食いっぱぐれた天人様がいたって話は聞いたことがねぇな
「んじゃ、これに名前書いてくんろ。」
そう言って町長のおじさんは二枚の紙を取り出した。
「こっちが嬢ちゃん。こっちが坊ちゃんな。」
僕は渡された紙に坂下優一と丁寧な字で書いた。
「書けました。」
「おっ、坊ちゃんありがとな。優一くんか。字ぃ綺麗だなぁあ。」
「へへ。ぁりがとござぃます。」
「嬢ちゃんも書けたかね?……あんれま、達筆だことぉ。佳乃ちゃんって言うんな。よっしわかった。んじゃ、こっからが重要だで。」
町長のおじさんは、椅子から身を乗り出して言う。
「天人様の待遇には、二種類ある。『研究者待遇』と『狩人待遇』だ。……ハナノ、資料あるか?」
「はい。こちらに。」
隣でずっと黙って座っていたハナノお姉さんが、革製と思われる鞄から紙の束を取り出して町長のおじさんに渡した。
「まず『研究者待遇』な。これは、衣食住の全てが国に保証される上に尚且つ、現金収入として給金も出る。給金は、公務員の平均収入の二倍だ。破格だべ?んの代わり、私らの世界にはない知識を持ってして、ある程度成果を上げ続けなくばなんね。そうでないと天人様の特権が失効しちまう。特権が失効すっと、着の身着のまま住居を追い出されて、収入もなく路頭に迷うことになっからな。あっ、特権が失効するだけで、罰とかは無いぞ?んで、次は『狩人待遇』だが。」
言いながら、資料を持ちかえると、再び話し始めた。
「『狩人待遇』は、ハッキリ言って、生活保護だ。保証して貰えるのは住居だけ。後は、初代の天人様が書いた魔法の指南書を貰えるってぐれぇだな。んま、これは『研究者待遇』でも貰えるんだが、役に立つのは『狩人待遇』の人だろうな。まぁ、あれだ。天人様は総じて魔力が桁違いに多いって聞くからな、この世界じゃ魔力の量が即ち強さみてぇなもんだし、『狩人待遇』でも、食いっぱぐれた天人様がいたって話は聞いたことがねぇな。」
「んじゃ、これに名前書いてくんろ。」
言って町長から渡された紙は、思ったよりも上質な紙だった。製紙技術も地球から伝わっているのだろうか。
「こっちが嬢ちゃん。こっちが坊ちゃんな。」
渡された紙に私は自分の名前を書く。優くんはちゃんと丁寧に書いていた。
「書けました。」
優くんが元気よく宣言すると、町長は紙を受け取り、名前を読んだ。
「おっ、坊ちゃんありがとな。優一くんか。字ぃ綺麗だなぁあ。」
「へへ。ぁりがとござぃます。」
褒められて照れる優くんはとてもかわいい。両手を太ももの間に挟んで小さな声でお礼を言う姿は、今日のベストショットだ。
私も名前を書いて渡す。
町長は名前を確認した後、『ここからが本題だ。』とでも言わんばかりに口を開いた。町長の話は、大まかに言えば、ノルマがキツイが収入の多い『研究者待遇』か、自由気ままだが住居以外保証されない『狩人待遇』のどちらかを選べ、というものだ。
私は、地球では理系女子として工学部に通っていた。『研究者待遇』で挙げなければならない成果がどれほどなのかもわからないが、正直言って、まだ学生だった身では、成果を挙げ続ける自信がない。
そういった意味では、『狩人待遇』の方が良い気がする。神様もせっかく『無尽蔵の魔力』をくれたのだし、これで生活に困ることは無いだろう。
「じゃあ、『狩人待遇』でお願いします。」
「やっぱりな。そういうと思うたわ。これ、魔法の指南書だ。内容は私らには何のことだかさっぱりわかんねぇが、天人様にはわかるらしい。」
そう言って町長は二冊の本を差し出してくる。表紙には『理系用』と『文系用』と書いてある。
「よくわかんねぇが、これを書いた天人様によると。よっぽどじゃない限りはこの『理系用』ってのを使ってくれって話だ。最初はこれしか無かったんだが、『わからない』って人が出てきたんで『文系用』ってのを書いたらしいんだが、書いた本人が『文系用』を書くのは苦手だ。って話だったからな。」
まぁ、つまりは著者が理系で、魔法について理系にわかりやすいように書かれているのが『理系用』。
著者は変わらず、理系的な用語を使わずに書いてみたは良いものの、内容がイマイチなのが『文系用』ということだろう。
私は理系であるので、言わずもがな『理系用』を選んだ。
次回は『理系用』魔法指南書の内容です。
つまり有態に言えば説明回です。
それを終えたらようやっと冒険を始める予定ですので……(予定は未定)