第37話 合宿
「なんでわたしの所為みたいになってるのよ! おかしいでしょ、ありえない!」
レイラのおかげで幾分かすっきりした俺は未だ動けないエティを担ぎ上げ、ナディア案内のもとに宿で休むことにしたのだが、その道中もずっとレイラはブツブツと小言を俺にぶつけてくる始末。
「わたしの所為も何も引き金を引いたの事実じゃねえか。見てみろ。そして自分が起こしてしまったことを反省しなさい」
俺は暗かった部屋にカーテンを開けることで室内に光を取り入れる。そして、窓越しから本当の青く太陽の光を反射させている海の隣にできた、惨劇の海を泳ぐ大勢の学園の生徒が見えていた。
エティもそうだが、こっちに来る途中幸いというべきか女生徒がその海を作る絵は一つも見ていない。さぞ苦しんでいるだろうことは想像に難くなかった。
「……もう、分かったわよ。わたしが悪かったわ。でも……」
レイラは俺に伝わるようにエティとナディアの方を交互に見る。
「やっぱりダイキだって悪いんだから」
レイラは口を尖らせながら顔を背けた。
宿に備えられていた布団を顔の下半分まで被っていたエティが身体を起こした。
「身体の調子はどう?」
俺が具合を尋ねようとした時、それより早くレイラが調子を聞く。
俺と会った時もそうだったが、基本は優しい子だ。周りにも人一倍気を配っているのだろう。今では相手が俺だと多少その気遣いが抜け落ちてしまうこともあるが。
「こちらに運んでもらっている時もエティはお兄ちゃんの背中で楽をさせてもらっていましたから、大分良くなってきました。お姉さん方、ありがとうございます」
「えっ、お姉さん!? お姉さんか、お姉さん……えへへ」
最初は『お兄ちゃん』という単語に肩を震わせていたが、自分を『お姉ちゃん』と呼んでくれたことに気分を良くしたのか、その怒りを霧消させていた。
「それで、結局色々起こした所為で聞きそびれちまってたが、どうして中等部のお前が高等部全員参加のこの合宿にいるんだ?」
「それは――エティ、お兄ちゃんと旅行、じゃなくてお兄ちゃんが心配でお父さんに許可貰って来ちゃったの」
おいおい、あのオッサンただの親バカになったんじゃねえだろうな。
俺はエティの父親の顔を思い浮かべつつ、これから先の未来を兄代理として危惧する。
てか今、旅行とかはっきりと漏らしやがったぞ。
「まったく」
「まあまあ、ここに来てしまった以上二日間はどうすることもできませんし、それぐらいでいいじゃありませんか」
「そうよ。過ぎてしまったことをぐだぐだと言ってても仕方ないでしょ」
その言葉にエティが相槌を打ちながら、こっちを見て目を輝かせている。
レイラに限ってはどの口が言うんだって話ではあるが、来てしまったからにはどうしようもないこともまた事実。
「しゃあねぇか。迷惑だけは掛けるなよ」
「うん!」
俺が兄っぽく説教してみたところで扉からノックする音が聞こえてきた。
すぐにドアを開けると見慣れた青い髪にポニーテールの髪型をしたリネットが立っている。
「講師からは女生徒という話だったがスルガもいたのか。それで体調の方はどうだ?」
大きく開いたドアから中を窺えたリネットは察したような顔をする。
「問題ないみたいだな。もうすぐ合宿のプログラムも始まるから呼びに来た。遊びに来ているわけでもないのだからあまり異性と羽目を外しすぎないようにな」
言葉は丁寧だが、その視線は冷たい。
まあ、騎士団のリーダーとして忙しそうに立ち回ってる中、俺の苦労を知るはずもないリネットからしてみればこの女の子ばかりに囲まれている図は好意的には映らないだろう。俺が逆の立場だったら間違いなく映らない。
お礼を言うと、俺は二つ返事で頷いた。
先に行けとレイラに言われた為、リネットに呼ばれてからすぐ学生が集まっている綺麗な浜辺に向かうと、ほとんどの生徒が皆一様に気だるそうな顔をしながらもなんとか立てるくらいにはなっていた。
最初は男子生徒しかいないと思い、周りを見渡したら――いた。
その女生徒たちの服装を見て俺の心拍数が跳ね上がる。
男子が海パンに上半身裸、またはシャツ一枚ってのはどうでもいいのだが、女生徒が皆統一された水着――スクール水着を着ているのだ。
露出を抑えようとするその水着はむしろ各々の身体のラインを強調させ、それでも隠れているという事実が男子生徒もとい俺に想像の幅を広げさせていた。
当然、レイラやナディア、リネットはもちろんのこと、なぜだかエティも自身の体形にマッチしたその水着を着て更衣室として使われているのであろう建物から出てくる。
つい咄嗟のことで目を奪われてしまっただけだというのに目が合ったレイラがあからさまに怒りを露わにしながら真っ直ぐこっちに近づいてきた。
すれ違いざまに耳元でレイラが囁く。それも彼女とは思えない低い声で。
「鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」
そうやってレイラに釘を刺された直後、まるでサッカーの試合を開始するような緊張感の中で講師が首元にぶら下げていたホイッスルが鳴り始まりの合図が告げられた。
合宿といってもこんな海で一体何をやるのやら、そんなことを思っていると、最初は順番などは日本と違うものの準備体操から入った。
俺も見様見真似で前の奴に動きを合わせる。
そもそも魔法の練習にこんな体操が必要なのだろうか?
少なくとも俺が編入してから学園の実技ですらそんなことはやった覚えがない。
そんな俺の疑問はこの後すぐに解消されることとなった。
「もうだめぇ~」
「…………」
レイラが砂浜に座り込み、音を上げる。
「もう汗でベタベタする~。早く帰ってシャワーでも浴びたい~」
「…………」
レイラのスク水や剥き出しになっている腕、足など身体中砂塗れになってしまっている。
それは俺とて例外ではなかった。むしろ俺の方が酷いことになっている。
「ちょっと、少しは何か言ったらどうなの? 鼻血のダイキ君」
「るせぇ~。ほっといてくれ」
俺は息も絶え絶えに砂浜で仰向けになっていた。
その理由はもちろん合宿のメニューを熟していたことが原因だ。
誰があんなことやると思うよ……。
合宿のメニューで魔法を使うことは一切なかった。それどころか使うとペナルティとまで言われ、そんな中この足場の悪い砂浜で競争を強いられ続けたのだ。
内容は百メートルさきに埋めたフラッグを十人ずつで奪い合うというルール。だが、その後が鬼畜を極めていた。フラッグを取れなかったものは全員砂浜二百メートルをダッシュ。その繰り返しである。それがサッカー部の頃やっていたタイヤ引きとは比べ物にならないほど体力を消耗させるものだった。
元々魔力云々とかで酔ってもいなかったレイラでさえこの有様だというのに、調子が全開でなかった生徒は俺も含めフラッグを取ることもできず、エンドレスで走り続けたのだ。
その際、疲れで足がもつれ顔面から転んだ俺が鼻を打ち付け血をダバダバと流した失態からレイラにはこんなふうに馬鹿にされ散々な初日だ。帰りたい。
これがギャルゲーなら海なんて最高のロケーションだろうに現実といったらこれだよ。
俺はレイラの後ろに転がっている死体の山を一瞥する。もちろん本当に死んでいるわけじゃないが俺と一緒で身体をろくに動かせない組だ。
「お疲れ~。お兄ちゃん、大丈夫?」
この場に相応しくないほど陽気な声が俺を気遣ってくる。俺に声を掛けてきたエティの体調はすっかり良くなったらしい。
何で俺とここまでの差が出来ているかというと、中等部のエティは参加していないからだ。
「お兄ちゃん、少しだけ、少しだけでいいからエティと海で泳ご? ね?」
天使みたいな穏やかな笑顔で悪魔のようなことを言ってくるエティ。いや、これは兄に甘えてるのかもしれないが。どちらにせよ俺にそんな元気が残っているわけもなく断ろうとしていたら、他の動ける組が近づいてきた。
「いいですね。ダイキさん、わたくしもご一緒して宜しいですか?」
「あまり羽目を外しすぎないように私もスルガを見張らせてもらおう」
エティに便乗する者が増える中、俺はこの嫌な流れを断ち切ろうとレイラに助けを求める。
「レイラ、こいつらに言ってやってくれ」
だが、それが失敗だった。
「海……海か。いいわね。海で砂でも流しちゃいましょ。ほら、ダイキ。行くわよ!」
あー、これ明日筋肉痛コースだな。もう手遅れかもしれないが。
俺はまたもやレイラとナディアに支えられ、エティに背中を押してもらい、リネットに後ろから見守られながら――。
「ていっ!」
冗談半分なのか、ナディアとの密着が気に食わないのか。レイラの一声とともに成す術もなく俺は海に突き飛ばされた。
「ぶぐぐぐぐ……」
俺は溺れながら嘆く。
俺の穏やかな水着イベントはどこだよ……。




