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第9話 失念

「すまなかった」

「痛い。超痛い。身体を張って助けた相手に気絶させられて心も痛い。もう身体中ズタボロだな~」


 さっきのは本当に痛かった。女に優しい俺でもここまでされればただで起きるわけにもいかない。

 副作用の方は俺が気絶しているうちに効果が切れていた。


「本当にすまなかった」


 リネットの言葉を聞きながら、腕に嵌められているバンクルを操作する。

 最初のページにはリネットの親密度が書かれている。


 39%か。まあ、この調子だな。


 気になるのは次のページだった。

 バンクルに触れると横にスライドさせる。


 ビンゴ!


 そこには俺がレイラのコアをもらって手に入れたウィンドという魔法の他にヒールという魔法が追加されていた。


 ラッキー! これ自分にも効くよな?


「私にできる事なら何でもするからいい加減許してくれ」


 ――ピクン。


「今……なんて?」

「ん? 許してくれ、と」

「違う! その前だよ、その前!」

「私にできる事なら何でもする、と」


 ふむ、その条件なら悪くない。寧ろお釣りがくる。


「本当か?」

「ああ、騎士団のリーダーとして二言はない」

「分かった。ならさっきの可憐な右ストレートは水に流そう。ヒール」


 自分のお腹とついでに頬の腫れを治すイメージで唱えてみた。


「ヒールなんて使えたのか」

「ああ、まあな」


 学園に通ってる生徒、いや、今まであった全ての人がこんなバンクルは嵌めていなかった。

 おそらく俺の持っているこのバンクルが異質なのだ。それを知られないように俺はヒールを元々使える魔法という事にする。


「よし!」


 お腹の痛みもほとんどなくなり、身体を動かす分には問題ないところまで行くと立ち上がった。


「じゃあ、さっきなんでもするって言ったことだし、明日は学園が休みだろ? だから、デ――デ、デ――」

「デ?」


 おい、これなんだ……。

 デートに誘うだけでめっちゃ緊張するじゃないか!

 そりゃ、生まれてから一度も女の子をデートに誘ったことなんてないけど!


 何を言えばいいのか、自分の全てを掛けて考える。


 落ち着け! 俺の人生だって無駄なんかじゃなかったはずだ!

 

 必死に絞り出し、自ずと導き出された答え。


 これだ!


「できれば明日一日は俺に時間をくれないか?」


 ゲームの言葉を借りないとデートにも誘えないのかよ、俺は……。


 当然、目を合わせられるはずもなく、リネットの返事を黙って待つ。

 今更あんな台詞を言ってしまった後悔に穴があったら入りたい気分に陥る。


「明日か。明日は騎士団の方も休みだし、ああ、了解だ」

「おっ、おう」


 あれ? なんかリネットさんいつも通りすぎない? デートってんだからもう少し恥ずかしがったりとか、戸惑ったりとかそういう反応あってもいいと思うんだけど。


 気になって俺はリネットの顔を気付かれないように横目で盗み見る。

 そこに普段と変わった様子は微塵もない。


 デート慣れしてらっしゃる?


 もう一度リネットを見る。

 普段の固い態度のままだ。

 

 そんなわけないかー。ってことは……。


 思わずため息が漏れる。


 どうやらリネットはこれがデートの誘いだったことにも気付いていない鈍感女ってことか。



 リネットに生徒会の報告を任せ、血で汚れた制服を取り換えてもらった後、殺風景な自分の部屋に戻るとベッドに飛び込んだ。

 明日は朝から学園前の門に集合と言ってある。

 目を閉じると、俺は帰る最中のことを思い出していた。


『なあ、スルガ。今日はありがとう。でも、もうあんなことするのは止めてくれ。騎士団のそれもリーダーを任されている身だ。命の危険を伴う事も当然全部理解したうえでやっている。だが、そんな私を庇って他人が傷つくのは――耐えられそうにない』


 俺は身を挺して守ったことを後悔するつもりはない。勝手な言い分かもしれないが、目の前で女の子を死なせてしまうなんてそれこそ一生トラウマもので引きこもる自信まである。


 でもまあ、そんな覚悟を持ってるから騎士団の他のメンバーにも頼られてるんだろうな。帰った時もすごかったし。


 普段きっちりしたリネットが予定の時刻を大幅に遅れて戻ってきた時は、皆、心配し泣いている子たちもいたほどだ。


 まあ、何はともあれ明日が人生初のデートだ!


 浮かれすぎないように抑えつつ、プランを一から練っていく。


「定番なら映画とか水族館だが、この世界にそんなものはないはずだ。となるとショッピングが妥当なライ……ン……。あれ?」


 ここに至って、一番大事な事を忘れていたことに気付く。


「金がねえ……」


 笑えない。実に笑えない。

 自分からデートに誘っといて金も用意できてないとか、せっかく順調に上がってる親密度が下がることも必至。

 打開策はないのか。打開策、打開策――。


 脳をフルスピードで回転させ、現時点で最高の手段を考える。

 背中を伝う冷や汗がやけに気持ち悪い。

 

 追い詰められた時こそ、冷静になれ! 今の自分に何ができるかを見極めるんだ!


 そこで一人の顔が思い浮かんできた。こっちに来て初めて知り合った赤髪でツインテールの少女レイラだ。


 まあ必然的ではあるか。今から働いて稼ぐなんて当然無理だ。なら借りるしかないわけで。そして悲しいことに俺はこの世界で知り合いが少ない。別に元の世界で知り合いが多かったってわけでもないけど、この世界で頼れそうな相手など情けないことにレイラくらいしか思いつかなかった。


 俺は布団の中に蹲る。


 本当に借りるのか……? 相手は女の子だぞ? 流石に女の子からは……。


 布団の中に立ち込める重い空気を一掃するように吸い込み覚悟を決めた。

 そのまま飛び上がるように立ち上がる。


「行くか」


 目指すは女子寮にあるレイラの部屋。どうやら俺の夜はまだまだ明けないらしい。


 

 大体の寮生が眠りにつき始めるであろう夜中に俺は部屋を出た。誰にも見られない様に注意を払い、男子寮と女子寮を繋ぐ共用スペースから女子寮に潜入する。

 途中聞こえてくる微かな音に何度かビクビクさせられながらも、なんとか目的地に着くことができた。


 ――トントン。


「…………」


 ノックが小さかったか。


 ――トントン――トントン。


 最初のノックより強めにし、回数も増やしたのだが……。


「…………」


 ドアの奥からレイラの声が聞こえる素振りがない。


 これはもしかして、寝てる……?

 おいおいおいおい。こんな時間にこんなとこにいるのバレたらマジでシャレになんねえぞ。

 だからと言って他に当てはねえしな。くっそぉおおお!


 声を出すわけにもいかず、猫のようにドアをガリガリと引っ搔いた。所々でノックも織り交ぜる。


 頼むから早く出てくれ!


 短期決戦で決着を付けたいと、更に音を上げようとした時だった。


 ――カタン。


 俺の後ろで大きな足音が聞こえた。


 これって……。


 後ろに誰かが立っている気配がした。

 開けてもらうことに夢中で周囲の確認を怠ってしまった自分の迂闊さに腹を立てながら、振り向きざまに額を床に擦り付けると。


「すみま――――」

「ダイキ……?」


 ん? この声って。


 俺は聞き覚えのある声に顔を上げた。


「アンタね、こんな時間に女の子の部屋の前で何してんのよ……って、何? もしかして、泣いてるの?」

「これは目に埃がだな」


 本当にレイラで良かったよ……。こんなことで見つかって退学にでもなったら終わりだからな。


「あーはいはい。とりあえず中に入りなさいよ」


 レイラに誘導され部屋に入る。

 相変わらずの女の子特有の甘い匂いに思わず胸が高鳴った。

 見ると、レイラの姿は以前見たネグリジェ姿だった。少しだけ濡れた髪や火照ったような顔色から察しておそらくお風呂上りなのだろう。


「それで、こんな時間に何の用なの?」

「え……? あー、そのー」


 いきなりこんな時間に来てお金を貸してくださいとはとても言い難かった。

 でも、言わなければ何も始まらない! 言え! 言うんだ、駿河大輝!


「その、本当に失礼だと承知でお願いがあるんだが」

「まあ、聞くだけ聞いてあげるわ。言ってみなさい」


 お金の話は目を見て話すのが礼儀というもの。俺はレイラの目を真っ直ぐ見つめる。

 正面から見つめるのは照れ臭いがそこは我慢だ。


「絶対に働いて返すから、お願いします! お金を貸してください!」


 男らしく土下座を見せる。これも誠意だ。


「…………」

「…………」


 レイラは小さく口を開けたまま、俺を見てくる。


「えっと、あのさ、もう一度言ってもらえるかしら?」


 二回目を要求され心が折れそうになるが。


 ここで言わなきゃ男じゃない! もう既に男としてどうかって話なのだが。


「すぐに働いて返すんでお金を貸してください!」

「…………はあ」


 大きくため息を吐かれてしまった。

 せっかく上がっていた親密度も下げてしまっただろうか。

 俺もため息を吐きたい気分だったが、抑える。


「まあ、アンタの事だからちゃんとした理由はあるんだろうけど、時間くらいは考えてほしかったわね」


 そう言って、レイラはベッドから立ち上がり、横にある棚からごそごそと何かを取り出した。


「はい、これ。私だって買いたいものがあるんだから絶対返しなさいよね」


 ウインクしながらレイラが紙幣を手渡してきた。

 油断すると零れてしまいそうな涙を気付かれないように袖で拭う。


「はい! レイラ様、本当にありがとうございます!」

「様って……はぁ。全く、調子がいいんだから」


 正直、自分でも引くレベルのお願いだというのに、こんな俺にここまでしてくれる優しいレイラにただただひたすらに心の中で感謝し、礼を言ってから部屋を出ると自室に戻った。


 よし、色々あったがこれでデートの準備は整った。勝負は明日だ!


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