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第36話 繰り返される悲劇

『まあ、実際に合宿中危険が及ぶ可能性は低いので、そんな深刻に考えず有意義に過ごしてください。合宿が行われる場所を知っているのはごく一部の人間だけなので。それに追跡もされる心配はありませんから』


 合宿当日。俺は一昨日ナディアに言われたことを思い出していた。

 普段立ち入りを禁じられている学園の地下一階には見たことのない機器が端にたくさん設置してある。その部屋は無数のコードで入り乱れていた。中央に見られる白いタイルの色も隅はコードに埋もれ真っ黒だ。

 前に立っている講師たちの話を聞くと、どうやらこれは大型転移装置らしい。これが合宿先まで高等部の全生徒を運ぶための移動手段になるのだ。

 毎年のことで去年も経験しているだろうレイラたちに驚く素振りは見られなかった。


 今までも十分ファンタジーな魔法に触れてきたつもりだったが、転移まであるとはな。


 レイラの話によると転移はどこでも行けるというわけではないらしい。あらかじめここと同じ設備があるとこにしか飛べないのだ。そのやり方だと卒業した生徒たちは合宿の行われる場所を知っているのかとも思ったが、それもどうやらないらしい。毎回講師陣が密かに機器を運び毎回場所を変えているとのこと。前回レイラたちはそれは険しい山だったとか。


 講師の指示に従い、ここにいる生徒全員が真ん中にある巨大なサークルの中に入る。

 転移装置が作動し、サークルが光を帯びた。


「覚悟しなさいよ」

「何がだ?」

「これ、移動に便利な分すっごく気持ち悪くなるから」


 なんでこの土壇場でそんなこと言い出すのこの子は!


「前は集団嘔吐事件が起きてたし」


 そういうのは先に教えてくれよ。そうすれば朝食も控えたのに。


 レイラの言葉を最後に視界が真っ白になる。

 俺はレイラから直前で与えられた変なプレッシャーに備え強く瞳を閉じた。着替えを詰めてあるバッグを強く握り抱きかかえる。

 直後に訪れる浮遊感。

 感じたことのないその不思議な感覚にやはりと言うべきか――俺も吐き気を感じざるを得なかった。




「情けないわね~。男の子なんだからもう少しシャキっとしなさいよ」


 座り込んでいる俺の隣で腰に手を当てているレイラはピンピンしていた。


「なんでそんなに元気なんだよ。……うぷっ」


 油断していると、身体が早く楽になろうとしているらしく、催してくる吐き気に負けてしまいそうになる。


 周りを見渡してみても俺と同じように座り込んでる生徒は少なくなかった。


「大丈夫ですか?」

「この状態がどう見える?」


 後ろから地面に座り込んでる俺を心配してかナディアが声を掛けてきた。その表情はいつもと変わらず優美なもので転移の影響は受けていないようだ。

 それを見て男としての自信を喪失しかける。この体たらくに吐いてしまってもいいんじゃないかという甘えた思考がチラつくが、ハーレム要員の前で更に恥を上塗りすることだけは避けることにした。

 レイラの視線が刺さるがそれは気付かないことにしておく。


「ダメ、みたいですね。ダイキさんなら酔ったりすることはないはずなのですが」

「レイラにも言われたばかりだが、情けなくて悪かっ――うっ」


 再び胃から込み上げてくる吐き気に口元を抑える。


 集団嘔吐事件の加害者にはなりたくない。だからって被害者も嫌だけどさ。


「あっ、誤解させてしまいましたね、ごめんなさい。わたくしがダイキさんなら大丈夫と思ったのは魔力が高いからですよ」

「魔力?」

「ええ。転移には膨大な魔力が必要とされ、再度魔力が溜まるのに二日ほどの時間を要します。つまりそれほどの魔力を一気に浴びることになるんです。だから、基礎魔力の低い学生の方が耐性も低くそのような状態に陥りやすい傾向にあるというわけなのですが……」

「ってことは今、平気で立っている奴らは魔力が高いからある程度魔力に耐性があるってことか」


 ナディアの実力は知っているがレイラもやっぱりそれなりの魔法師なんだな。


 少し遠くでは他の生徒に肩を貸しているリネットの姿も見えた。


 ……ん? おいおい、何でいるんだよ。


 立っている生徒の方が圧倒的に少なく目立つ中、近くで座り込んでる生徒を見て目を見開いた。


「よい……しょ、っと」

「まだフラフラじゃない! もう少し座ってなさいよ」

「少し場所変えたら、そうさせてもらうよ」


 レイラがため息を吐くと、俺の手を取り、そのまま自分の肩に持っていく。


「お、おい! これは流石に」

「うっさい! 重たいんだから早く歩きなさいよね」


 頬を赤くしつつ、そんなことを言ってくる。

 炎の魔法を使うからなのか分からないが温かく柔らかいその身体に触れ、心臓の鼓動も早くなるばかり。

 緊張でまたまた吐きそうになるが――我慢だ。


「では、微力ながらわたくしも」


 そう言って、ナディアもレイラと反対の手を取ってくる。

 やはり男の身体と仕組みが違うのか、制服越しでもナディアの身体も人の心を落ち着かせるような柔らかさがあった。


「いてっ――」


 形だけ見れば右にレイラ、左にナディアで両手に花なのだが、笑顔という仮面で隠したレイラの顔には似合わないほど手には力が込められていた。


「わざわざ生徒会長が手を煩わせなくてもいいんですよ? このくらいならクラスメイトのわたしが面倒看ますから。色々とお忙しいでしょうし後は任せて下さい」

「お気遣いに感謝いたします。ですが、合宿の初日の朝はこのような現状になることが分かっていましたから、わたくしも生徒会長としての仕事はこうして人助けするくらいしかないんです」


 ナディアも笑顔という部分はレイラと同じだが、手に入っている力はそれほどでもなく、本当に俺を補助する程度。だがその笑顔の裏に何を秘めているか分からないためレイラよりも怖かった。

 俺がこんなに胃を痛めているというのに近くにいる男子生徒たちはそんな事情を知る由もなく、射殺さんとするような目で睨んでくる。それが俺の胃の痛みに拍車をかけていた。


「あの子は……」


 ナディアが声を漏らす。その視線の先は俺が今から向かおうとしていた場所。どうやら俺の行く場所に気付いたらしい。一方のレイラと言えば、相変わらず手に必要以上の力を入れ、視線はナディアを捉えている。表情を崩さないとこだけはせめてもの意地といったところか。


「よっ」

「お兄ちゃん……」


 俺の意思と関係なく身体が微かに揺れた。ピクリと肩を動かしたレイラによって。

 俺をお兄ちゃんと呼ぶ目の前の少女はエティ・バージェスだ。

 この件について協力を頼んだナディアは事情を知っているが、もう片方――レイラは俺に蔑む視線を向けてきた。


「ねえ、ダイキ。アンタ、まだ言わせてたの? いつの間にか会長にも目を掛けられてるみたいだし、一体わたしの見てないところで何やってるのよ」


 レイラは力の限りに引っ張りナディアから俺の手を振り解くと、放り投げた。砂がクッションの役目を果たしはしたが、その衝撃が胃に負担を掛けた。更に追撃しようとレイラが俺のまえで仁王立ちする。後少しでも風が吹こうものならスカートの中が拝めたことだろう。その距離で俺に手を向ける。


「なあ、レイラ。話すか、うっぐ――」


 俺は額から流れる汗を拭いながら、頭を働かせ、言葉を弄そうとしたが、気持ち悪さに言葉が詰まってしまった。

 その僅かな時間が勝負を決めてしまう。


「わたしがその曲がり腐った根性叩きなおしてあげる! ファイアボール!」


 遠慮のないその魔法に俺の身体が吹き飛ぶ。その中には砂に紛れ俺が寮で食べた朝食のパンも混ざっていた。魔法を身体に受けたというのにマゾでもない俺の体調は先程より楽になっている。


 砂浜で横たわる俺は一人静観していた。


 伝染でもするのだろうか。違う、皆最初の一人になるのが嫌で必死に我慢していたんだと思う。


 だが、俺の苦からの解放を見た一人の男子生徒が――吐いた。それを見た近くの男子生徒も苦難を脱したようなその表情が羨ましくなったのか――やっぱりまた吐いた。

 それは水面に石が投げ込まれた波紋のように広がり、まるで一つの海を形成しようとするかの如く、その勢いは留まることを知らない。


 俺は石を投げた少女に向かって声を振り絞る。


「やっちまったな」


 慌てふためくレイラを見て俺は虚しい満足感に浸る。


 そう言えば、ギャルゲーで言ってたっけか。悲劇は繰り返されるって。やっぱりギャルゲーは人生の縮図だよ。


 こうして集団嘔吐事件は今年もレイラの手によって繰り返された。俺は悪くない。

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