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第一章-9『啖呵』

 十五年前、ある戦争が終結した。


 宗教国家ヴィンツェストは、『世界開闢の地』とされる土地を中心に栄えた大国。


 世界を創ったとされる創造主を崇める宗教『創造教』を国教に定め、一年が十二ヶ月で巡り、四年に一回閏年(うるうどし)がやってくる。純粋な国民はおよそ八千万ほどだが、建国から現在に至るまでの四百年間で、周辺の土地を侵略して得た国土に元々住んでいた人々を含めれば、もっと大勢がこの国で生きている。


 この『侵略して得た土地』という部分が、そのままその時の戦争目的だった。


 二百十五年前、ヴィンツェスト国土の東端からさらに、海をずうっと進んだ先に、『アティーズ』という極小の島国が旗揚げされた。


 ヴィンツェスト側はこの国については無関心、あるいは放置を貫いていた──二十年前までは。


 ヴィンツェストは突如、アティーズに対し侵略作戦『レコンキスタ』を発動し、征服に乗り出した。市井内では、こんな極小の島国を征服し国土とすることに価値があるのか等の疑問はあったが、作戦行動自体は支持していた。そもそもの国力自体に大きな差があり、大勢(たいせい)は戦争が始まる前から明らかな『勝てる戦争』だったからだ。


 しかしその前予想に反して、戦争が五年もの長期に渡る凄惨なものになった上、なんとヴィンツェストはあろうことか征服を諦めて講和を結ぶ。つまり事実上敗北を喫したのだ。


 失ったものは両国共に多大だが、得たものは両国共に何もなかった。


 そうして著しく国力が低下し治安の悪化が懸念された結果、失った兵力を再編する目的も含めて結成され、衛兵隊の上位組織として設置されたのが『ヴィンツ国教騎士団』。


 それは即ち──


「……軍隊、あるいは『憲兵』とでも言うのか!?」


 ティナから話を聞いたキヨシも、事の重大さが分かりかけてきた。


「カルロッタさんアンタ……追われているのは追われているでも、あのガーゴイルの奴らじゃなくて、『国』に追われてるのかよォォォーッ!? チクショウ、俺エラい奴の顔面蹴っ飛ばしちまったッ!!」


「け、蹴ったのはアンタが勝手にやったんでしょ!」


「ねえ、一体何をしたの!? カルロ、ねぇ!!」


 ティナが普段の立ち振る舞いから著しくかけ離れて取り乱すのも当然と言える。これまでティナはカルロッタが少し道から外れたことをしていたとしても、不当な暴力や理不尽の晒し物にされる可能性を考えて、そして何より家族が一緒にいつまでも幸福に暮らすために行動してきた。


 だが今のこの状況。カルロッタは今、『国賊』として追われているのだ。事態は最悪のさらにその先を行っていた。


「なんだ、家族に何も知らせずに来たのですか?」


 「もう一人の方は誰だか知りませんが」と付け加えてフェルディナンドが口を挟む。


「ですがまあ……彼女が何をしたかくらいは、知る権利がある。ティナさん? 先程は出会い頭に、失礼致しました。屯所でお会いしましたね?」


「あ……」


 そう、実はティナとフェルディナンドは面識がある。ティナは知らなかったが、屯所にてティナがぶつかった男こそ、このフェルディナンドだった。そしてその屯所にいたのは二人の父、フィデリオ。恐らく、そこから素性が割れてしまったのだろう。


 カルロッタは心底恨めし気にフェルディナンドを睨みつけた。最早何もかもがどうにもならないことを悟っているのだ。


「彼女は二日前、恐らくは地面を掘り進んで『創造主様の生家』に立ち入り、中を改めようと荒らしました。当然、許されることではありません」


「そ、そんなっ……!」


「えー、ショック受けてるとこ悪いんだけどさ、なんか大仰でヤバそうってことしか分かんねーぞ」


「おやおや、これは随分と世俗に疎い方がいたものですねぇ。その見慣れない服装、まあ事情を知らずに巻き込まれた旅行者、と言ったところでしょうか」


 キヨシはフェルディナンドの隠そうともしない侮蔑にイラッとするが、人違いで顔面を蹴飛ばした負い目もあり、強く言うことができなかった。


「……で、解説してもらえる?」


「遥か昔、創造主様がこの世におわされた頃に、住まわれていたと言われている史跡です! 荒らすなんて、なんてことを……」


 なるほど確かに、カルロッタは大変なことをしている。国の宗教云々を抜きにしても、言ってしまえば国宝や重要文化財を、興味本位で混ぜっ返して荒らしたようなものなのだ。管理者が怒り、罰せられるのは当然だろう。


「良識のある妹さんじゃないですか。確かに大事でしょう。『血が繋がっていない』としても……ねぇ」


「えっ」


 フェルディナンドっがいやみったらしく口走ったのは、キヨシにとって初耳の情報だ。


 二人ともフェルディナンドの物言いに悲痛な表情を浮かべているのは同じだが、カルロッタは『いかにも』といった感じの深い青の瞳と派手な金色の髪を持ち、一方ティナの瞳は澄んだ緑色で、髪は栗色。二人の父、フィデリオの瞳の色はティナと同じだった。言われてみれば、様々な要素に血の繋がりが感じられない。


 そして二人の人相を重ね合わせると、確かに姉妹という割には似ていない。


 カルロッタの絵を描いたときから気にはなっていたが、考えてみれば当前のこと。血の繋がった姉妹の容姿が、髪や瞳の色レベルまで食い違うとは考えにくい。まだ見ぬ母方の遺伝とも考えたが、それにしたってフィデリオから何も引き継がない可能性は低いだろう。キヨシは『異世界なんてそんなもん』で素通りしていたが、そこを見抜く種はいくつもあったのだ。


「すでに三度目になりますが……あなたの身辺について調べはついています。あなたは五歳の時即ち十五年前、その年は戦争終結の年でありながら特に凄惨な被害を出した『惨禍の年』と呼ばれていますが、その際犠牲になったとある村唯一の生き残りで、当時子供のいなかったフィデリオさんの家に引き取られ……その三年後、実の子であるティナさんが生まれた」


 フェルディナンドが『実の子』という表現を口にした瞬間、ティナの体がピクリと跳ね、カルロッタの顔が見る見るうちに紅潮していった。


 ──それで、さっきティナちゃんは怒ったのか?


 『アイツ、アタシの実の──』。カルロッタはそう言いかけて、ティナにその後を遮られた。しかし、これではっきりした。これまで得てきた情報と、ティナやカルロッタの顔や態度を総合すると、こう推理できる。


 『アイツ、アタシの実の父親でもないくせに』。


 カルロッタが言おうとしたのはおよそこんなところだろう。ティナが怒るのも当たり前だ。それを言うなら、ティナとカルロッタとて、実の姉妹ではないのだから。


 屯所にて感じ取った雰囲気以上に、ティナたちの家庭の問題というのは根深いようだ。


「それにしてもカルロッタさん。あなたはとんだ……いえ、ある意味では孝行者かもしれませんねぇ」


「……どういう意味よ」


「こちらは、あなたの心情は何となく理解しているつもりですがねぇ……ンッフッフッフ」


 キヨシが姉妹を取り巻く状況を理解していくのを他所に、フェルディナンドは顎を指でさすりながら癇に障る冷笑を浮かべ、


「守ろうとしたのでしょう? ろくでなしと一緒くたに非難されるかもしれない家族を。なるほど確かに、教皇猊下は大罪人の縁者だからとてまとめて罰するほど、冷酷ではありません」


「ハッ、何が『冷酷じゃない』よ! アンタら創造教の信者たちがひっ捕らえた考古学者が、どういう目に遭ってるのか知らないアタシじゃねえ。ほとんど結果の決まった異端審問という名の拷問にかけられて、痛めつけられて! それ見て楽しんでる奴だっている! ここに来る途中でも見てきたわよ、こっそり邪魔してやったけどね。よくもあんな(むご)いことできるわね、頭おかしいんじゃないの?」


「なあ、カルロッタさん。俺、実は危うくそれにかけられそうだったんだけど、その……具体的には、どういう──」


「聞かない方がいい、です……うぅっ…………」


「ティナちゃん……?」


 キヨシも、あのガーゴイル二人組みに捕らえられ、教会とやらに売り飛ばされそうになった。どういう目に遭わされるところだったのか知りたいと思うのは自然なことだろうが、ティナがそれを静止した。口元を抑えて苦悶しているのを見るに、ティナは詳細を知っているようだが、少なくとも傍で見ているだけで気分の悪くなる、娯楽として見ている人の気が知れない程度には凄惨な拷問をしているに違いない。


 ──多分、あの道の続く先に……それでティナちゃんは避けてたのか。


 カルロッタの『ここに来る途中で見てきた』という言い方から察するに、キヨシたちが屯所を抜けて戦跡の森へと向かう道中に、その教会があったのだろう。だからティナはその道を避けたのだ。自分が見たくないというのもあっただろうが、ティナの性格を鑑みるに、キヨシに見せるのも酷だろうと考えていた可能性も高い。


 一方フェルディナンドは、カルロッタの言い様に『心外だ』とでも言いたげな顔をして、


「いえいえ、とんでもない。アレは相手が強情故に、そうせざるを得ないというだけですよ。今ここで大人しく投降すれば、今この場にいない家族は元より、妹様やそこの青年にも手出しをしないことを約束致しましょう。『血を分けたわけでもない繋がりの薄い家族』に、ここまでの情をかけられる人格者であるカルロッタさんの、賢明な判断に期待します」


「~~~~~~~~~~ッッッ!!」


 決定的な一言。カルロッタの表情は激しいコンプレックスを多分に含んだ『怒り』ではない何かで歪んだ。


 ──コイツ、やっぱ馬鹿じゃないな。


 感情的になるカルロッタとは対照的に、あくまで冷静に状況を俯瞰して分析を続ける者がいた。誰あろう、傍で見ていたキヨシだ。


 精神攻撃が有効と判断してやっているのか、それともただの嗜虐趣味かは分からないが、このままフェルディナンドにペースを握られ続ければ、カルロッタの冷静さはますます失われていくだろう。そうなれば向こうの思う壺だ。


「あのっ!!」


 どうしたものかとキヨシが考えている間に声を上げたのは、侮辱を受けた当人ではなく、その妹であるティナだった。


「先程から、言葉が過ぎませんか……? いくら騎士様でも、言って良いことと悪いことが、あると思います。確かに姉がやったことはいけないことです。だけど……」


「……ンッフッフッフ、確かに確かに。すみませんねぇ、あなたの名誉を著しく傷付け──」


「私にじゃありません!」


 フェルディナンドのズレた謝罪に、ティナの語気が強くなる。


「カルロ……『私の姉』に、です! どうか、謝罪してください」


 誰に対しても控えめで臆病なティナの、心底からの怒りの弁──隣で聞いていたカルロッタの目は驚きで大きく見開かれ、青い瞳は潤んでいるが、自らの不甲斐なさを痛感するあまり、カルロッタ自身はまだそのことに気付いてはいない。


 驚いたのはキヨシも同じだった。この幼い少女の強靭且つ高潔な精神力に、自分にはない正しい光を見たからだ。常人なら聞いているだけで心が張り裂けそうになるようなやり取りの中、キヨシの心には大して波風が立つことはなく、冷静なままだった。その冷静な思考力は、今このひと時においてはプラスに働いているものの、人としてはきっと正しくない。そういう確信が、キヨシの中にはあった。


 それと同時に、キヨシの心中にある思考が走る。


 ──セカイも、同じ立場ならこれくらい怒ってくれるか?


 彼女とキヨシは五年来の付き合いだが、彼女とは家の近所にある公園でしか会ったことはないし、二人きりでしかいたことはない。


 そう考えると、実はキヨシもセカイについて知っていることは少ない。ただ、非常に親密なだけだ。


 ──仮に、俺がこのカルロッタと同じ『大罪人』だとしても……ッ!!


 『大罪人』。


 この何でもないキヨシの巡る思考が、ある疑問を生んだ。


 カルロッタは『大罪人』。この国の基盤は『宗教』。ヴィンツ国教騎士団は言うなれば治安を守る『警察機構』。そして、衛兵隊の『上位組織』。そして、今のこの状況と、ここに至るまでの道筋。


 これら全ての『点』を結ぶと──いや、結べない。決定的に不自然な点がある。


 その点に、キヨシは全てをひっくり返す光明を見出した気がした。


「ティナちゃん、お取込み中のところ悪いんだけど……アイツには後でキチッと謝らせるから、いいか?」


「キヨシさん?……は、はい」


 ティナの了承を得たキヨシはフェルディナンドの方へと向き直り、


「あー、名前は存じ上げないんだけど……そこの鎧の人。ええはい、そこの丸腰の。このカルロッタさんの罪状は、『創造主の生家への損壊』で間違いないんですかね?」


「……それが何か?」


 この返答でキヨシはニヤリとする。


「いやあ、なんで『窃盗』の方は隠すのかなあ、と思いまして」


「──!」


 国教騎士団の──というよりは、『フェルディナンド個人の弱み』を握った、と考えたからだ。

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