第6話 女心は難しい
「お前たち! ここで何している!」
青い髪の少女はそう言って、俺、レイラの順番で睨んできた。
一難去ってまた一難とも言うべきか。
レイラはまだ何が起きたのか整理しきれていない様子で、口が半開きになってしまっている。
「巡回中にこの辺から上に魔法が放たれたのを見て、慌てて来てみればこれだ。お前たち、もし、私が間に合ってなかったら今頃どうなっていたか、ちゃんと理解しているのか!」
どうやらレイラの放った『ファイアボール』が俺の命を繋いだらしい。
「今頃……」
微かにレイラの言葉が聞こえた。
不安になって振り返ってみると、目じりから涙が零れだしている。その涙を落とさないように両手で必死に拭っていた。
元は俺が悪いというのに、真剣に心配して泣いてくれるその姿に胸がチクりと痛む。
俺たちの横を通り、木に刺さった槍を抜くと、少女は振り返り、その槍を地面に突き立てた。
「私の名は、リネット・ブルームフィールド。グローリア魔法学園の生徒会直属の騎士団でリーダーを任されている者だ。お前たちにはこれから生徒会室まで来てもらう」
どうやら拒否権はなさそうだった。
腰が抜けて力が入らないというレイラに肩を貸しながら、リネットという少女に黙ってついていく。
学園内に入り、階段を上って、奥の部屋まで行くと、そこでリネットは止まった。
「ダイキ、ありがとう。もう一人で……歩けるから……」
レイラは顔が赤くなっているが、まあ、仕方ないだろう。まだ学園内に生徒はいるわけで、そんな中、男子生徒に肩を借りてここまで来たのだから。
「ああ」
リネットは待っていてくれたのか、レイラが一人でちゃんと立つのを見てから、ドアをノックした。
「はい、どうぞ」
「リネット・ブルームフィールドです。巡回の結果報告に来ました。失礼します」
中に入ると、奥には髪の長さはセミロングくらいの銀髪の少女がいた。
周りには誰もいない。おそらくこの子が生徒会長なのだろう。
背後の窓から差し込む夕陽に照らされ、一人佇んでいる銀髪の生徒会長とかレベル高い。
思わぬところで感動していると、腕に何かが当たった。
見ると、俺の視線に気づいたレイラが、肘で突いてきている。こんな時でも妨害の義務はしっかりと全うするらしい。
まだ本調子ではないため、レイラの睨みにキレはないが。
「あら、その方たちは?」
「巡回の帰りに進入禁止エリアの森で魔物に襲われているところを保護し、こちらまで同行をお願いしました。他は異常なしです」
「そうですか。後はこちらの方でやっておきますからいいですよ。巡回お疲れさまでした」
「はい、それでは失礼します」
リネットは生徒会長に頭を下げた後、律儀なことに俺たちにも軽く会釈をしてから退室して行った。
「では、貴方たち当学園の生徒ですよね? 学年とお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
俺はレイラが何かを言う前に、すぐさま前に一歩踏み出した。
「『2-A』の駿河大輝です。あの、今回の事は俺が無理言ってお願いしたことで、だから処分とかある場合、全部俺が引き受けますから彼女だけは見逃してもらえませんか。お願いします」
俺は床に額をくっつけて謝った。
こっちに来て二回目の土下座。この世界で採用されていないことは知っているが、自分の誠意を伝える方法がこれしか思いつかないのだから仕方ない。
今回は俺の計算が甘いのが悪かった。この件でレイラが怒られることなんてない。
「ダイキ……」
背後でレイラの声が聞こえた。
「はぁ、ええと、スルガさん、でしたよね? どうして森に入ったんですか?」
生徒会長の声に顔を上げる。
「俺、編入してきたばかりだから実技が全然駄目で、だから他の生徒にバレないように魔法を教わろうと強引に頼み込んで、人気のないあの森まで一緒に来てもらいました」
「何のために柵に看板が付けてあるのか分かりますよね? 今回の事はもういいですが、二度目は注意だけじゃ済みませんので、そのつもりでお願いします」
「はい……」
「なら、もういいですよ。実技の方も頑張ってください」
俺はレイラの背中を押してやると、二人で生徒会長に挨拶してから生徒会室を後にした。
学園を出てから、二人で寮に向かう途中、レイラの顔は分かりやすいほど不服な顔をしていた。
「ねえ、ダイキ。わたしだってあそこが進入禁止だって理解したうえで、中に入ったんだから同罪よ。それなのに、その、どうして庇ったの?」
「別に庇ったわけじゃねえよ。今日のは全面的に俺が悪かったのは事実だ」
本当はこんなつもりじゃなかった。
最初の予定なら魔物が来たところをレイラに守ってもらい、魔法の技術を褒め、少しずつ会話を重ねて仲を深めていく予定だった。
だが、レイラという少女のことを俺は自分が思っていたより、理解できていなかったらしい。
よくよく考えてみれば、ゴブリンから逃げる時に大切なペンダントを落としたりと、ドジな一面があることを知っていたのにな。
「今度からそういう自分を犠牲にしてまで、わたしを守るのはやめて。一方的にそうされるのって何か嫌だから」
「ああ、気を付けるよ」
そう言って、俺は自分の腕に付いているバンクルをレイラに気付かれないようにこっそりと見て、表示されていた内容に自分の目を疑う。
いつの間にかレイラの親密度は65%に上がっていたからだ。
「でも、……ありがと」
俺に聞かせる気は無かったのか本当に小さな声でそんなことを呟いた。
「ん? 何か言ったか?」
「え? ううん、何も言ってないわよ」
いや、まあ、本当は聞こえたけど。
俺は敢えて聞こえなかったフリをした。理由はとてもシンプルで、そっちの方がギャルゲーの主人公っぽいし、効果的な手段だと考えたからだ。
それにしても失敗だらけのあの攻略でどうして親密度が上がったんだ?
どうやら俺が思っていたより女心というのは複雑らしい。どんなに考えたところで現段階では解が見つかりそうになかった。
しばらくはお互い黙ったまま歩いていたのだが。
「ダイキはさ、まだハーレム、だっけ? それを作ろうとしてるの?」
いきなりそんな話題をぶっこんできた。
やはり計画を知られているというのは色々とやりにくいな。
「いや、流石に今回のことで懲りたし、真面目に学業の方に専念しようと思ってるよ」
「そう。じゃあさ、その言葉――――信じていい?」
レイラが歩みを止め、立ち止まった。
それに倣って、俺も歩くのを止める。
「ああ、信じてくれ」
俺は間を空け過ぎて疑われないようにすぐに答えた。
「んー、やけにさっぱりっていうか、何か軽い気もするんだけど、ダイキがそう言うなら信じるしかないか。もうダイキを信じて見張るのは止めにするから、さっきの言葉、忘れないでよ?」
「ああ」
突然なレイラのストーカー辞退宣言に、頬が緩みそうになってしまうが、なんとか気を引き締めなおす。
学業に専念なんてもちろん嘘だ。レイラにあんなこと言っといてハーレム目指すとか、人としてどうかと思うが、ここで立ち止まるつもりもない。
せっかく与えられた二度目の人生だ。どうせなら好きなように生きたいじゃないか。
「じゃあ、ここで」
「また明日な」
寮の前に着くと、俺たちは左右に別れた。真ん中に共有スペースがあり、左は男子寮、右が女子寮となっているのだ。
部屋に戻ると、俺は考えを整理するためにベッドの上で仰向けになり、目を閉じた。
レイラはハーレムのことを言いふらしたりはしないだろう。
親密度もそこそこと言っていい。
バンクルを確認すると、今はそこにレイラの名前はない。距離が離れすぎると、表示されないのは既に学園で確認済みだ。
「さてと」
そろそろ次の相手を攻略してもいい頃だ。
レイラにバレないように細心の注意を払わないとな。
実はもう、次の相手の目星もついている。
俺は明日からの為に、作戦を脳内で必死に組み上げた。