たとえファンタジーな魔法でもエネルギー保存則を覆すことはできない
説明回というより最早設定集のようになってしまった……
手続きはこれで終了だ。と言われ、その後は拠点となる住居へ向かう。案内はハナノさんが買って出てくれた。
家はそこそこの広さがあり、平均的な収入の人が東京で頑張って戸建てを建てたくらいのサイズと言えば大体想像がつくだろうか。
家の中はある程度、環境が整っているそうなので、先程貰った魔法の指南書を読むこととしよう。
「狩りに出かけるときは、この地図の狩猟組合に行ってください。この地図は渡しておきますね。わからなくなってしまった場合は役場に来てください。」
「はいわかりました。ありがとうございます。」
「ありがとうございます……。」
私がお礼を述べると、優くんも後に続いた。恥ずかしがって尻すぼみになっているところも可愛い。
「んじゃ、優くん。入ろっか。」
「うん。」
家の中は思った以上に環境が良く、住みやすそうである。畳の敷かれた和室があるのは、神様による共通化の成果だろうか。家の中を一通り見て回り、指南書を読むのに適した場所を探す。
「じゃあお姉ちゃんはしばらくこれを読んでるから、優くんは好きにしてていいからね。あっ家からは出ないでね。」
「うん。」
結局、和室に落ち着いた私は、これまた共通化の成果かそこに置かれていた座布団を枕に、寝転がりながら指南書を開いた。
優くんは、家の中を見て回るでもなく私の隣に寝転んでピタッとくっついてくる。
魔法指南書『理系用』
はじめに
魔力とは何か?それを前世界の言葉で分かりやすく説明するのであればそれは『溜めておけるエネルギー』である。
前世界では、エネルギーの変換が発生するとき、変換されるエネルギーは『エネルギー保存則』に基づき、総量が変わらずに変換される。これは化学エネルギーも例外でなく、食品に含まれる栄養などが呼吸によって酸素と結合し、そこで発生するエネルギーを用いて人間は活動する。
しかしこの世界では、食事による摂取エネルギー量が、活動量に対して著しく大きい。
では、その余剰エネルギーはどこに行ったのか?実はそれが魔力であり、『溜めておけるエネルギー』たる所以なのである。
つまり魔力とは、言ってしまえば『目に見えない体脂肪』であり、この世界では『体脂肪を外部への仕事の燃料として利用できる』のである。余談だが、この世界の人間は魔力にキャパシティが存在し、その分すら超えてエネルギーを摂取すれば、前世界の人間と同じように太るし、その体脂肪は魔力として行使することは出来ない。
無尽蔵の魔力
我々、前世界の人間は、生まれ変わりをする際に、神様より『無尽蔵の魔力』を授かっている。
しかしそれは、エネルギー保存則に背くことになる。
前述の通り、魔力とは食品摂取時に出る余剰エネルギーであり、たとえファンタジーな魔法でも、エネルギー保存則を覆すことはできない。
では我々のこの無尽蔵の魔力はどこから得ているのか?答えは周囲の熱エネルギーである。
そう、我々前世界の人間が、食事の余剰エネルギー以上の魔法を行使した場合、周囲の熱エネルギーを奪う。つまりは気温が下がるのである。実験によって、これの範囲は、半径40mであることがわかっている。このことからわかる通り、『無尽蔵の魔力』とは名ばかりで、実際は『キャパシティは周囲の熱エネルギーの分であるから無尽蔵と言っても遜色ない量の魔力』という表現が正しい。
魔力効率
前世界の機械その他にも、エネルギーの変換効率、所謂『熱効率』や『機械効率』があったように、魔力をエネルギーに変換する工程においても、ロスは存在し、その時の効率をここでは『魔力効率』と呼称する。
魔力効率は一般的には0.6前後で、日々の訓練によって向上する。王族の近衛兵ともなると0.9程度まで匹敵する者もいる。ちなみに我々が神様より与えられたのは『ほぼ無尽蔵の魔力』だけであるので、魔力効率についてはこの世界の人間と大差ない。
魔力効率の外のエネルギー、つまりロスした分のエネルギーは、熱として排出される。
例えば、加速魔法を用いて自分の走る速度を上げた場合、ロス分は体温上昇にて発散される。
この性質から、魔力効率の低い者が、大きな魔法を使用する場合、魔法を受ける対象物(被魔法物)の温度が著しく上昇してしまうので、注意が必要である。
特殊な魔法
前述の例に漏れない一般的な魔法は、多岐に渡るため、説明は省略する。
魔力効率の概念がない魔法(熱魔法)
前述の通り、ロスした魔力エネルギーは熱として発散されるため、熱魔法は魔力効率1.0となり、万人が簡単に使える魔法である。
魔力効率の域を超えられる魔法(冷却魔法)
冷却と言っても、熱を奪う、即ちエネルギーを吸収することは出来ない。ではどのように冷却するのかと言えば、前世界のヒートポンプと変わらない。被魔法物の熱を外部に移動させるのである。
さて、ここで確認しておきたいのが、『熱の移動にエネルギーの授受はない』ということである。
前世界では、熱を移動するために運動エネルギーを発生させる必要があったために電力を消費していたが、この世界では、そのプロセスを省き、直接魔力で熱を移動させることができる。
そしてそこにはエネルギーの授受はない訳であるから、効率の限界もない。
つまり、1の魔力エネルギーで100の熱エネルギーを移動させることも訓練次第では可能なのである。ちなみに当然であるが、その際外部に放出される熱エネルギーは、魔力エネルギーの分も含めた101となる。
これが、魔力効率の域を超えられるという意味であり、冷却魔法の能力で魔法の才能の善し悪しがわかるとまで言われる所以である。
魔法の使用法
実は魔法の使用は、原理を知ってしまえば簡単である。著者である私がこの原理を知ったのは、当然ながら魔法が使えるようになってからであるので、魔法が使えるようになるまでの訓練は、それはそれは大変なものであったが、原理を知った後の新たな魔法の習得は容易であった。
この本を読んでくれた我が同郷の士は、もう魔法を使うことは簡単な筈だ。
手始めに自分の唾液を口の中でお茶くらいの温度にしてみると良い。きっとできる筈だ。
私が少し念じてみると、自分の唾液が実際に熱々のお茶のような温度になった。
オネショタ要素より特殊な魔法解釈ってどうなんだ