も前進してはいなかった。その心の自衛本能なのか、涙だけはぼろぼろと零れてくる。呼吸は荒れて、自分の鼓動音すら聞こえくるようだ。
ティナの精神は摩耗し、限界を迎えようとしていた。
ティナは十二年間の人生で今日という日ほど、自分の無力を痛感し打ちひしがれた日を知らない。できることはただ泣き、か細い小さな声で祈ること──
いや、これはただの懇願か。
「……誰か……『助け』──」
【どいてッ!!】
自分の後ろから叫び声が聞こえたかと思うと、自分の中に引きずり込まれるような感触と共に、ティナの意識は遮断された。




