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ツァトゥグアの恐怖

彦根で見つかった不思議な縦穴。

その下には悍ましい異世界が広がっていた。

引き寄せられる人々。

様々な思惑を秘めて人は地下へ、地下へと

下りていく。

第2章 ツァトゥグアの恐怖

               綾野 祐介

1 謎の死


「いったい何があったんですか。」


 橘教授の体調が最近優れないとは聞いてい

たが、そんなに急に亡くなってしまうとは予

想外だった。私の今の肩書きを用意してもら

ってからまだ1年、あの恐るべきクトゥルー

の復活を阻止してから半年しか経っていない。


 私は未だ事後の報告も出来ていなかった。

ただ岡本優治が無事だった事を連絡しただけ

だ。


 連絡を受けてなんとか告別式には間に合っ

た。岡本優治と彼の甥の浩太くんも一緒だ。


 告別式の最中ではあったが、私は橘教授の

奥さんに亡くなった時の事情を聴いた。


「橘は綾野さんがいらしてから少し鬱病のよ

うになっておりました。大学にも全く連絡し

ないようになってしまって。今年に入ってか

らは体のほうもかなり弱ってまいりまして、

お医者様には無理をせず入院したらどうか、

と仰っていただいておりましたのですけれど、

橘はいやがりまして、とうとう自宅で朝、私

が起こしに参りましたときには亡くなってお

りました。」


「何か特に変わったところはなかったのです

か。」


「そういえば、亡くなる前の晩に私は存じ上

げないお客様がいらっしゃいました。お帰り

になってから橘はたいそう機嫌が悪うござい

ましたわ。直接の死因は心臓麻痺でございま

した。けれども、私には到底信じられない事

でございますが、死に顔を見たときには、五

十年連れ添った私でも見分けが付かないほど

形相が変わっておりまして、最初は誰か他人

が橘のベッドで寝ているのかと思ったくらい

でした。」


 奥さんの話しでは、確かに橘教授の部屋で

教授が着ていた寝巻きをきている人が死んで

いるのだが、自分の夫には見えなかったらし

い。恐怖に歪んでいる顔、というところだろ

うか。何かとんでもなく恐ろしいものを見て

そのショックで心臓麻痺を起こしてしまった

という処が、警察の見方だった。司法解剖の

結果も死因は心臓麻痺以外見つからなかった

らしい。問題はそれほどの恐怖を与えるもの

が何か、ということだ。当然奥さんには心当

たりは無かった。


「その客は一人でしたか。」


「いいえ、お若い男性の方がお一人とその方

よりも更に若い女性の方がお一人でした。女

性の方は二十歳にもなっておられないように

見受けられましたので、橘の大学の教え子か

誰かかとも思いましたのですけれども、橘の

機嫌が大層悪うございましたので、何も聴け

ませんでした。」


 奥さんは気丈にも私の質問に丁寧に答えて

下さった。もし、私に協力して下さったこと

が原因だとしたら、会わせる顔が無い。


 私は東京に戻った岡本優治にその辺りの事

情を調べてもらうことにした。所期の目的で

あるクトゥルーの復活は阻止できたのだが、

だからと言って直ぐに琵琶湖大学の講師を辞

める訳にもいかない。私と浩太君は教授の告

別式が終わると滋賀県に帰った。




2 発見された何か


 岡本浩太は、琵琶湖大学伝承学部アメリカ

伝承学科の2年生でもうすぐ丁度二十歳にな

る。去年の12月にあまりにも衝撃的な体験

をしてしまったので、新学期が始まっても何

か物足りなさを感じていた。若さゆえに恐怖

体験が逆に自信につながったようだ。


 講師の綾野と一緒に綾野と伯父である岡本

優治の共通の恩師、帝都大学の橘教授の告別

式に出席した後、彦根市内のアパートに戻っ

た。実家は静岡の掛川にあるのだが、志望学

部の関係で琵琶湖大学を選び、一人暮らしを

しているのだ。


 浩太の父、敏次の一つ違いの兄が帝都大学

は免職処分になってしまった岡本優治になる。

これからの生活をどうするのか、父の敏次も

心配していた。実家はお茶園を営んでおり、

学者になってしまった長男の優治の代わりに

次男の敏次が継いでいる。実家を継ぐときは

兄弟の間でかなり揉めたと聞いているので、

いまさら、伯父が父を頼ってくるとは思えな

い。父の敏次は今では特に気にしていないよ

うなので、伯父から折れて話しをすれば、き

っと力になってくれるはずなのに、いまだ何

の連絡も無い。橘教授の告別式で浩太が逢っ

た時も心配するな、と言うだけだった。


「由紀子伯母さんのこともあるし無理しなけ

ればいいのに。」


 伯父の気持ちも判るがそうも云っていられ

ないとも思う浩太だった。


 梅雨に入って特に面白いこともなく過ごし

ている浩太にその話しを持ってきたのは、仲

間内では調子者で通っている桂田利明だった。

同じ伝承学部の二年生である。桂田は実家が

奈良県なので、浩太と同じアパートに一人暮

らしをしている。


「それでさ、今度そこを掘ってみようってこ

とになったらしいんだ。」


 得意になって話している内容は、桂田がバ

イト先で仕入れた話だった。


 彦根市内にとある旧家があって、そこを今

度取り壊して建て替える話しが持ち上がった。

図面の打ち合わせも終わり契約も済んで引越

しも終わり、いざ建て替えるために古くなっ

た家を取り壊していた時のことだった。在る

筈の無いコンクリートが出てきたのだ。


 取り壊した旧家は戦前に建てられたものだ

ったが、それほど価値のあるものでもなく、

保存状態も良くなかったので、単に取り壊す

ことになった。この地下にコンクリートの床

のようなものが出てきたのだが、住人は誰も

知らなかった。明治のころから住み続いてい

る旧家で、戦前に火事で全焼して建て替えら

れたものなので、当時の住人はもう全て故人

になってしまっているのだが、後を継いでい

る今の住人は何も聴かされていなかった。


 ところが出てきたコンクリートは比較的新

しいものらしく、どう考えてもここ数年以内

のものなのだ。専門家も首を捻る事態で、地

方紙ではあったが先日新聞の記事にもなった。

岡本浩太は全く知らなかったのだが、桂田の

バイト先のコンビニエンスストアのオーナー

の知り合いの家なので、多少詳しい話を聞け

たらしい。


「それで今度そのコンクリートを壊して調べ

てみることになったらしいんだ。」


 上から見るとただのコンクリートの床が出

てきただけのように見える。ところが、上に

たっていた家よりも下から出てきたコンクリ

ートの方が新しい。後から地下を掘って差し

込んだとは考えられる筈もない。


「なあ、明日の朝から壊すらしいから見に行

ってみようぜ。」


 綾野先生の講義が朝からあったのだが、浩

太も興味があったので、桂田と同行すること

に決めた。


 翌朝、原チャリ(原動機付き自転車)で現

場に着いたとき、丁度パワーショベルが動き

出したところだった。


「なんだが、大きな騒ぎになっているみたい

だな。」


 野次馬だろうか、大勢の見物客で周辺はご

った返していた。浩太と桂田も同類だが。


 桂田がバイト先のオーナーを見つけて少し

見やすいところへ移動した。


「オーナー、おはようございます。」


「おう、桂田君か。見に来たんだな。今日は

遅番だったから、ここが終わったら店の方に

入ってくれよ。」


 徐々にコンクリートが捲られて行く。コン

クリート自体の厚みが1m近くあったようだ。

そして、その下から、なにか空間が現れ始め

た。


 周囲から


「おおっ。」


 というようなざわめきが起こった。何が隠

されているのだろうか。


「おうい、何か出たのかぁ。」


 現場監督風の男がパワーショベルを操作し

ている男に大声でさけんでいる。


「後藤さん、なんかねぇ、おっきな穴みたい

ですよ。」


 パワーショベルの男が応えた。コンクリー

トの下から出てきたものはなんと大きな空洞

だったのだ。


「なんでこんなところにコンクリートで蓋を

された穴が開いてるんだ?」


 桂田はさすがに脳天気なことばかり云って

いる普段とは違う様子で浩太に問い掛ける。


「なんか、やばい事にならなけりゃいいけれ

ど。」


 浩太は自らの経験からこの世の中に途方も

無い恐怖が実在することを知っている。この

穴についても、どうも嫌な予感がしてならな

かった。


「綾野先生を連れて来よう。」


 浩太は綾野の意見が聞きたかった。詳しく

調べてみないことにはなんとも云えなかった

が、穴の深さは想像を絶するものらしい。小

石を落としてみても底に落ちた音が何時まで

たってもしない。50mぐらいまでロープを

下ろしてみたが底には届かなかった。


 後で聞いた話だが、大阪のどこかの大学か

ら調査に来る事になったらしい。琵琶湖大学

は新設校なので、あまり地元でも信頼が無い

のか。というか、地質学者がいない、という

ことなのだろう。


 浩太はさっそく大学に行って綾野を探した。

綾野は自分の講師控え室に居た。


「岡本君、今日はサボったね。まあ、若いん

だから多少仕方ないとしても、遊びも程々に

しとかないと。あんな経験をして、気が抜け

ているのは私も同じなんだが。」


「先生、違うんです。ちょっと気になること

があって、そっちに行ってたんです。聞いて

ませんか、古い家の下にコンクリートの床が

あったって話。」


 綾野の言い分は半分以上当っていたのだが

浩太は話を逸らしてしまった。


「ああ、新聞にも載っていたからね。それが

どうかしたのか。」


「そのコンクリートを割って調べるっていう

んで、桂田と二人で見に行ってたんです。そ

したら、底が見えないほど深い穴が出てきた

んですよ。何かあると思いませんか?」


「何かって何があると云うんだ。」


「だから、古きものどもの巣とか。」


「君の発想は飛躍し過ぎだな。そんな話がそ

うそう転がっている訳が無いだろうに。私も

アーカム財団の非常勤顧問に任命されてから

今日まで、その手の情報は一切入って来てい

ないんだから。」


 綾野にはそれが不満、と謂うような口ぶり

だった。クトゥルーの復活を阻止してから半

年以上が経っている。その間、何の活動もし

ていない自分が、何か取り残されているよう

な気持ちになっているのだ。


 その辺の気持ちはほぼ同じ経験をした者の

立場として正確に理解している浩太だったの

で、綾野をこの話に巻き込む自信はあった。

浩太は綾野と一緒に穴の中へ調査に行く方法

を見つけるつもりでいるのだ。そのへんは、

アーカム財団や綾野自信の人脈を最大限に利

用する魂胆だった。




3 調査隊


 翌週の月曜日6月24日の午前10時、綾

野と浩太は調査に行くという大阪府立城西大

学付属地質学研究所のスタッフと共に調査隊

の助手として例の穴の現場に居た。


 その後の調査で穴の深さは約200m程度、

直径は3mでほぼ円筒状に続いているらしい。

力学上も地質学上もありえない穴だった。


 そして、底には横穴が続いているようだ。


 大型のクレーン車で吊り下げられたカーゴ

に乗って調査員達は次々に底へと降りていっ

た。一度には5名づつしか降りられないので、

綾野たちは5回目のカーゴに乗った。総勢2

4名の調査隊だ。記録用の撮影スタッフも4

名含まれているので、純粋の調査隊としては

18名となる。


 調査隊の隊長は城西大学工学部の橘良平助

教授だった。彼は先日亡くなった帝都大学の

橘教授の孫で綾野の2年後輩だった。悪い言

い方をすれば、多少手を抜いて講師に留まっ

ていた綾野と違い橘は優秀な学者で、いずれ

帝都大学に戻って工学部教授になるだろう、

と噂されている。


 綾野達最終のカーゴが底に着いた時には先

発隊が横穴に侵入を開始してから半時間が経

過していた。


「さあ、一緒に行きましょう綾野先輩。」


「先輩は止めてくれよ、お前は助教授でこの

調査隊の隊長なんだから。」


「でも僕にとっては昔世話になった先輩に変

わりはないですよ。祖父もよく先輩の話をし

てくれました。酒もタバコも女も全部先輩に

教えてもらった恩があります。」


「おいおい、生徒の前で何て話をするんだ。

それに確かに教えはしたが全部直ぐに止めて

しまったじゃないか。」


「一通り経験すれば、あとは特に興味が湧き

ませんでしたからね。でも本当に感謝してい

るのですよ。でなければ、今回の申し出もお

断りしていました。先輩だから受けたんです

から。悪いですが、岡本先輩からなら断って

いたでしょう。」


「誰の前で話をしていると思っているんだ、

彼は優治の甥なんだぞ。」


 私の直ぐ後ろでバツの悪そうにしている浩

太君を紹介するときに優治のことを話してい

る暇が無かったので、橘隊長は知らないこと

だったのだ。彼は優秀な学者ではあるが、世

俗のことには多少鈍いところがあって、どう

も優治とも馬が合わないようだった。学生時

分から何かと言えば私に相談に来ていたので、

当然優治とも顔見知りだったのだが、自分か

ら優治に話し掛けたところを見たことが無い

程だった。


「そうだったんですか、彼が優治さんの甥ご

さんでしたか。橘です。はじめまして。」


「さっき上でご挨拶はさせていただきました

が、綾野先生の生徒で岡本浩太です。先生と

は教授のお葬式のときにお顔だけは拝見しま

した。」


 私と浩太君と優治は橘教授の葬式に一緒に

参列していた。あのときは場合が場合でもあ

り、参列者が大勢いたので、特に孫の橘助教

授には声を掛けずに帰ったので、当然浩太君

も紹介が出来なかった。


「祖父の葬式に来てくれていたのですか。そ

れはありがとう。」


 橘助教授は人柄はいたって素朴なのだ。他

人を嫌っているのではなく付き合うことが苦

手なだけなのだろう。私は教授のところによ

くお邪魔していたので、古くからの顔見知り

だったのだ。


 とりあえず、二人の気まずくなりそうだっ

た雰囲気は回避できた。私達は調査隊の一番

後ろから横穴へと進んで行った。


 横穴の直径も3mの円柱状のものが横に見

える範囲ではずっと続いている。先発隊から

の有線連絡では、100m以上進んでいるが、

様子は変わらないそうだ。穴は真西に向かっ

て延々と続いていた。


 300mほど進んだところで、先発隊は立

ち止まっていた。後発隊を待っていたことも

あるのだが、そこでまた大きな穴が真下にあ

いていたのだ。底が見えないことと、持ち込

んだ装備では降りられない深さのようなので、

仕方なしにもう一度出直すことになってしま

った。


「3日後にもう一度、装備を整えて調査に入

ることにしよう。」


 最終的に隊長である橘助教授が判断を下し

た。


 地上に戻った綾野と浩太は仕方なしにとり

あえず、大学の講師室に戻った。


「結局何も判らなかったな。あの下には何が

あるんだろうか。」


「今度は僕も連れてってくださいよ。岡本だ

けじゃなくて。」


 桂田も聞きつけてやって来た。


「二人でも説得するのに苦労したんだがな。

まあ、橘もああいう奴だから、私の言うこと

なら多少のことは大目に見てくれるかもしれ

ない。」


「だめですよ、綾野先生。本当は何か掴んで

いるんじゃないのですか。どうも昨日から様

子がおかしいように見えます。」


 綾野の態度はどことなく調査隊を先に進め

たくないような口ぶりが浩太には感じられた。

橘助教授ももしかしたら感じていたのかも知

れない。だから新しい竪穴が見つかった段階

で直ぐに一旦撤退することを決めたのかも知

れない。


「かなわないな、君には。実はアーカム財団

から連絡があって、調査は慎重にやるように

指示が来たんだ。何かの情報を掴んだらしい。

詳しくは判らないんだが、やはりあの地下に

は何かが隠されていることは間違いない、と

いう報告だった。」


「そんなことだろうと思いましたよ。興味が

ないなら調査隊に加わらないだろうし、興味

があるのなら橘隊長が撤退を決める時に何か

云うはずだと思っていました。先生が何も言

わなかったのは撤退を望んでいたとしか思え

ませんから。それでどうするつもりなんです

か。」


 綾野は直ぐに地下の調査についての報告を

財団にしたうえで、指示を受けた。その結果

城西大学の調査については、今日の時点で打

ち切りとし、後はアーカム財団関西支部(一

度壊滅された後、再興されつつある)に行わ

せることで全ての関係各所に指示を出すこと

になった。


 調査は明後日、隊長は綾野が務めることに

なる。浩太は勿論、今回は特別に桂田利明も

参加する。綾野の助手として浩太が、さらに

浩太の助手として桂田という役割だ。


 打ち合わせを一通り終えた綾野たちは帰路

に着いた。浩太と桂田のアパートまでは大学

から徒歩で10分とかからない。綾野のアパ

ートは少し離れているので自転車で毎日通っ

ている。それでも自転車で7,8分という距

離だった。大学と南彦根駅のほぼ中間ぐらい

の位置である。それぞれのアパートに向かっ

て反対方向に別れた。




4 繰り返される悪夢


 綾野がアパートに着いて、部屋に入ろうと

ドアを開けたときだった。


「綾野先生ですね。」


 1年前、その台詞でクトゥルーを復活させ

ようとする事件に関わってしまった。また繰

り返すのだろうか。前回と違うのは女性の声

なのと、すでに何らかの事件に巻き込まれて

いる可能性がある、ということだった。どち

らも良いこととは思えない。綾野の頭を不吉

な予感が過ぎった。


「そうですけど、あなたは。」


「突然お邪魔をしまして申し訳ございません。

今朝からお宅と大学のほうに何回かご連絡を

させていただいたのですが、ご不在だったも

のですから。」


「そうですか、確かにずっと外に出でいまし

たから。それで?」


「はじめまして、私は鈴貴産業の拝藤ともう

します。」


「ちょっと待ってください、鈴貴産業と云え

ば、ダゴン秘密教団の。」


「そうです、そのとおりです。でも勘違いし

ないで下さい。我が主は数十年の間復活する

機会を失ってしまいましたが、今回あなたに

お話があることは、直接我が主と関係のある

ことではないので、あなたと敵対するつもり

はありません。ここでは詳しい話でできませ

んから、中へ通していただけませんでしょう

か。」


 日本人には見えるが、整いすぎた顔立ちは

美しいというより妖艶という表現のほうが当

てはまるような二十歳そこそこの女性だった。

もしかしたら新たなる厄災を運んできたのか

も知れない。私を何に利用しようと云うのだ

ろうか。田胡氏には一瞥以来遭っていない。

勿論今は田胡氏ではないかも知れない。名実

共に、だ。


 ある程度覚悟を決めて彼女を部屋に通した。


「綾野先生には初めてお目にかかります。私

は田胡氏の同僚とでもいいましょうか、先程

も名乗りましたが、拝藤と申します。先生に

は正体を隠すつもりはありませんが、多分ご

想像される通りです。」


「あなたは、あなたの主の復活という一大事

の時になぜ居なかったのです。」


「疑問に思われるのは当然です。田胡と私が

居れば先生達の活動も無駄に終ったかも知れ

ませんものね。でもあの時私は丁度冬眠の時

期に当っていたのです。数百年周期に一度十

年間は目覚めないのです。私が目覚めた時に

は全ては終っておりました。本当に残念なこ

とです。」


 何か他人事を話しているように見えるのだ

が、本当は怒り心頭に発しているのではない

だろうか。穏やかな顔からは想像できない。


「貴女にとっては残念でしょうが、人類にと

っては幸いでした。」


「今日はそんな話を蒸し返しに参った訳では

ないのです。今日先生が眼になさった事に関

してある申し出をもって参ったのです。」


 拝藤女史の言葉には人を騙そうとか、何と

か説得しようといった気負いや衒いは無い。

ある意味、田胡氏や彼女には、その眷属であ

り手下とも言うべき深き者どもやインスマス

面の人間達より信頼が置けるのかも知れない。


 その彼女の話とはいったいどんなことなの

だろうか。


「私が見たものとは?」


「綾野先生が今日ご覧になった縦穴のことで

す。あの穴の更に深いところには何があると

お思いですか。」


 私は、正直な感想を述べた。


「今得ている情報からは、どんな結論も推論

も建ててはいません。ただ、貴女がいらっし

ゃったこと、地の底深くに存在するかもしれ

ないもの、そう考えていくと自ずと想像はつ

きます。それが正確なのでしょう。」


「さすが、ご明察、とでもいいましょうか。

その通りでございます。彼の者は我が主とは

全く別者なのですが、人類から見ればおなじ

『旧支配者』の範疇に入れられているのでし

ょう。」


「そうでしょうね、私達にとっては強大な力

を持っている点であなた達の主と遥かなる地

下世界に封印されているものとの違いはあり

ません。共に封印を解くわけにはいかない存

在としては全く同じですから。」


 拝藤女史の話は先が見えなかった。地の精

として分類され、ハイパーボリアのヴーアミ

タドレス山の麓にある深淵に閉じ込められて

いる筈の『ツァトゥグア』について、彼女が

一体どんな話があるというのだろうか。


「しかし、なぜあんなところに穴が繋がって

いたのでしょう。」


「そのことについては、私どもでも情報は掴

んでおりません。彼の者については他の星か

らやってきたことも含めて謎が多いのです。

我が主も他の天体からやってきた事はおなじ

なのですが。」


「なるほど、それで私に一体どうしろと仰る

のですか?」


「先生には今の調査を直ぐに止めていただき

たいのです。信じていただけないのかも知れ

ませんが、それが先生達にとって最善の選択

となることでしょう。」


「どういう意味ですか。なぜ、調査を止める

ことが最善の選択になるのです。それはあな

た達にとってどんな影響を及ぼすと言うので

すか。」


 彼女の申し出は全く以って納得のいくもの

ではなかった。単純にツァトゥグアの開放を

助けるためだけに私達の調査を止めさせたい

のなら、そんな話は利ける訳が無い。ただ、

そんな一方的な話で態々出向いてくるとも思

えなかった。何か裏がある筈だ。


「私達にとっては主の復活が全てであって、

他の神々、敢えて神々と呼ばせていただきま

すが、その神々の封印を解くことについて積

極的に手助けをするつもりはないのです。む

しろ、他の神々が復活して我が主が封印され

たままとすれば、私達は他の神々に滅ぼされ

てしまうかも知れないのです。ツァトゥグア

やクトゥグアについては、特に気を付けなけ

ればならないと思っております。ナイアーラ

トホテップは全ての味方であり全ての敵でも

ありますので。もともとナイアーラトホテッ

プは封印されているようには見えないかもし

れませんが。」


「そんな風に名前を呼んでも大丈夫なのです

か?私達が言葉にすれば大変なことになって

しまうでしょうに。」


 拝藤女史は落ち着いている。何を畏れてい

るのか、理解できない風だった。

「ああ、私やあなたが口にしても多分大丈夫

ですよ。あなたたちはとても気にしておられ

るようですが、元々彼の者達の名前は人間に

発音できない部分が必ず含まれていますので、

ナイアーラトホテップなどが聞き耳を立てて

いない限り大丈夫です。ただ、この部屋はナ

イアーラトテップにとっても興味がある人間

が住んでいるので聞かれているかも知れませ

んね。」


「おっ、驚かすつもりですか。でも大体の話

は判りました。つまり、貴女の主に敵対する

ような旧支配者の復活は望んでいない、と言

うことですね。でもそれなら調査を続けるほ

うが、貴女の意向に沿うのではないのです

か。」


「そう結論を急がないで下さい。その辺りを

これからお話するつもりなのですから。」


 それから、拝藤女史が話した内容は全くも

って驚くべき内容であった。




5 若かりし暴走


 翌日、私は城西大学の橘助教授に連絡をと

った。再調査の日は明後日なのだが、どうし

ても今日会いたい、と伝えたのだ。


 午後になって橘助教授は琵琶湖大学の綾野

の講師室に到着した。


「どういうことですか、綾野先輩。調査を中

止しろというのは。」


 着くなり橘は捲くし立てた。綾野から調査

を中止して欲しい、理由は会ってしか話せな

い、直ぐに来て欲しい、と連絡を受けたのだ。

何が何だが判らず、とりあえず飛んできたの

だった。


「まあ、待たないか。これから順を追って話

すのだから。」


 それから私は昨日、拝藤女史から聞いた話

を、とりあえずは彼女を信じることを前提と

したうえで話した。最初は懐疑ぎみに聞いて

いた橘だったが、次第にことの重大さに気付

いたのか、多少蒼白な顔になって神妙に聞き

入っていた。最後まで聞いて、直ぐに結論を

出した。


「判りました。その話が本当ならば、調査は

中止するしかないのでしょうね。でも確かな

情報なのでしょうか。その拝藤という女はど

れだけ信用できるのかが一番の疑問ですね。

それとうちの教授や調査を依頼してきた市の

関係者をどう説得するかが問題ですね。まあ、

そっちのほうは私に任せてもらって結構です

けれど、先輩はどうするつもりですか。」


「私はどうもしないよ。それが一番ベターな

選択だろうからね。橘も動かないほうがいい

よ。判っているだろうけれどね。それと拝藤

女史はある程度信用してもいいと思うな。最

近のアーカム財団の調査においても、主神ク

ラスの確執についての文書は数多く確認され

ているようだから。ただ単純な相関関係では

ないようだけれど。」


「その辺は先輩のほうが専門ですから、先輩

の意見に従うことにしますけれど、自分の身

の危険が迫っていると言及されているのに、

少し無用心すぎるのではないですか。」


 綾野もまさかそれほど自分が様々の意味で

注目されているような存在になっているとは、

拝藤女子から指摘されるまで夢にも思ってい

なかった。


 何とか橘助教授を説得した綾野は、もっと

説得しがたい岡本浩太を学内で探した。しか

し、浩太の姿は何処にもなかった。朝の講義

には顔を出していたので、昼から帰宅してし

まったのかも知れない。綾野は浩太のアパー

トに電話をかけてみた。


 しかし、岡本浩太は留守だった。桂田にも

連絡を取ろうとしたがやはり留守であった。


 妙な不安が綾野を包んだ。もしかしたら橘

との会話を聞いていたのかも知れない。調査

が中止になることだけ聞いていたとしたら、

二人のことだ、自分達だけで穴に潜ってしま

うかも知れない。話を最後まで聞いていたと

したら、例え浩太でも無茶はしないはずなの

だが。


 綾野は慌てて穴のあいている現場へと向か

った。穴のあいている現場は、大学から自慢

の愛車(自転車)で10分と近いところにあ

る。直ぐに着いた。案の定、クレーンのワイ

ヤーが穴の中へと伸びている。誰かが穴に入

ったのだ。ワイヤーはカーゴからでも操作で

きるので、二人とも地下へと向かったのだろ

う。穴の形状がどう変化しているかも知らな

いで。


 仕方無しに綾野は橘に連絡を取った。二人

を連れ戻すために自ら地下に降りることを伝

えるためだ。ところが、連絡を受けた橘助教

授は、自分も一緒に行くと言い出した。一人

ではあまりにも危険だ、と云うのだ。


 綾野としては、自分達がもし戻らなかった

ら、事情を理解している橘に後のことを託す

つもりでいたのだが、橘もがんとして聞かな

かった。自分が行くまで待っていて欲しい、

の一点張りだった。


 南彦根駅に着いたところだった橘助教授は

直ぐにタクシーで現場に着いた。


 そして、急場で揃えられるだけの装備を持

って綾野と橘助教授は昨日に続き穴の中へと

降りていったのだった。


「なんか、昨日より穴の深さが浅い気がする

な。」


 岡本浩太と桂田利明は、桂田が綾野の講師

室の前で立ち聞きした話によって穴の調査が

中止されることを知った。直ぐに二人は相談

をし、二人だけでもう一度穴に入ってみるこ

とにしたのだった。


 浩太は昨日調査隊の一員として降下したの

だが、桂田は連れて行って貰えなかった。そ

れが中止ともなると、二度と地下へは潜れな

いかも知れない。情報提供者として、桂田は

浩太を連れ出し、とりあえず最初の底まで降

下することにしたのだった。


「昨日の半分ぐらいしかかかっていないよう

な。」


「どういうことだよ、穴が埋まっちゃったと

でもいうのか。」


「いや、そうじゃない。底の雰囲気は昨日と

同じだけれど何か微妙に違うんだ。」


 浩太は何処か違和感を覚えていた。どうも

昨日と違う。ただ目に入る物は昨日と全く同

じだった。でも何かが違う。


 底からは横穴が続いている。昨日は真西に

300mほど進んだ筈だった。二人は懐中電

灯の明かりを頼りに進んだ。ところが、昨日

発見された新たな縦穴がいつまで経ってもな

かった。


「やっぱり変だ。縦穴が無いよ。」


「ああ、調査が延期になった原因の穴だよな。

同じ様に直径3m位の垂直の縦穴だったんだ

ろ。」


 ちょうど、今降りてきた穴と瓜二つの穴が

ぽっかりと開いていた筈だった。どこに行っ

てしまったのだろうか。


「引き返した方が良さそうだな。綾野先生に

も中止になった理由を確認したいし。利明、

戻ろう。」


「でも、昨日より横に進めるなら、行ける所

まで行って見ようや。俺達が重大な発見をす

るかも知れないんだぜ。地下遺跡の発見者、

岡本浩太と桂田利明って歴史の教科書に載っ

ちゃうかも。」


 桂田は事態の重さが全く認識できていない

のだ。何故最初の縦穴は短くなっているのか、

二つ目の縦穴は無くなっていて横穴が続いて

いるのか。浩太は厭な予感がしたので、桂田

を説得しようとするのだが、どうも危機感が

無い桂田は自分だけでも行くと云って聞かな

い。浩太は仕方無しに一緒に奥へと進むこと

にしたのだった。


 昨日の倍ほど進んだところで、急に桂田が

立ち止まった。前方が明るく開けたのだ。


「なんだ、これは。」


 そこには巨大な空洞があった。


「そんな馬鹿な。どう見てもここの高さはさ

っき降りてきた深さを遥かに越えている

ぞ。」


 巨大な空洞の広さは一目では確認できない

ほどだった。高さも肉眼では確認できない。

上の方は霞んでしまっているのだ。向こうの

方に高い山のような物が見えている。遠近感

が掴みにくいので実際に間近まで近寄って見

ないことにはその高さは計り知れないが、そ

うとうな高さであることは間違いなかった。


「何なんだここは。何でこんな所に巨大な空

間が存在するんだ。」


 さすがの桂田も想像もつかない事態に戸惑

っている。しかし、桂田は事態の本質には未

だ気付いてはいないようで、先に進むつもり

のようだ。浩太には絶対何かが隠されている

筈の場所に思える。たった二人で近づくこと

は自殺行為のような場所に。


 その頃、綾野と橘は穴の入り口に居た。二

人は相談して、とりあえず二人を連れ戻すた

めに穴に入ることにしたのだった。


「まったくもって若い者達の先走りには困っ

たものだな。桂田だけならまだしも、浩太ま

で一緒になって。」


「先輩、人の事は云えないのでは。昔は無茶

をした仲じゃないですか。」


 綾野と2年後輩の橘は帝都大学在学中に岡

本優治ともう一人の四人であちらこちらの遺

跡の発掘を、半ば違法なものも含めてやって

いた。宮内庁のブラックリストに載っている

メンバーだったのだ。綾野は卒業して直ぐに

合衆国に留学してしまったので、橘とはそれ

以来会っていなかった。


「まあ、そう云うなよ。橘も同罪だろうに。

仕方ないな、それじゃあ降りようか。」


 綾野と橘は先行している二人を追って穴の

中へと降りていった。


「あれはなんだ。」


 そこには想像を絶する高さの山が聳えてい

た。地上世界にあるとしてもかなりの高さに

なるだろう。頂上は霞んで見えない。浩太は

山に近づこうとする桂田をどうにか思い止ま

らせた。さすがの桂田も、在り得ない広さの

地下世界に、背筋がぞっとしていた。


「一旦戻ろう、綾野先生たちも連れてもう一

度来ることにしよう。」


 二人は直ちに今きた穴を戻った。しばらく、

口も利けないまま歩いていると、向こうから

懐中電灯の光が近づいてきた。


「あっあれは。」


 綾野と橘だった。


「君達、いったいどういうつもりだ。勝手な

真似をして。」


「綾野先生、それどころの騒ぎじゃないんで

す。縦穴が無くなってしまったと思ったら、

巨大な空間が広がっています。あれは在り得

ない空間です。」


 浩太は会うなり捲くし立てた。綾野は何が

何だが判らなかったが、とりあえずその空間

を見て、確認した上で対策を考えることにし

て今度は四人で奥へと進んだ。


 奥へ奥へと歩いて行くと、程なくさっきの

空間が広がっていた。


「なんなんだ、ここは。」


 普段冷静な橘助教授も、想像もできない広

さの地下空間には驚きを隠せなかった。


「綾野先輩、どういうことだと思います

か。」


「これは、さっきクトゥルーの件でも話をし

たように、どうも旧支配者達が幽閉されてい

たりする空間については、次元が歪められて

いる可能性が高いことの一例なのかもしれな

い。ルルイエが地球の各地に浮上ポイントを

持っていたように、この空間は何者かが幽閉

されている、と見たほうがいいようだな。」


「異次元空間に迷い込んだとでもいうのです

か。」


 四人で合流するまでの間に、多少は綾野た

ちがクトゥルーの復活を阻止した経緯を聞い

ていた橘助教授は、自らが理解できない超自

然現象があり、恐るべき生命体?が存在する

ことについても、ある程度理解しようとは思

っているのだが、どうしても現代の科学で解

決できる範囲での思考になれていることもあ

り、綾野の言葉は容易に納得できることでは

なかった。


 四人が呆然としているときだった。目の前

がなにかぼうっとぼやけてきたと思ったら、

白い靄が広がって1.5mほどの塊になった。

そして、そのなかから、何かが現れた。


「だれだ。」


 それは自然木で造ったと思われる杖をつき、

仙人のような顎鬚をはやした異様な風体の老

人だった。


「だれだ、とは失礼な輩じゃの。久しぶりに

まともな人間に会ったと思ったら、単なる礼

儀知らずだったとは、ほとほとなさけないこ

とじゃ。」


 老人は一人一人を値踏みするかのような目

で一通り眺めた後、徐に綾野に向かって話し

出した。


「お主は、どこぞで会った事が無いかの。ど

うも見覚えがあるような気がするんじゃ

が。」


「いいえ、ご老人。今初めてお目にかかると

思いますが。」


「そうか、よいよい。お主達は本当に運のい

いやつじゃ。その昔、儂が招魂の儀式をしと

ったものを台無しにしよったラリバール・ヴ

ーズとかいうコモリオムの人間をツァトゥグ

ア様への貢物にしてやったことがあった。今

日は虫のいどころもよい。お主達を貢物では

なく、ツァトゥグア様の元に連れて行ってや

ろう。どうせ、ここに来たのはそれが目的じ

ゃろうからの。」


「ツッ、ツァトゥグアが棲んでいる山なので

すか。するとここはヴーアミタドレス山の麓

であると。」


「そうじゃ、ここが魔峰と呼ばれるヴーアミ

タドレス山じゃ。そして、私の名はエズダゴ

ルという妖術師じゃ。それにしてもここに着

くまで、ヴーアミどもににさえも会わなんだ

と云うのか。お主たち、よほどの幸運の持ち

主であろう。でなければ、お主たちのその格

好では、奴らに襲われて命を落とすのがおち

じゃからの。」


 ふと岡本浩太が今来た道を振り返ってみる

と、そこには違う星の地表であるかのような

凸凹とした地表が延々と続いていた。


「綾野先生、あれを。」


「どうしたんだ。」


 同じように振り返った三人は一様に言葉を

失っていた。自分達が来た道は何処にも見当

たらなかった。


「何をごちゃごちゃと言っておるのだ。付い

て来るのか来ないのかはっきりせい。」


 ここはエズダゴルに従うしかない、と誰も

が思った。妖術師と自ら名乗るこの老人は身

なりは襤褸を纏ってはいるが、威厳というか

偉容は疑いないようなので、怒らせてしまっ

ては大変、と素直に付いていくことにした。




6 恐怖の山


 エズダゴルに連れられて暫くはそれほど傾

斜の無い坂道を登ったり下ったりしていた。

小一時間ほど歩いただろうか、やがて傾斜は

緩やかな登りのみになってきた。ヴーアミタ

ドレス山の途中にツァトゥグアの棲む洞窟は

あるというのだ。


「それ、あそこがツァトゥグア様が棲んでお

られる洞窟の入り口じゃ。心して入るがよい

ぞ。」


「えっ、ご老人は一緒に行って下さらないの

ですか?」


「儂か?儂は駄目じゃ。齢数千年を数える妖

術師ではあるが、ツァトゥグア様の御前に罷

り出るほどの度胸は未だに得られないのでな。

ツァトゥグア様は怠惰な邪神とも言われてお

るが、それは正鵠を得ておるのじゃ。例えば

儂などがその営みを乱すようなら忽ち更にお

ぞましい地下世界へと落とされてしまうじゃ

ろう。お主達も十分に注意をすることじゃ

な。」


 妖術師エズダゴルはそういい残すとふっと

文字通り消えてしまった。


「どうします、綾野先輩。」


 橘助教授と綾野は二人の生徒を無事に元の

世界に戻す責任があると感じていた。ここは

異次元の世界、ヒューペルポリアなのだ。も

しかしたら、時代さえも超越した世界なのか

も知れない。


「戻る方法を探すしか無いだろうな。今来た

道を戻るとしても何処に続いているのか見当

もつかない。」


「綾野先生、ここはひとつ先に進んでツァト

ゥグアに対面するしか無いんじゃないです

か。」


 浩太はある程度腹を括っていた。道を開く

には先に進むしか綯いように思えるのだ。


「そう簡単に云うが、相手はツァトゥグアな

んだぞ。旧支配者の中でも特に得体の知れな

い存在なんだ。」


「その、ツァトゥグアとかいうのは一体何の

ことですか。」


 橘助教授も桂田もその辺りの知識は持ち合

わせていなかった。


「ツァトゥグアとはC・A・スミスによると

サイクラノーシュから来た旧支配者のひとり

(?)で、ヴーアミタドレス山の地下洞窟に

幽閉されていると言われている。サイクラノ

ーシュとはムー・トゥーランにおける土星の

ことらしい。ただ私は鵜呑みにはできないと

感じているんだが。それと四大要素の分類と

しては地の精とされているんだが、それもど

うだかと思うね。土星、洞窟というアイテム

によって後から付けられた可能性が高いと思

っているんだ。いずれにしてもツァトゥグア

そのものについての言及は余りにも少ない。

スミス以外は無い、といってもいいくらいな

んだ。私の調査・研究の対象もクトゥルーの

他の旧支配者についてはナイアーラトホテッ

プのみが封印されていない関係もあって、そ

のふたり(?)以外は殆ど進んでいなかった

のが現状なんだ。」


「先生、講義している場合ではないのじゃな

いですか。」


「悪い悪い、つい夢中になってしまった。そ

れにしても洞窟に入るのか、もと来たと思わ

れる道を引き返すのか、決断しなければなら

ないことは確かだな。どうする橘。」


「ここは私の専門分野じゃないですから。先

輩の意見に従いますよ。私ももっと祖父にそ

の辺りの話を聞いておけばよかったと後悔し

ています。先輩と祖父の会話にはなかなか入

り込む余地が無かったから、あんまり興味は

無かったのですが、そんな非現実的で空想的

な話を大の大人がどうして真剣に話せるのだ

ろうって何時も不思議に思っていたものでし

た。今ごろ事の重大さに気付くなんて、なん

と知恵が浅かったことか。」


「そう落ち込むことはないよ、だれだってこ

んな話が現実にわが身に降りかかって来るな

んて想像もしないだろうからね。ラヴクラフ

トはただの恐怖小説家だと思っている輩や、

その存在自体知らない人が大勢いるのだか

ら。」


「そうですよ、日本クトゥルー学会の会員の

大半はただの恐怖小説愛好家ですから。危機

感をもっているのは綾野先生や無くなった橘

教授の他にはほんの一握りでしたから。僕も

伯父のことがなければ、ただの一ファンの域

を出なかったでしょう。」


 三人の話に桂田はついて行けなかったが、

生来の楽天家である本領を発揮して提案した。


「とりあえず、そのツァトゥグアとやらに会

って見ましょうよ。道が開かれるのは大体そ

ういう勇気ある行動の結果である場合が多い

でしょう。冒険小説の鉄則ですよ。」


「おいおい、小説と一緒にしないでくれよ。

でも浩太も桂田も同じ意見なら、当ってみる

しかないのか。」


「砕けてしまうかもしれませんけどね。」


 四人は意を決して洞窟の奥へと進んでいく

のだった。




7 ツァトゥグアとの邂逅


 四人が進んでいく洞窟は、強固な岩盤を刳

り貫いたように見えていたのだが、実際足を

踏み入れてみるとどうも足元が軟らかかった。

なにか巨大な生物の食道の中を歩いているよ

うな感じがした。なにかぶよぶよとしている、

とでもいうのだろうか。土、というよりは岩

なのだが。


「なんなんだ、この洞窟は。」


「壁もぬめぬめとしているようだね。」


「先生、そんな落ち着いて言わないで下さい

よ。先に何が待っているか判らないとき

に。」


「桂田、お前に言われたくはないぞ。」


 いつも能天気な桂田に注意された綾野は多

少反省しながら先頭に立って進んだ。全員懐

中電灯は持参していたのだが、自然の光が薄

暗くはあるが、発光している。光苔の一種だ

ろうか。



 洞窟は一本道だった。30分程降ったとき、

少し広いところに出た。


「ここは何かあるんじゃないか。」


「スミスの小説ではヴーアミタドレス山の洞

窟は何が棲んでいるのでしたっけ。」


 綾野も岡本浩太もC・A・スミスはまだ研

究の対象にしていなかったので、それほど精

通している訳ではなかった。ツァトゥグアに

ついては、そのほとんどがスミスの言及であ

ったので、事前の知識がそうあるとは言えな

い。


「あっ、あそこに何かいますよ。」


 桂田利明が最初に見つけて叫んだ。見ると

確かにそこには何か物体が存在している。ツ

ァトゥグアなのだろうか。


「動いた。」


 その物体は体、というものであると言うの

ならそれは背中であったらしきものを此方に

向けていたようで、振り返ったとでもいうの

だろうか、此方を向いた。


 それは、なんとも表現しがたい物体だった。

スミスの言及のなかで、ツァトゥグアは蟇蛙

に例えられていた筈だが、それはかなりその

ものを人間に判りやすい例えとして言い表し

ているだが、それはとても蟇蛙と言えるよう

な物ではなかった。


 全体の形だけの話であれば、人間が認識で

きる一番近いものとすれば、確かに蟇蛙しか

思い浮かばないのだろう。そう云う意味では、

蟇蛙という表現はそう間違いではなかった。



「何者だ。」


 その物体は到底人間の言葉を話すようには

見受けられないものだったが、その言葉を発

した者は、四人以外の者だった。ただ、それ

は本当のところは言葉として耳から入って来

たのではなく、そういう意味として認識でき

る思考として直接頭の中に響いてくる言葉だ

った。


「私達は妖術師エズダゴルに連れられこの洞

窟に来ました。そして、この世界には迷い込

んだとしか言い様がありません。四人の関係

だけ言いますと此方の二人は生徒ということ

になります。」


「お前達の関係など興味はない。何故にここ

に参ったのだと聞いておるのだ。」


「ですから、ただ迷い込んだだけだと。」


「そうではあるまい。お前とお前。その二人

にはなにか懐かしい臭いがしておるぞ。これ

は遥かな昔、我とともに戦った者達の臭いで

あろう。クトゥルー、ダゴン、ハイドラとそ

のような名であったか。」


「あなたはツァトゥグアなのですね。」


「それは我の名である。しかしその名で呼ば

れることはもはや無いであろう。我がここに

縛り連れられて久しい。懐かしい臭いをさせ、

我が名を呼ぶとはお前達は何者なのだ。」



 ツァトゥグアは、どうも困惑している、と

いった感じが伝わって来た。長い間ここを訪

れる人間は居なかったのだろう。


「エズダゴルとは何者であるのか。我はその

ような者は知らん。我には永劫の時間がある

のだ。我を訪ねて参った理由を言うが良い。

存分に聞いてやろう。」


「私達はただこの世界に迷い込んでしまった

だけなのです。元の世界に戻りたいのです。

その方法を教えていただけるのならお願いし

たいのですが。」


 綾野の他の三人は目の当たりにしたツァト

ゥグアに圧倒されて一言も話せなかった。


「ここから出る方法だと。それを我に聞きた

いと言うのか。なかなか人間としては畏れを

知らない部類の者らしい。一体どれほどの間

我がここに幽閉されているのか、知ったうえ

で言っておるのか。まあよいわ、我にはお前

達を元の世界に戻す義理は無い。反対にお前

達を元の世界に戻してやっても今の我の状況

に変わりはないであろう。さて、どうしたも

のか。それとも、我をここから連れ出してく

れるとでも言うのかな、侵入者達よ。」



 それは神とでもいうべき者の、だが切実な

る願いであったのかもしれない。計り知れな

い過去の旧神との戦いに破れ、この洞窟に幽

閉されてから、ごく稀に迷い込む者達を相手

にすることにも久しく無かったからだ。


 この洞窟に訪れた人間はかのコモリオムの

ラリバール・ヴーズ卿が、これも妖術師エズ

ダゴルに呪いをかけられて貢物にされて以来

絶えて居なかった。


「ツァトゥグアよ、私達にはそのような力は

ないのです。逆にあなたの力を借りようとこ

こまで来たのです。なんとか、私達を元の世

界に戻す術を教えていただけませんでしょう

か。」


 綾野は正直に頼んだ。ツァトゥグアを開放

するというような嘘はついても直ぐにばれて

しまうに違いないのだ。それなら、駄目元で

正直に頼んだほうがマシだった。嘘をついて

怒らしてしまっては元も子もない。


「そうです、なんとかこの子達だけでも帰し

たいのです。」


 橘も綾野と同じ気持ちになったのだろう。

恐怖の中でやっとの思いで搾り出したような

声で言った。実際ツァトゥグアの外見と言え

ば、その姿を見ただけで発狂する者がいる、

と言われていることが十分窺える容姿だった

のだ。頭の中に響いてくる声(思念)はごく

穏やかなのだが、外見とのギャップで逆に恐

ろしさが増しているくらいだった。



「なるほど、お前達の話は良く判った。それ

ならば、お前達を元の世界に戻してやろう。

我は幽閉されているとはいえ、そのぐらいの

ことなら簡単なことだ。ただ、お前達がこれ

から与える使命を果たせたら、その果たし具

合によって戻す人数を変えよう。うまく行け

ば全員戻れる、という訳だ。悪い話ではある

まい。」


「ありがとうございます。でもその使命とは

一体?」


「なに、簡単なことだ。我の使いとしてアブ

ホースの元へと行って来てもらいたいのだ。

ご機嫌伺い、といったところだ。」


「それはまさか、私達にアブホースの生贄に

なれ、ということですか。」


「違う違う、そうではない。お前達は我の使

いとして、更にこの洞窟を地下へ地下へと降

りていけばよいのだ。ただそれだけで、アブ

ホースの元に辿り着けるだろう。彼の者は産

み出す者であって、生贄を捧げるようなこと

はないのだ。我も生贄などを欲しているわけ

ではない。何を勘違いしたのか、時折我に生

贄を差し出す者がいるようだが、実は困って

おったのだ。お前達が言っておったエズダゴ

ルなどという者はその勘違いしておるうちの

一人であろう。」



 なにか、どうも話が変だ。ツァトゥグアは

本来生贄を好むと伝えられている。ヴーズ卿

の場合はたまたま生贄を飽食していたので蜘

蛛の神アトラク=ナクアへの生贄にしたとス

ミスは言及していた筈だ。


「地下に降りていく途中には様々な試練が待

っている、という訳ですか。」


「それも違うな。アトラク=ナクアやアルケ

タイプ達は今でもこの地下に棲んでおるかど

うか、我には預かり知らぬことだ。彼の者達

は別に我のように幽閉されている訳ではない

のでな。このヴーアミタドレス山の地下洞窟

に幽閉されているのは我とアブホースのみだ。

他の者達は勝手に棲みついておるだけなのだ。

いつまで居るものか知れたものではない。」


「なるほど、場合によっては何事もなくアブ

ホースの元に辿り着けるということですか。

それで、アブホースの元に辿り着いたとして

そこで何をすればよいのですか。」


 ツァトゥグアの考えはどうも読めなかった。



「お前達に与える使命は、ただアブホースに

会う、それだけだ。他意はない。ただ、四人

一度にいっても詮無いことであろう。だれか

一人にするがよい。だれが行くかを選べ。」


「では私が行きましょう。」


「先輩、それはだめです。私が一応調査隊の

隊長なのですから、ここは私の命令に従って

もらいますよ。」


「二人とも、さっきから僕達だけを助けるよ

うなことばっかり言って、4人全員で戻らな

くちゃ意味ないでしょうに。ここは若い僕が

いきますよ。いいでしょう。」


 桂田を除いて三人はそれぞれ自分が行くと

きかなかった。


「お前達が決められないのなら、我が決めて

やろう。お前は左眼。」


 そういってツァトゥグアは綾野の方を見た。

もしかしたら指差したのかもしれない。何処

が腕で何処から手なのか判別がつき難い。


「お前は右眼。」


 今度は橘の方を見たように思えた。


「そしてお前は上半身、お前は下半身。」


 岡本浩太、桂田利明を順に見た。


「それで一人として行くが良い。それ以外の

体は此処に残ってもらおう。」


 ツァトゥグアがそういった途端、綾野の視

界の右が無くなった。身体は夢遊病者のよう

にのろのろとツァトゥグアに近づいていく。

そしてぶつかろうとしたとき、そのままずぶ

ずぶと音をたててツァトゥグアにめり込んで

しまった。橘の身体も同じように。岡本浩太

下半身だけ、桂田利明は上半身だけがツァト

ゥグアに吸収された。


「こっこれは一体。」


 綾野が喋ろうとしても、声は岡本浩太の声

だった。


「どうしてしまったんですか。」


 橘が喋ろうとしても岡本浩太の声だった。


「僕の声でみんな喋べっている。」


 四人が合体させられてしまったのだった。


「そのまま、アブホースの元へと行くがよ

い。」




8 深淵への誘い①


 左眼が綾野祐介、右目が橘良平、上半身が

岡本浩太、下半身が桂田利明の四人が合体し

たその者は仕方無しに洞窟の地下へ地下へと

進んで行った。本来蜘蛛の神アトラク=ナク

アの住まいであったと思われるところまで辿

り着いた。しかしそこには何も居なかった。

空になってからかなりの時間が経っているよ

うだった。


 その辺りは大きな亀裂がたくさんあったの

だが、そのすべてに立派な橋が掛けられてい

る。ただ、その橋の素材は見当もつかないも

ので出来ていた。


 更に地下へと進んでいくと、千柱宮殿が現

れた。妖術師ハオン=ドルの居城であるとこ

ろの宮殿にも人の気配は無かった。ハオン=

ドル本人もその使い魔たちの姿も無い。打ち

棄てられてからここも永劫の時を経ているよ

うに見えた。


(なんだか、遺跡ばかりで何も居ないじゃな

いですか。どうしてしまったんでしょう

か。)


 四人は互いに岡本浩太の頭の中で会話が出

来た。声に出してしまうと全て岡本浩太の声

なので紛らわしい。


(どうしてしまったのだろうね。一番上のツ

ァトゥグアは健在だったし、一番下のアブホ

ースも未だ幽閉されている筈だが、その間に

棲み付いていた者達はみんな何処かに行って

しまったようだね。)


(あとは何がいるんでしたっけ。)


(次は蛇人間で、その次がアルケタイプの筈

だけれど。)


(何ですか、その蛇人間ってのは。)


 桂田は大の蛇嫌いだった。想像するだけで

鳥肌が立ってしまう。四人の合体した一体は

下半身だけが鳥肌が立っていた。


(蛇人間はとても科学の発達した種類の生物

で、その顔が蛇のようなのでそう呼ばれてい

るだけだろうね。ただ、あまり気持ちいいも

のではないかも知れない。)


 四人(?)が更に下へと進んでいくとそこ

には何かの実験室のようなものが現れた。蛇

人間の実験室のようだった。


 中へと入ってみると、ここにもやはり動く

ものは何も居なかった。ただ、ここには大き

な円柱状のガラスケースに入れられた数々の

生物の標本が並べられていた。何かの透明な

液体に浸されているが、生きてはいないよう

だった。


 そのうちの一つには「Human」という

プレートが付けられている。ただ、そのケー

スは割れてしまっていて、中には何も居なか

った。


 他には大人よりも大きいサイズの、胎児と

しか表現できないようなもの(成長すると巨

人と呼ばれるようなサイズになりそうだ。)

や、蚯蚓と百足のあいのこのようなものなど

が見受けられる。通常地球上には居そうも無

いもののオンパレードだった。ただ、その設

備を見ると綾野や橘でも理解できないものが

たくさんあった。かなり科学の進んだ種族で

あったことは間違いないようだ。


 その進んだ科学を持っているはずの蛇人間

達はいったい何処へいってしまったのだろう

か。


(綾野先輩、結局地下には何も居そうにあ

りませんね。ツァトゥグアの真意はどこにあ

るのでしょうか。)


(判らないな。何故アクラノ=ナクア達が居

なくなってしまったのか、ツァトゥグアはそ

の無人の地下世界に何故私達を送ったのか。

ここまでの様子では見当もつかない。)


(判らないときは、先に進むしかないですよ、

両先生方。)


(利明の言うとおりです。少なくともアブホ

ースは居るはずですから。)


 意識の中で融合しかかっているので、四人

には互いの気持ちがストレートに伝わってし

まうようだ。四人とも不安でしようが無いの

だが、勇気を振り絞って先に進もうとしてい

る、という点で全員の考えは一致していた。


 研究所の施設を出て更に地下へと進んでい

くと、遠く先に何かが動いたように見えた。


(今、何か動きませんでしたか。)


 右目の橘助教授が意識した。


(確かに何かふわふわとしたものが動いたよ

うだな。)


 左眼の綾野にも何かが動いたように見えた。


(行って見ましょう。)


 ツァトゥグアに会って以来初めて出逢う何

者かに不安と期待が入り混じっているが、自

然と足が速くなってしまう四人(?)だった。


 近づいてみるとそれは、何か全体的には丸

いものとしか認識できないものであったが、

よく見るとほぼ人間の部品を有しているよう

だった。顔、手、胴体、足というような各々

の部位はかろうじて認められる。それは一体

だけが浮遊しているかのように移動していた。


「ちょっと待って。」


 それが人間の言葉を理解できるかどうかは

判らなかったが、とりあえず声を掛けてみた。


 それは、声に反応したのか、それとも理解

したのか、人間の感覚で言うと、立ち止まっ

たように見えた。


「なにか用か。」


 ツァトゥグアの時と同じようだった。脳に

直接伝わってくるのであって、それがそうい

う意味であると意識できるだけなのだ。


「あなたは一体何者なのですか。」


「人に向かって何者だと聞くことは失礼に当

るとは考えないのか。」


「確かに、でも私達にはあなたがどのような

存在であるのか、理解できないのでお尋ねし

ているのです。申し訳ありません。」


「まあ、いい。私の名はロングウッド、あな

た達人類が進化した形態と思ってもらってい

い。アルケタイプと呼ばれることもある。そ

れで理解できるか。それにしても、私達とは

妙なことを言う。」


 少しの間、アルケタイプは四人合体を見て

いた。


「なるほど、ツァトゥグアに身体を混ぜられ

ているのだな。奴のやりそうなことだ。奴の

言葉に耳を貸してはいけない。奴はただ永劫

の時を過ごすのに、退屈しているだけなのだ

ろう。」


 アルケタイプとは確かにヴーアミタドレス

山の地下世界に棲んでいると言われている人

類の末裔と伝えられている。


「判りました。あなたのように方がアルケタ

イプと呼ばれる存在なのですね。でも、どう

してここにはあなたしかいないのですか。他

のアルケタイプはどうしたのです。」


「ここまで降りて来たのなら、途中に何もい

ないことを知っているだろう。我々も同じよ

うに此処から立ち退いているのだ。私は最後

まで残って後片付けをしていたのだが、もう

次の世界へ移るところだ。この地下世界はも

う直ぐ崩壊してしまう。ツァトゥグアが封印

されている一番の入り口付近とアブホースの

底だけは結界の力によって封印され続けるだ

ろうが、我々が棲んでいたところは、崩壊を

免れることが出来ない。我々が飼育していた

恐竜達も全て違う次元へと移したところだ。

私が最後なのだ。」


 この地下世界が崩壊する。悠長なことを言

っている時間は無いのかもしれない。


「ここはいつ崩壊するのですか。」


「ここは時間の流れがお前達が元居た世界と

は違う。ここでの時間でいうとせいぜい後2

時間というところか。」


「ぼく達を連れ出してもらえませんか。」


 綾野とアルケタイプの話に岡本浩太が割り

込んできた。


「浩太、それは多分無理だろう。」


「どうしてですか、綾野先生。」


「その者のいうとおりだ。おまえたちはツァ

トゥグアの呪いを掛けられている。そのまま

連れ出せば元にはもどらないことになる。そ

れでもよいのか。」


「だっだめです。すいません。でもあなた達

の科学ではどうにもならないのでしょう

か。」


「なかなか挑戦的なことを言う。我々は確か

にお前達より進化した存在ではある。この上

で妙な研究をしていた蛇人間さえも凌駕した

存在であるのだ。しかし、もとの身体は多分

ツァトゥグアに一旦吸収されているのだろう、

そのような状況下での分離は到底無理な話だ。

その呪いは掛けた本人でしか解けないのだ。

そして我々はツァトゥグアを制御するまでに

は至っていない。」


 アルケタイプの特徴なのかロングウッドか

らは表情とか感情が読み取れなかった。


「すると私達はこのままアブホースの元に行

かざるを得ないのですね。」


「仕方が無いだろう。では私はこれで。」


 如何にも時間がなさそうにロングウッドは

歩き?出した。どうも浮いているように見え

るのだが、足のようなもので歩いているよう

にも見えた。


「ちょっと待って下さい。あなた達はここか

ら一体どこに行くのですか。」


「お前達に言っても理解できないだろう。次

元が違う、という表現が一番近いのかも知れ

ない。いずれにしても、これからアブホース

の元に行かねばならないお前達には関係が無

いことだろう。」


 そういい残すとさっさとロングウッドは行

ってしまった。


 この地下洞窟があと2時間で崩壊するのな

ら、急がなければならない。四人(?)は先

へと急いだ。




9 深淵への誘い②


 アルケタイプ達の住処からアブホースの湖

まではそれほど離れてはいなかった。


 しかし、この情景をどのような言葉で表現

すればいいのだろう。灰白色のおぞましい物

体が譫妄運動を続けながら何かを産み出して

いる。


 その物体は巨大で、見渡す限りの湖を全て

埋め尽くしているようだった。いや、そもそ

も湖のように見えるもの自体からして、その

物体の一部かも知れない。途方も知れない大

きさであった。


 ただそれはとても邪悪であることだけは、

見間違う事がないと思われる。ゼリー状であ

り、グロテスクの極みであるところのその物

体は、察するに全ての母なるアブホースその

ものに違いなかった。


「アブホースよ、私達はツァトゥグアの使い

として参った。どのような使いかは会えば判

ると言われているので、私たちは預かり知ら

ない。返答をしてくれ。」


 その大きな物体の何処に頭があり、何処に

耳があるのかは想像もつかなかったが、とり

あえず叫んでみた。


「それほど大きな声を出さずとも、十分伝わ

っています、ツァトゥグアの使者たちよ。い

や、ツァトゥグアその人よ。」


 四人がいっせいに(えっ)と思った。ツァ

トゥグアはあの入り口付近の洞窟に封印され

ているのだから、ここまで来られる筈がない。

それだからこそ、自分達を使者として送り込

んだのではなかったのか。周囲を見回してみ

たが、やはり自分達に他には誰も、もちろん

ツァトゥグアも居なかった。


「私達がツァトゥグアの使者としてここまで

降りて来たのであって、ツァトゥグア本人は

こちらには来ていないのですが。」


「戯言はおよしなさい、ツァトゥグアよ。」


「そうせかすでないわ、アブホースよ。確か

に我はここに居る。」


 それは四人の合体された体の中から発せら

れる思念であった。そして、それは確かにツ

ァトゥグア本人のものだったのだ。


「不思議に思うのももっともだ。我は我に取

り込んだ体の一部を通して思念を送ることが

出来る。お主達に使者を頼んだのにはそうい

う意味があったのじゃ。」


「わらわは忙しい。用があるならさっさと言

って元の洞窟に戻るがよいでしょう。」


「アブホースよ、忙しいとはそのアブホース

チルドレンを産み出す作業のことか。だが、

アブホースチルドレンを産み出すための養分

に使うためにアブホースチルドレンを産み出

しているお主が忙しいとは、滑稽なことであ

るのう。」


「ツァトゥグアよ、ただ未来永劫に怠惰なだ

けのあなたに言われたくはない。用がないの

なら帰るがよろしい。わらわは本当に忙しい

のじゃ。」


 旧支配者同士の会話などはこんなものなの

だろうか。これでは人類とそれほど変わるわ

けではない。旧支配者達はけっして万能の神

ではなく、存在すること自体がイレギュラー

な、れっきとした生物と考えるほうがよいの

だろうか。


「そもそもわらわが何故故にただ産み続けて

いるのかを知ったうえで言っておるのか。わ

らわがもしその営みを停止したのならこの宇

宙の時流が止まってしまうのですよ。それを

無駄な努力とでも?」


 アブホースが子供達を産み出すことによっ

てこの宇宙の時間は過去から現在、そして未

来へと流れているのだ。全ての父にして母と

呼ばれる所以であった。


「そんなことは承知しておる。我が言うのは

何故そうまでして、この宇宙の因果律を護る

必要があるのか、ということだ。旧神達との

遥かなる過去の戦いにおいて共に破れた我々

が何故この世界を保つことに専念せねばなら

んのだ。そのことをお主に問いたいと前々か

ら思っておったのだ。そんな時にこの者たち

が丁度参ったので、態々ここまで降りてきた

と言う訳だ。」


 途方もない話しであった。ツァトゥグアは

アブホースの営みを止めさせようとでも思っ

ているのだろうか。そんなことをすれば、こ

の宇宙はたまちち収縮して大爆発をおこして

しまうだろう。それとも時が止まってしまう

のなら全てその瞬間に止まってしまうだけな

のだろうか。


「ツァトゥグアよ。それは思い違いをしてい

るようですね。わらわの存在意義は全てを産

み出すことによって初めて意味を持つことに

なるのです。こんな処に封印されている今で

あってもそれは変わることはない。そもそも

この宇宙を産み出したもののひとつとしてわ

らわがこの宇宙を崩壊に導くことはできるも

のではありません。それはツァトゥグア、あ

なたにとっても同じ事でしょう。あの過去の

戦いこそが過ちであったのです。」


「殊勝なことを言うものだな、アブホースと

もあろうものが。アザトースどのがどう思う

であろうか。クトゥルーやクトゥグアにも聞

かせたいものだ。まあよいわ、その思いが判

っただけでも我がここまで降りてきたかいが

あったというものだ。」


 ツァトゥグアの意図はどうも綾野達には理

解不能であった。


「ツァトゥグアよ、何を考えているのですか。

旧神の封印は未だ解けないままでしょうに。

それとも、何か封印を解く鍵でも見つけたと

いうのですか。」


「いずれ判るときが来るであろう。それにし

てもアブホースよ、何も感じないのか。感覚

が鈍っておるのではないか。ここもかなり汚

染が進んできておるようだ。地球上の汚染が

そのままこの洞窟にも影響があることは理解

しておるであろう。我らが封印を解いて地上

の人間達を滅ぼさない限り我らにも破滅の時

が訪れることになるのだ。」


 何やら話が厭な方向へと向かっているよう

だった。


「ツァトゥグア、それはどういう意味です。

封印を解けるとでも言うのですか。」


「つい最近、クトゥルーの封印が解かれよう

としたときにそれを阻んだのがここに居る人

間達なのだ。我はこの者たちを取り込んでそ

の記憶をも取り込んだのだが、あと一歩のと

ころであったようだ。我らのように普通の人

間には近寄ることも出来ない場所に封印され

ているものたちは僕を持たないので自らが動

けない限り封印を解く方法を探る術はない。

そこで考えたのだが、このような者達を使っ

て我らを封印から開放する術を探させる、と

いうのは如何であろうか。そう頻繁に外の世

界のものたちがここに迷い込むことはないの

だ。この機会を逃すことは無いと思うのだが

どうであろう。」


 どうも、ツァトゥグアは綾野達4人を使っ

て自らの封印解く方法を探させるらしい。そ

れにアブホースを巻き込む魂胆なのだろう。


「わらわには可も不可もない。ツァトゥグア

よ、勝手にするがよいでしょう。それにして

も怠惰な神とも呼ばれるあなたが、それほど

までして封印を解きたいというのが、わらわ

には理解できないことです。どうしたという

のですか。」


「永劫の時を封印されている身であるとした

ら我の存在意義は何処にあるのだ。考える時

間は幾分とあったのでな。ただ結論はでなん

だ。まあ、それほど期待している訳ではない

のだ。ただ、たまにはこんな余興もよいので

はないかな。」


 こうして、四人は元来たツァトゥグアの洞

窟に戻され、ツァトゥグアの封印を解く方法

を見つけることを条件に元の世界へと戻され

ることになってしまったのだった。


 ヴーアミタドレス山の洞窟に迷い込んだ四

人が元の世界に戻る条件は、ツァトゥグアと

アブホースの封印を解く方法を見つけること

であった。


「一人だけを此処に置いて行くがよい。その

者の命と引き換えとしようぞ。」


 それが担保であった。


「それなら私が人質になりましょう。」


 当然のように橘が言い出した。調査隊の隊

長であることの責務を未だ忘れていないのだ。


「そうは行かない。ここは一番年長の私が妥

当なところだろう。」


「駄目ですよ、先生達が残ったら誰が封印を

解く方法を探すのです。元はといえば僕達が

単独行動をとったことが原因なんですから僕

が残りますよ。」


 綾野、橘、岡本浩太の話を直ぐ横で黙って

聞いていた桂田が不意に話し出した。


「綾野先生、橘先生、それに浩太。よく聞い

てくれ。浩太はさっき二人のような言い方を

したけれど本当は俺一人が言い出したことな

んです。浩太は無理に連れてこられただけで。

それと、元の世界に戻っても一番役に立ちそ

うにないのはやっぱり俺だと思うんです。綾

野先生と浩太はそういった方面には詳しいで

しょうし、橘先生にはいろいろとお知りあい

も多いでしょうから。だから、ここは俺が残

るべきだと思うんです。」


 普段の桂田からは想像も出来ない、真面目

な面持ちで話し出したので桂田をよく知る浩

太は少し呆気に取られてしまった。場違いで

はあるが、


(こいつ、真面目な顔すれば結構いい男じゃ

ないか。)


 などと感心してしまった。元々端正な顔立

ちなのだが、普段の行動と話の内容でどうも

顔の印象がふやけてしまっているのだ。


「そうは言うが、桂田君、私は立場上生徒の

君を置いていく訳にはいかないのだよ。」


 綾野としてもここは引く訳にもいかなかっ

た。自分の生徒なのだ。放っていける筈がな

い。


「お前達の都合で残る者を決めると誰が言っ

たのだ。」


 そこにツァトゥグアが割り込んできた。そ

うなのだ。もともとツァトゥグアの申し出は

絶対的拘束力を持っている筈で、それに逆ら

える訳がない。残れと言われた者が残らざる

を得ないのだ。


「お前達の話を聞いていると、その者の言い

分が一番我の要求を叶えるのには都合がよい

ようだ。他の三人は早急に立ち去り、封印を

解く方法を見つけ次第、ここに戻ってくるが

よい。お主達が戻ってくるときだけここへの

道を開こう。」


 そうツァトゥグアが言った瞬間、綾野、橘、

岡本浩太の三人は入ってきた縦穴の一番底に

いた。桂田は居なかった。ツァトゥグアの意

思は本人の希望どうり桂田を残して、他の三

人に封印を解く方法を探させることにあるよ

うだった。


「こうしていても仕方が無い。桂田君のため

にも早く封印を解く方法を探そう。」


 脱力状態の三人に喝を入れるように綾野が

言い、三人はカーゴに乗って地上へと戻った

のだった。


 綾野の講師控え室で、三人は相談をはじめ

た。桂田は助け出さなければならない。それ

は判っていることだ。だが、それによってツ

ァトゥグアとアブホースの封印が解かれるの

ならば、それはそのまま人類の危機に繋がっ

てしまうことになるのだ。

「悩んでいても仕方がない。とりあえず、手

を尽くして封印を解く方法を見つけよう。」


 綾野の言葉でその場は解散となった。


 橘助教授は自らの伝手で大英博物館にある

といわれているいくつかの稀覯書を探すこと

になった。綾野は自らの伝手でミスカトニッ

ク大学に向かう。その他、アーカム財団にも

連絡を取って協力を仰いだ。


 ただ、各々の協力者に対して話したことは

ツァトゥグアやアブホースを復活させるため

にその方法を探している、とは言えなかった。

そんなことを言えば、それだけで人類の敵に

されかねない。


 その他、インターネットのホームページに

も琵琶湖大学や綾野個人のページはもちろん、

有名ポータルサイトの掲示板にも情報提供を

呼びかけた。考えられる範囲の全ての手を打

ったうえで、綾野はアメリカ合衆国に、橘は

イギリスに、連絡係として岡本浩太を日本に

残し、旅立って行ったのだった。




10 それぞれの試練①


 ひとり残された形になってしまった岡本浩

太だったが、ただ黙って待つのは彼の性に合

わない。


 ツァトゥグアとアブホースに関する情報を

インターネットで検索をしてみた。日本国内

のサイトにはほとんど情報はなかった。小説

の題材として取り上げられているものに関す

る情報は種々掲載されているのだが、現実の

ツァトゥグアやアブホースについての情報は

皆無であった。


 それはそうだろう。日本国内のクトゥルー

神話関連の研究機関や協会などは「神話」と

して捉えているだけで、アーカム財団のよう

に現実の問題として把握している団体はなか

った。


 そして、そのアーカム財団にしてもツァト

ゥグアの情報は何も持ち合わせてはいないの

だった。また、持ち合わせているとしても、

果たして桂田の命を救うためだけにツァトゥ

グアやアブホースの封印を解く方法を教えて

くれるだろうか。探すのを手伝ってくれるだ

けでも考えられなかった。


 それにしても、どうして自分はこうも危機

的な状況に追い込まれてしまうのだろう。前

回のクトゥルーの時は伯父である岡本優治の

行方が知れず、捜索をしている過程で関わっ

てしまった。


 今回は桂田にしても自業自得の面はあるの

だが、自らが撒いた種、という意味では自分

も違いはない。どうしても桂田の命を救う方

法を考え出さなければならないと思った。


 綾野と橘がそれぞれ旅立って行ってからも

う一週間が経とうとしていたが、二人とも現

地に着いた旨の連絡がメールされて来た後、

連絡が取れなくなっていた。調査が何処まで

進んでいるのか、皆目見当がつかない。それ

どころか、何らかの事件に巻き込まれている

可能性もあった。綾野の方は何度も訪れてい

る場所であり、ミスカトニック大学付属図書

館の館長は旧知の人だという話なので、手間

はとらないと言って出かけたのだが、どうも

心配だ。


 橘助教授の方は留学先の恩師が大英博物館

の関係者なので、無理を承知で頼んでみると

言っていた。本来の理由を話して理解しても

らえるとは二人とも考えてはいない筈だった。


 浩太はとりあえず、一つの方法として綾野

先生の蔵書を調べてみることにした。前に見

せて貰ったとき、翻訳途中のものや、暗号解

読が済んでいないものが結構あったことを思

い出したのだ。綾野先生の部屋や講師控え室

の鍵は預かっている。浩太は早速講師控え室

にこもって蔵書を調べだした。


 ルドウィク・プリンの『妖蛆の秘密』やダ

レット伯爵の『屍食教典儀』、フェォン・ユ

ンツトの『無名祭祀書』、作者不明の古代文

書である『ルルイエ異本』、『ヨス写本』、

『ナコト写本』、そして『エイボンの書』

等々。


 その殆どが写本であり、彼方此方綻んでい

るものを何とか解読しようとしている最中の

ものばかりなので、浩太ではどうしようもな

かった。


 特に『ヨス写本』、『ナコト写本』、『エ

イボンの書』の3冊はツァトゥグアについて

の言及が多いとされている文書なので、期待

が出来る筈なのだが、解読しようとしている

文書その物の真偽が問われるようなものも多

く、解読は進んでいない、と綾野先生は溢し

ていた。


 先にクトゥルーの復活方法を解読したとき

は、元の文書自体は確りとした記述があった

ので如何に解読するか、ということに気を使

えばよかったのだが、此処にあるものについ

ては、元の文章についても擦り切れていたり、

破損していたりと完全ではなかった。解読以

前の問題なのだ。


 それでも、綾野先生は独自にある程度の解

読を進めていたらしく、文書別にノートを作

って解読途中の経過やメモが記載されている

ものが数冊あった。結婚もせずにこんなこと

ばかりを部屋にこもってやっていると、精神

衛生上好くないとは思うのだが、性分なので

仕方がない、とよく綾野先生は言っていた。

暗いと言われても仕方ないだろうな、と浩太

は思った。綾野先生の部屋は本に埋もれてお

り、到底女性を通せることができるような、

スペースは見つけられそうもなかった。


 さらに、その辺りにあるノートをパラパラ

と捲っていると、ノートの間から一枚の便箋

が落ちた。つい最近書かれたような新しいも

のらしかったが、その内容はアーカム財団の

プロヴィデンス支部長、和田圭一郎氏への手

紙の下書きだった。反故にしようとして忘れ

ていたのだろうか。


 その手紙の内容は、あの発見された縦穴を

調査しないように強く勧めるものだったが、

その理由は実に驚くべきものだった。


 鈴貴産業の拝藤という女性からの申し出と

いうか、情報提供によるものだったが、それ

は確かに調査を再開する訳にはいかないと納

得できるものだった。特に今、この状況下に

置かれている浩太にとっては身にしみて判る

のだ。浩太はつくづく、自分と桂田の軽率な

行動を悔やんだのだった。


 文章の内容は、今岡本浩太達が置かれてい

る状況をそのまま予言しているものだった。

ツァトゥグアの封印を解くために必要なもの

を探させるために、人間、特に綾野先生や橘

助教授たちをあのヴーアミタドレス山に誘き

寄せようとして空けられた穴だったのだ。


 そのためにどういう方法で造ったのかは判

らないが、旧家の床に在り得ないコンクリー

トの縦穴を開けたのだ。人間の仕業とは思え

なかった。ただ、ツァトゥグアにそれだけの

実世界に影響できる力が在るのなら、とうに

復活していても良さそうなものである。とな

ると違う何かの仕業であろうか。いずれにし

ても浩太の想像の域を大幅に逸脱していた。




11 それぞれの試練②


 浩太はいくつかの文書の解読を出来る範囲

で取り組むことにしたが、もう一つの方法と

して、京都に出かけることにした。京都には

綾野や橘とも親しい古書店の主人が居るはず

だった。綾野も何かあれば頼るように言い残

している人物だ。その人を訪ねてみようと思

った。


 JR琵琶湖線で京都まで出て駅ビルの地下

街からポルタへと向かった。ポルタに続いて

造られた新しい地下街にその古書店はあるは

ずだった。


 一番北までいったところを東へ折れて、そ

れからがどうも妙なのだが、徐々に坂になっ

ている通路を降りていくような感じがする、

更に奥にその店はあった。


「ここだな。」


 それはとても新しい地下街にあるとは信じ

られないような古ぼけた店だった。店の名前

は「京極堂」とある。看板の文字は浩太が見

ても惚れ惚れするほど達筆であった。


「あの、すいません、ご主人はいらっしゃい

ますか。」


 奥の風呂屋の番台のようなところにいるの

は、昔の現代国語の挿絵に出てきそうな、レ

トロ調の出で立ちの風采の上がらない、ただ

眼光だけは鋭い男だった。ひとめで愛想がな

いことが判る風貌だ。


「何か?」


 声は見た目のとおりの細い、ただしっかり

とした声だった。


「琵琶湖大学の綾野祐介先生の紹介で来たの

ですが。岡本浩太といいます。ご存知かもし

れませんが、岡本優治の甥にあたります。」


「綾野祐介?岡本優治?」


「そうです。ごく親しい間柄だとお聴きして

いたのですが。」


「ああ、ホラーマニアの二人だな。そんな大

層な名前だったのか。橘の後輩だろう。」


「違いますよ。城西大学の橘助教授の先輩に

当る二人です。」


「先輩、あの二人は年上だったのか。それに

してはどうも頼りない風だった。その綾野の

紹介で、岡本の甥がどうした。」


「実は、綾野先生と橘助教授は今拠所ない事

情で米国と英国に旅立ってしまっていて留守

なんですが、僕も何かの役に立ちたいと思っ

て此処に来たんです。」


 岡本浩太は何を何処まで話してよいのか、

自分の中で明確な決断をしないまま話し出し

てしまったので、曖昧で中途半端な説明にな

っていた。


「何を話しているのかさっぱり判らんが、で、

私に何をどうしろと言うんだ。」


「ご主人に是非とも協力をお願いしたく

て。」


「だから、どうしろと言うんだね。」


 古本屋の主人は神経質そうな外見そのまま

に、どうも短気な性格らしい。


「いや、ですから、ご主人に探していただき

たい本があるのです。」


「そう云うことを早くいいなさい。でないと

何が言いたいのか判らないじゃないか。」


「すいません。」


「それでどんな本がご所望かな。」


 本当は本を探して貰おうとも思ってはいた

のだが、翻訳や暗号解読を手伝って貰えない

かと期待して来たのだった。その道、特に暗

号解読は綾野先生の師匠格だと聞いていた。


 年齢的には綾野先生や優治伯父と橘助教授

の間らしいのだが、とてもそうは見えない。

三人よりもかなり年上に見える。


「本も探してはいるんですが、できれば翻訳

とか解読の方を手伝って頂ければと思いまし

て。」


「解読?ああ、綾野が熱中していたあれね。

だめだめ、あんな物は解読する価値が無いも

のばかりだった。そんなものに振り回されて

ばかりいるから、あいつもいつまで経っても

出世しないんだ。まあ、もともと出世したい

風でもなかったがね。橘の方は助教授か、あ

いつの方がそう云えば真面目というか、要領

はよかった。それと岡本優治なぁ。あの御仁

はどうも軽薄でなじめなかったが、ああ君の

伯父さんだったな。これは失敬。」


 そう言われても仕方が無いような伯父なの

で何も言い返せない。


「いくつかは、信憑性の高い文書があるんで

す。」


「そんなことなら、儂がその手の本を探し出

してあげようか。そっちの方が本職だか

ら。」


「何か心当たりでも在るのですか?」


 どうもそんな口調だ。


「在ると言えば在るな。ついて来るかい?」


「はい。」


「それなら行こう。」


「えっ今ですか?お店は?」


「客が来るような店に見えるかい。儂はね、

客の要望で本を探すことを主に仕事している

ちょっと変わった古本屋なのだよ。古本屋と

いうよりは本の捜し屋とでも言うところか

な。」


 確かに一風どころか、二風も三風も変わっ

ている。


 こうして、岡本浩太と古本屋の主人はどん

な本を探すのも話をしないまま出かけたのだ

った。


 岡本浩太と古本屋の主人はJRの京都駅ま

で戻って電車に乗った。そのまま大阪まで行

き、下車した。


「どこまで行くのですか?」


「まあ、黙って付いて来なさい。」


 どんな種類の本なのかもろくに話をしない

ままに連れて行かれるので、浩太は多少不安

だったが、それほど不審な人物にも見えなか

ったので、黙って従うことにした。どんな些

細な情報でも欲しいのだから。


 大阪駅でも地下街に降りて南に向かった。

京都と違い地下街も広い。大阪駅から真直ぐ

進み、暫く行った所で三方に分かれる道に当

った。そこを一番左に進み多少右方向に折れ

つつ進んだところで、ちょっとした狭い脇道

に折れた。その先にはエレベーターがあった。


「ここだよ。」


 主人と浩太はそのエレベーターに乗り込ん

だ。そして、降りる階を押すの筈なのだが、

主人は特に何もしない。ただ、天井の隅をじ

っと見つめているだけだった。


「どうしたんですか?」


 浩太がそう問い掛けても返事もせずにその

体勢を保っている。


 するとどうだろう。どこからかモーター音

が聞こえてきた。聞き耳を立ててみると、エ

レベーターの箱の後ろから聞こえてくるよう

だ。その時、突然そこに空間がぽっかりと開

いた。


「さあ、どうぞ。」


 その中は、違うエレベーターだった。二人

が乗り込むと直ぐに後ろのドアが閉まった。

そして、徐にエレベーターの後ろのエレベー

ターは下へと降りていった。今度も降りる階

数は押さない。それどころか、押すパネル部

分が無かった。乗れば動く。そんなエレベー

ターなのだ。


 下に着いた。ドアが開くと廊下が続いてい

る。右に行く道と左に行く道。二人は左に向

かった。


 暫く歩いて幾つかのドアの前を通り過ぎた

とき、古本屋の主人が立ち止まった。


「ここだ。入りたまえ。」


 ドアを開けて岡本浩太が入ったその部屋は

14帖程度の広さのフロアで、室内には数台

のデスクとその上にパソコン、その他資料な

のか紙類が乱雑に積まれていた。


「何処なんですか、ここは?」


「ここは私の組織の拠点の一つなのだよ。」


「組織?」


「君が知っているアーカム財団という組織が

あるだろう。あれのもっと全世界的でオフィ

シャルな組織、だが財団ほど世間には知られ

ていないというようなスタンスと考えて貰お

う。」


「ちょっと待って下さい、それなら僕が此処

に来た理由は?」


「騙すつもりは無かったんだが、結果的には

そうなってしまった。すまないと思っている。

私も事情を正直に話して協力を願う方が望ま

しいとは思っているのだが、多少、君の意向

に逡巡してはいられない事情もあってね。」


「何が何だかさっぱり判りません。いったい

どういうことなんです?」


 部屋にはラフなスタイルの男(少年と青年

の間ぐらいの年齢?)たちが二人、面白そう

に見ている。自分以外の全てが事情を把握し

ていて自分だけ知らない、というのが気に入

らなかった。


「君が思っているほど、君自身の価値は軽く

ない、というところが一番事情を説明するの

に適切な言葉だと思うのだが。」


「そんな説明では全く判りませんよ。もっと

はっきりと言って下さいませんか。」


「つまり、ツァトゥグアに一旦取り込まれた

人間は史上君達四人しかいない、ということ

だ。これなら判るかね。」


 なるほど、それはそうだろう。まして、無

傷で戻ってきた人間は皆無であろう。


「それは判りますが、だからどうなのかが判

りません。僕は何故こんなところに連れて来

られたんですか?」


「そこが問題なのだがね。その辺の事情を正

直に言ってしまうと、君が協力を拒むかも知

れない、と判断したので君の申し出に協力す

るような体でここまで付いて来てもらったの

だ。」


「だから、その理由とはなんなのです?内容

によっては協力します。ツァトゥグアに取り

込まれたことをご存知でしたら、僕が今何を

求めているのかも当然知っておられますよね。

その件に協力してもらえるのなら。」


「それは無理な相談だよ。君にも判っている

筈だ。人一人の命と人類全体の問題なのだか

ら検討する余地はない。ただ、我々は別の角

度から君の友人を救う方法が見つけられるの

ではないかと期待しているのだよ。そのこと

について、是非とも君に協力をしてもらいこ

とがあるのだ。」


 岡本浩太にも古本屋の主人の言おうとして

いることはおぼろげに判ってきた。つまり、

自分の身体を調べてツァトゥグアに関する情

報を得たい、ということなのだ。それによっ

て、ツァトゥグアの封印を解くのではなく、

逆に滅ぼすための手掛かりを探そうとしてい

る。


「僕に実験台になれと仰るんですね。」


「君は話が早い。協力してくれるのなら我々

に出来るだけのことはしよう。場合によって

はヴーアミタドレス山に軍隊を派遣してもい

いと思っている。」


「そんなことでなんとかなると思っている訳

ではないでしょうね。少なくとも専門家であ

ると仰るのなら。」


「判っているさ、通常兵器では奴らを滅ぼす

ことなど出来はしないことは。ただ、君から

得られたデータによって奴らの弱点が見つか

るとしたら、我々の力でもなんとかなるかも

知れない。だからこそ、君の協力が必要なの

だよ。」


 話の内容は理解できた。問題は具体的にど

のように協力をさせられるのか、だ。


「判りました。出来るだけのことはさせても

らいますよ。一体何をすればいいのです

か。」


「とりあえず、君のDNAを調べたいのだ

が。」


 岡本浩太はそこで人間ドックに入ったよう

な様々な検査を3日間に亘って受けた。


 血液や体組織を何度となく採取された。何

かの薬品も数種飲まされたり注射されたり、

その度に脳波や心電図を計測していく。医学

生ではない岡本浩太にはそれがどのような検

査になるのか、見当もつかないものばかりだ

った。


「素直に検査に応じてくれているようだ

ね。」


 検査が始まって直ぐに仮の姿である古本屋

の主人に戻っていた男は、数日振りに浩太の

前に現れた。


「親友の命と人類の未来がかかっていますか

らね。」


 本当にそう思っている訳ではないのだが、

浩太はそう応えた。多少自虐的な気分になっ

ている所為だろう。


「君にも聞く権利があるだろうから、今まで

に判ったところを話しに来たんだが、聞きた

いかね。」


「当然です。でなければ協力している意味が

無いじゃないですか。」


「では話そう。後悔はしないね。」


 男の口調はかなり思わせぶりだった。何が

あると言うのだ。


「後悔なんかしません。」


「とりあえず、いまのところ判っていること

は、まず、君は平均的な君の年代の青年と比

べても身体能力がかなり上回っている、とい

うことだ。」


 とても誉められているような気がしなかっ

た。


「そんなことを調べていたんですか。時間の

無駄でしょうに。」


「そう急かさないでくれたまえ。本題はこれ

からだ。その君の身体能力の中で、特に優れ

ているのが反射神経だ。これについては、自

覚があるかね。」


「いいえ、特にそんな風に思ったことは無い

んですけれど。」


「なるほど。まあ、優れている、というよう

な表現が適切かどうか判らないんだが。君の

データから推測すると、君の反射神経ならば

例えば君目掛けて飛んでくる銃弾を避けるこ

とが出来るだろう、という話だ。漫画や小説

の超人、達人のように。ただ、これは動体視

力や銃声を聞き分ける超人的な聴覚も同時に

必要になってくるのだが。」


「どういうことですか。」


「平たく言えば、君の反射神経は人間のそれ

を遥かに凌駕している、ということだよ。」


 俄かに信じられる話ではなかった。何の自

覚症状も無いまま、癌だと告知されたような

感じだ。


「そして、やはり、とでも言うべきだろうが、

君のDNAは約3%が人間のものとは全く違

ったものに変化していた。現在知られている

地球上のどの生物とも合致しない。つまり、

その部分がツァトゥグアそのものの遺伝子か、

ツァトゥグアによって変化させられた部分だ

ろう。」


「そうですか。ある程度覚悟はしていたんで

すが、確認されたとなると。」

 ショックだった。いままで、色々と危険な

目にも遭ってきたので、多少感覚が麻痺して

いたのかもしれないが、生来の楽天家だった

はずの浩太なのだが、自分が人間ではないと

告知されたようで、足元から地面が崩れてい

くような浮遊感に襲われた。


「僕はもう人間ではないのですね。」


「いや、たとえば人間と深き者どものあいの

こであるインスマス面のDNAは人類とは約

25%が一致しない。それらと比べると君は

遥かに人間に近い存在だと言えるだろう。」


 何の慰めにもなっていなかった。


「その辺はある程度覚悟していましたし、詳

しい説明は結構です。で、何か弱点は掴めた

んですか?」


「それなんだが、君のDNAで変化している

部分と、さっき話したインスマス面の者達の

ものとは、どうも一致する部分が無いのだよ。

つまり他に比較できる対象が今のところ手に

入らないので、検討の仕様が無い、という訳

なんだ。もともとDNA自体の解析がそう進

んでいる訳ではないので、その中で君が変化

させられている部分が、どのような遺伝情報

を司る部分なのかが、確定できないのだ。」


「それじゃあ、僕が協力している意味が無い

じゃないですか。何とか成らないんです

か。」


 話が違う、と思った。それなりの成算があ

ってのことだと勝手に思い込んでいたのだ。

実はただデータが欲しかっただけだったのだ。


「いや、貴重なデータが得られたと研究員達

は喜んでいるよ。ただ、実効性のあるデータ

は得られなかったので、君の友人を助け出す

手助けは出来そうも無い、と理解して欲しい

のだ。我々はこれからも人類がやがて晒され

るであろう非常事態を出来る範囲で先延ばし

させるか、永久に阻止し続けるための方策を

探っていくだろう。君にも、我々の主旨を理

解して貰っている筈だから、こちらの要請に

従ってデータ収集に協力してくれたまえ。」


 そう云うと、岡本浩太の抗議も聞かずに部

屋を出て行った。ひとり残された浩太は、別

の係員に連れられて、元来た地下街に連れ出

され、そこで開放されたのだった。


「一体どういうつもりなんだ。」


 係員の背中に罵声を浴びせても仕方が無い

ことは判っている。だが、叫ばずには居られ

ない浩太だった。


 結局、何の手掛かりも得られないまま、数

日を無駄に過ごしてしまった。本当にあの男

は綾野先生の友人なのだろうか。もしかした

ら、そこから疑わなければならなかったのか

も知れない。浩太は、仕方無しの彦根の自分

のアパートへと戻るのだった。




12 解答の発見


 殆ど放心状態で部屋に戻った浩太は、とり

あえずメールのチェックをしてみた。綾野先

生か橘助教授から何か届いているかも知れな

いし、アーカム財団にも多少の伝手で頼んで

あることがあったので、その返事が届いてい

るかも知れない。


 浩太はノートパソコンに携帯電話を繋いで

インターネットに接続した。


 メールは10通ほど届いていた。8通まで

は広告とプロバイダからの連絡メールだった

が、1通は綾野先生からだった。


(詳しくは帰国してから直接話すが、重大な

情報を得られた。ただ、こちらで執拗に妨害

工作を受けて、少々怪我をしている。こちら

で助けて貰った人の世話になっているから、

心配はしないでくれ。出来るだけ早い時期に

帰国するから、くれぐれも軽挙盲動はつつし

むように。といっても聞くような浩太ではな

いことは判っているが・・。このメールもハ

ッキングされている可能性が高いので、私の

居場所や帰国時期は書けないが、もう暫くだ

から待っていてくれ。)


 以上のような主旨のメールだった。合衆国

でどうも大変な目に遭っているようだ。怪我

が軽ければいいのだが。ただ、このメール自

体も本物かどうかを見極める術を浩太は持っ

ていなかった。


 特にあても無く、独自のルートを持たない

岡本浩太は、大学に行く気力も無く部屋に閉

じこもっていた。綾野先生からの連絡がいつ

入るのか判らないこともあって、部屋を出る

気がしなかったのだ。


(ピンポーン)


 不意にチァイムが鳴った。


(誰だろう。)


 浩太がドアを開けると年齢的には浩太と同

年代だが、落ち着き具合からは数十歳も年上

に見える、非常に整った、だが冷たい印象を

与える女性が立っていた。


「岡本浩太さんですね。」


「そうですけど、あなたは?」


「私は鈴貴産業の拝藤と申します。綾野先生

からお聞きになったことは無いでしょう

か?」


 拝藤といえば、クトゥルーの眷属である

『母なるハイドラ』その人ではないか。


「はっ拝藤さんがぼっ僕に、なっ何の用です

か?」


 浩太は落ち着こうとしたが、失敗した。声

が上ずってしまう。外見からは想像できない、

その正体を知っているのだから仕方が無いだ

ろう。浩太が特に臆病な訳ではないのだ。


「ここでは何ですから、お部屋に入れていた

だけます?」


 綾野先生からは拝藤女史が特に危険な存在

とは言われていなかったので、浩太は彼女を

部屋に招きいれた。


「それで、僕に一体どんな用があるというん

ですか?」


 急かすように彼女が座った途端、浩太は切

り出した。座布団もなく、畳に正座している

彼女に対して(なんと正座が似合うのだろう。

今時の女性にはない、気品があるよなぁ。)

などと、場違いなことを考えながら。


「綾野先生はいま何処にいらっしゃいます

の?」


 どこまで彼女に正直に話してよいのか、判

らなかった。加えて彼女が本当に綾野先生と

会った事がある拝藤女史なのか、浩太には確

認する術もないのだ。


「僕に聞く前に、先生の動向は常に把握して

いるんじゃないのですか?」


 浩太は逆に相手の情報網を確認すべく、聞

き直してみた。


「何か、疑っておられるようですね。仕方の

無いことですけれど。ただ、これだけは信用

して頂きたいのです。私や田胡などは決して

彼方達に敵対する気はありません。この間、

我が主が復活を成し得なかった事は非常に残

念ですが、それは私達の力が足りなかったこ

とと考えています。彼方達は彼方達人類の未

来を賭けて行動しておられるのですから、そ

の行為自体を責めるつもりはないのです。い

ままでもそうでしたし、これからもそうでし

ょう。私達には永劫に近い時間が許されてい

ます。次の機会を待てば済む事ですから。た

だ、深き者どもやインスマスの住民たちはそ

うは考えていないかも知れません。彼らが彼

方達を憎むことは在り得る事でしょう。」


「脅すつもりですか。」


「いいえ、事実を確認しているだけです。私

の立場と彼方の立場の。」


 妖艶とか小悪魔とかの形容詞がつく女優に

似ている、ひきこまれそうな瞳で拝藤女史は

微笑んだ。


(こんな状況じゃなかったら惚れていたかも

知れないな。)


 あいかわらず、不謹慎なことを考えつつ話

を聞いている浩太だった。ここ暫くは重い沈

んだ気持ちで過ごす時間が多かったのだが、

本来の自分は、桂田に負けず劣らない楽天家

であったことを急に思い出した。それでいま

まで何とか乗り切って来たのだ。今回も大丈

夫だ。不思議とそんな勇気が湧いてきた。


「彼方達が敵対するつもりはない、というこ

とと彼方達の眷属はその範疇ではないことは

ある程度理解しました。それで、そんなこと

を態々僕に伝えに来たんですか?」


「いいえ、そうではありません。先ほどは彼

方が私を何処まで信用しておられるのかが判

らなかったので、あのようなことをお聞きし

ましたが、仰るとおり私どもでは綾野先生の

動向はある程度掴んでおります。ただ、我が

主の復活については今後数十年の時を要する

ことでありますので、それほど熱心に活動を

行っているとは言えないのです。深き者ども

には私達の考えは理解されておりません。」


「なるほど、その辺りで意見の相違があると

いうことですね。」


「そういうことです。綾野先生がアーカムに

向かわれたことは存じておりますが、その後

の動向はどうもはっきりしないのです。何者

かの結界の中に取り込まれてしまったような

消え方なのです。それもかなり力を持ったも

のの結界に。」


「それは『旧支配者』クラスの、という意味

ですか?」


「彼方達がそう呼んでいる者達、という意味

では、その通りです。」


「彼方達はなぜ、綾野先生の行方を気にされ

るんですか?」


 そこが一番引っかかるところだった。綾野

先生や自分はクトゥルーの復活を阻止しよう

としていたのだから、たとえ憎んでいないと

いっても、例えばどこで死のうと関係ないは

ずだ。


「綾野先生からは特に聞いておられません

か?」


「いいえ何も。ただかのヴーアミタドレス山

に迷い込んでしまった日の前日に彼方が先生

を訪ねてきたことと、縦穴の捜索を止めるよ

うに示唆したこと、あれは綾野先生たちを誘

き寄せる罠だとかなんとか。」


「その通りです。あれは単純な罠でした。彼

方達の地元で通常考えられない巨大な縦穴が

発見される。当然のような彼方達が捜索に入

る。そしてヴーアミタドレス山の洞窟ではツ

ァトゥグアが待っている。私が綾野先生に指

摘した通りになってしまいましたね。」


「いや、先生は調査を中止する、と仰ったん

です。それを僕と桂田が、あっ桂田というの

は今でもツァトゥグアの元で人質になってい

る僕の友人なのですが、その二人が勝手に穴

に入っていっちゃったんです。綾野先生と橘

助教授はそれに気付いて後を追ってきて下さ

って。」


「どうも私にはその辺りが引っかかっている

のです。具体的に何処が、と言われても返答

に困るのですが。ただ、私達は、これは綾野

先生にもお話したのですが、我が主の復活を

前に、他の旧支配者などが復活をしては困る

のです。これは単に私どもの勢力争いではあ

るのですが、とりあえずは彼方達と利益を共

にする事になるのですから、その辺りは信用

していただいて結構です。つまり、彼方達次

第、ということですが。」


「彼方達にもやはり勢力争いがあるのですね。

そう考えるとなんだか、単に恐怖や畏怖の対

象としてしか捉えて居なかった『旧支配者』

も僕たちとそう変わらなく思えてきます。ま

あ、個々の能力は神と比肩し得るものではあ

ってもね。」


「火のクゥトゥグア、土のツァトゥグア、風

のロイガー、ハスター、そして水の我が主、

彼方達が四大要素に擬えているのは強ち間違

いではありません。それぞれが敵対している、

或いは敵対していないまでも、何らかの協力

関係を結ぶには至っていない。主神クラスと

呼ばれている者たちの関係はそのようなもの

なのです。」


 拝藤女史はなにか困っている、とも言うべ

き表情で語っている。実際にツァトゥグアな

どがクトゥルーよりも先に復活を成し得たり

したら、ダゴンやハイドラなどはその配下に

取り込まれてしまうのだろう。そのうえでク

トゥルーが復活でもしようものなら、どのよ

うな仕打ちが待っているのだろうか。


「ツァトゥグアが復活をしてしまったら、彼

方やダゴンでもどうしようもないのです

か。」


「私達は彼方達の感覚で言うところの『死』

とは無縁です。その代わり、例えばある呪縛

に捉えられてしまうと未来永劫そこから抜け

出ることが出来なくなってしまいます。自ら

の力で抜け出せないのなら、眷族達を使って

呪縛を逃れる手立てを立てます。それが出来

る力のあるものを主神クラスと彼方達が呼ん

でいるのです。残念ながら私やダゴンでは、

呪縛を受けながら眷属に影響を与えられるほ

どの力はございません。そして、ツァトゥグ

アは眷属を持つ必要が無い程、周囲に影響を

与えられる力を持っているのです。」


「なるほど。ただ、僕達から見れば彼方とツ

ァトゥグアの力の差は、2の無限乗と3の無

限乗の違いにしか思えませんけど。」


「それは適切な表現かも知れませんね。2と

3を乗じていけば行くほどその差は開いて行

くのです。例え結果として無限乗であっても。

観念的な話ですのであまりご理解いただけな

いかも知れませんが。」


「いや、判るような気もします。その辺りの

事情はある程度理解しましたけれど、彼方が

この部屋に来られた理由をそろそろお聴きし

たいのですが。」


 状況の説明、立場の説明に終始し、拝藤女

史は来訪の主旨を未だ述べていなかった。2

の無限乗の力を有する者が、僕のような者に

どんな用があると言うのだろうか。


「そうですね。そろそろ本題に入りましょう。

今回彼方達が遭遇した件についてはご自身で

ある程度は把握なさって居られると思います

し、私達の立場もご説明しました。そのうえ

でお私が来た目的は、端的に言えば彼方達に

ツァトゥグアの封印を説く方法を教えて差し

上げるため、なのです。」


 浩太には拝藤女史が何を言っているのか、

咄嗟には理解できなかった。封印を説く方法

を教える?そんなことをすればツァトゥグア

を復活させてしまうかも知れないのに。それ

を阻止したい自らの立場を今まで散々説明し

てきたのではなかったのか。


 驚くべきツァトゥグアの復活方法を拝藤女

史から聞かされた岡本浩太は、彼女が帰った

後も震えを止めることが出来なかった。

拝藤女史はなぜ浩太にツァトゥグアを復活

させる方法を教えたのだろうか。そして、そ

れは本当にツァトゥグアを復活させることが

出来る方法なのだろうか。もしかしたら更に

ツァトゥグアの封印を強める為の方法を教え

たのかも知れない。


 しかし、それならば浩太に嘘を吐かなくて

もそのままを教えれば済むことだ。考えれば

考えるほど判らなかった。そもそも人間の浅

墓な考えの及ぶ存在ではないのかも知れない。

それにしても浩太はいったいどうすればい

いのか、全く以って見当がつかなかった。綾

野先生や橘助教授は未だ連絡が取れない。拝

藤女史からはなんとツァトゥグアを復活させ

る方法を聞いてしまった。それをそのままツ

ァトゥグアに伝えれば桂田は無事戻ってくる

かも知れない。


 でもそれはそのまま全人類が滅亡に向かう

ドアを開けることに成りかねない。浩太一人

で判断できるようなことではなかった。三人

で話し合ったときは、取り敢えずじっとして

いても仕方が無いのでツァトゥグアを復活さ

せる方法を見つけよう、ということになった

だけで、見つかったら如何するのか、という

ことまでは決めていなかった。そう簡単に見

つかるとも思っていなかったからだ。




13 新山教授の協力


 綾野先生からの連絡は先日のメール以来無

かった。もし帰国しているのなら直ぐにでも

連絡がある筈だ。橘助教授からは全く連絡が

無い。何らかのトラブルに巻き込まれている

のは確実だ。もしかしたら二人には二度と会

えないのかも知れない。


 浩太は考えが段々悲観的になる前に決心を

した。


「一人でヴーアミタドレス山に向おう。」


 それは岡本浩太が悲壮な決心をしたのでも、

自棄になって決めたことでもない。持ち前の


(何とか成るだろう。)という楽観的な気持

ちで決めたことだった。


 決めてしまったら、浩太の行動は早かった。

拝藤女史から聞いた方法には、ある稀覯書が

必用だった。浩太には頼る人は居ない。ただ

一人心当たりが在った。あの古本屋の主人だ。

浩太は直ぐに京都に向った。


 浩太が『京極堂』を訪ねると主人がいかに

も面倒くさそうに出てきた。


「君は確か岡本浩太君じゃないか。どうかし

たのかね。」


「ご主人、実はある本を探していただきたく

て来ました。この間は彼方達に協力したので

すから、今度はどうしても協力してもらいま

すよ。」


「儂にできることなら出来る限り協力はする

が、一体なんの本を探しているのかね。」


「僕の目的はこの間話した通りです。そのた

めに必要な書物。ご主人ならご存知のはずで

すよ。かの『サイクラノーシュ・サーガ』で

す。」


 主人は驚愕の表情を浮かべた。


「きっ君はそんなものが実在するとでも思っ

ているのかね。あれはラヴクラフトでさえ想

像上の書物として言及しなかった紛い物だよ。

他の研究者も一切研究の対象にしたことはな

い程のものだ。どこで聞いたのか知らんが、

馬鹿も休み休みにいいたまえ。」


「じゃあどうしてご主人はそんな書物をご存

知なんですか。どこにも言及されていない、

研究対象にもなっていないものを。」


 主人の顔は正に(しまった。)と書いてあ

るかのようだ。こんな小僧に心理を読まれて

しまうとは。


「いっいや、儂も小耳に挟んだだけで、いっ

たいどんな本なのか、何が書かれているのか、

何時書かれたものなのか、誰が書いたのか、

総てが謎だ。そんな噂を聞いたことがあるだ

けなのだよ。それより君は一体その本の名前

を誰から聞いたのかね。まずそれを教えて貰

おうじゃないか。」


「いいですよ。多分ご存知なんじゃないかな。

鈴貴産業の拝藤さんという女の人からで

す。」


「拝藤?」


 古本屋の主人は知らないようだった。それ

を隠そうとしたが、もう無駄だった。


「ああ、拝藤さんね。それで彼女は今どこに

いるのかね。」


「そんなことは知りませんよ。僕も初めて遭

ったんですから。向こうから訪ねて来たんで

す。」


「向こうから訪ねてきた?何故君を訪ねてき

たのかね。それにどんな用があったんだ。」


「それは向こうの都合でしょう。僕はただ彼

女から聞かされた話の中に出てきた本をご主

人に探して貰おうと訪ねてきたんです。」


 どうも納得がいかないらしい。岡本浩太の

重要性は自らが先日浩太に話したのだが、自

分が知らないことをこの青年が知っている、

というのが不満のようだ。浩太が思うに、ア

ーカム財団や綾野先生達ほど彼らから重要視

されていない組織、というのが実情なのだろ

う。自分達はそう思っていないようだが。


 岡本浩太の身体を調べたデータもアーカム

財団の方が有効利用できるかも知れない。


「まあ、無駄だとは思うが心当たりを当って

みよう。だが君は何をするつもりでその本を

探しているのかね。」


「それはツァトゥグアに捉えられている友人

を救い出すために決まってるじゃないです

か。」


 浩太はさりげなく嘘を吐いた。相手は全く

気付いていない。


「判った。もし見つかったら直ぐに連絡しよ

う。その代わり、君もその拝藤という女から

連絡があれば直ぐに知らせて欲しい。約束し

てくれるかね。」


 浩太は稀覯書を探す以外に彼らに価値は無

いと思っていたが、この場は承諾をした。稀

覯書の探索は一流なのだ。だからこそ、綾野

先生や橘助教授も付き合っていたのではない

だろうか。自らを過大評価していることを除

けば、人類の為に戦っている気でいるのだか

ら悪い人間ではない。


浩太には、相手の心のうちが手に取るよう

に判った。もしかしたら、ツァトゥグアに一

旦吸収された影響なのかも知れない。それが

良いことなのか、悪いことなのか、今のとこ

ろ判断がつかなかった。


 京極堂の主人に稀覯書探しを頼んだ後は、

その他に必用な物を手に入れるために大学へ

戻った。琵琶湖大学には浩太の所属している

伝承学部の他、多少変わった生物学部がある。

絶滅種を復活させる研究室もあった。そこに

行けば何か助けになってくれる筈だ。


 研究室は二十四時間実験が続けられている

ので、閉められることは無かった。浩太が大

学に戻ったときは、もう午前二時をまわって

いた。


「誰かいませんか?」


 研究室の中では浩太には全く想像も出来な

い機械が動いており、パソコンのモニターに

はデータの羅列が次々とスクロールしていた

が誰もいなかった。休憩中なのか、特に誰か

が付いていなくてはいけない実験ではないの

だろうか。


 暫く所在無さ下にうろうろと見回している

と、誰かが入ってきた。


「あれ、岡本じゃないか。こんなところで何

をしているんだ。」


 生物学部に在籍している杉江統一だった。

杉江は開業医の長男だったが、医学部ではな

く生物学部に入学してしまったので親からは

勘当状態だった。岡本浩太とは同じ年齢なこ

ともあり、共に貧乏学生という共通点もあっ

て桂田利明らと共に遊び仲間だった。


「杉江、ちょっと頼みがあって来たんだ。」


「なんだよ、何だか様子が変だな。こんな時

間に訪ねてくるなんて。そう云えば、桂田は

どうしたんだ。最近ちっとも顔を見ないけ

ど。」


「ここは、今お前一人か?」


「今日の宿直は俺と新山先生だけど、先生は

仮眠中だから、今は一人だ。」


「真面目に茶化さないで聞いてくれるか。」


 浩太は今までの出来事を掻い摘んで杉江に

話した。何時に無く真剣に話す浩太に、冗談

では済まない深刻さを感じたのだ。


「それは本当の話なんだな。」


「ああ、それでこの間例の大穴の調査に来て

いた城西大学の橘助教授はイギリスに、綾野

先生はアメリカに飛んでいるんだ。」


「そういえば、綾野先生が急に相談も無く渡

米したと学長が怒っていたと新山先生が話し

てたっけ。なるほど、話の大筋は判ったけど、

それで俺に一体如何しろというんだ。」


「それなんだけど。」


 浩太はツァトゥグアを復活させるために必

用な物のうち大半がこの研究室で揃う筈だと

いうことを杉江に説明した。


「でも、これだけのものを直ぐに揃えろって

言われても無理だぜ。出入りの業者に無理を

頼んだとしても2~3週間はかかるぞ。」


「いいよ、その間にこっちはこっちでいろい

ろと準備があるから。」


 その間に本が見つかり綾野先生や橘助教授

が戻れば言うことはない。


「しかし、216ってのは大変だぜ。なんか、

その数字に意味が在るんだろうな。ああ、な

るほど獣の数字って訳か。」


「多分そう云うことだろうな。聖書も馬鹿に

出来ないってことさ。あの手の本にも何らか

の真実が隠されているなんてことは結構ある

ことなんだ。綾野先生の受け売りだけど

ね。」


 琵琶湖大学生物学教授、新山晴信。綾野と

一歳しか違わないこの男は、綾野と同じよう

に変人として知られていた。再生、蘇生など

のメカニズムを研究していることは、ある程

度論文等で発表されているものもあるので、

周囲の研究者達も理解していたのだが、その

研究の本質は実は研究室の中でも極一部の者

しか理解していなかった。彼は俗に言うとこ

ろの不老不死の研究を行っていたのだった。


 一概に不老不死といっても、不老と不死は

全く別問題と新山教授は考えている。不老に

ついては動物実験ではかなりのところまで研

究が進んでいる。新陳代謝を遅くする方法や

新しい細胞の活性率を究極まで高める方法は、

その生物によって違う方法では在るが様々な

方法の効果が確認できている。


 問題は不死だった。不老に近い状態は創り

出すことは可能なのだが、それでも最終的に

は“死”が訪れるのだ。外見上の問題を除け

ば、かなりの長期間、老化を抑えることはで

きる。ただ所謂若返りとなると相当難しくな

ってしまう。そして、同じようにぶち当たっ

てしまうのが、“死”という問題だった。


 新山教授はさらにその先の「蘇生」につい

ても研究の手を広げていたが、その辺りに関

してはかなり人類を冒涜しているとも取られ

かねない実験を内密に繰り返しているが、未

だ成功した例はなかった。


 新山教授の研究にとって岡本浩太が提供で

きる情報はかなり重要に意味を持っている。

その辺りを十分理解している、新山教授にと

って最も信頼の置ける生徒であり、研究員で

ある杉江統一は、岡本浩太の申し出には全面

的に協力するつもりだった。ツァトゥグアに

ついての知識はあまりなかったが、その封印

を解く方法が、人間の蘇生方法に十分流用で

きる方法であるとの情報はつい最近新山教授

から聞かされたところだった。


 杉江は新山教授からある程度の内容を聞か

されていた。その中には岡本浩太がいずれ

近々研究室に友人である杉江を訪ねて来るは

ずだ、ということも含まれていた。深夜の訪

問は意外だったが、新山教授と二人の当直の

夜だったので、好都合だ。岡本浩太が用意し

て欲しいと申し出た物については数日前から

用意できているのだが、肝心の本が入手でき

ていない。


 この手の実験にある種の呪文のような物が

非常に有効な手段になることは、新山教授と

の数々の実験によって目の当たりにしている。

一度など、本当に一瞬であったが死者が蘇っ

たかのように動いたことがあった。医学部か

ら極秘で回して貰った、医学生の解剖の実験

に使われた検体だった。それが上半身を起こ

して杉江の方を見たのだった。新山教授は最

終的には、例えば焼かれて灰になってしまっ

た遺体や、埋められて数百年経って原型を留

めなくなってしまった遺体、ミイラなども実

験対象となる予定だと話していた。


「じゃあ、悪いけど揃ったら直ぐに連絡をく

れるかな。僕は僕でやらなければならないこ

とがあるんだ。桂田の命がかかっているんだ

から、頼むよ。」


「判っているさ。でも大っぴらにそれだけの

ものを揃えることは俺には無理だから、なん

とか教授を説得しないとな。ちょっと呼んで

くるからお前から頼んでくれよ。」


 杉江は直ぐに新山教授を呼びに行った。


「教授、例の件で岡本が来ました。」


「もうここまで辿り着いたのか。岡本浩太と

いう生徒も結構頭が回るようだな。」


「でも何故教授はそこまであいつらの情報に

詳しいのですか?」


「杉江君。君はそんなことには首を突っ込ま

なくてよろしい。それが身のためだよ。」


「そういうもんですかね。」


 岡本浩太は新山教授は顔を知っているだけ

で話したことが無かった。


「初めまして、伝承学部の岡本浩太といいま

す。杉江君に聞いていただいたかと思うので

すが、友人の一大事なものでよろしくお願い

します。」


 中途半端に隠しても話の辻褄が合わなくな

ってしまうだけなので、総て正直に話すよう

に杉江に言ってあったので、浩太も話しやす

かった。


「事情は聴いたよ。直ぐには信じられる話で

はないが、私もその現場に連れて行って貰え

るのなら善処しよう。それが条件だ。それか

ら、綾野君は一体どうしたのかね。あの男は

昔から研究に熱中するかと思ったらフラフラ

と外遊にでてしまう、研究者としてはあまり

いい傾向ではないな。」


「いえ、綾野先生もこの件で奔走している筈

です。ただ今のところ連絡は取れないのです

が。」


「私の情報では国内に戻っているらしいよ。

何だか初老のアメリカ人と二人で連れ立って

成田に着いたということだ。」


「本当ですか。でも新山教授はどうして綾野

先生の動向をご存知なのです。」


「君達は踏み込まない方がいい世界が、世の

中にはある、ということだよ。とにかくもう

暫くすれば彼は戻る筈だ。ある程度の成果を

得た上でね。あの男は決して無能な訳ではな

いから、アメリカ東部くんだりまで行って収

穫も無く戻るようなことは無い。同行してい

る人物も気になる。私の情報でも確認が取れ

なかった人物だ。」


「判りました。教授もお連れすることは、綾

野先生が戻られるのならご一緒にご同行して

いただけると思います。綾野先生の情報、あ

りがとうございました。それでは是非とも早

急に揃えていただきますようお願いしま

す。」


 仮眠しているところを起こすことになった

ので、早々に失礼します、と言い残し岡本浩

太は新山教授の研究室を辞したのだった。




14 綾野の帰国


 岡本浩太は新山教授から綾野が帰国してい

る、との情報が得られたので、早速綾野の部

屋を訪ねてみた。時間は夜が明けたところだ。


 部屋には確かに電気が点けられている。誰

かが居るのだ。浩太は急いで部屋の前まで来

た。


「確かに彼方に命を助けられたことは感謝し

ていますが、かといって彼方の仰ることを総

て信用している、という訳ではないのですよ。

その辺だけは理解して貰わないと彼方に協力

することは出来ないと思ってください。」


 確かに綾野の声だったが、どうも誰かを相

手に怒っているようだった。話が見えないの

で岡本浩太は少し様子を窺うことにした。


「彼方の祖父であるマイケル=レイにいては、

私もよく知っています。でも彼方がその孫で

ある証明は何処にもありませんし、もし孫で

あっても彼方の祖父のように奴らと戦ってい

るとは限らないのですから。私の命を助けた

ことも何らかの計画の、一つの歯車に過ぎな

いかも知れないじゃないですか。」


「日本人というものはそれほど疑い深い人種

であったのか。私にも古い日本人の友人が一

人居たが、その男は君のような頑迷にところ

はなかったがな。なるほど、不用意に祖父の

名を出したのが気に入らなかったのかも知れ

んな。だが、私の素性を知ってもらうには君

達ような活動をしている者にはいつも効果的

であったものでね。だが、信用しようとしま

いと私がマイケルの孫であることは紛れもな

い事実なのだよ。そして、私はこの歳になっ

ても祖父の意思を継ぎ、奴らが封印を解かれ

ないように世界中を飛びまわっているのだ。

ただ私はどうも組織というものに馴染めなく

てどこの組織にも属していない。アーカム財

団とは幾度と無く協力関係を結んではいるが

ね。」


 綾野が話しているのはどうも初老の外国人

のようだ。話の内容からすると綾野が渡米中

になにか危ない目に遭ったとき、その老人に

助けられたらしい。綾野先生はどうもその老

人に胡散臭いものを感じているようだ。だが、

マーク=シュリュズベリィのようにアメリカ

人には数代に亘ってクトゥルーたちに敵対し

ている家系があるようだ。日本ではまだまだ

一代限りの人が多いのだが。この老人もマイ

ケル=レイの孫ならそれだけで信用できるの

ではないのだろうか。綾野は日本人としての

引け目から疑っているかのような振る舞いを

しているのかも知れない。浩太は思い切って

部屋に入った。


「先生、無事戻っていらしたのですね。」


「岡本君か、心配かけたね。」


 岡本浩太は綾野の顔を見てちょっと驚いた。

こんな時間に室内であるにも関わらず綾野は

サングラスを掛けている。


「こちらは私が向こうでお世話になったリチ

ャード=レイさんだ。リチャードさん、彼は

私の教え子で岡本浩太といいます。今回の件

でもかなり深く関わっている子です。」


「はじめまして、ああ、君が一緒に吸収され

たという教え子の一人だね。」


「はじめまして。岡本浩太です。綾野先生が

お世話になったそうで、本当にありがとうご

ざいました。」


「なんだか私の保護者のような口ぶりだ

な。」


「そんなつもりはないんですけど。それより

先生、そのサングラスは?」


「これか、向こうでいろいろあってな。いず

れ詳しく話そう。」


 それから、三人はお互いが得た情報を話し

合った。浩太は拝藤女史から得た情報でツァ

トゥグアの封印を解く儀式に必用ないくつか

のものと『サイクラノーシュ・サーガ』とい

う書物のことを話した。アブホースについて

は情報は皆無だった。そして、『サイクラノ

ーシュ・サーガ』については綾野が興奮して

言った。


「ほぼ同じような情報を掴んでいたようだね。

でも拝藤女史がその情報をくれたのなら、な

ぜ私に言ってくれなかったのだろう。それと

も私のところに来た後、彼女(?)もその情

報を掴んだのかもしれない。それとも何か考

えがあったのかも。私はそれでその『サイク

ラノーシュ・サーガ』を探す過程でリチャー

ドさんに救っていただいたんだよ。彼も同じ

ようにその本を探していたらしい。」


「それで、本は見つかったんですか?」


「ああ、所在は確認できた。それで帰国して

直ぐに京極堂に頼んでおいたから、明後日に

も手元に届く筈だよ。」


「その他の物についてはさっき新山教授に無

理を言って頼んできました。一週間のうちに

は揃えていただけるそうです。」


「新山教授か。あの人をあまり信用しない方

がいいよ。自分の研究のためなら人類を売り

かねない性格だから。」


「まさかそんな。」


「新山教授を私や橘と同じように思っていた

ら、酷い目に遭いかねない。何か特別な理由

があるのかも知れないがあの人の研究に対す

る姿勢は異常としか思えないんだ。学長もよ

くあの人を教授職に就けている。それも県立

大学のだよ。私には理解できないね。」


 綾野がそれほどいうのなら、そうなのかも

知れない。だが、岡本浩太には新山教授がそ

れほど変わった人間には見えなかった。それ

とも研究となると人が変わってしまうのだろ

うか。


 結局本については京極堂さんの連絡待ち、

その他の物については新山教授か杉江統一の

連絡待ちという自分たちだけでは身動きの取

れない状況を確認してその夜は別れた。リチ

ァード=レイさんは綾野先生の部屋に泊まる

ことになったので、浩太は自分のアパートに

戻った。


 部屋に戻ってメールをチェックしてみたが、

友人達の彼を心配するメールだけで橘助教授

からの連絡は未だ無かった。綾野先生も心配

していたが、情報は全く得られていない、と

いうことだ。


 大英博物館に所蔵されている稀覯書を閲覧

しに行っているだけの筈なのに連絡が取れな

いということは、橘助教授の身に危険が迫っ

ているのか、それとも最悪の事態を考慮に入

れなければならないかもしれない。桂田利明

を救うため、とは言え自らの命を犠牲にしな

ければならなかったのか。浩太は遣り切れな

かった。


 翌日には京極堂から綾野へ『サイクラノー

シュ・サーガ』が手に入りそうだと連絡があ

った。『サイクラノーシュ・サーガ』とはそ

の名のとおりサイクラノーシュという人物の

物語だ。サイクラノーシュとは土星の別名の

ように思われがちだが実は人の名前である。

そして、彼の愛した星がサイクラノーシュの

名を与えられて人々の記憶となっているのだ

った。サイクラノーシュは宇宙を旅する旅人

だったが、ある惑星で放置された神殿を見つ

けた。それは遥か古代の人類と呼べるかどう

かも疑わしい者たちが崇拝していたツァトゥ

グアを祀っている神殿だった。


 サイクラノーシュはその神殿に入って行っ

た。石造りの神殿は人間のサイズからすれば

到底考えつかないほどの大きさと規模を誇っ

ていた。廊下の幅は優に10mを超え、高さ

は15mほどもあった。ドアは何処にもなか

ったが、このサイズでドアがあったとしたら

サイクラノーシュといえども開けることは出

来なかったであろう。


 神殿の奥へ奥へと進んでいくと、蝋燭のよ

うなものが壁の途中から斜めに生えている。

よく観ると蝋と化した人間だった。その頭の

ところには蝋燭の芯のような物が取り付けら

れている。何処から見ても蝋燭だった。


 サイクラノーシュは神殿の最も奥まった部

屋に辿り着いた。


 その部屋には壁一面に壁画が描かれていた。

それは宇宙の誕生より今日までの歴史絵巻だ

った。原初の宇宙と同じときに生まれたアブ

ホースやウボ=サスラも描かれている。アザ

トースの姿さえ見受けられた。


 それらの中に、少し原初の宇宙から時間を

隔てたところにクトゥルーやツァトゥグアが

描かれている。そして、その直ぐ後に旧神と

の壮絶なる戦いがあった。


 サイクラノーシュはその中で特にツァトゥ

グアに興味を覚えた。生まれた場所が近いの

かも知れない。そして、気に入った場所も同

じなのかも知れなかった。


 サイクラノーシュは特にツァトゥグアが描

かれているところを熱心に探した。そして、

ツァトゥグアがヴーアミタドレス山の洞窟に

封印されるときの様子も詳細に理解した。ツ

ァトゥグアが他の神々たちとは多少違う考え

方を持っていたこと、ツァトゥグアには特に

旧神達に積極的に歯向かう意思があったわけ

ではなかったことなど多くのことを学んだ。


 サイクラノーシュはツァトゥグアをその封

印されている場所まで訪ねて行ったのだ。そ

こでいくつかの興味深い話をした後、神殿の

ある惑星に戻ったのだった。


 『サイクラノーシュ・サーガ』にはその辺

りのことが事細かに語られている。著したの

はエイボンの書の魔道師エイボンとも言われ

ているが、その真偽は定かではない。


 サーガにはその後のサイクラノーシュの活

躍も詳細に語られていたが、ここではあまり

関係が無い。ツァトゥグアを封印するくだり

には封印するときの呪文のようなものと、そ

れに対となる封印を解除する呪文のようなも

のも書かれているのだった。


 翌々日になって岡本浩太は綾野から連絡を

受けた。本が手に入ったのだ。そして、それ

を解読している、とのことだった。暗号や遥

か昔に忘れられてしまった言語の解析は、専

門なのでそれほど時間はかからないだろう。


 浩太は本以外のものを手に入れるために大

学へ向った。そろそろ準備ができている頃だ

と思ったからだ。生物学の研究室に入ると杉

江統一と新山教授のほか、数人の研究員が忙

しそうにしている。他人に聞かれては拙い話

なので、杉江を外へと呼び出した。


「どうだ、揃いそうか?」


 実は岡本浩太に頼まれたものはとっくに揃

っている。


「大丈夫だ。今日にも渡せるだろう。それよ

り、本の方はどうなんだ?」


「本は手に入ったんだ。今、綾野先生が解読

している。一両日中には結果が出るんじゃな

いかな。封印する呪文と封印を解く呪文の両

方が記されている筈なんだ。」


「そうか、それなら3日後には穴に降りてい

けそうだな。是非とも今度は俺も教授もお供

させてもらうぜ。無理して揃えたんだからい

いだろ?」


「でも危険なのはお前も充分判ってるだろう

に。桂田が今どうなっているか、その為に僕

達が下手をすると人類を滅亡の危機に陥れか

ねない事態になってしまっていることを。」


「判っているさ、だからこそ何か力になれた

らと思っているだけだよ。」


 杉江統一と新山教授の目的は岡本浩太には

話せない。話せば連れて行ってくれる訳が無

いからだ。それほどまでに二人は冒涜的で危

険な賭けをするつもりだった。


 そして、全ての準備が整った初秋の早朝に

綾野、岡本浩太、杉江統一、新山教授とが大

穴に未だに設置されているカーゴに乗り込ん

だ。穴の深さは最後に降りていった時とほぼ

同じ深さのようだった。


 底に着いて横穴に暫く進んで行くといつか

の大きな空間へと出られた。そして、今回は

すぐ近くにヴーアミタドレス山が聳えていた

のだ。まるで浩太たちを待ち侘びていたかの

ように


 四人はツァトウグアの棲んでいる洞窟へと

入っていった。二度目の綾野と浩太はそれほ

どではなかったが、初めて訪れる杉江と新山

教授は酷い恐怖心が心を蝕み始めていた。ツ

ァトゥグアの影響を受け出したのだった。綾

野と浩太は一度ツァトゥグアに吸収された経

験があるので免疫が出来ているのかも知れな

い。


 特に何か得たいの知れないものの体内にし

か思えない、じめじめとした洞窟の壁や天井

が杉江と新山教授の心を徐々に蝕んで行くの

だった。


 四人はついにツァトゥグアの洞窟へと辿り

着いた。そこには初めて見たときと同じよう

に特に警戒している風でもなく、かと云って

安心しきって眠りについている風でもない、

一つ一つの腫瘍が体中を覆っているかのよう

に見るに堪えない姿のツァトゥグアがこちら

を向いて蹲っていた。


「よく戻ってきた、人間たちよ。少しこの間

とは違う者達が混じっているようだ。早速で

はあるが我に課せられた封印を解く方法は見

つかったのであろうな。」


 ツァトゥグアはストレートに聞いてきた。

桂田利明の姿は確認できない。今でもツァト

ゥグアの体内に取り込まれたままなのだろう

か。


「ツァトゥグアよ、望みのとおりお前の封印

を解く方法と封印を解く儀式に必要なものを

揃えてきたのだから、桂田を開放してもらお

う。」


 綾野の言葉を理解したのか、ツァトゥグア

は立ち上がり(綾野と岡本浩太はツァトゥグ

アが立ち上がるのを初めて見た。というか立

ち上がれるとは毛頭思ってもみなかったのだ。


 立ち上がってもツァトゥグアの背丈は2m

に満たなかった。ただ、人間とほぼ同じサイ

ズに見えるが故にさらにそのグロテスクな外

見が心象つけられている。ただ、今のサイズ

が本来のツァトゥグアの本当のサイズとは限

らないのだが。


「ここに『サイクラノーシュ・サーガ』があ

る。お前も知っているだろう。遥か悠久の昔

にここを訪ねてきた者の残した本だ。」


 ツァトゥグアは少し考えているようだった。


「なるほど、あの者のことが。お前達は昔と

いうが、我にとってはついこの間のことに思

えるわ。戯言はよい。早く始めるがよい

わ。」


「待ってくれ、まず桂田を解放することが先

だ。それを確認しなければ儀式は行わない。

対等の取引ではないことは充分理解したうえ

で言っている。この点について引くつもりは

ない。もし、この条件が飲めないのならば、

また偶然に人間がここを訪れる機会を永遠に

待つことだな。」


 綾野はかなり強気に出た。ただ確かにこれ

は引けない条件だった。


 ツァトゥグアは綾野を値踏みするかのよう

に睨みつけた。というか睨みつけたように思

えた。実際は何処に視点が合わされているの

か、そもそも眼球のような物があるのかどう

かもよく判らなかった。


「よかろう、お前達がここに居る限り我を裏

切れば元の世界には戻れないと理解しておる

のならな。」


「それは嫌というほど理解しているさ。」


「それにしては、お前達とは別にここを訪れ

ようしている者がいるようだが。」


(しまった。やはりそう簡単にはいかない

か。)


 予想はしていたが、ツァトゥグアに隠れて

別働隊を寄越しているのはもう少しばれない

でほしかった、と綾野は思った。こうなった

ら仕方ない。


「彼らは私たちが儀式に使うもので一度に持

って来れなかった物を運んでいるだけだ。別

に騙すともりはない。」


 岡本浩太や杉江統一、新山教授は何も聞か

されていなかった。敵を騙すにはまず味方か

ら、という古典的な判断だったのだ。しかし、

神とも崇められているツァトゥグアの結界を

気付かれずに超えることはできなかった。


「まあ、よいわ。気まぐれにお前達全員を屠

ってしまっても、我には未来永劫の時がある

のだ。気にすることはない。存分に足掻くが

よいわ。ではその者達を待ってから儀式とや

らを始めるがよい。」


 話の流れから別働隊の到着を待つ羽目にな

ってしまった。




15 謎の協力者


「綾野先生、大丈夫なんですか。誰が来ると

いうんです。」


「岡本君、君もこの間遭っただろう、リチャ

ード=レイとアーカム財団のマリア、それに

連絡が取れればマーク=シュルズベリィにも

ここに来るように要請してある。それにアー

カム財団特務工作員達もだ。彼らはクトゥル

ーハンターとしての特殊訓練を受けている。

そして、取って置きの切り札が一人。」


「切り札ですか。」


「そう切り札だ。今回の作戦の鍵を握ってい

るほどのね。」


 浩太は、ツァトゥグアにはこちらの思考が

総て読まれているのでは、と思ったがあえて

その内容については聞かなかった。浩太が気

付くようなことに綾野先生が気付かない筈が

無いからだ。


 それにしても、マリアさんやマークさんは

かなり頼りになる筈だがリチャード=レイと

いう初老のアメリカ人については、一度遭っ

ただけでよく判らなかった。


「綾野先生、そのリチャードという人とはア

ーカムで何があったんですか。」


「彼には命を助けられたのさ。ツァトゥグア

の封印を解く方法を探しているうちに、『エ

イボンの書』まで辿り着いたんだが、解読し

ているうちに『エイボンの書』に取り込まれ

てしまったんだ。ミスカトニック大学付属図

書館の稀覯書室に居る時で良かったよ。リチ

ャードがたまたま居合わせてくれて。」


「そうだったんですか。」


「ただそのお蔭でツァトゥグアの封印を解く

鍵が『サイクラノーシュ・サーガ』に記され

ていることが判ったんだ。怪我の功名という

やつだね。」


「『サイクラノーシュ・サーガ』はラヴクラ

フトも想像上の書物としてさえ取り上げなか

った稀覯書中の稀覯書なんだ。サイクラノー

シュはクラーク・アシュトン・スミスも言及

している星の名前だけれど、その星の名前の

元になった人間の名前でもあるんだ。ただ、

『サイクラノーシュ・サーガ』を読み進んで

行くとどうも私達とは違う種類の人類、異星

人らしいね。遥か昔に星々を旅していたのだ

から。」


「そのサイクラノーシュがツァトゥグアを訪

ねてここまで来ていたんですか。」


「そう。その辺りの記述も『サーガ』には詳

しく記されている。そして、その後サイクラ

ノーシュに戻った彼がツァトゥグアの封印を

解く方法を研究している件があるんだ。そし

て彼は封印をする方法と共に封印を解く方法

を見つけ出した。儀式に必要なものも総て詳

しく記述されている。ただ、問題なのはその

儀式に必要なものは必ずしも今の地球上で手

に入るものだけではない、ということなんだ。

君が新山教授たちに揃えてもらったものはあ

くまで今の地球において揃う物であって記述

されているもの、そのものではないと思うん

だよ。」


 岡本浩太が杉江統一や新山教授に頼んだも

のは216個の人間の虫垂だった。もともと

は何かの必要な器官であったものが、人間が

進化、若しくは退化する過程の中で不要にな

ってしまったと考えられる虫垂が遥か昔ツァ

トゥグアを封じた封印を解く鍵となっている。

ただそれは現在特に人間にとって特に必要と

はされていない虫垂ではなく、体内の器官と

して有効に機能していた虫垂なのだった。


「とすると、ツァトゥグアの封印を解くこと

は現代においては不可能になってしまうんじ

ゃないんですか。」


「だから私達は現代の地球上において可能な

限りツァトゥグアの封印を解く努力をすれば

良い訳だよ。決して嘘を吐いている訳ではな

いし、サボタージュしている訳でもない。真

剣にツァトゥグアの封印をとく儀式を行うつ

もりだ。呪文も本物をつかう。後はツァトゥ

グア次第だな。」


 綾野先生はツァトゥグアを騙すこと無く復

活もさせない方法を見つけ出していた。単純

にツァトゥグアの封印を解く振りをすればい

いと考えていた岡本浩太は、ツァトゥグアら

旧支配者たちの能力を過小評価していた自分

が恥ずかしかった。仮にも神々と崇められて

いる程の力の持ち主で遥か永劫の時を封印さ

れているもの達なのだ。


 クトゥルーの時は直接その意識に触れたり

言葉を交わす機会が無かったので、感覚的に

はただの怪物としか捉えていなかったのだが、

やはり旧神と呼ばれる神々たちと敗れたとは

言え戦ったものたちだ。当然かなりの力を有

している筈だった。そして、その中でもツァ

トゥグアは主神クラスなのだ。


 そして、ヴーアミタドレス山の洞窟に別働

隊が辿り着いた。綾野たちはツァトゥグアが

開いた空間なので直ぐに着いたのだが、別働

隊はその規模を通す空間を再構築されていた

ので少し時間がかかっていた。




16 ツァトゥグア急襲


 別働隊はリチャード=レイ、マリア=ディ

レーシアが指揮を執っている。リチャードと

マリアは旧知の仲だった。幾度となく遺跡の

発掘現場などで出会っている。稀覯書の収集

においてもアーカム財団とリチャードは敵同

士の時と協力関係を結んでいるときとどちら

もあった。


 マーク=シュリュズベリィはどうもセラエ

ノに行っているらしく、同行していなかった。


「盗聴器で聞いていたとおり、このまま儀式

を行うことにしたよ。」


「それで巧く行くと思っているのか。」


 リチャードは綾野が勝手に話を進めてしま

ったことを怒っているようだった。本来なら

綾野達が時間を稼いでいる間に重火器を装備

した特務部隊がツァトゥグアを急襲する手筈

になっていたからだ。たた、その方法で確実

にツァトゥグアを倒せる確証は無かったので

リチャードも渋々了承したのだった。


「ミスター綾野、相変わらず危ない橋を渡る

のね。もしかしたら、好んで渡っているのか

しら。」


「そう言うなよ、マリア。ところで彼女はど

うした。」


「ほんと、彼女を連れてきて欲しいと頼まれ

たときは、たとえ綾野の頼みでも上層部を説

得できないと思ったわ。でも何故だか綾野の

提案をそのまま受け入れたの。なにか手を回

したでしょう。」


「ちょっとしたことだよ。」


 綾野はアーカム財団に『サイクラノーシ

ュ・サーガ』の譲渡を申し出たのだった。


 綾野祐介と岡本浩太、リチャード・レイと

マリア・ディレーシアは特務部隊を引き連れ

て、残して来た杉江統一と新山晴之教授の待

つ洞窟へと戻った。


「やっと揃ったようだな。では早速始めても

らおうか。」


 悠久の時間をただ無為に過ごしてきた筈の

ツァトゥグアは妙に急いた様子で綾野に儀式

の開始を要求した。


「それなら、先に桂田を分離してもらおう。

儀式はその後だ。」


「まあ良かろう。」


 それはあまりにもおぞましい風景だった。

自らの体の一部と化している桂田利明を細胞

分裂、というよりはヘドロで作った塊を二つ

に手づかみで分けたような分離の仕方だった。

どちらも元の形状を留めていない。そのうち

一つの塊の中央が持ち上がった。


 それは人間の背中が丸まっているかのよう

だ。ゆっくりと立ち上がった。ヘドロのよう

なものを少しづつ落としながら完全に立ち上

がってこっちを見たそのものは、確かに桂田

利明であった。


「だ、大丈夫か。」


 岡本浩太と杉江統一が駆け寄って倒れ込も

うとしている桂田を支えた。


 もう一つの塊は、中央や端の方や、様々な

ところが盛り上がって再び元のツァトゥグア

の形状に戻った。さっきより多少小さくなっ

たようだ。


「今だ、全員撃て。」


 リチャード・レイの叫び声でアーカム特務

部隊の全員が一斉にライフルで射撃した。半

分にあたる五人が打ち込んでいる弾丸は特殊

コーティングされた劣化ウラン弾で、発射す

る人間は被爆しないように配慮されている。

他の五人が打ち込んでいる弾丸はこれも特殊

コーティングされていて、中には超高濃度の

ダイオキシンが封じられていた。核物質と最

悪の環境ホルモンという二つの人類が産み出

した凶悪なもの達でツァトゥグアを倒そうと

いうのだ。


「うっぐをおぅがぁ。」


 ツァトゥグアはなんとも表現し難い叫び声

をあげた。


「リチャード、何をするんだ。約束が違うじ

ゃないか。」


「綾野、君のやり方ではツァトゥグアは止め

られんよ。私が呪術的に手を加えて造った弾

丸の威力を見たまえ。人類が産み出した汚染

物を旧支配者にも効果があるように『屍食教

典儀』に記されていたマントラを刻み込んだ

弾丸に封じたものだ。」


 ツァトゥグアの叫び声は留まることを知ら

ない。


「リチャート、彼方は今まで稀覯書の収集や

遺跡の発掘を通じて旧支配者のことを見知っ

ているかのような錯覚をしているだけだ。奴

等は彼方が思っているような生物的に弱点が

あるものではない。そんな弾丸では一時的に

苦しむだけなんだ。」


 その時だった。全部で数百発、打ち込まれ

た弾丸が、総てそれを打ち込んだ特務隊員に

向って発射された時よりも高速で跳ね返され

た。


「うわぁ。」


 こんどは全員が、人間が理解できる叫び声

をあげてばたばたと倒れて行った。十人全員

がほぼ即死だった。


「ごれが、お前達の答えなのか。約束を護っ

てその者を開放した我に対する、仕打ちなの

か。」


 ツァトゥグアは弾丸は跳ね返したが体内に

残っている毒や放射性物質の為にかなり苦し

そうだった。


「いや、これは私の本意ではないんだ。判っ

て欲しい。」


「それなら、何故我に思考を読まれないよう

にしておるのだ。」


 ツァトゥグアには総てお見通しのようだっ

た。


「判っておる。出てくるがよい。クトゥルー

の眷属よ。」


 綾野は本心からツァトゥグアの封印を解く

つもりである、というところまでで自分の思

考をブロックしてもらっていた。そんなこと

を頼めるのは彼女(?)しか居なかった。


「お久しぶりです。ツァトゥグア様。ご息災

であるようで我が主も悦んで居りましょ

う。」


 全く何の気配も無かった場所に忽然と現れ

たのは人間の形態を取っているハイドラ、拝

藤女史だった。


「珍しいこともあるものだ。ただ、その姿は

なんの冗談だ。人間に協力をしているのも解

せない。何を考えている?」


「私達眷属が考えることはただ一つでしょう。

主の復活だけです。」


「そして、その復活をしたあとの主権争いの

ことでも考えておるのだろうな。小賢しいこ

とよ。」


 ツァトゥグアは既にかなり復調をしてきた

ようだった。


「とりあえず、ツァトゥグア様にはこのまま

ここの居ていただければ幸いです。」


「そう、つれなくせずともかろうに。悠久の

昔には共に戦った仲ではないか。いずれにし

てもその人間が見つけ出した、我の封印を解

く方法は今の地球では無理のようだ。」


 ツァトゥグアはハイドラのブロックが解け

た綾野の思考を読んだ。


「そのとおりだ、ツァトゥグア。今の私達に

はお前の封印を解くことはできない。方法は

見つけ出したんだが。」


「判っておる。お主の気持ちは充分にな。ま

あ、よい。永劫の時を過ごす間には、たまに

はこのような余興が無くては退屈してしまう

のでな。次にお前のような人間がここを訪れ

るのは五百年先か千年先か。」


 ツァトゥグアは封印が解かれなかったこと

も、銃撃を受けたことも特に気にしていない

かのようだった。ただ、銃撃した人間には死

を与えてはいたが。


「私達をこのまま解放してくれるのか。」


 綾野は恐る恐る聞いてみた。」


「別によかろう。好きにするがよい。また、

気が向いたらここを訪ねててきもよいぞ。」


 何故かツァトゥグアは上機嫌というのか、

妙にさばさばとした感じだった。神と比肩さ

れるような存在の思考は、人間には理解でき

ないのかも知れない。


 そして、綾野祐介、岡本浩太、杉江統一、

新山教授、リチャード=レイ、マリア=ディ

レーシアと助け出された桂田利明はヴーアミ

タドレス山の洞窟を後にした。アーカム財団

の特務部隊の亡骸はそのまま放置するしかな

かった。多分此処への通路や縦穴は綾野たち

が出たら塞がってしまうと思われた。


 実際、綾野たちが地上に戻った瞬間に穴は

見る見るうちに塞がってしまい、跡形も無く

なってしまった。


「新山教授、彼方の目的は一体なんだったの

ですか?」


「儂の目的は彼を助け出すことと、ツァトゥ

グアをこの目で見ることだけだ。他意はない

ぞ。」


「隠さなくても判っていますよ。それで巧く

いったのですか?」


 新山教授と杉江統一はツァトゥグアの体組

織を採取するのが目的で洞窟まで付いて行っ

たのだった。永劫の時を生きるツァトゥグア

の体の組織を調べれば不老不死への強力な手

掛かりになる筈だった。


「君の目は誤魔化せないな。必要なものは採

取させてもらったよ。何か新しい発見でもし

たら君にも知らせてあげよう。それでいいか

ね。」


「充分です、教授。ただ程々にしないと教授

は神の領域に踏み込もうとしているのですか

ら、自身の身に災いが降りかかることの無い

様充分注意してください。」


 リチャードとマリアはアーカム財団に今回

の作戦の経緯を説明するために東京の極東本

部へと戻って行った。関西支部は壊滅したま

まだった。




17 取り戻し(てしまっ)た人質


 岡本浩太と綾野は助け出した桂田利明をと

りあえず琵琶湖大学付属病院に連れて行った。


「気分はどうだ。」


 桂田利明は多少顔色が悪いことを除けばと

くに変わった様子も無かったが念のため入院

させることにした。精密検査をしてもらうた

めだ。


「なんだかおかしな気分です。ツァトゥグア

の体内に居るときはツァトゥグアが発生して

から今までの気の遠くなるような時間を体験

しました。壮絶な旧神との戦い、旧支配者達

の中での反目、洞窟に封印されてから訪れた

十人に満たない人間達とのやり取り。なんだ

か自分がツァトゥグアになったかのようで

す。」


 ツァトゥグアの体内でその記憶を再体験し

ていたのだろう。精神が崩壊しなかっただけ

でも幸いだった。全く別の第三者的にその記

憶をたどったのなら、すぐに精神的に死を迎

えていただろう。取り込まれた状態、融合し

た状態だったから逃れられたのだ。


「まあ助かってよかったよ。今日はゆっくり

と休むんだな。」


「ありがとう、浩太。ありがとうございまし

た。綾野先生。」


 大学の講師室に久しぶりに戻った綾野祐介

は、渡米中やツァトゥグア対策に走り回って

いた間に貯まりに貯まってしまった仕事をこ

なす作業に執りかかっていた。


 橘良平助教授の消息は岡本浩太にも確認し、

自宅や勤務先の城西大学、大英博物館にも連

絡を入れてみたが、相変わらず知れなかった。

アーカム財団のロンドン支局にも捜索を依頼

してあるのだが、これといった情報は届かな

かった。


 そろそろお昼にしようかと時計を見た時、

電話が鳴った。岡本浩太からだった。


「綾野先生、ちょっと付属病院まで来てもら

えませんか。」


「どうしたんだ。桂田君の身に何かあったの

か。」


「ええ、とりあえず来て下さい。話はこちら

で。」


 取るものもとりあえず綾野は桂田利明が入

院している付属病院に向った。大学構内を自

転車で約5分の距離だ。


「何があったんだ、浩太君。」


「詳しくは恩田先生からお願いします。」


 恩田助教授は琵琶湖大学医学部付属病院の

医師だ。桂田利明の担当医だった。


「恩田です。私から説明しましょう。実は桂

田君の検査を各種行っていたんですが、その

前に岡本浩太君の検査結果を、これは岡本君

から聞いた話なんですが、彼のDNAを鑑定

したところ、人間のそれと97%一致した、

という結果が出たそうです。逆にいうと約

3%は人間と一致しない、ということです

ね。」


 ここで恩田助教授は一呼吸置いた。これは

岡本浩太が人間と多少違ってきている、と宣

言するようなことになったからだ。


「これは例のツァトゥグアに一旦吸収された

ことが原因だと思われます。そして、これは

お願いなのですが、綾野先生のDNAについ

て岡本君と同じ検査をさせていただきたいと

思っています。多分同じ結果が出るのではな

いかと思います。」


 そして、恩田助教授はまたここでも一呼吸

置いた。これは綾野も人間と多少違ってきて

いることを告知することになりかねないから

だった。


「それは判りました。検査でも何でも喜んで

受けましょう。それで桂田はどうしたと言う

のですか。」


 それがここに呼ばれた理由の筈だった。岡

本浩太や綾野祐介のDNAの話ではなかった。


「そこで、です。同じ検査を桂田利明君にも

した結果が問題なのです。ここの設備では人

間のDNAパターンとの比較に時間がかかっ

てしまったのですが、彼の場合は基本パター

ンの45%でした。」


「45%も人間と違っていたんですか。」


「いいえ、人間と一致する部分が45%しか

なかったのです。」


 それはどういう意味だろう。半分以上人間

と一致しない、ということは『人間ではな

い。』ということなのか。


「それはどういう意味です。」


 恐る恐る綾野は聞いてみた。


「生物学的には到底人間とは呼べない、と言

えるでしょう。」


「外見上は全く変わりが無いにも関わらず、

ですか?」


「そうです。ただ、これはあくまで生物学上

の問題であって、それがそのまま、彼が人間

では無くなってしまったという意味ではない

とは思うのですが。」


 恩田助教授としてはかなり苦しい回答のよ

うだった。それはそうだろう。どう見ても人

間としか見えない桂田利明が人間ではない、

などと決めてしまうような権利は自分にはな

いと思う恩田だった。


「それとどちらかと言うとこちらの方が問題

ではないかと思うのですが。」


「まだ何かあるのか。」


「その桂田利明が今日突然居なくなってしま

ったのです。」


 朝の回診の後だった。見慣れない外国人の

見舞い客が訪れたのは確認されているのだが、

その見舞い客が立ち去ったのは誰の記憶にも

無かった。見舞い客は黒ずくめの神父のよう

な風体だった。その後看護婦が様子を見に来

たときにベッドはもぬけの殻になっていた。

それまでの桂田は特に変わった様子は無かっ

た。ただ、見るもの聞くものの総てが珍しい

様子で看護婦に一々質問をしていたようだ。


「そうなんです、綾野先生。利明のやつは帰

ってきてからどうも妙な感じでした。最初は

ショックで言葉数が少なくなってしまったの

かとも思ったんですが、話せば話すほど言葉

の節々に聞きなれない単語が出てきたりし

て。」


「どういうことだと思う?」


 それは想像したくなかった。桂田利明をヴ

ーアミタドレス山の洞窟から助け出したと思

っていたのが、もしかしたらツァトゥグアを

この世界に解きはなってしまったのではない

だろうか。ツァトゥグア本体と桂田利明が入

れ替わっていたのか、それとも45%の桂田

と55%のツァトゥグアなのか。


 いずれにしても人類はかつて無い最悪の事

態を迎えてしまったのかも知れない。


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