始まりの少女
『始まりの少女』
綾野祐介
01 プロローグ
「あっちか。」
「探せっ!、絶対に逃がすな!!」
言葉だけ聞くと闇の組織かのようだが、声
が若い。まるで少年だ。
「ちくしょう、どこに行きやがった。」
「お前たち、逃がしたらどうなるか、覚悟は
できているんだろうな。」
リーダー格の少年が威嚇するように叫ぶ。
誰かを探しているようだが、夜の雨の中、
一度見失ってしまったら、もう探し出すこと
は困難たっだ。日本一の繁華街からは少し外
れているとはいえ、この時間でも開いている
店はある。それでも路地に入り込むと暗くて
隠れる気でいる者を見つけるのは至難の業だ。
「闇雲に探していても埒が明かない。一度戻
るぞ。」
リーダー格の少年の指示で一度拠点に戻る
ことにした。
拠点はリーダー格の少年の家だった。少年
の家の駐車場の2階に少年たちが騒ぐためだ
けの部屋があった。親は少年を管理すること
を放棄している。酒もたばこも好き放題だっ
た。ただ、ドラックだけは少年が許さなかっ
た。
「薬に手を出す奴は人間の屑だ。」
リーダー各の少年の口癖だった。
「遠藤さん、どうします?」
「そうだな。とりあえず家は判っているんだ、
気長に張り込むしかないか。」
「それはいいんですが、そもそもあの女は何
なんです?」
「いや、俺もよくは知らない。ある人からの
依頼で探しているだけだからな。」
「そうなんですか、俺はまた遠藤さんが気が
あるのかと。」
「馬鹿野郎、そんな訳ないだろ。確かにいい
女だったがな。女と言うより美少女か。いず
れにしても俺たちのような半端者からは高根
の花ってやつだ。」
「そうですね、遠藤さんにはもったいない。」
「亮太、何が言いたい?」
「いえいえ、何も。」
「だったら、すぐに張り込みに行け!」
「わかりましたっ。」
亮太と呼ばれた少年が他に二人ほどを連れ
て出て行った。
「漫才は終わりましたか。」
少年たちのグループでリーダー格が遠藤と
いう、この部屋の主だったがナンバー2でグ
ループの頭脳がこの結城という少年だった。
「お前も黙ってないで亮太を何とかしろ。」
「私はトリオ漫才をする気はありませんよ。」
「まあいい、ところで結城、お前の叔父さん
は確か新聞記者だったな。」
「そうですが、元、ですよ。今は何だか世界
中を飛び回っているみたいです。変な宗教か
何かに嵌ってしまったと母親がぼやいてまし
た。」
「連絡はとれないか?」
「どうでしょうか。母親ならLINEとかで
繋がっているかも知れませんが。聞いてみた
方がいいですか?}
「頼む。できれば連絡先を教えてもらってく
れ。」
「判りました。重要なことですね。」
「そうだ。」
遠藤と結城の間では多くの言葉は不要たっ
た。
遠藤修平は17歳、高校2年生。結城高弥
も同じ高校の同級生だ。桜井亮太は、こちら
も同じ高校だが1年生で二人の後輩だった。
遠藤の父親は肩書は不動産屋だが、別に職
についているわけではなく、古くからの土地
持ちで様々な貸方で賃貸収入を得て生活して
いる。都内にいくつも貸ビルを持っているの
で会社にして税金対策をしているだけだ。
父親は自らがアクセクと働く生活をしてい
ないので息子である修平には甘かった。母親
は一年のうち八割を知人と海外で過ごし、修
平の世話は家政婦に任せっきりの女だった。
但し、修平は親のすねを齧っているだけで
満足している性格ではなかった。どっぷりと
ネットにはまっていた中学時代を過ぎると、
元々体を動かすことも好きだったこともあり
頻繁に学校に通い出し、そこで結城と知り合
ったのだった。
この物語の序盤は、この二人の青年を追っ
ていくことになる。
02 物語りが始まる
結局その夜は少女を再び見付けることがで
きなかった。学校が始まる時間前に亮太たち
が戻ると遠藤修平は結城高弥を伴って私立青
陵高校に向かった。亮太たちにも一度戻って
学校に行くように言いつけた。できるだけ休
むな、と普段から言ってあるし、自らも2年
になってちゃんと通い出してからは休まない
ようにしている。人と人との出会いが一番大
切だと思っている修平にとっては学校は恰好
の出会いの場だと発見したからだった。
「うちの大将は何を考えているんだろうな。」
桜井亮太が不思議がるのももっともなこと
だった。亮太たちに一晩中見張りをさせたり
するようなことが今まで一度もなかったから
だ。つるんで騒いだりするが修平は亮太たち
をこき使うことなどなかった。それが言葉遣
いも荒々しく指示というより命令する口調で
亮太たちを怒鳴りつけたのだ。
「よっほどのことがあるんだろうよ、あの女
には。でも誰かに頼まれたって言ってたよな
ぁ。信一、何か聞いてるか?」
西口信一も亮太と同じ青陵高校の一年で同
じクラスだった。但し、考えることが苦手な
タイプで亮太にただつきあっているだけ、と
いう立ち位置だった。当然、修平から何かを
聞いている訳がない。
「渉も祐作も知らないだろうしな。結城さん
は知ってるかも知んないけど。」
「俺、結城さんはちょっと苦手。」
「俺も得意じゃないさ。でも修平さんの懐刀
だし。修平さんが投資で儲けているのは、も
ちろん修平さんの元々の資産があったからだ
けど増やしたのは結城さんらしいぜ。だから
俺たちが修平さんの金で遊ばせてもらってる
のも実は結城さんのお陰、って訳だ。」
「そうなんだ、全然知らなかった。」
「俺も詳しくは知らない。まあ、誰のお陰で
も関係ないって。」
二人は暢気なものだった。いつもは、それ
で問題なかったのだ。ところが昨日はいつも
と違っていた。急に収集がかかったと思った
ら写真をスマホに送られて「その子を探せ」
と言われたのだ。こんなことは初めてだった。
「亮太たちには悪いことをしたな。」
「まあ、たまにはいいでしょう。あいつらは
修平さんの金で遊ぶためだけに集まって来る
んですから。」
「そうは言うが、あいつらを手下みたいに使
うために集めているつもりがあった訳じゃな
いからな。」
「これからはそうも言っていられない事態に
なるのでは?」
「確かにな。お前にも存分に働いてもらうこ
とになる。頼むな。」
「判ってます。でも、修平さん、あの男は本
当に信用できるんでしょうか。」
「お前は見てなかったから、そう思っても仕
方ない。俺は色々と見せてもらったからな。
いずれ詳しく話してやるよ。」
「わかりました。私は修平さんについて行く
と決めていますので、修平さんが信用してい
るのなら私も信用することにします。」
「いや、信用している訳ではないんだが、奴
の力は本物だろう、それは間違いない。」
「そうですか。いつか私もそれを、この目で
見る機会があると、よりいいのですが。」
「そう遠くないうちに、奴がまたやって来る
だろうから。あの子を探しだしたのはお前の
手柄なんだから、そう言って奴の力を見せて
もらうといい。」
チャイムが鳴り午後の授業の始まりを告げ
たので二人は急いで教室に戻るのだった。
03 遠藤修平1
「修平さん、今日もあの子を探すんですか?」
「そうだな、引き続き頼む。お前たちには手
間取らせるが。埋め合わせは必ずするから、
よろしくな。」
「そりゃ修平さんの頼みなら断れませんが、
あの子を捕まえてどうするんです?まさか手
籠めにしようとか。」
「馬鹿なことを言うな。でも手籠めなんて言
葉が亮太の口から出るとは驚きだな。」
「BSでやってた時代劇で見たんですよ、お
代官様ぁ、あれぇ~ってね。」
「まあ、そんなとこだと思った。」
結城高弥は修平と亮太の会話には入ってこ
ない。西口信一も広瀬渉や五代祐作も同様に
いつも二人の会話を見守っている。年齢が一
つとはいえ違うこともあって修平と高弥の二
人と一年生の三人とは少し距離があるのだっ
た。一番社交的で、悪く言えばやんちゃな桜
井亮太が話の中心になるのはいつものことだ
った。
亮太たちを見張りに行かせると、修平は高
弥を伴って彼らが単に「ベース」と呼んでい
る拠点に戻った。戻ってしばらくは高弥が修
平の資産の運用の確認をしていた。修平は自
らの資産運用を全面的に高弥に任せており、
また高弥はその信頼に十二分に応えていた。
高弥は高弥で自らの理論を修平の資産を使
って実践させてもらっていて十分満足してい
たのだった。
「今日の利益は約500万ってところですか
ね。」
「円でか?」
「いえ、米ドルで、です。」
「さすがだな。」
修平にはよく判らなかったが、為替や外国
株などを複合的に売り買いして利益を出して
いるらしい。元々修平も国内の優良株を効率
的に売り買いして十分利益を上げていたのだ
が高弥に任せ始めてから、その資産は軽く百
倍を超えている。
「さて、ひと段落しました。続きをお聞きし
ましょうか。」
「続きと言ってもなぁ。まあ、最初から整理
して話すことにするよ。」
こうして修平は今回の少女捜索の原因とな
ったある男との出会いを話始めるのだった。
04 遠藤修平2
「遠藤さん、大変です。亮太がやられまし
た。」
西口信一がベースに飛び込んできた。
「なんだ、どうした?」
「それが、」
信一の話はこうだった。修平の指示で昨日
の少女のアパートを張っていたら突然亮太が
何者かに後ろから襲われたらしい。亮太と信
一がペアになっていて、渉と祐作の二人と交
代する時間が迫っていたので信一が渉に連絡
をしている最中の出来事だった。
亮太のうめき声に振り返ると亮太が倒れて
いて、それを角材のようなものを持った数人
の男が取り囲んでいたのだ。
信一は怖くなって亮太を置いて逃げてきて
しまったらしい。
「高弥、行ってくる。お前は待機していてく
れ。」
「わかりました。何かあったらすぐに連絡を
ください。」
「わかってる。現場に近づいたら携帯を繋ぎ
っぱなしにするから聞いていてくれ。」
修平はちょうど出してあったホンダのCB
400スーパーフォアを走らせた。
現場に着くと人だかりが出来ていた。
「何かあったんですか?」
野次馬の人のに聞いてみると、けが人が倒
れていて、救急車で運ばれた、とのことだっ
た。
「高弥、聞いての通りだ。亮太が運ばれた先
は判るか?」
「そこの近くの恩田総合病院のようです。」
「あそこか。判った。すぐに向かう。」
修平が病院に着くと亮太はICUに入って
いて意識がなかった。医者が言うには後頭部
を強く殴られていて、このまま意識が戻らな
いと危険、とのことだった。
家族に連絡を、と言われたが、修平は亮太
の家族構成や連絡先を知らなかった。単純に
興味がなかったことと亮太も積極的に話をし
なかったからだ。
高弥も信一や渉、祐作も駆けつけてきたが
誰も亮太の住まいすら知らなかった。何でも
すぐに調べ出す高弥が全く亮太の自宅を割り
出せなかったのだ。
「亮太が意識を取り戻さないとどうしようも
ないな。俺が亮太を巻き込んでしまった。謝
っても謝り切れない。」
修平はICUの前でがっくりと肩を落とす
のだった。
05 遠藤修平3
「修平さん、ここに居ても出来ることはあり
ませんよ。」
「判っている。亮太の仇も必ず打つ。俺たち
に手を出したことを後悔させてやる。」
「穏やかではありませんね。あまり無理しち
ゃ駄目ですよ。亮太もそんなことは望んでい
ないはずです。」
「行くぞ。」
高弥の言葉を遮るように修平が立ち上がっ
た。
「戻ったらお前のことを根掘り葉掘り聞きだ
してやるから覚悟しておけよ。」
意識のない亮太に向かってそういうと修平
たちは病室を後にした。
「それで、どうします?」
「とりあえず、女のアパートだ。周辺を張っ
てる奴らを探す。」
「荒事になります?」
「かもな。お前たちには危険が及ばないよう
にするから安心しておけ。全部俺が引き受け
る。」
「いくら修平さんでも数が多いと無理かも知
れませんよ。渉と祐作はベースに戻して私と
二人で行きましょう。」
「高弥が来るのか?」
「私の喧嘩は見たことないでしょ?」
「無いさ。想像もできない。」
「まあ、足手まといにはなりませんよ、行き
ましょう。」
遠藤修平と結城高弥は修平のバイクで探し
ていた女のアパートへと向かった。
荻窪駅の近くにそのアパートはあった。閑
静な住宅街なので周辺に怪しい者たちがいれ
ばすぐに分かった。
「おい、お前たち、お前たちかうちの亮太を
やったのは?」
「なんだお前?どこの組のもんだ?」
明らかにその筋の者数人に修平が声をかけ
た。
「だから、お前たちがうちの亮太の頭を殴っ
たのか、と聞いているのだ。」
筋者はあっけにとられていた。筋者と言っ
ても若い。チンピラと呼ばれる類だ。当然血
気に逸っている。
「そりゃ何の言いがかりだぁ、死にたいのか
お前。」
「死にたくはないね、だから穏便に聞いてい
るんだ。お前たちが亮太を殴ったのか、と。
いい加減理解しろよ。」
修平は完全にわざと喧嘩を売っている。高
弥はすぐ後ろにいたが口を挟まなかった。た
だし筋者の数人全員に気を配っている。突然
襲い掛かってくる可能性が高い。但し、その
つもりで対処すればいいだけだ。
「舐めんのもいいかげんにしろ!」
いきなり素手で殴りかかってきた。拳銃や
ナイフの類は持っていないようだ。そういっ
たものを持っていたのなら亮太の時に脅しに
使っているだろう。
喧嘩はあっという間に収まった。修平と高
弥が二人づつを行動不能にするのに1秒もか
からなかった。修平は格闘技をいくつか齧っ
ていたが我流だ。高弥はどちらかと言うと何
かの拳法の使い手に見えた。高弥は修平の強
さを何回も目の当たりにして知っていたが、
修平は高弥が拳法をやっていたとは聞いてい
なかったし、もちろん見るのも初めてだった。
「なんだよ、高弥。強いじゃないか。今まで
俺が全部捌いてきたのも、お前が代わりに捌
けたんじゃないか?」
「まあ、そうですが、私は面倒なことは避け
る主義なので。」
「それで俺任せか。まあいい、おい、お前た
ち、さっきの俺の質問は理解できたか?」
「しっ、知らんわ。ここであの部屋に戻って
くる女を攫ってこい、と言われただけでまだ
誰も襲ってないって。」
ただのチンピラで亮太の件では部外者だっ
た。兄貴分から命令されただけで女を攫う理
由も知らないもとのことだった。
「どうします?」
「他にもいる筈だ、探そう。」
二人はその後四組の張込み組を見つけた。
1組は昔の渋谷系チーマーの成れの果て。1
組は別の筋者たち。1組は修平たちより少し
上の学生。もう1組は修平たちが近づこうと
する前にその場を去ってしまったが、どうも
雰囲気からして公安あたりの警察関係者のよ
うだった。
06 遠藤修平4
「君たちの目的はなんだ?、これを二人でや
ったのか?」
ふいに声をかけられた方を見ると、姿を消
したはずの警察関係者と思われるスーツ姿の
二人組が立っていた。
「そうですが、あなたたちはいったい?」
「私たちは政府関係者だ。君たちは高校生か
何かか?」
「善良な一般高校生ですよ。」
到底善良でも一般でもなかった。
「まさかな。自分で言っていて恥ずかしくは
ないか?まあいい。この件から手を引いてく
れないか。引いてくれるのなら今回の件は大
目に見よう。」
「あなたは何を言っているのですか?俺たち
は仲間をヤラれたんだ、はいそうですか、と
引き下がれるわけないだろう。」
「その君の仲間はどうやら意識が戻ったよう
だが、行かなくていいのか?」
「それ、ホントか、高弥、病院に戻るぞ。」
「ちょっと待ってくれたまえ、さっきの返事
はどうなんだ?」
「返事って、なんだよ。」
「この件から手を引くという我々からの提案
のことだよ。」
「提案、じゃなくて脅しだろうがよ。大人が
子供に嘘をついたりすると安くみられるぜ。
返事は当然、NOだ!」
そういい捨てると修平は高弥を乗せて病院
へと戻った。残された二人はまだ何かを叫ん
でいたが無視だ。
病院に戻るとなんだかみんな慌てているよ
うだった。桜井亮太の担当看護師を見つけた
のですぐにきいてみた。
「亮太が意識を取り戻したんだって?」
「ああ、君たちか、そうなんだ、彼は意識を
取り戻したんだけど、そのあとすぐに行方不
明になってしまったんだ。総出で探している
ところなんだが、まだ見つからない。彼の行
きそうな所に心当たりはないかい?」
修平も高弥も亮太の行きそうな場所どころ
か住んでいるところも知らなかった。ベース
に戻っている渉たちに連絡を取ったが、ベー
スにも戻っていなかった。一人自宅に戻って
いる信一は電話に出なかった。信一も行方不
明になってしまったのだろうか。
「仕方ない、一旦俺たちもベースに戻ろう。」
二人がベースに戻るとさっきの二人組が先
回りしていた。色々と調べは着いているよう
だ。渉と祐作は粘着テープで拘束されていた
が、とりあえず無事のようだ。
「手荒な真似はしたくないんだ、穏便に話を
進めようじゃないか。」
「わかったから、その二人は開放してくれ。」
「当然だ。話をしに来ただけ、と言っても彼
らが信用してくれずに少し抵抗されたのでや
むを得ず拘束したが、本意ではない。」
そういってすぐに二人は解放された。
「それで、何から話せばいいんだ。その前に
あんたたちの素性を明かしてもらおうか。」
腹を据えて二人と話をすることにした修平
だった。高弥は何も言わないが同意している
ようだ。
07 遠藤修平5
「それで、あんたたちは公安か何かか?」
「あんな奴らと一緒にしないでくれるかな。」
「じゃあ一体。」
「私たちは内情だよ。」
「内閣情報室か。」
「まあ、そういうことだ。公安のような自
分たちにしか通用しない正義に基づいた活
動を行っている集団とは違うのだよ。私た
ちは本当に国家の安泰を願っている、首相
直属の組織だ。私は内情11課の早瀬とい
う。こちらは本山だ。」
「こっちのことは調べが付いているんだろ
うが俺が遠藤でこっちは結城。そこで転が
っているのは広瀬渉に五代祐作。そういや
信一はどうした?」
「ベースには戻っていません。家に帰った
んじゃないですか?」
「そうか、、まあ無事ならいいが。」
「そして病院から行方を眩ませた桜井亮太
君の6人が君たちのグループという訳だ。」
「まあ、基本的にはこの6人で連るんでい
ることが多いな。そんな話をしに来たんじ
ゃないだろう。本題に入りなよ。」
「せっかちな奴だな、いいだろう、本題に
入ろう。」
結城高弥は渉と祐作の拘束を解くと修平
と同じソファーに座った。渉と祐作は部屋
に隅の壁にもたれている。早瀬と本山は修
平と高弥の反対側のソファーの後ろに立っ
た。
「まず聞きたいのは、君たちは彼女がどう
いう娘なのか知っているのかどうか、とい
うことだ。」
「俺の他のメンバーは何も知らない。俺も
知っているというほど何かを知っている訳
でも無い。ただ、ある男にあの娘を探し出
してほしいと依頼を受けただけだ。」
「何も聞かされずに金で雇われた、という
ことか。」
「金なんか貰ってないし、貰うつもりもな
い。頼まれたときに見せたあの男の奇跡を
信じただけだ。それでいったいあの娘は何
なんだ?」
「知らないのなら、それは言えない。言え
ない理由も言えない。」
「それで俺たちから何かを聞き出そうとい
うのか?」
「そうだ。私たちに協力してほしい。これ
は依頼ではなく命令だ。その男はどんな奴
だった?」
「命令だ、なんて言われると従う気が失せ
るね。まあ、どんな男だったか、くらいは
話してやってもいいが。」
「では、それだけでも頼む。君たちと敵対
する意図はない。」
「まあいいさ。その男は年は俺たちより少
し上、せいぜい23~4歳位だと思う。背
は高い方ではなかった。俺と変わらなそう
だったから170cmちょい上、というと
ころか。」
「それで、その男が見せた奇跡というのは
何だ?」
「その男は正真正銘のファイアスターター
だったよ。手品ではなく本当に発火させて
見せたんだ。」
08 遠藤修平6
「なるほど。それを君は信じてその男の頼み
を聞くことにした、というわけだね。でも、
それだけでは話の流れがおかしいんじゃない
かね?」
「そりゃまあ、そうだな。発火能力を見せら
れて脅された、という訳じゃない。そいつも
脅しではなく依頼だと言っていた。なぜ俺の
ところに来たのか、までは言わなかったけど
ね。」
「何らかの取引、申し出があった、と言うこ
とでいいのか?」
「ご想像にお任せする、ということでいいさ。」
修平は高弥にもそのあたりの事情を話して
はいなかったので、高弥もじっと状況を見守
っていた。
「黒尽くめの男かと思ったが、火の民が動い
ていたとは意外だったな。そういえば奴はセ
ラエノから戻ってきたんだったな。」
「そうですね。早瀬課長、そのあたりは彼ら
には。」
「いいだろう。何の話をしているのか、解る
はずもないからな。いずれにしても、君たち
があの少女を見つけた、もしくは確保出来た
らすぐに我々に連絡をしてほしい。これは依
頼ではなく命令だ。」
「だから、命令だ、なんて言われて、はいそ
うですか、という馬鹿は居ないだろうに。こ
れだから国家権力は質が悪い。」
「そう邪険にするものじゃない。我々に協力
する、ということは君の父親の事業が上手く
行く、ということに繋がる可能性もある、と
言うことを理解するんだね。」
「そういうのを世間では脅し、っていうんだ
よ、覚えておくといい。」
早瀬は修平の言葉にはまったく何の感情も
抱いていないようだった。
「ああ、それと君たちとは別に大学生が数人
いただろう。彼らは何か言っていなかったか
?」
「それっぽいのは居たな。いや、特に何も言
ってなかったが。これは俺たちが声をかける
と、特に抵抗もせずにどっかに行っただけだ。
亮太を襲ったようには見えなかった。半分は
女だったしな。」
「そうか、それならいい。彼らとはあまり接
触しないほうがいい。君たちのように荒事に
長けているわけではないが、あれはとても危
険なんだ。手を出してはいけない。これはた
だの忠告だ。」
「それは自分で判断するから放っておいてく
れ。」
二人の内情職員は連絡先を残して立ち去っ
た。
「どう思う?」
「今のところ情報がなさ過ぎて判断がつきま
せん。やはり、先にもう少し事情を話しても
らっても?」
「ああ、解った、全部話す。お前たちも聞い
ておいてくれ。巻き込んでしまったのは本当
に悪いことをしたと思ている。実は、、、」
修平はそこにいた全員にいままでの経緯を
話始めるのだった。
09 遠藤修平7
それから修平は今までの事情を話し始めた。
最初にその男と出会ったのは、つい先週の
ことだった。皆とカラオケを楽しんた後、一
人ベースに戻ろうと歩いていた時だった。街
灯が切れている公園の中を突っ切ろうとした
修平の前に、なにかぼうっとした灯が見えた。
それは、言わばオーラのように人の周囲に
纏わりついた、ゆらゆらとした灯だった。そ
の灯は、その男から発しているようだった。
「誰だ?」
修平はその男に声をかけた。すると男は応
える代わりに、そのまますぅーっと宙に浮い
たのだ。2階の屋根位の高さまで上がると、
その位置で男は手から火の玉のようなものを
公園に向かって投げおろした。火の玉は地面
に当たると小さな爆発を起こして砕け散った。
「何だ、何をしたいんだ?」
修平は訳が分からず問いかけたが、応えは
なく、男はそのまま飛んで行ってしまった。
「ゆっ、夢だったのか。高弥に言っても信じ
てくれないだろうな。」
少し呆然としていたが、すぐに我に戻った
修平は辺りに何かトリックのようなものがな
いか探してみた。しかし特に何も見つけるこ
とはできなかった。
「本当に何だったんだ?」
その問いに答えるものは誰もいなかった。
その数日後、また同じように修平が一人公
園の中を歩いていた。実は態と数日同じ時間
帯に公園を一人で歩くようにしていたのだ。
そして、その男が現れた。
「おい、いい加減にしてくれ。何者なんだ、
あんた?」
今度の問いには、男は応えた。
「僕のことが怖くないのか?」
「怖いさ、理由が判らないからな。ただ理由
さえ判れば怖くない、と思っている。」
「なかなか肝が据わっているらしい。この間
見せたものは真実だと思うか?それとも何か
のトリックだと?」
「タネを探してみたが見つけられなかった。
だからあれをトリックだと断定することはで
きない。ただし真実だと認めるに足る証拠も
無いけどね。」
「それでいい。見たものが全て真実だとは限
らない、ということを理解しているのなら、
それで十分だ。そこでだが、実は頼みがある
ので、聞いてはくれないだろうか。僕には組
織立って動ける仲間が居ないんだ。」
「頼み?何をしろ、っていうんだ?」
「ある少女を探して欲しい。できればその子
を確保してくれればとても助かる。」
「なんだよ、人攫いでもしろっていうのか。」
「人聞きが悪いが、そう言われても仕方のな
い依頼ではある。」
「なんでそんなことを?その子は一体何者な
んだ?」
「それは言えない。言えない理由も言えない
んだ。理由を言えない理由も言えない。」
「なんだそれ。揶揄っているのか?」
「いや、いたって真剣だし切実な願いでもあ
る。本当に手伝ってほしいんだ。」
「じゃあ、なんで俺のところに来たんだ?」
「それも言えない。ただ、君が少女の確保に
成功した時には君の願いを叶えてあげる用意
がある、と言えば少しはやる気になってくれ
るかい?」
修平には叶えたい願いがあった。ただ、そ
れは自分の力ではどうしようもない事だった。
金ではどうしようもないことだったからだ。
その修平が叶えようのない願いをこの男は
知っているようだった。
10 遠藤修平8
「俺が姉と慕っている女性がいることは話し
たことがあったかな。実際には姉じゃなくて
叔母さんの娘で沙織って名前なんだが今日行
った恩田総合病院の院長の息子の恩田幸二郎
って人に嫁いで滋賀県に住んでいたんだ。」
「いた?」
「そう。数年前までは滋賀県に住んでいた。
そして、今も滋賀に居る。」
「少し気になる言い方ですね。」
「数年前、沙織姉さんは病気で亡くなったん
だよ。」
「なるほど、それで『住んでいた』なんです
ね。でも、今でも『滋賀県に居る」とは?」
「今でも滋賀県に居るんだよ。沙織姉さんが
死んだ、というのは、そう聞かされた、とい
うだけで遺体も見てないし葬式も何もあげて
もいない。死んだと聞かされて会っていない
というのが本当のところだ。」
修平は話し難そうに話す。よほど慕ってい
たように見える。
「叔母さんの旦那さんは新山と言って琵琶湖
大学で生物学の教授をやっている。そして幸
二郎さんは同じく琵琶湖大学医学部で准教授
をしているんだ。その二人が『沙織は死んだ』
って言うんだ。でも一度幸二郎さんが口を滑
らせて『沙織には会えない』って言ったんだ。
俺は聞き逃さなかった。問い詰めるとなかな
か口を割ってくれなかったけど最後は全部話
してくれた。」
ここからが話の肝のようだ。
「話はこうだった。沙織姉さんは確かに病気
で死の淵にあったらしい。そのままならすぐ
に本当に死んでしまう、という段階まで達っ
したところで、蘇生させる余地を残すため仮
死状態にして保存措置を施してある、と言う
んだ。新山教授と恩田助教授。生物学と医学
の二人で蘇生させる、その準備をしているん
だと。」
「そんなことが可能なんでしょうか。」
「俺もそう言った。それは冒涜的な行為なん
じゃないかと。でも二人は真剣だった。真剣
に沙織姉さんを生き返らせようとしていたん
だ。そして、先日それは成功した。」
「えっ、成功したんですか。」
「確かに一旦は成功したらしい。意識も戻っ
て話が出来た、というんだ。仮死状態にする
直前には全く意識は戻らなかった、というの
に。」
「本当の話なんですか?」
「嘘をつくような人たちじゃない。二人とも
沙織姉さんを愛していた。それは間違いない。」
「とすると、その話は。」
「本当のことだと思う。そして俺はこの間沙
織姉さんに会わせてもらった。」
「ああ、この間関西に行く、って言って数日
留守にしておられましたね、あの時ですか。」
「そうだ。俺は会った。確かに沙織姉さんは
生きていた。手を触ると体温が感じられた。
でも、蘇生してすぐに会話できたあと、また
意識を失って二度と目覚めなくなってしまっ
たんだ。結局仮死状態から植物状態に変わっ
ただけだった。」
修平は一息ついた。修平の願いはここまで
聞けば想像が付いた。
11 遠藤修平9
「修平さんの願いとは、その沙織さんのこと
ですね。」
「そうだ。沙織姉さんの意識が戻る、ただそ
れだけの願いなんだ。新山教授と幸二郎さん
がどれだけ頑張っても出来ないんだ、俺には
どうしようもない。」
「その願いを叶えてくれると?」
「沙織姉さんの意識を戻してくれる、とは言
ってないけど、俺の願いを叶えてくれる、と
言った。俺はそれを信じる。信じるしか手が
ないんだ。俺たちが少女を確保できたとして、
その少女がどうなってしまうのか、それは全
く判らない。但し、いくら俺の願いを叶えて
くれる、と言っても少女に危害を加えるよう
なら協力はしない、と言ってある。」
「色々な意味で信用できますか?」
「賭けだな。俺は信じてもいい奴だと感じた
からやる気になった。お前たちは会ってない
から判断が付かないだろうけど、そこは俺の
勘を信じてもらうしかない。駄目なら手伝っ
てくれなくてもいい。強制はできないと思っ
ている。最初から全部話して手伝った貰おう
と思ったんだが、今一俺自身も半信半疑だっ
たんだ。最初は半分ゲームのつもだった。だ
から強い言葉で煽ったりもしてみた。ところ
が、高弥がすぐに特定してくれて、現実に居
る少女であることや、どうも他にも探してい
るグループがあることが分かってきて、どう
やら何かとんでもないことにお前たちを巻き
込んでしまったと思ったんだ。」
途中から修平は謝罪モードだった。
「特に亮太には悪いことをした。まさか、危
害を加える奴らが居るとは思ってもなかった
んだ。」
「今更、ですね。修平さんの気持ちは理解し
ました。私は言うまでもありませんが修平さ
んのやりたいことをお手伝いするだけです。
他のメンバーは関わらせない方がよさそうで
すね。」
「修平さん、高弥さん、俺たちもお手伝いし
ますよ。」
広瀬渉と五代祐作は口々にそう言った。
「駄目です。私たちも自らの身体を守るので
精一杯になる可能性があります。君たちの身
柄を守るには手が足りません。」
「自分のことは自分でなんとかします。」
「駄目です。足手まといだと言っているので
す。暫らくはベースにも近寄らないでくださ
い。君たちが攫われて人質になったらどうし
ます?」
渉と祐作は高弥に言われて渋々ベースを後
にした。
「悪いな、嫌な役をやらせてしまって。」
「いいですよ、それが私の役割ですから。信
一にも連絡を入れておきます。それはそうと
亮太は病院を抜け出して何処にいってしまっ
たのでしょうか。」
「連絡は取れないのか。」
「スマホも電源がオフになってますね。位置
情報では追えません。監視カメラを辿ってみ
ますか?」
「頼む。怪我をしたままだから心配だ。」
「それにしても桜井亮太という人間はでデー
タ上、日本には居ないことになっているんで
すが、一体何者なんでしょう。」
「判らない。あいつが1年で入ってきたとき
向こうから俺に接触してきたからな。特に何
も疑問にも思っていなかったし、おかしなと
ころもなかった。」
「確かに。私も全く気が付いていませんでし
た。なぜだか亮太の素性を調べようとは思わ
なかった。他のメンバーは銀行の暗証番号ま
で調べてあるというのに。」
「おいおい、それは合法か?」
「もちろん、違法です。」
「相変わらずだな。そうか、お前が調べなか
ったのは、やはりおかしいな。調べていたら
すぐに判った筈だからな、亮太がデータ的に
は存在しない、ということが。」
「亮太と少女と、二人を探さないと。」
修平と高弥は作戦会議に入るのだった。
12 始まりの少女
「なんで私がこんな目に合わなくちゃいけな
いのよ。」
彩木瞳はあまりにも急に起こった理不尽な
多くの出来事に苛立っていた。ただの普通の
女子高生のはずだ。大の大人に追い掛け回さ
れる筋合いはない。反社らしき男たちやチャ
ラい大学生風の男女。自分と同年代の高校生
らしき数人も居た。皆知らない顔だった。
つい数日前のことだ。駅から自宅に戻るた
めに夕方の公園を横切ろうと歩いていると後
ろから声をかけられた。
「あの、ちょっといいですか?」
大学生風の男女だった。男女だったのであ
まり警戒していなかったのは仕方ないと思う
が男の方が少し頼りなさそうに見えたので危
険は感じなかった。
「はい、なんでしょうか?」
「私は君塚理恵、こっちは紀藤健、どちらも
帝都大学の2年生よ。」
「そうですか。そのお二人が何か私に用です
か?」
「それがよく判んないのよ。」
「どういうことですか?そちらから声をかけ
られたのに、そちらがよく判らないなんて、
揶揄っているんですか?」
「そうじゃないんだけど、ほんと、よく判ん
ないんだよね。」
「あのですね、実はあなたを探してほしい、
と依頼を受けて来たんです。」
横で聞いていた男の方が急に話し出した。
「何よ、私が話すって言ったでしょ、男の
あんたが話すと怖がられても困るから、っ
て。」
「だったら加奈子さんでも一緒に連れてく
ればよかったじゃないですか。僕は最初か
ら反対なんですから。」
「そうは行かないわよ、加奈子と修太郎は
今はそれどころじゃないの、知ってるでし
ょ。」
二人は喧嘩を始めた。痴話喧嘩にしか見
えない。
「用がなければ帰りますけど。」
「待って、待って。違うの。あ、違わない
の。あなたを探して欲しい、って頼まれて
きたのは本当のことなの。ただ、それをち
ゃんと話そうとするとなかなか難しいこと
になってしまうの。」
「全然分かりません。ちゃんと説明できる
ようになってから来てください。いいえ、
出来ればもう来ないでください。」
そう言うと瞳は走り去ってしまった。
「だからあんたが口を挟むんじゃない、っ
て言ったでしょ。」
「僕のせいですか?」
「そうよ、当たり前じゃない。仕方ない、
次は加奈子たちも連れて来よう。私たちだ
けじゃ無理だわ。」
二人はいったん仕切りなおすことにして
その日は戻るのだった。
13 始まりの少女2
(だから二人じゃ無理だって言ったとおりに
なったね。)
「うるさいわよ、ヴル。私も最初からそう思
ってたんだから。修太郎が体調悪いって言う
から加奈子も置いて仕方なく健と二人になっ
ちゃっただけじゃない。そもそもあんたがこ
の話を持ってきたわけでしょ。もっと詳しく
話しなさいよ。」
(おいらだって詳しくは知らないんだよ。で
も理由は話せないし、知ってても話しちゃい
けないんだって。)
「なんだよ、それ。っていうか、今さらりと
二人で僕を馬鹿にしてなかった?」
「さらりじゃなくて、存分に馬鹿にしている
わよ、何時ものことだけど。」
「やっばり。」
そう言われても健には応えた様子はなかっ
た。何を言われても応えないところはもしか
したら修太郎を超えているかも、と理恵は思
っていた。
「いずれにしても、仕切り直しだ。」
二人とヴルトゥームは駅に向かって歩き出
した。
「変な人たち。何だったんだろう。」
瞳はなんとか自宅に戻った。荻窪の駅から
徒歩15分の2階建てのアパートの2階で一
人暮らしをしている。
瞳は中高一貫の女子高である私立光翔高校
の1年生だった。吉祥寺駅から徒歩で少しの
所にあるのだが吉祥寺駅周辺では部屋が見つ
からなかったので、ここに住んでいる。両親
は昨年交通事故で二人とも亡くなってしまい、
他に引き取ってくれるような親戚もいなかっ
たので今年の3月から入学に合わせて一人暮
らしをしている。幸い両親の保険金が入った
のと持ち家を売却したお金があったので、し
ばらくは生活に困らない筈だった。
「私のお金が目的なんかな?」
他には全く心当たりがなかった。いや、違
う、別のあの二人は誰かに私を探すように頼
まれた、って言ってた。
「まあ、それも本当かどうか分かんないよね。」
ふと気になってカーテンを少し開けて外を
見てみた。電信柱の影(なんとベタな張り込
みの仕方なんだろう。)でこっちの様子を伺
っている二人の男が見えた。直ぐにカーテン
締めたが見られたかもしれない。
「駄目だ、ここも知られている。一体なんな
のよ、私が何をしたって言うの?」
瞳は直ぐに行動に出た。部屋に居たら、乗
り込まれてしまう。あるだけの現金と携帯だ
けを持ってそおっと部屋を出た。表からは見
えないように敷地の裏に出て、あまり高くな
いフェンスを乗り越えた。隣の一軒家を突っ
切って裏手の道路に出てすぐに走り出した。
「なんとか、これで撒けたかしら。」
陸上部から誘いが来るほど瞳は足には自信
があった。駅まで走ると電車に乗り新宿に向
かった。紛れるには人が多い場所、と考えた
からだ。特に土地勘があるわけではなかった
がカラオケボックスやネットカフェなんかも
沢山あるので身を隠せる、と思ったのだ。
「誰かが居てくれると心強いんだけどなぁ。」
友達に連絡を取ろうと思ったが巻き込むわ
けにはいかない。金曜の夜なので土日を外で
過ごして月曜日の朝にアパートに戻るつもり
だった。
ネットカフェを見つけて入ろうとした時だ
った。
「彩木瞳さんですか?」
同年代の高校生に見える男の子に声をかけ
られた。4人とも勿論知らない顔だ。とっさ
に嘘を吐いた。
「いえ、違いますよ、ごめんなさい急いでい
るので。」
立ち去ろうとしてた瞳の腕を男の子の一人
が掴んだ。
「嘘だろ、間違いない、彩木さんだよね。」
強引にその手を振りほどいて瞳は走り出し
た。
「しまった、追え!」
呆気に取られてしまって一瞬対応が遅れた
高校生たちは直ぐに追いかけようとしたが人
ごみの中、なかなか追いつけなかった。
「なんでここに居るのが判ったんだろう?」
思いついて逃げてきた新宿で、すぐに声を
掛けられたのは不思議だった。
「まさか、発信機でも付いてる?」
そんな映画みたいなこと、と思ったが、そ
もそも自分が色々な人に探されていること自
体があり得なかった。
14 始まりの少女3
なんとか高校生らしき数人を撒いて路地裏
に身を隠したところで瞳は少し落ち着けた。
でも、本当に心当たりもなく、全く意味が判
らなかった。追いかけてくる一人を捕まえて
問いただそうか、とも思ったが一人ではどう
しようもなかった。
「あっちか。」
また、声が聞こえる。
「探せっ!、絶対に逃がすな!!」
言葉だけ聞くと闇の組織かのようだが、声
が若い。
「ちくしょう、どこに行きやがった。」
「お前たち、逃がしたらどうなるか、覚悟は
できているんだろうな。」
リーダー格の少年が威嚇するように叫ぶ。
「闇雲に探していても埒が明かない。一度戻
るぞ。」
とりあえずの危機は脱したようだった。な
ぜこうも自分の位置がわかるのだろうか。や
はり発信機か?持ち物や着ているもの、身体
の隅々までも探してみたが、何も見つからな
かった。
「まさか、あちこちの監視カメラをハッキン
グでもしてるっていうの?」
近未来のご都合主義の映画みたいなこと、
あり得ない。でも、そうとしか思えない。幸
い今潜んでいる場所の近くには監視カメラが
ないようだ。それで彼らは私の位置が掴めな
かったのか。もしそうだとしたら、ここから
一歩も動けないことになる。
実際には確かに結城高弥が各地の監視カメ
ラをハッキングし自分で作った顔認証システ
ムで少女を探していたところ、新宿でヒット
したのだった。
「繁華街の人混みに紛れようとしたのが失敗
だったかな。」
自宅周辺の方が監視カメラは少なそうだっ
たが、ここらにはありとあらゆるところに監
視カメラが設置されていた。
瞳は一か八か監視カメラを意識して避けな
がら自宅に戻る決心をした。ずっと逃げ回る
わけにもいかない。とりあえず少年たちの姿
は見えなくなったので、できるだけ顔を隠し
て駅へと走り出した。
荻窪駅に戻り、別の二人組に声をかけられ
た公園を避けて自宅方面へ急いだ。ふと思い
ついて自分が自宅アパートを見張るとしたら
何処から監視するか、という見地で場所を数
箇所ピックアップし、その場所にそっと近づ
いてみた。案の定、3か所に見張りが居た。
幸い瞳が逃げるときに使った隣のアパート
を抜けるルートには誰もいなかった。住んで
いないと判らないイレギュラーなルートだか
らだ。
誰にも気づかれず自宅に戻ることに成功し
た瞳だったが、電気を点けるわけにもいかな
かった。
「なんで私がこんな目に合わなくちゃいけな
いのよ、私が何をしたっていうの?」
何回目かの問いにも答えられるはずはなか
った。
外で大きな音がした。気づかれないように
伺ってみると、さっき新宿で撒いた少年たち
だった。ひとりが倒れている。見張っている
者どうしで揉めたようだ。相手は反社のチン
ピラと呼ばれるような類の男たちだった。
「もう勝手に潰しあってくれないかしら。」
少し物騒な、でも真剣な願いだった。
15 始まりの少女4
電気も点けられずひっそりと過ごすしかな
い彩木瞳は途方に暮れていた。
「どうしよう。」
仕方なく友人にLINEしようとスマホを
みると知らない人が友達になっていた。
「君塚理恵、って誰?」
知らない名前だった。プロフィールに写真
があった。さっき公園で話しかけてきた女の
人だ。
「なんで友達になってんの?」
訳が判らなかった。ただ、このまま理由も
判らないまま追われ続けるのも嫌だったので
追われる理由を探る決心をした。表で見張っ
ている男たちは論外だったが、唯一女性だっ
たのが彼女だ。瞳は連絡を取ってみることに
した。
[あの、はじめまして、彩木瞳です。さっき
公園で声をかけてきた人ですよね?]
「あっ、あの子からLINE来た、なんで?」
(おいらがさっき会った時に友達に入れとい
た。)
「ええぇ、やるときはやるじゃんヴル。そん
なこともできるんだ。」
(お前はおいらのことを単なる役立たずと思
ってないか?)
「いや、まあ、それは否定できないけど。」
(もう協力してやらんぞ。)
「いやいや、ヴルもアザトースに怒られちゃ
うんじゃない?」
(本当にお前はその名前を軽々しく口にする
奴だな、自分がどれだけ恐ろしいことをして
いるか、自覚がないのか。)
「そんなの無いわよ、修太郎の身体に入って
て加奈子には弱い、それだけの認識でしかな
いもの。」
(怖いもの知らずにも程があるな。それより
返信なくていいのか?)
「そうだよ、早く返信しないと。」
「もう、健はだまってて。今するところなん
だから。」
理恵はできるだけ丁寧に瞳を説得しあう約
束を取り付けることに成功した。待ち合わせ
にはなんとか七野修太郎と斎藤加奈子を連れ
て行くつもりだった。でないと自分と紀藤健
だけではどう足掻いても事情を説明できそう
になったからだ。
16 始まりの少女5
「修平さん、どうします?」
遠藤修平は困っていた。元々荒事が得意な
訳ではない。みんなもそうだ。但し、結城高
弥が単なる頭脳労働派の極みではなかったこ
とは少し心強かった。
「多分彼女は隣の民家を勝手に通って裏通り
を抜けているんだと思います。」
「そうなのか、解ってるんだったら早く言っ
てくれよ。」
「そうとしか考えられない、という根拠しか
ありませんが。」
「じゃあ、そっちだけ張ってあとは捨てる。」
「大丈夫ですか?」
「表は反社が見張ってくれているさ。」
二人が当たりを付けたルートで隠れて待っ
ていると、一軒家から彩木瞳が出てきた。家
人のふりをして怪しまれないようにしている
ようだ。
「どこに行くんだろう。とりあえず、跡をつ
けるぞ。」
徒歩の彩木瞳に対して、結城高弥は同じ徒
歩、遠藤修平はバイクで追う。
彩木は荻窪駅から電車に乗った。修平はバ
イクを置いて高弥と合流し、跡を追った。新
宿で乗り換えするときに見失いかけたが、な
んとか見付けられた。
本郷三丁目駅を降りて、そこからは徒歩だ
った。
「帝都大学に向かっているようですね。」
「なんでだろう。確か高校生だったはずだが。」
「確か、探しているグループに大学生が居ま
したたね。もしかしたら彼の字の方から接触
しようとしているのかも知れません。」
「なんでだ?」
「なぜ自分が追われているのか、知りたくな
るのは当り前です。追っているグループの中
で女性がいたのは一つだけでしたから。」
「なるほど、そういうものか。」
瞳の後をつけていると、帝都大学の構内中
に入っていった。
「しまった。」
「どうした?」
「IDがないと中に入れません。」
「そうか。じゃあ彼女はどうして中に入れた
んだ?」
「あの中の一人、または複数が帝都大学生だ
ったんでしょうね。一緒に入れは問題ありま
せんから。」
「そうか。とすると俺たちには無理だな。ど
うする?」
「少しだけ時間をください。」
そう言い残すと結城高弥はどこかへ消えて
いった。なんとかするだろう、と疑わない修
平だった。
17 始まりの少女6
「どうぞ。」
戻ってきた結城高弥が差し出したものは帝
都大学の学生証だった。ちゃんと修平の顔写
真も入っている。認証コードもプリントされ
ているが、ちゃんと入館できるようになって
いるはずだ。
「仕事が早いな。」
「それだけが取り柄ですから。」
ただの謙遜だった。優秀すぎるのも鼻につ
きそうだが高弥には微塵も感じない。
「彼女の位置は把握しているか?」
「勿論です。三人の帝都学生と一緒に旧校舎
に入っていったようです。」
二人は帝都大学の校舎の中でも特に古びた
建物に入った。元々古い大学だが、さすがに
校舎はほとんどコンクリートに建て替わって
いるが、木造の校舎が一棟残っている、その
建物だった。
「どうします?」
「いきなり入っても追い出されるだけだろう
な。どうしたものか。中の様子はさすがに判
らないか。」
「そうですね、部室に監視カメラがあればな
んとかなるんですが。」
古い校舎にそんな設備はなかった。ネット
回線があるだけましで、Wi-Fi環境もない
様子だ。
「校舎で使用されている部屋は少なそうです。
一通り回ってみますか。」
他に方法がないので仕方なかった。四階ま
であるので手分けして探すことにした。
すぐに四階を回っていた高弥から電話があ
った。
「クト?、なんだって?」
「クトゥルー神話研究会ですね。ラヴクラフ
トというアメリカの恐怖小説家が始めたシェ
アードワールドのようなものです。ネクロノ
ミコンとか聞いたことないですか?」
「サブカルか?あんまり興味はないな。それ
にしてもお前は何でも知ってるな。」
「何でも知っている訳じゃありませんよ、知
っていることだけです。あっ、こっちです。」
部室の前で合流したが、中の様子は全く判
らなかった。聞き耳を立てても何も聞こえな
かった。
「何か御用ですか?」
突然後ろから声を掛けられた。二人とも近
づいてきた女性に気が付かなかったのだ。
「あっ、いや。」
そのフロアはどうもクトゥルー神話研究会
しかない様子だったので、この階に居る、と
言うことはこの部屋に用がある人だけなのだ。
誤魔化し様が無いので二人は暗コンタクト
を取って正直に話すことにした。
「今、ここに来ている女性に用があって来た
んです。」
「来ている女性?あなたたちは誰なの?女性
って誰のことを言っているの?」
「俺は遠藤修平こっちは結城高弥。二人とも
高校生だ。用があるのは彩木瞳っていう高校
生を捜しているんです。」
「あなたたちも?」
「ああ、やっぱりあんたたちも彼女を捜して
たんだな。」
「そうね、確かに捜していたわ。そして今、
この部屋に居るのも確かね。それで?」
「それで?」
「それであなたたちはどうしようとしている
の?彼女をどうするつもり?」
「それはあんたたちにも聞きたい。あの子を
どうするつもりなんだ?」
お互いがお互いのことを探りつつ話をして
いるので、全く先に進みそうになかった。
18 始まりの少女7
「どうした加奈子。」
外でのやり取りに気が付いて男が一人出て
きた。
「ああ、修太郎、この人たちが部室の前に立
っていたから。」
「そうなんだ。で、君たちは?」
「この人たちも彼女を捜しているみたいなの
よ。」
「本当に?なんで捜してたんだ?」
「それは。よく判らないんだ。あんたたちは
どうなんだ?」
「いや、まあ、僕たちもはっきりと理由が判
っている訳じゃないんだけど。」
「やっぱりな。結局どういうことなんだろ。」
四人は当の本人の彩木瞳を交えて話を整理
してみることにした。
「そもそもの話をして前提を理解してもらわ
ないと駄目だろうね。」
そういうと七野修太郎は自らが高校生の時
から体験したことを話し始めた。遠藤修平や
結城高弥、もちろん彩木瞳にとっても、全く
付いて行けない話だった。
「信じてもらうほかないんだけどね。まあ、
アザトースに出てもらうわけには行かないか
ら、おい、お前の出番だぞ。」
修太郎がそういうと皆の前に突然少女が現
れた。
「ヴルトゥームだ。」
「なんだ、今どこから現れた?」
(おいらは、さっきからずっとここに居たさ。
あんたたちに見えなかっただけでよ。)
「それはいいが、なんで少女の姿なんだ?女
の子だったのか?」
(そんなのどっちでもいいよ。ただの気まぐ
れさ。)
「ヴルはヴルなりに突然現れるなら女の子の
姿の方がいいんじゃないかと気を使っている
のよ、判ってあげなさい。」
「加奈子は優しすぎるわ、こいつは放ってお
くとどこまでも付け上がるんだから。」
「理恵はヴルにきつ過ぎるんだよ、少しは優
しくしてあげないと。」
「だめだめ、こいつはただの悪戯好きなんだ
から。」
「ちょっとそのくらいで、お二人さん、彼ら
も驚いているから。これで少しは僕の話を信
じて貰えたかな。」
「それはいい。判った。世の中には俺たちが
思いもしなかったことがあって、脆い世界だ
と理解した。それで、彼女との話はどう繋が
っていくんだ?」
「そこは君たちの話の前提を同じように話し
てもらわないとね。」
そこからは、修平が今回の経緯を話し始め
た。瞳にはどちらの話も全くついて行けない
ような小説の中とか別世界の話としか思えな
かった。
19 始まりの少女8
「それで、よってたかってあなたたちは、私
を騙してどうしようと言うんですか?」
当り前の話だった。いきなり宇宙的恐怖だ
の邪神だのファイヤースターターなんて言わ
れて信じられるはずがない。
「私を騙しても、たいしたお金にはなりませ
んよ。」
「まあ、そういう反応になるよね。僕たちも
何が何だが判らないんだから仕方ないと思う
けど少しだけ現実を受け入れてもらえると助
かるんだけど。」
この中では一番まともそうな七野修太郎と
名乗った大学生に言われても、はいそうです
か、とは納得できない。
「意味の分からないことばかりを並べて、ど
うしたいんですか?もう放っておいてくださ
い。」
そう言うなり彩木瞳は部室を飛び出してし
まった。修平と高弥がすぐに追いかけたが、
誰も追いつけなかった。二人とも遅い方では
ない筈だが、瞳の方がスピードも速く持久力
もありそうだった。
「しまった。また一から探さないと。」
「予想以上に速かったですね。すいません、
想定外でした。」
「いや、俺も追いつけると思った。あの速さ
は異常だ、ただの女子高生ではない、という
ことなんだろう。」
「で、どうします?」
「一旦さっきのところに戻って、もう少し情
報交換をしておくべきかな。」
「そうですね、私のネットワークに引っかか
らない話が多そうですし、あのヴルトゥーム
という者の話をもっと聞きたい気がします。」
珍しく高弥が少し興奮しているようだ。付
き合ってきて初めて見る表情だった。
「なんとか撒けたわね。もう全力疾走させら
れるなんて、あの二人、相当速い。マジで追
いつかれそうだった。高校生の男子に追いつ
かれるなんて今まで一度もなかったのに。」
瞳は瞳で二人の足の速さに舌を巻いていた。
今まで男性も含めて誰一人追いつけなかった
のに、本気になって逃げたのなんて記憶にな
いくらいだ。
「さて、どううしようか。」
逃げ出したのは良いが、結局何処にも行く
当てがない事に変わりがなかった。
「大丈夫だった?足、速いね。」
修平と高弥が追い付けなくて逃がしてしま
った瞳に追いついたものがいた。
「あ、あなたは確かうちの近くで殴られてい
た人。あなたこそ大丈夫だったの?」
自分が追われているのに、その追っている
少年の心配をしている。
「俺は大丈夫。でもさっきまで意識がなかっ
たみたいだけど。」
「大変じゃない。病院は?」
「抜け出してきた。」
「なんでよ、安静にしておかないといけない
んじゃないの?」
「それはそうなんだろうな。でも居てもたっ
てもいられなかったんだ。」
「なんで?」
「なんでって、それは、う~ん、自分でもよ
く判んないや。」
「変なの。」
「それはそうと、俺が怖くないのか?」
「あ、そういえば、あなたたちに追いかけら
れていたんだった。」
「忘れてたのかよ。」
瞳はその少年が不思議と怖くなかった。年
は同じくらいだろうか。
「修平さんを撒いてきたのか、あんた凄いね、
修平さんは万能なのに。」
「ああ、二人とも相当速いよね。でも、あな
たはもっと速いの?」
「いや、俺は修平さんや高弥さんに追いつけ
ないよ。」
「でも私に追いついたじゃない。」
「そうなんだよな。なぜだか身体が勝手に動
いたんだよ。」
「で、あなたのお仲間に連絡するの?」
「いや。なんでだろう。とてもそんな気にな
れない。あんたは自由にさせておかないとい
けない気がする。」
「変なの。」
「修平さんには世話になっているから協力し
たいのは勿論なんだけどな。」
桜井亮太は自分でも訳が判らなかった。目
が覚めたら病院で、なんだか惹かれるように
ここに来た。修平たちを撒いて逃げる瞳を見
付けて追いかけた。最初は追いついたら修平
に連絡をするつもりだった。でも、それが出
来なかった。
20 終わりの少年
桜井亮太と彩木瞳は特に話すこともなく、
ただとぼとぼと並んで歩いていた。何を話し
たらいいのかわからなかったのだ。
「あなたたちは、何故私を追いかけるの?」
当然の疑問だった。但し亮太にはその答え
がない。
「俺には判らないよ、修平さんが捜せって言
うから捜していただけなんだ。」
「あの人の言いなりなんだ。」
「そういうことでもないんだけど。修平さん
は普段そんなことは絶対言わない。俺たちに
何かを命令っていうか、頼みごとをしたのは
初めてだったんだ。だから俺たちは素直に従
ったんだよ。いつも世話になっているけど何
も返せてなかったから。」
「ふ~ん。そういう関係なんだ。でもあなた
の方が年下でしょ?だったら、子分みたいな
関係じゃないの?絶対服従、とか。」
「いや、そんなことは全くない。修平さんは
ただ俺たちと普通に騒いでいたら楽しい、っ
て言ってた。今まで何も望まれたことはなか
ったんだ。」
とりとめのない話をしながら二人は駅の方
に向かって歩いていた。すぐ横に急ブレーキ
で大型のワゴン車が止まった。中から数名の
屈強な男たちが出てきて、有無を言わせず二
人を車に押し込んだ。
「騒げば殺す。」
一人が亮太の耳元で小声でささやいた。大
声じゃない方が怖かった。瞳はどうやら気を
失ってしまったようだ。
「早瀬課長、連れていかれてしまいましたよ
いいんですか?」
「いい訳ないだろ、追いかけるぞ。」
二人は政府関係者とは思えない普通の車に
乗り込んでワゴンの後を追った。目立たない
ように偽装してあるが性能はすごい、という
タイプだ。
「撒かれてしまったのか。」
「すいませんね、なんだか異常に速い子でし
た。あの速さは普通じゃありません。」
「それほど?」
「そうですね。俺もこいつも多分高校生とし
てはそこそこ速いと思うんですが、追いつけ
ませんでしたから。」
「それは確かに普通じゃないね。」
「そこで、です。」
「はいはい。」
七野修太郎は少し面白がっているようだ。
「あなたたちは、何者ですか?」
「僕たちか。僕たちは、何者なんだろうね。
自分でもよく判らないよ。説明しにくい立場
ではあるんだけどね。」
「ちょっと修太郎、大丈夫?この子たちを変
に巻き込むことになるわよ。」
斎藤加奈子は心配性だった。修太郎の傍に
居ると、どんどん心配性になってしまう。
「修太郎さん、というんですね、俺は修平と
いいます。遠藤修平です。修学旅行の修に平
らで修平です。」
「同じ字だね、僕は七野修太郎。帝都大学2
年生。彼女は斎藤加奈子、こいつは紀藤健、
それで彼女は君塚理恵、全員同級生で、健以
外は明星高校からの付き合いだ。」
「俺は青陵高校2年、こいつは結城高弥で同
級生だ。」
「結城です。」
「よろしく。それで、何をどこまで話せばい
いのか、判らないんだけど、君たちはどこま
で知ってるんだい?」
「どこまでも何も、ほとんど知りませんよ、
情報はほぼ無し、です。ただあの子を捜して
欲しい、と頼まれただけなんだ。」
「頼まれた?誰に?」
会話を理恵が引き継いだ。
「誰って、まあ、名前は知らない男の人、か
な。」
「何それ、なんでそんな人の言う通り人捜し
なんてやってんの?」
「ちよっと待ってくれよ、それはあんた達も
同じじゃないのか?なんであの子を捜してた
んだ?」
「私たちは、そう、私たちも頼まれてあの子
を捜していたのは確かだわ。」
「だったら同じ境遇ってことだ。そこで、情
報共有しないか、と思って戻って来たんだ。」
「どうやら、その必要がありそうね。」
6人はお互いの情報、考えを持ち寄る場が
出来たことに、すこし満足していた。それほ
ど自分が置かれている立場が不確定だったの
だ。
21 終わりの少年2
「どうだ、そろそろ話す気になったか?」
凄んでいるのはどこから見ても反社のチン
ピラだった。胸元を大きく広げたシャツに臙
脂色のスーツなんて間違い様がない。
「話すも何も知らないものはどうしようもな
い。」
「さっきから、そればっかりだな。それじゃ
あ何か、お前は俺が求めている情報を何も知
らない、と言うんだな。」
「さっきから、そう言っているだろ。」
「そっちのお嬢ちゃんも、同じことを言うん
だな。」
「そうよ、だから、彼を開放してあげて。」
「お嬢ちゃんには手を出すな、と言われてい
るから何もしないが、この坊主は関係ないか
ら、どうするかは俺の気持ち次第だぜ?」
「そんな。でもあななたちも私を追いかけて
いたのなら、理由も知らないで追いかけてい
たの?」
「そんなことは、お前に関係ないだろう。俺
はな、こんなところで燻っている気はないん
だ。だから榊原の兄貴からお前を捜して拉致
るように言われたとき、理由を教えて貰えな
かったからこそ、お前を拉致出来たら先に兄
貴を超えて先方に直接交渉するつもりなんだ
よ。だから、なんで兄貴がお前を捜している
のか、どうしても知る必要があるって訳だ、
理解したか?」
「榊原って人を裏切る気なの?先方ってどこ
の誰よ。」
「先方ってのはな、まあ、教えてやろう、実
は兄貴は関東弘心会の幹部なんだが、ある公
の組織の偉いさんと繋がっているんだ、今回
はその筋からの依頼ってことだ。」
「その組織とあなたは直接取引きする気、と
いうことね、でも榊原って人に知られたら大
変なんじゃないの?」
「そんなことはお前に言われるまでもない。
だから理由が知りたいんだよ。その俺が知り
たい理由をお前たちは知らない、という。俺
はそれを受け入れないといけないのか?」
「だって本当に知らないんですもの。」
「俺だって知らない。嘘じゃない。」
「そうかぁ、俺の役に立つことが出来ない、
ということなんだな。だったら、その坊主に
は用はないな。」
「そうよ、だから開放してって言ってるでし
ょ。」
「用はないが、お前を脅すには役立つよな。」
鈍く笑う神林だった。
今回は少し暴力的な場面がでてきます。飛
ばしても話は繋がるようになっていますので
苦手な方は飛ばしてお読みください。
22 終わりの少年3
「おい、卓司、やれ。」
「へい兄貴。」
「何だ、何をしようと言うんだ。」
チンピラの一人が何かを持って櫻井翔太に
近づいた。
「やめて、何も酷いことはしないで。」
卓司と呼ばれたチンピラはペンチを持って
いた。徐に亮太の小指をペンチでつかむ。
「ぎゃぁ~~」
「まずは1本だ。」
卓司は亮太の小指を本来はあり得ない方向
に曲げた。
「切り落とすと、もう取り返しがつかなくな
るぞ。1本1本折ってやる。全部折ったら、
後は切り落とすだけだな。最近は俺たちの間
でも指なんて詰めないから、こいつらも実物
は見たことないんだ、見本を見せてやってく
れよ、それとも話してくれるか?」
「だっ、だから何も知らないって言ってるだ
ろう。」
彩木瞳は、もう青ざめるだけで悲鳴もあげ
なくなっている。
「だったらどうだ、俺に情報をくれそうな者
を紹介してくれよ。それならできるんじゃな
いのか?」
「俺が頼まれた人も誰かに頼まれただけで理
由は聞いてない。その人も知らないんじゃな
いかな。」
「呼べ。」
「えっ?」
「そいつを呼べって言ってんだよ。」
「でも。」
「でももくそもねぇ。直ぐにここに呼べって
言ってるんだ。呼ばないと次だやれ。」
卓司がまた次を折る。
「ぎゃぁ~。」
「ほんと止めて!」
神林は3本目を折るように命じる。
「君も、早くその人を呼んだら?その人のせ
いでこんなことになっているんだから、責任
を取らせなさいよ。」
「うっううっ。」
亮太は痛みで話が出来ないようだ。
「早瀬課長、このまま見ているだけでいいん
ですか?」
「いいんだ。そろそろ公安を連れて関東弘心
会の榊原が来ることだ。」
「ああ、さっき連絡していたのは。」
「そうだ。匿名で情報をながしてやった。あ
と、あの大学生たちにも同じ情報を流してや
ったから、ちょうどここで出くわすだろう。
やつらがきたら、混乱に乗じて彼女を連れだ
すぞ、いいな。」
「わかりました。」
様々な思惑、人間が交差する。
23 終わりの少年4
「おい、こんなところで何をしている。」
突然声を掛けられて神林は、その声の主が
すぐに判ったこともあって飛び跳ねるくらい
驚いた。榊原だったのだ。
「さっ、榊原の兄貴、いや、兄貴から頼まれ
ていた女を見つけて拉致ったんで、今から兄
貴の所に連れて行こうとしていたトコです。」
「本当か?そうは見えないが。まあいい、そ
れより彼女には手を出してないだろうな。も
し出していたなら、お前さんの命一つでは償
えないぞ。」
「それはもう、大切にお連れしました。ただ
連れの男は抵抗したので少し痛めつけてしま
いましたが。」
「嘘よ。」
彩木瞳が口をはさんだ。チンピラの神林よ
り幹部の榊原の方が話が分かるんじゃないか
と思ったからだ。
「何を言い出すんだ。お前には手を出してな
いだろうが。」
「そこじゃないわ。その男はあなたを出し抜
こうとしていたのよ。」
「出し抜く?」
「だっ、黙れ。」
「黙るのはお前だ、神林。お嬢ちゃん、説明
してくれるかい。」
「話すわ、話すからその子を開放すると約束
して。でないと私は付いても行かないし話も
しないわよ。」
自分でも不思議なくらい怯えることもなく
関東弘心会幹部である榊原という男と対等に
話を進めようとしている。
「わかったよ、お嬢ちゃん、ただその子を開
放するかどうかは私だけの判断では無理なん
だよ。それと開放するかどうかは話を聞いて
からしか決められないな。あんたとの関係も
ちゃんと確認しないとね。」
榊原と言う男は、一見高級官僚のような風
体で、とても反社組織の幹部には見えない。
ただ、眼光が半端なく鋭いので、それだけ見
ても堅気ではないと判ってしまう。口調と穏
やかだが芯の強さが滲み出ていた。
「それより、あの男たち、こそこそと逃げ出
すみたいよ。」
「ああ、判っている。でも外には出られない
と思うよ。何か色々と外に集まってきている
ようだからね。」
「集まってきている?」
「そうだよ。お嬢ちゃんを追っていた連中が、
どうもここに集結しているようだ。誰の仕業
かは知らないけれど誰かが情報をリークした
ようでね。目的はここを混乱させてお嬢ちゃ
んを連れ出そう、ってところかな。」
「早瀬課長、全部バレてるみたいですよ。」
「ああ、あの榊原って男は切れる男だし、公
安五課の西園寺も来ているだろうからな。だ
がそれでいいんだ、色んな組織や人間が入り
混じった方が私たちの仕事がやりやすくなる
からな。まあ、どさくさに紛れて死ぬなよ、
本山。」
「縁起でもない、死にませんよ。」
「もう少し現場の混乱を見守るぞ。」
「判りました。」
内閣情報室の二人の存在は、榊原や西園寺
にも把握されているようだったが、本人たち
は意に介していないようだった。
24 終わりの少年5
「神林、速いご帰還だな。」
遠藤修平に後ろ手で拘束された神林が戻っ
てきた。
「なんだか、逃げ出そうとしてたから捕まえ
たけど、よかったのかい?」
「手間かけたな。うちの身内だが、逃げたら
こっちで捕まえるつもりだった。まあ、助か
ったよ。」
「あんたたちの手伝いをするつもりはないけ
どね。ところで、ここでは何が起きてるんだ
い?、おっ、亮太、無事だったか。」
修平は亮太を見つけて駆け寄った。
「お前、その手、どうした?」
桜井亮太の右手の指はほとんど折れていた。
「大丈夫か?、高弥、救急車だ。」
「さっき手配しましたから、もうそろそろ着
く頃でしょう。」
「少し待ってくれないかな。」
榊原が割って入る。
「亮太は怪我をしているんだぞ、待ってられ
るか。それより、これをやったのはあんたか
?」
「いや私ではない。さっきお前が捕まえた、
そいつだ。まあ、うちの身内ではあるが、私
を出し抜こうとしたようだな。」
「実行犯はそいつか。ただ、あんたも関わっ
ている、ということでいいか?」
修平は反社の幹部を真っ向から見据えて言
った。
「私はそんなつもりはなかった。と言っても
いい訳にしか聞こえないだろう。だが、その
お嬢さんは丁寧に扱うよう指示はしたが、そ
の他のことは何も言ってなかったのも事実だ。
その所為で、君の仲間が傷ついてしまったこ
とは詫びよう。」
「詫びてもらっても、許すか許さないかは亮
太次第だし、亮太が許しても俺が許すかどう
かは別問題だぜ?」
「仲間思いなんだな、今時珍しい。」
「そんなの当り前だろ。」
「いや、褒めてない。若すぎて経験不足だと、
教えてやっているだけだ。」
「喧嘩売っているのか?」
「喧嘩を売っているのはお前の方じゃなかっ
たか?」
ちょうどその時救急車が到着して一旦は騒
然となった。同行しようとする彩木瞳を、と
りあえずは残し、結城高弥が付き添って亮太
は運ばれていった。
「さて、結局、何が起こっているのか、誰か
説明してくれるんだろうな。」
「僕でよければ知っていることは話そうか。」
突然巻き上がった炎の中から火野将兵が現
れて言った。
25 終わりの少年6
「もう人間の登場の仕方じゃないな。」
「久しぶりだね、遠藤君。君には感謝してい
る。彼女を捜しあてて、尚且つここまでは無
事でいさせてくれて。」
「なんか、どうも彼女に危害を加えようとす
る輩はいないようだぜ。みんな拐かす気満々
だがな。」
「まあ、結果として彼女が無事であればそれ
でいいよ。あれ、桜井亮太君がいないようだ
が。」
「なんだ、あんた亮太も知っているのか?」
「彼の身柄は君の仲間なんだから問題ないと
思って安心していたんだが。」
「それが、彼女の部屋を張らせていた時に、
同じよう張っていた反社の方に角材で殴られ
て意識不明の状態だったんだ。ところが意識
が戻ったとたん病院から消えたんだよ。」
「そいつは悪かったな、ここにいる神林の手
下の仕業らしい。」
遠藤と火野の会話に榊原が割って入って来
た。
「ところで炎のあんちゃんは、どこの誰なん
だい?」
「僕は火野将兵といいます。ただの一般人で
すよ。」
「ただま一般人は炎をまとって現れたりしな
いと思うがね。西園寺さん、あんた知り合い
か?」
「いや、面識はない。ただ、今の現れ方から
すると最近各地で火の民の街を襲って鏖にし
ている犯人、ってとこかな。」
「それは穏やかじゃないね、あんた、そんな
人なのかい?」
遠藤もその辺りは知らなかったようで、驚
いている。
「まあ、一つの見方ではありますが、僕には
僕の言い分もありますよ。でも、今はそんな
ことより、彼女なんじゃないですか?」
「そりゃそうだ、このお方も俺に彼女を捜す
ように依頼しておきながら、その理由を一切
言わない、ってんだから、俺も舐められたも
んだよな。」
「榊原、それはお前が納得したんじゃないか。」
「おいおい、口調が学生時代に戻ってるぞ、
いいのかお役所仕事のお前と俺がダチみたい
な関係に見えて。」
「あっ、それは、まあ、あれだ、いいから話
を進めてくれ。私より火野君の方が詳しそう
だから、いいですよね、早瀬さん!」
公安五課の西園寺は隠れている内閣情報室
早瀬課長に聞こえるように言った。
「なんだ、だれか隠れてるのか。」
「バレてるんですから、出てきてください、
早瀬課長と本山君かな。」
倉庫の奥の大きな棚の影から二人、早瀬と
本山が仕方なしに出てきた。
「久しぶりだな、西園寺。まあ、バレてると
は思っていたが、出てこいと言われるとは想
定外だ。」
「あなたがここに皆を集めたんですよね、早
瀬課長。そして場を混乱させて彼女を連れ去
る、とか、あなたの考えそうなことです。」
「おっ、傾向の予習はばっちりだな、成長し
たな、西園寺。」
「あなたの部下だったのはもう5年も前の話
です。あれから私も色々と経験を積みました
から。」
「それで、いったい誰がこの場を仕切るんだ
い?たくさん居すぎて収拾が付かないだろう
に。どうだ、ここは一旦私に任せてお開きっ
てことに、」
「するわけないでしょ。」
「だよな。」
肝心の彩木瞳は忘れられているのか、誰も
気にされていなかったので、自由に動けそう
だった。瞳がそのことに気が付いてひそかに
闇に紛れようとしたときだった。
「僕たちもまぜてもらわないと。関係者、で
はあると思うんだ。」
遠藤たちとは別で向かっていた七野修太郎
たち4人と1匹(?)だった。少し遅れて着
いたのだ。
(おいらもいるよ)
「もう、ヴルは黙ってて、ややこしくなるん
だから。」
「今のは、まさか、ヴルトゥームなのか?」
一人、火野将兵が反応した。火野の知識は
セラエノ大図書館で飛躍的に上がっている。
「そうだよ、ヴルは私たちのペットなの。」
(ペットはこの子たちさ、おいらはご主人様
って訳。)
「いいの?、修太郎がアザトースに言いつけ
るわよ。」
(それは、、、、マズいよ。)
「だったら、黙ってて、ほんとややこしくな
るんだから。」
「理恵、あまりヴルをいじめるな。僕はアザ
トースにいい付けたいしない。あいつは僕の
目を使ってみているだけだ。」
「そうよ、理恵。ヴルもいい子にしていてね。」
ヴルトゥームは大人しくすることにした。
どうもちゃかせる雰囲気ではないからだ。
「ヴルトゥームをペットにしている、なんて
おかしな人達ですね、君たちも彼女を?」
「そうよ、私たちも彼女を捜しだして保護す
るように言われて、そのときそこの子たちと
も知り合ったわ。」
斎藤理恵は遠藤修平を指さして言った。
「それと、そこに転がっている人達にも会っ
たわ。なんだか、みんな集まってるのね。」
「わかった、わかった。そもそも君たちをこ
こに集めたのは私だ。」
「あっ、あなたにも会った。」
「そうだ。だからここに呼んだんだ。で、誰
が仕切るんだ?とりあえず、火野君の話でも
聞くか?」
場は混沌としてきた。瞳は逃げるタイミン
グを失っていた。
26 大団円1
場に居るのは中心であるところの彩木瞳。
遠藤修平のグループは遠藤一人。七野修太郎
のグループは四人と一匹。関東弘心会関係は
榊原他伸びている神林などのチンピラ含めて
六人。公安が一人、内閣情報室が二人。そし
て火野将兵。
それだけでも十分混沌としている。
「亮太は戻って居ませんか?」
救急車で付き添っていたはずの結城高弥が
戻ってきた。
「亮太?一緒だったんじゃないのか?」
「それが、途中で救急車の前に飛び出した車
があって急ブレーキで停まると、その車から
数人が降りてきて亮太を拉致っていってしま
ったんです。私は急なことで動けない救急隊
員に邪魔されてしまって為す術がありません
でした。仕方なく戻ったんですが。」
「そうか。ここには戻ってないみたいだが。」
そこへ桜井亮太を連れた数人が入って来た。
特に強制的に連れてこられた風ではない。むし
ろその数人を亮太が引き連れて来たかのようだ
った。
「まだ増えるのか、何者だあんたたちは。亮太
をどうするつもりだ?」
「初めまして。まあ初めましてでもない人たち
も居るようですが。私の名前は綾野祐介といい
ます。こっちは岡本浩太と結城良彦。そして彼
女は風間真知子。私たちは、まあ、何でも屋で
す。」
「先生、そのザッパな自己紹介はなんです。も
うちょっと何かありませんか。」
「あっ、岡本君だ。」
「ああ、君塚さん、斎藤さんたちもお久しぶり
です。七野君も僕のことはあまり知らないと思
いますが、一時期同級生だったんですよ。年は
ちょっと僕の方が上ですけれどね。もう一人、
彼は初めまして、ですね。」
「公安や内情は一方的に私を知っている顔見知
り、ってことでいいのか?」
「綾野先生、初めまして、でよろしいでしょう
か。私とこの本山は内情、そっちの男は公安の
西園寺です。」
「で、遠藤君、だったか。新山教授や恩田准教
授から話は聞いている。亮太君には手荒なこと
はしていないから安心していてくれたまえ。た
だ、今からここで話される内容については彼に
も聞いておいてほしい、ということで少し強引
に連れてこさせてもらった。高弥君だったか、
君にも悪いことをしたね、結城君の甥御さんだ
ってね。」
「叔父がお世話になっております。でいいんで
すか、叔父さん。」
「久しぶりだな高弥。元気だったか。」
「叔母さんは心配してましたよ。」
「悪いな、この人たちの手伝いで戻れないんだ
よ。よろしく行っておいてくれ。」
「そして火野君。随分と世界中を飛び回ってい
るようだね。順調に進んでいるのかい?」
「綾野先生、お久しぶりです。順調とは言えま
せんが、私なりに。」
「いずれ君とは決着をつけないといけない日が
来そうだね。まあいい、君に頼みがあるんだが
彼女のことを少し頼めるかね。」
綾野は彩木の方を見て言った。何を頼まれて
いるのか、火野には理解できているようだ。
「判っています。桜井亮太君の方はいいのです
か?」
「どうだろうね、何とも言えない、というのが
正直なところだが、やはり彼には聞いておいて
もらう必要があると思うんだ。」
「わかりました。」
榊原や修平・高弥、七野達も二人の会話には
理解が追い付いていない。内情の二人はどうも
何かを知っているようだった。
「では。」
火野が徐に彩木瞳の方を向いた。
27 大団円2
一瞬だった。火野将兵は振り向いたと思っ
たら彩木瞳の後ろに立っていた。そして。
静かに瞳が火野の腕の中に倒れこんだ。
「おい、何をした?あんたでも、その娘に手
荒なことをするなら黙ってられないぞ。」
「大丈夫だよ、気を失っているだけだ。彼女
に話を聞かせるわけにはいかないからね。」
「どういう意味だ?」
「それをこれから説明するんだよ。火野君、
君からどうぞ。」
扇型に広がった人たちの要のあたりに立っ
て火野将兵が語りだす。
「では、僕から話しましょう。と言っても僕
もそれほど詳しい訳ではありません。ただ、
セラエノ大図書館で見つけたナコト写本より
古くルルイエ異本ですら、そこからの引用を
多用していると思われる、ある写本を見つけ
たのです。その本は名前すら付いておらず決
して触れてはいけない禁断の魔導書でした。
僕とマーク=シュリュズベリィでその本を
解読しようとしたのですが、ほとんどの部分
が失われているか、痛みがひどく読めない所
が多すぎました。人ではない、しかし人に非
常に近い何かの皮で装丁されていたその本は
手に取るだけで精神が持っていかれるような
感覚になる本でした。」
皆が火野の話に聞き入っている。気が付く
と話に出て来たマークとマリア=ディレーシ
アも来ている。
「一旦その本の解読は諦め、他の魔導書に目
を通している時でした。アルケタイプのロン
グウッドと名乗る生命体がセラエノ大図書館
に現れたのです。彼、もしくは彼女はヴーア
ミタドレスの崩壊した地下洞窟から逃げて来
た、と言っていました。安住の地を捜してい
る途中で立ち寄ったのだと。
そして、そのロングウッドが、先ほどの写
本の解読を手伝ってくれたのです。お陰で失
われているところ以外は、ある程度解読でき
ました。その中に記載されていたこと、それ
がこれからお話しする主題になります。」
「火野さん、話が長いよ。まだ前段だろ?結
論を言ってくれないか。」
「まあ、物事には順序と言うものがあるんだ
から、急かさないでくれよ。僕が話す内容が
僕の妄想ではない、ということを説明してい
る途中なんだから。」
火野の話は続く。
28 大団円3
「その本はこの宇宙の創世記のようなもので
した。如何にしてこの宇宙が成り立ち、そし
て現在に至り、やがて終焉を迎えるのか。そ
の全てが網羅されている本のようでした。
いったい誰が書いたものかは不明ですが、
宇宙の創生に関わりのある存在、もしくはそ
の存在自体に関わりのある存在が書いたもの
ではないかと思います。」
遠藤修平にはあまり興味がない話題だった
が話の流れが少女のことになるまで待たなけ
ればいけないようだ。そのとき修平はあるこ
とに気が付いた。火野将兵を見ていなかった
から気が付いたのだ。
確か七野修太郎といった青年の頭の少し上
になんだかふわふわと浮いている存在があっ
た。形ははっきりしないが何かの存在は確か
にある。そして、その後ろに深淵よりも深い
闇の暗黒が浮遊していた。特にその存在が何
かをしようとしているようには見えなかった
が注意するに越したことはない。ふわふわと
浮いている存在は彼らが『ヴル』と呼んでい
存在のようだ。それが何者なのかは修平には
判らなかった。
そしてもう一つ。火野の斜め後ろにも何か
黒い靄のような存在が徐々に現れだした。七
野の後ろの深淵よりはもっと多様な黒の色彩
だった。黒は黒なのだが、黒一色とも言い切
れない、流動性のある黒、だ。
どちらの存在についても、話を聞いている
筈の綾野と名乗った人は気が付いているよう
だ。修平と二人だけ、いや、火野も気が付い
ていた。
「そろそろお見えになると思っていました、
お久しぶりです、神父。」
火野の後ろに徐々に現れた黒は少しずつ人
間の形に成っていった。
「久しいの。お前の方は息災であったか。も
っと頑張って彼の者の封印を解くよう精進す
るがいい。」
「判っております、神父。あなたの思惑も十
分にね。」
綾野も割って入って来た。
「ナイ神父、やはり来られましたか。そこの
七野君の後ろには貴方の主も来ておられるよ
うですし、きっと来られると思っていました
よ。」
「おお、我が主の眼の者よ。そこに我が主が
居られるのは知っておる。ヴルトゥームがい
ることもな。」
「これで現在の状況をある程度把握している
人々が集まった、ということでいいですか。」
「そうだな、さっさと話を進めるがよい。我
は今回は特に用はないが話を聞くためだけに
来たのだ、お前たちの邪魔をする気はないの
でな。」
「そうですね、判りました。では続けさせて
いただきます。」
修平は登場人物の多さに辟易していたし、
その一人一人の立ち位置もよく判ってはいな
かったが口を挟めるような状況ではないこと
だけは理解していた。いつの間にか隣に立つ
結城高弥も、珍しく為す術がない、という感
じだったし内情や公安の大人たちも、ただた
だ沈黙しているだけだった。
29 大団円4
「では、続けて私からお話しさせていただき
ますが、今からお話しする内容はあまりにも
重要ではありますが、その分現実味のないお
話になります。
先ほど、解読した本のお話をしましたが、
持ち帰ることはできませんでしたので、当然
お見せすることもできません。但し、神父も
お越しになったことを傍証とすることはでき
るでしょう。」
「我を話のダシにするのではないわ。」
「申し訳ありません、ただ、この話に信ぴょ
う性を持たすにはお力をお借りするしかあり
ませんのでご容赦ください。」
「判っておる。続けろ。」
「はい。その解読した名前すら付けられてい
ない本には、先ほども言いましたが宇宙の始
まりから終わりまでが記載されていました。
というか、記載されていると思われる、とい
う程度でしょうか。正直なところ、僕にもよ
く判らない、という感じです。
ただ、その中に気になる記述を見つけたの
でした。それはこんな感じでかかれていまし
た。」
『智慧を持った生物が蔓延る星に、あるとき
生を受ける者あり。その者、すべての理を無
に帰すこと出来うる者なり。』
「それはどういう意味なんだろうか?」
「僕とマークさんで色々と前後の文章も含め
て検証してみたのですが、結局結論付けたの
はこういうことです。」
『地球の人間の一人が宇宙全体を滅ぼすこと
が出来る。』
「そんな。」
「これは途中まで手伝ってくれたアルケタイ
プのロングウットさんも同じ意見でした。そ
して彼(彼女)は自分たちの種族は別次元に
非難する、と言い残して去って行かれました。
別次元だからと言って安全だとは到底言えな
いだろうが、とも仰っていました。
その部分を解読していた時に、僕やマーク
さんのイメージの中にある少女のプロフィー
ルが浮かんできたのです。二人で照らし合わ
せると全く同じ少女のようでした。その少女
を特定する作業を彼らに手伝ってもらった、
という話の流れになります。内情や公安には
マークさんからリークしていただきました。
そうして皆さんは彼女を見つけ出し保護し
ていただけた、ということです。」
「それぞれが独自の方法で彼女を特定し確保
しようとして今に至る、ってことか。彼女の
名前は彩木瞳。私立光翔高校の1年生、そん
なに重要な少女とは到底思えない普通の子だ
ぜ?」
「そうですね、彼女は超能力者でも何でもあ
りません。ただ、彼女は『始まりの少女』な
のです。」
30 大団円5
「『始まりの少女』?」
「そうです。そう名付けられていました。そ
れと同時に『終わりの少年』と言う記載もあ
りました。」
「それはセットなのかな?」
「綾野先生、先生は全部知ってらっしゃるの
ではありませんか?」
「いや、私にはある程度の推論はあっても確
信はないのだよ。」
「そうですか。続けます。『始まりの少女』
とは何者なのか。どういった力を持っている
のか、その答えが先ほどのお話です。」
「では彼女が宇宙を滅ぼすことが出来る存在
だと?」
「少し言い方が悪かったかも知れません。滅
ぼすということではなく、彼女の力はリセッ
トなのです。」
「リセット?ゲームのアレか?」
「そう。彼女の役目はリセッター。この宇宙
を一からやり直すことが出来るリセッターな
んだよ。」
宇宙をリセットする。一から始める。だか
ら『始まりの少女』なのか。
「彼女は無条件にリセットができるんだろう
か?」
「いえ、そういう訳ではありません。彼女が
リセットするのは彼女の周りの世界に彼女が
絶望した時のみ可能と記されていました。」
「絶望した時。そうか、だからあの子を眠ら
せて自分の役目を聞かせないようにしたんだ
な。ここで人間の醜い所を見せられてしまっ
ていたから。それで彼女が人間に絶望してし
まったら、この宇宙はリセットされてしまう、
ってことか。」
「まあ、自体はもう少し複雑なんだけど、大
体それで間違ってはいないよ。」
「それなのに、なんでそこに彼女が立ってい
るんだ?」
修平が指摘したとおり、彩木瞳は桜井亮太
に支えられて立っていた。話は当然全部聞い
ている。
「僕が手加減をしました。」
「おい、それがどういうことか、判っている
のか?リセットされたらどうする?」
「それでもいい、と考えているからですよ。
最初から彼女に全部話を聞かせるつもりでし
た。ただ、それを言うとそこの方たちが邪魔
をしそうだったので、一旦気を失ってもらう
ことにしたのです。」
火野将兵は内情の早瀬と公安の西園寺の方
を見て行った。
「当たり前だ、そんな危険な事が許されるは
ずがないだろう。まあ、話を聞いていてもい
なくても我々が保護することに変わりはない
が。」
「生憎ですが、そういう訳にはいきません。
僕が彼女を捜していたのは、彼女を監禁した
りする訳ではなく彼女に人間をもっと知って
もらって、その上で今の人類が、宇宙がリセ
ットが必要かどうかを判断してもらうためな
のですから。そして、そこの少年が『終わり
の少年』です。これはどなたもお気づきでは
なかったかも知れませんが。」
そういって桜井亮太を指さした。指された
本人はキョトンとしている。意味が全く判っ
ていないようだった。
「『終わりの少年』?その情報は我々には無
いぞ。西園寺、お前は知っているのか?」
「いや、知らない。それは一体なんだ?」
「『終わりの少年』とは『始まりの少女』が
繰り返す宇宙のリセットによる再生を終わら
せる存在なのです。神父は当然ご存知だと思
いますが、この宇宙は今まで『始まりの少女』
によって何回もリセットされてきました。そ
れを終わりにし、この宇宙が本来の終焉を迎
えるようにすることが『終わりの少年』の役
割です。」
「彼女を殺す、ということか。」
「いいえ、それではまた別の『始まりの少女』
がいずれ誕生するでしょう。そのサイクルを
終わらせる、ということです。」
「具体的に言ってくれ、その少年は一体何を
するのだ。」
「彼は彼女と協力してリセッターとしての能
力を未来永劫封印する、ということです。」
「なら、それを今ここでやるなら、もう彼女
を保護する必要はない、ということか。」
「保護などと言葉を誤魔化さないでください。
あなたたちは拉致監禁しようとしているだけ
ですよね。僕はそれを拒否します。そして彼
にも、同じように今の人類の本質を判断して
もらうつもりです。それに、あなたたちが最
後の手段と思っている、彼女を殺す、という
選択肢は、彼女が理不尽に命を失ってもリセ
ットされる可能性があるのですよ。」
「そんな情報は聞いてないし、言っている意
味が解らん。」
「早瀬課長、僕は二人をあなたたちには渡さ
ず、二人を連れて世界を巡って人類が今の宇
宙に相応しいかどうかを判断させる、と言っ
ているのですよ。」
「そんなバカな話があるか。この二人が宇宙
全体の生死を握っている、握り続けているの
を許すことになるんだぞ。」
「邪魔はさせませんよ。多分神父も協力して
いただける筈ですし。」
「我に何をしろというのだ。」
黙って聞いていた神父はなぜか七野修太郎
とは離れたところにほぼ闇として存在してい
る。
「神父にはこの国や、他に国にしても国家権
力に僕たちが害されることがないよう、手を
まわしていただければと。」
「世の権力者どもに圧力をかけろと?」
「脅迫、の間違いでは?どちらにしても、自
由に僕たちが動けるのなら大丈夫です。」
「我がそれを受けるとでも?」
「そうですね、多分。あなたの主は面白がっ
ていただけると思うのですが。」
(確かに『面白そうだ』って言ってるよ。)
「だまっておれ、ヴルトゥーム。」
(怖わっ!)
「綾野先生も協力していただけるのではない
かと思っているのですが。」
「条件がある。」
「どんな条件ですか?」
「これ以上、火の民を取り込まない、という
ことと、その二人の安全だ。」
「判りました。二人は当然守ります。火の民
は、まあ、一時休止、ということで。」
「だめだ。今後一切取り込まないと約束した
まえ。」
「仕方ありません、先生の協力はぜひ頂きた
いので飲むことにしましょう。」
「ちょっと待て、本気か?宇宙がリセットさ
れたら我々は全部滅びてしまうんだぞ。」
「本気でないとこんなお話は出来ませんよ。」
火野将兵は終始冷静だった。
「遠藤君、君の願いは神父に頼んでおくから
多分桂田利明という人間を訪ねることになる
と思うよ。」
「よく判らないが信じることにする。騙した
ら地獄まで追いかけるからな。」
「いいよ。では、皆さん、またどこかでお会
いしましょう。」
そう言うと火野将兵、彩木瞳、桜井亮太の
三人は普通に倉庫の出口から出て行った。止
めようとした早瀬たちは動けなかった。既に
人間に形ではない神父に遮られたからだ。
「お前たち、聞いていたとおりだ。あの者た
ちの邪魔をすることは我が許さない。お前た
ちの上司にもそう伝えるがいい。」
そういうと闇と化した神父も消えた。
気が付くと早瀬、本山、西園寺と榊原が残
されていた。神林たちも消えている。
「どう報告すればいいんだ。」
その早瀬の問いに応える者はいなかった。