第三章-15『デート?』
「第一回! チキチキティナちゃんのお洋服購入デートォォォーッ!! イェーイ!」
【セカイさん、声落としてえ!】
アティーズの城下町を流れる水路上の小舟から、心からの歓喜に弾んだ声が響く。
一方で、それに付き合っているキヨシの方はといえば、呆れの色を滲ませる他ない。
「……何、なんなのこれは」
「オリヴィーで燃えちゃった、ティナちゃんの普段着の代わりを買おうって感じですハイ。今、制服が普段着みたいになってるし。まあアレはアレで可愛いからいいけど。それにホラ、これからまた偉い人とお話しに行くんでしょ? 失礼じゃないように服買わなきゃ」
「それは分かるって。何をそんなにはしゃいでおるのだ」
「だってだって! 男女が綺麗な街中をあっちこっちして、お洋服選んでー、なんてさ……こんなもんデートじゃん! デートでしかないじゃん! ティナちゃんはオリヴィーでしてたのにズルいもん!」
【ち、違いますよ! オリヴィーでのお出かけには、そういう深い意味はなくて!】
「本音はソレかい」
セカイはキヨシの疑問を完璧に晴らしてみせたが、ティナを全力で困惑させてまで聞いた甘々な答えは、キヨシにとってはどうもアホらしいというか、とにかくそういう気分があるものだった。セカイは『ズルい』とは言っているが、ティナがああ言っているように、そんな気など全くなかったワケなのだから、そう思うのも仕方がないことと言えるのではないだろうか。
「ワーイ、念願のデートだー……ハア」
「いつにも増して、アップダウンの激しい奴だな。なんだよオイ」
さらに、セカイがテンションMAXでウキウキしているかと思えば、今度は溜息を吐いてしょんぼりし始め、キヨシとティナの困惑はさらに加速した。その心はと問えば、
「二人っきりだったらなあ」
と、隣を並走するボートでこちらをまじまじと見つめるマルコとカルロッタ、そしてドレイクを横目にボヤいた。
「恋路を邪魔するつもりは全くないのですがね。職務上、キヨシ君には常についていなければいかんのです。ま、いないものと思ってもらって結構。ンザーロ氏の屋敷方面の岸に馬車を回してありますので、時間も気にせず、どうぞお楽しみください」
「じゃあなんでドレイク君とロッタさんまでいるのかなァーッ!」
「ッたりめーだァ、バカタレ」
「妹を男と二人っきりになんかさせるかよ。前もそれやって話がややこしく……うっぷ」
「だからフライドさんがいるって……オイ、大丈夫か? なんで飛行機は平気なのに、船はダメなんだよ」
【あんなので、よく密航する計画なんか立てられたなあ……】
ティナを心配してついてくるのは結構なことだが、小舟を用いてのちょっとした移動ですら船酔いを起こし、ゲッソリとした顔でマルコに背中を擦られるカルロッタは、あまりにも頼りないどころか、逆に心配にすらなってくる。これではいないほうがマシかもしれない。というかティナの言う通り、そんな船酔い体質でよくもアティーズへ渡航する計画など立てられたものだ。
「しかし、街の往来に船が必要とはな。連行されてる間、何に乗せられてんのかと思ったら。これだったのか。確かにティナちゃんの言う通り街並みもなんだか絵になるし、中々シャレオツかもな」
瀕死のカルロッタはさておき、キヨシは流れ行くアティーズ城下町の景色を物珍しい物を見る目で見ていた。
というのも、街の全域に運河が延びており、地に足をつけて歩ける場所はほとんどないようで、キヨシが暮らしていた地域の生活様式とは著しくかけ離れていたからだ。外国にこういう場所があるのは知っていたが、実際にこうしてやってきてみると違うものだ。
「ウンディーネ様のおかげで、水がそこかしこにあった方が生活面で何かと便利なのさ。この運河の水だって、今掬って飲むことすらできるよ。国民の衛生観念も優秀だからね……というワケなのでカルロッタさん、そこに戻さないように」
「じゃあ早く降ろひへぇえッ……うえッ喉辛ッ」
「ヤベーな、早くしねえとロッタがキラキラモザイクまみれに……ん? しかし、ここってアティーズの中でも割と内陸だよな? どこの水なんだ、これ?」
「アレさ」
「お? アレって……あの『滝』か? まさか街の水全部、アレが元だってのか?」
「そのまさかさ」
マルコが指差した先にあるのは、街の向こう側──王宮よりもさらに内陸部にある、青く霞んだ景色と溶け込んだ巨大な滝だった。
「『アティーズ大瀑布』。アレこそが、ウンディーネ様の加護の象徴のようなものだ。あそこから流れているのは天然の水ではなく、ウンディーネ様が絶大なるチャクラで生み出した水でね。自力で魔法が使えるのは亜人種と同じだが、規模は見ての通り比較にもならない。そうして生まれた水を人々が生活に使い、その排水を『浄化』して循環させることすら──」
「オイオイ。生活排水を浄水して……って、本当に大丈夫なんだろうな?」
「浄水ではなく『浄化』。本当にまっさらな状態にまで戻しているのさ。それができるのは、ウンディーネ様のみ」
「……異世界の技術が遅れてるなんて嘘っぱちだな」
「【あっ】」
「なんだ?」
「あー、なんでもないよ」
ティナとセカイが立てていた予想が四日越しに的中したのはともかく、この国ひいては四大精霊ウンディーネの力には舌を巻くばかりだ。その辺りの技術─魔法を技術というのかどうかは微妙なところだが─水準は、キヨシが元いた世界の遥か上を行っているのは間違いない。
「そーいう話は、アタシがまともに聞ける時にして……お願い……」
「カルロッタさん、もう少し堪えてッ」
それだけに、生活用水として行き届く前の水に汚物をブチ込まれるのは、勘弁願いたいだろう。
「オシャレな感じだから、もーちょっと乗ってたかったのになー。マルコさん、お洋服売ってるとこの岸まで、あとどれくらい?」
「残りが徒歩で構わないなら、五分と待たないでしょうね」
「じゃあそれで!」
そういうワケで、カルロッタの病状を鑑みたセカイが散策終了を申し出、一行は一路、目的の服屋まで真っ直ぐに船首を向けたのだった。
──────
「んー、どれがいいかなー。ティナちゃん可愛いし綺麗だしで、何でも似合いそうで迷うなー♡ ティナちゃん、これどう思う? こっちはこれから暑くなるらしいし、これくらい薄着でも──」
【絶対ダメです!】
「えー!? 絶対スゴいのに!」
【スゴくなくていいですから! 普通、普通のヤツで!】
「あ、大丈夫だよ。ちゃんとその上から着るやつも選ぶから。きー君以外にも見られたいワケじゃないし」
【キヨシさんに対してもダメですからあ!】
服屋に着くや否や、キヨシすらも置いてけぼりで目を輝かせて、陳列された服たちをあれこれと見て回るセカイ。活発で奔放な面が目立つ彼女も、こういうところはさすがに年頃の女性といったところか。付き合わされるティナは誠に気の毒だが。
「……悪いな、ロッタさん」
「うっ……何が?」
「ティナちゃん、振り回されてんなあと思ってな。俺が手綱を取るべきなんだけど、とてもとても」
「無理だろーな、あのじゃじゃ馬は。けど、セカイが楽しそうにしてるってことは、ティナも多分楽しんでるだろうし、別にいいわよ」
「いやー、それはどーなんだろう……」
キヨシが聞いている限り、ティナは好き放題にはしゃぐセカイについていくので精一杯に思える。カルロッタには現在、ティナの声が届いていない故──いや、もし聞こえていても、グロッキーなカルロッタには、止めようがないだろう。
「ところで、金はどうするつもりなんだと思う?」
「ソルベリウム使うこと考えてるとか?」
「バッカお前、セカイやティナちゃんが俺と同じ轍なんか踏むもんか──ん?」
キヨシが内心抱いていた懸念事項の一つ、金銭面の問題を口にした瞬間、金属製の何かがたっぷりと詰まった袋がマルコより差し出された。中身は最早問うまでもない。
「給金の前払いだそうだよ? とりあえず、この四日間の労働分だけは許可されたそうだ」
「へー。融通の利くいい職場だな、王宮は」
「ティナさんの事情を聞き及んだジーリオさんの、特別な計らいさ。本来の給料日は、毎月第三金曜日だよ。衛兵隊もね」
「給料日教えたりしていいのか?」
「こう見えて、君の人柄はそれなりに信頼している。よもや『たかり』などしないだろう」
「俺よりずっとよくできた奴がいるからね」
「なるほど」
納得されて閉口するキヨシだったが、それに対して文句を言うことなどできはしない。事実だから。
「ねえきー君! そっちで話してないで、一緒に選ぼ!」
「噂をすれば。お呼びだよ」
キヨシはセカイに呼ばれるまま、そしてマルコに促されるままに歩み寄る。
流石に苦言の一つも呈さねば、と。
「ちょい待て。ティナちゃんの服を選ぶんだよな? お前の趣味全開で選ぶのはおかしくねえか?」
「ん゛んッ……まあ、それはそーだけどさー」
「ここんとこ忘れがちだがな、お前はあくまでティナちゃんの身体に同居してるに過ぎんワケで、ならティナちゃんの趣向に合わせて──」
「だって、そしたら絶対に無地の布にフッツーのワンピースとかになるよ?」
「いいじゃん別に」
「もったいなーい! ティナちゃん可愛いのにィーッ」
「ええい、気を使ってんだかワガママなんだか……」
『たまにはなあなあにせず絞っておかないとな』と考えていたが、よくよく聞いてみればワガママ放題というワケでもなく、若干独りよがりながらもティナのことをある程度考えてはいるようで、なんだか責めづらくなってしまった。
「あー……ゴメン、本当にゴメンなティナちゃん」
【い、いえこちらこそ……それを言うなら、私もセカイさんに合わせてあげなくちゃ。頑張って派手なの着てみますっ】
「イヤ……ちょっと……」
たまらずティナに謝罪すると、今度はティナの方が健気にも譲歩を初めて手がつけられない。最早面倒見きれようと放り出すワケにもいかず、どうしたものかとキヨシが頭を抱えそうになっていると、
「そんなに注文つけるんならよォ、いっそキヨシの独断で選べばいいんじゃね?」
ドレイクが恐らく、なんの考えもなしに放ったこの一言で、セカイの表情が悪戯っぽく歪んでいく。
「……なァーるほどォ。きー君に選んでもらった服なら、全然文句ないなあ。ティナちゃんもそうだよね?」
【へ? ま、まあ確かに……】
ドレイクの発言で固まっていたキヨシも、十秒近くが経ってからようやく状況を理解し始める。
「オ、オイオイ。まさか本気にしてんじゃあ──」
「本気も本気、チョー本気だよ。私たち、きー君が選んだ服着たいな。ホラ、きー君イラストレーター志望でしょ? 練習と思って、ここは一つ」
──い、いいように言ってるぜコイツ!
「聞こえてますよー」
「うぐぅッ」
キヨシが内心毒づくのもなんのその、セカイはドレイクの言ったことを真に受けてキヨシに全てを委ねることに決めてしまった。ティナも何も言わなかったがまんざらでもないようで、感情の起伏が繋がった心を通して伝わってくる。こうなってしまった原因であるドレイクを、キヨシは心底恨めしく思って睨みつけるが、
「俺知ーらね」
「クソトカゲェェェ~~~~~~ッ」
この言い様だ。おまけに後ろの二人に助けを求めるような視線を送るが、カルロッタはそれどころではなく、マルコに至ってはニヤついて「僕は『いないもの』なのでね」と言い放ち、我関せずを貫く姿勢を見せた。
寄る辺なし。観念する他なさそうだ。
「……分かった、分かったが! 基本的な社会通念とかは考慮するからな。あと、本当に俺の独断で決めるぞ! 俺のセンスに変な期待とかはするなよ!」
「うん!」
「……ったくよォ」
キヨシは予防線を張りまくって釘を刺しているつもりだが、当のセカイは満面の笑みでそれに答える。呆れてものも言えなくなったキヨシは溜息を吐きながらも、さっきまでセカイが見ていた服たちと向かい合った。
その姿を見て、目まぐるしい状況の移り変わりに追いついたティナは、セカイの内で悶え始める。
【ああ、私ったらまたキヨシさんに迷惑かけて……】
「ほえ?」
【だってキヨシさん、絶対困ってますもん……】
「全然平気だって。今に見てなよ、きー君その内ノリノリで選び出すと思う」
【へ?】
しかし、セカイはティナの思惑を一笑に付し、心配無用とまで言い切った。
何故なら、知っているからだ。
──これから暑くなりそうだから薄着ってのは一理ある話だ。けどティナちゃんの好みが元の服みたいな感じだとするなら、肌の露出とかはできるだけ抑えて、でもセカイの好みを考慮すると……。
「きー君は……『凝り性』だからさ!」
【あ……】
次々に流れ込んでくるキヨシのフル回転する思考が、セカイの発言を裏付ける。以前、『カルロッタの人相描きを無駄にこだわる』という形で、キヨシが物事に取り組む姿勢の一端を見せていたが、それの全体像はこんな感じだ。
端的に言えば──物事に相対した際、常に真剣且つ、可能な限り絶対に妥協をしない。
そう。キヨシはかなり『のめり込む』性格なのだ。
──『オシャレの鉄則は三色以内にすること』って警部補も言ってたし、方針としてはそんな感じで。ティナちゃんは瞳の色は綺麗な緑色だから、それも配色パターンの一部として。で、パンツルックはロッタと被るからナシ。ティナちゃん足が長いし、それが活きるのを選びたいけれど、あまりにも丈が短いのは品ってもんが……。
【あ、あの! 全部聞こえてるんですけど!】
「こっちのは全然聞こえてないねえ、にししッ」
ただ問題があるとすれば、のめり込み過ぎて周りの声がほぼシャットアウトされてしまうことだろうか。『綺麗』だの『足が長い』だのと、実際に本人に向かって口にすることは絶対にない歯が浮くような思考すらも全部ティナに丸聞こえなのにも、全く気付いていない程だ。
「じゃあとりあえず……これ、これ。あとこれ! セカイ、ティナちゃんを表に出してくれ。基本的にはティナちゃんメインで話を聞きつつ──」
「『恥ずかしいからいい』って」
「え、なんで?」
「大丈夫大丈夫、私がちゃんと代わりに話を聞いとくから。で、私が向こうで着替えてる間に、胸に手を当てて考えておくように!」
「は?」
全く無自覚の内にティナを羞恥心でノックアウトしてしまったことに、キヨシは全く気付かないまま、走り去るセカイの背中をただ漫然と眺めているしかなかった。




