あなた方さっき車に轢かれませんでしたか?
優しい温もりを感じながら、目をこする。いつの間にやらお姉ちゃんの膝枕で眠っていたようで、目の前には僕の顔を覗き込むお姉ちゃんがいた。
「優くん。目が覚めた?」
「うぅぅ、んん。」
まだ意識がハッキリとしていないのか、周りの景色が自分のお家のそれとは違う。天井は石造りだし。床もなんだか冷たい。
「ここ、どこ?」
身体を起こし、改めて周囲を見回すが、やはり見覚えのある景色ではない。
「お姉ちゃんもわからないの。」
首を振りながら答えるお姉ちゃんも少し困り顔だ。
「ここは神域ですよ。」
そう言って現れたのは、お姉ちゃんの次くらいに美人なお姉さんだった。
「ここは神域です。私はここの主。つまり神です。」
何を言っているのかわからずお姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんはお姉ちゃんで、お父さんの寒い親父ギャグを聞いたときのような顔をしている。
「まぁまぁ、そんな顔しないで下さい。信じられないのも無理はないです。普通そんなこと言っても信じないですからね。でも思い出して下さい。あなた方さっき車に轢かれませんでしたか?」
すこぶる寝心地が悪くて目が覚めた。どうやら大理石の床に寝っ転がっていたようで、隣には優くんの姿もある。状況整理が追い付かないが、とりあえず優くんをこんなところで寝かせる訳にはいかない。とは言っても、手近に布団がある訳もなし、仕方なしに膝枕をした。これでは優くんの身体が冷たい大理石の上だが、生憎これ以上の策はない。
ひとまず、優くんの安眠を現在可能な最大限用意したため、次に現状の確認にうつることにする。
大理石の床。石造りの天井。この空間は異常に広いのか、四方八方360度、どこも真っ暗で壁すら見えない。むしろ良く天井だけは見えたものだ。
そうこうしているうちに優くんが目をこすり始めた。
「優くん。目が覚めた?」
「うぅぅ、んん。」
寝起きの声をあげる優くんはいつも通り可愛い。
優しく優くんの頭を撫でる。
ややすると優くんは身体を起こした。
「ここ、どこ?」
辺りを見回しながら不安そうに尋ねる優くん。
正直ここがどこかなんて私にもわからないが、ここで焦ってしまったら優くんを不安にさせてしまう。努めて冷静に。
「お姉ちゃんにもわからないの。」
そう答えてすぐに、別の誰かの声が聞こえてきた。
「ここは神域ですよ。」
言ったのは全身を白い衣装に包んだ女性で、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ここは神域です。私はここの主。つまり神です。」
その女性は突然素っ頓狂なことを言いだした。
確かに、この場所は神域と言われれば納得するような雰囲気をまとっているが、だからと言って信じられるかどうかは別だ。それになにより自分の目の前に現れた人物がいきなり『私は神だ。』と言いだしたのだ。信じるどころか正気を疑う。
「まぁまぁ、そんな顔しないで下さい。信じられないのも無理はないです。普通そんなこと言っても信じないですからね。でも思い出して下さい。あなた方さっき車に轢かれませんでしたか?」
確かにそうだ。さっきまでは確かに優くんと一緒に帰り道を歩いていた筈で、途中の横断歩道で車に撥ねられたのはハッキリと覚えている。
ならば、そこから導き出される答えは、『これは夢である。』というもので、『きっと私は病院のベッドで寝ているのだろう。』というのが一番しっくりくる結論である。
「実はあなた方が亡くなってからもう四十九日が過ぎているんです。それまでは現世を彷徨っていましたからね。」
自称神は、私が『夢である。』という結論に至ることも予測していたようで、ゆっくりと私の頭に手を当てる。
すると、なぜ今まで忘れていたのか、事故のあった日から死んだ自分をずっと俯瞰で見てきた記憶が戻って来た。
あのあと、目が覚めた私が見たものは殺風景な部屋で白い布をかけられた私と優くんの姿で、その横で両親が泣き崩れている姿だった。それからは、通夜や葬式まで一通り見た筈だったが何故今まで忘れていたのか。
「思い出しましたか?」
神と思わしき人物はゆっくりと手を離しながら語りかける。優くんが私の胸に顔をうずめる。
「思い出しました。」