赤の他人がまとめて来たことはねぇな
今回は優くん視点はありません。
「こちらで手続きを行います。」
ハナノと名乗る女性が案内してくれたのは、役場の二階。つまりはカウンターの上の部分で、大体8畳程の広さがある部屋だった。
真ん中に長方形のテーブルが置かれており、二人掛けのソファがテーブルを挟んで向かい合うように並べられている。部屋の四隅にはそれぞれ異なる観葉植物が飾られており、殺風景な部屋に彩を添えている。奥の壁には窓があるにはあるが、ガラス自体の透明度はそれほど高くなく、その上表面が粗い為、外の景色を眺めることはできず、ただ単に採光のための窓であろうと予測される。
「こちらの椅子にお掛け下さい。」
ハナノさんは向かって左のソファを指し、彼女は右のソファへ座る。
「町長が来ますので少々お待ちください。」
「いやぁ、どうもお待たせしましてぇ。」
ハナノさんが言い終わるが早いか、町長が部屋に入ってきた。
「あっ。」
「あぁ、驚いたかいね?実は私ね、町長なんです。」
独特のイントネーションで話す町長は、森で会った男性その人だった。
「いやぁ、さっきはすまねぇな。あんとき運んでたアイツ。あれ『キタオオヌマトカゲ』って言うんだけども、あんトカゲは表皮に毒がある訳、んで自分の毒でやられないように常に防毒の魔法を発動してるんさね。だけんど、死んじまったら魔法はなくなっちまう。んだから早く持って帰って処理しねぇとてめぇの毒でダメになっちまうんだ。んな訳であんときは案内できんかった。すまねぇな。」
「いえいえ、そんな。」
話を聞く限りこの世界では、野生動物が魔法を使うことは珍しいことではないらしい。ということがわかった。
「町長。手続きを。」
「あぁ、そうだったな。」
ハナノさんが促すと町長は書類の準備を始めた。
「まず最初にな。おれぁ、あんた方を疑う訳じゃないんだが、天人様には色んな特権が認められてる。だから、登録をするときに、その人が本当に天人様かどうか証明する必要があるんだな。」
そう言って町長が取り出したのは、直径20cm程の水晶玉のようなものだった。
「これは波動認証晶って言ってな、その名の通り触れた者の魔力の波動を読み取る水晶だ。魔力の波動は一人一人違ってな、同じ人は世界中を探しても二人といないって言われてんだ。んだから、子供は10歳になるとみんなこれで魔力の波動を読み取って、登録するんさ。登録は徹底してっから登録漏れはねぇ筈だ。すまねぇがこれに触れて貰えねぇか?あんた方の歳んなって登録されてなかったら十中八九、天人様だでな。」
どうやらそれは、地球で言う、指紋認証や網膜認証のようなものらしく、国民が全員登録されているというのであればかなり進んでいる。神様は産業革命前の技術レベルと言っていたが、生活水準にはある程度期待を持てるかもしれない。
「ここに触れれば良いんですか?」
言いながら、私は水晶に手を触れた。
すると、中心から徐々に赤く色付いていき、ついには全体が赤くなった。
「あぁ、大丈夫だ。未登録の波動だ。んじゃ、そのまま登録しちまうから一旦手を離してくれ。」
私が手を離すと、町長は何やら呪文を唱えながら水晶に手を触れる。
私が手を触れて赤くなった水晶は、町長が手を触れると同時に黄色へと変色した。町長が手を離すと、色は薄れ、すぐに最初の透明に戻る。
「これで完了だ。もっかい触ってみてくれ。」
私がもう一度触れると、今度は青く色付いた。
「問題ねぇな。未登録だと赤、登録済みだと青になるんだ。んじゃ、坊ちゃんも触ってくれ。」
「はい。」
それまでおとなしく話を聞いていた優くんは、返事をすると小さな手を水晶に触れさせた。それと同時に、私のときと同じように水晶が赤く色付く。
町長は、同じような作業をして、優くんの登録も完了させた。
「あんた方が天人様だってことはとりあえず証明された訳だが、極稀に登録漏れがあってな、それを悪用して天人様のふりをしようとする奴がいるんさ。まぁ、天人様として登録されっと、他の天人様とも会う機会ができっから、いずれ襤褸が出てばれんだけどな。あとから天人様じゃなかったって発覚すっと、罰が、最悪処刑されっけど、あんた方は『本当に天人様である。』って誓えっか?」
私達は、誓ってこの世界の人間ではない訳だが、彼等の言う天人様というのが、万が一にも『地球から生まれ変わってきた人々』のことを指しているのでなかったとすれば、処刑されてしまうかもしれない。
そのためには、天人様の定義を確定させることが必要である。
「あなた方の言う天人様というのが、私の考えているものと違った場合取り返しがつかないので、認識のすり合わせを行いたいのですが、例えば他の天人様の名前ってわかりますか?」
「ハッハッ!しっかりしたお嬢さんだ。その通りさな。確かに天人様はこの世界の人とは違った名前をしてんな。確か、この国の首都にいる天人様は『朝比奈』っつったな、旦那さんが『浩二』で奥さんが『幸枝』、娘さんが『美咲』だったかな?」
「家族なんですか?」
「あぁ、天人様は一人で来るときもあれば何人かまとめて来るときもある。大体は夫婦とか兄弟とかだな。あんた方も姉弟だべ?たまに友達だったりもするが、赤の他人がまとめて来たことはねぇな。」
名前を聞く限りは、日本人で間違いなさそうである。家族や友人単位で来るというのは、事故か何かで同時に死んでしまった場合に、神様が気を利かせてくれているのだろう。無作為に選ぶと言っていたが、ある程度は作為を含んでいるようである。
「天人様に対する認識は、私の考えたものと相違なさそうです。私たちは天人であると誓います。」