この街にいらっしゃったのなんてあなた方が初めてだ
「ほら!優くん。街が見えたよ。」
「ん。降りる。」
「そお?」
言って、お姉ちゃんが少し屈んだ。
僕はお姉ちゃんの背中から降り、お姉ちゃんと手を繋いでから再び歩きだした。
森を抜けてすぐ、右手に見えた壁は、そこまで高いものではなく、門の前に立っている人の3倍位の高さしかない。
森の中では真っ直ぐだった道は、開けた場所に出ると緩やかに右にカーブしており、その先に門があった。
森を出てから門までは、大した距離もなく、お姉ちゃんと手を繋いだまま、すぐに門の前までたどり着いた。
「おぉおぉ、本当に天人様だ。話は聞いてます。どうぞこちらへ。」
門番のおじさんが突然何か言い始めた。『てんじんさま』とは何なのかはわからないが、友好的であることは間違いない。
なんの話かわからずにお姉ちゃんの顔を見上げるとお姉ちゃんがこちらを向いて微笑んだ。
「優くんが寝てる時に人に会ってね、私たちみたいな地球から来た人をこの世界では『天人様』って言うんだって。」
「いやぁ、まさかこの街に天人様がいらっしゃるなんてなぁ。」
二人いた門番のおじさんの内、一人が案内してくれている。
「天人が来るのは珍しいんですか?」
「あぁ、珍しいな。世界全体では一年に一組くらいの間隔でいらっしゃるらしいが、この国に最後に天人様がいらっしゃったのは16年前だったかな?この街にいらっしゃったのなんてあなた方が初めてだ。」
「なるほど……。」
「あぁ、ほら。ここが役場です。話は通してある筈なんで、ここで色々手続きしてください。では私はこれで。」
先程の男性が言った通り、歩き始めて30分程で森を抜けた。
「ほら!優くん。街が見えたよ。」
身体を上下に揺らし、再びまどろみ始めていた優くんに怖い森を抜けたことを伝える。
「ん。降りる。」
ここで優くんが降りると言ったのは、恐らく『怖い森を抜けたから。』ではなく、『街の門の方に人が見えたから。』であろう。二人きりの時はこれでもかと甘えてくる優くんが、人前ではお兄さんであろうとする姿は可愛くてしょうがない。
「そお?」
言ってから優くんが降りやすいように少し屈む。優くんはいつもオンブの状態から降りるのが下手くそで、身体がズリズリと滑り落ちる形で着地する。
少し見栄を張って背中から降りた優くんも、手はしっかり握って離さない。かわいい。
門までの距離は大したことが無く、すぐに門の前に到着した。
「おぉおぉ、本当に天人様だ。話は聞いてます。どうぞこちらへ。」
どうやら行きがけに会った男性が話を通してくれていたようで、すんなりと中に入ることができた。
優くんは何のことだかわからない顔をしていたので、優くんが寝ている間の出来事を説明する。
案内してくれている門番さんとの雑談につき合いながら歩いているとすぐに役場に到着した。
「あぁ、ほら。ここが役場です。話は通してある筈なんで、ここで色々手続きしてください。では私はこれで。」
案内してくれた門番さんにお礼を言い、役場の建物の中に入っていく。
役場の建物は、どうやら石造りの建物のようで、外から見た限りでは二階建てのようであった。
自由に出入りできるようになのか、役場の入り口に扉はなく、珠暖簾のようなものが掛かっているのみである。
中に入ると、天井が非常に高く、二階建てだと思った部分は、ただ上部の空間が大きく空いているだけだったようだ。
奥には銀行の窓口のようなカウンターが並んでおり、そこで数名の女性が客、というか訪問者の相手をしている。カウンターから奥は職員専用のスペースとなっている様で、何人もの職員が机に向かって書類を整理していたり、なにやら作業をしていたりする。また、職員スペースの天井はそれほど高くなく、その部分にだけ二階があることが予想された。
取りあえずここで何かしらの手続をしなくてはならないらしい。何をすればいいのかはわからないが、カウンターで職員に尋ねればわかることだろう。
私が優くんの手を引いてカウンターに並ぼうと歩き出したところで、横から女性に声をかけられた。
「失礼します。天人様でいらっしゃいますか?私本日、天人様の担当をさせて頂きますハナノと申します。個室を用意しております。こちらへどうぞ。」