第34話 波乱の誕生日会
そう時間が経ったというわけでもないのだが、なんとなく懐かしさのようなものを覚えながら教会の前まで来ると、なんだか聞き覚えのあるような声が聞こえてきた。
「そこのテーブルまだ汚れてんじゃねえか。テメェらもっとしっかり拭きやがれ」
教会の前には以前は無かった白い丸テーブルが二つと椅子が幾つも用意されていた。テーブルを拭けと命令するスキンヘッドの男を見て俺は目を疑う。
「おいおい、これはどうなってんだよ」
俺の声に気付き数人の男たちが同時にこっちを振り返った。
「「「「「シスターエレナ、旦那。お帰りなさいやせ!」」」」」
モヒカンやスキンヘッドの男たちが一斉に頭を下げ、俺たちを――正確に言うならエレナちゃんと神父のことを前とは見違えるほど元気よく迎えていた。
こいつらロリコン団じゃねえか……。
「えへへへへ。お疲れ様っす。シスターエレナ、こちらお水っす」
「ん。ありがと」
「えへへ。礼なんてよしてくだせぇ~当たり前のことしただけっすから」
その会話を傍から聞いていた俺は思わず鳥肌が立つ。
お前、前に会った時はそんなんじゃなかっただろ! 何だよ『えへへへへ』って! 『イヒヒヒヒ』ってあのキモイ笑い方どこに置いてきたんだよ!
「うぇーい、抜け駆けしてんなよぉ~。シスターエレナ、このタオルお使いくだせぇ~」
「ん。感謝」
「いえいえ、このくらい当然のことっすよぉ~」
もう一人やって来た男は言葉に大した変化は見受けられないが行動だけはやっぱり別人だった。
「テメェら、シスターエレナの道を塞ぐの止めねえか。すんません、こいつら気が利かなくって」
なんなのこいつら……。頭だけじゃなく性格まで円くなりやがって。気持ち悪っ。
「何か思ったより教会って個性的な集まりね」
これまでの会話を一部始終見聞きしていたレイラが苦笑いでそんな感想を漏らすのも無理はなかった。
俺から見てもロリコン団として更に磨きがかかっていて、前とは違う危険を感じているのだから。
「そうだな」
俺は相槌を打つと、ロリコン団のリーダーを務めていたスキンヘッドの男に近づき、声を掛ける。
「よっ! 久しぶり!」
「あぁん? ってテメェは……!? なんでテメェまでここにいんだ?」
「俺たちは神父とエレナちゃんに商店街で偶然会って招待されたんだよ。そういうお前たちはどうなんだ?」
「シスターエレナを気安くちゃん付けで呼んでんじゃねえ! 焼くぞ!」
前にエレナちゃんのことチビとか言ってたのはどこのどいつだよ。
「まあまあ、二人ともそれくらいで。それより料理を皿に盛って頂いてもよろしいですかな?」
「へい、旦那。任せて下さい」
そう言って嫌な顔一つせず、盛り付けに行くロリコン団リーダー。
俺はその後ろ姿を指しながら、
「あれ、何があったんですか?」
神父にそのまま疑問をぶつけた。
「はは、驚くのも無理はありません。君が帰った次の日のことなのですが、皆さん全員でこちらに尋ねられたかと思えば揃って謝罪に来てくれたんですよ。それからこちらに顔を出してはエレナの相手をしていって下さるようになりましてね」
謝罪、ね。あいつら最初はエレナちゃんのこと売るとかなんとか話してたくせにどうやったらここまで変わるんだよ。まあ、エレナちゃんも楽しそうだしいいか。
「そうだったんですか。でも、前見た時より数は減りましたね」
周りを見渡しても前の半分の人数くらいしかロリコン団がいない気がした。
「今日ここに集まってんのは勝ち残った奴だけなんだよ」
それを近くのテーブルでチキンが入ったバスケットを綺麗に並べていたリーダーが勝ち誇ったような清々しい顔で答える。
答えてくれるのはいいが、その姿には違和感しか抱けない。
「勝ち残った?」
「ああ、そうだ。俺たちみたいなのが大勢押しかけちまったらシスターエレナや旦那に迷惑が掛かるだろうが! だから公平にくじ引いて半分は残してきたんだよ」
こいつらなりに気を遣ったつもりなのだろうが、大して意味はないんじゃなかろうか。見た目だけで一人ひとりが悪目立ちする格好をしているというのに、それを全体の人数の半分にしてもあまり効果があるとは思えなかった。てか、決め方がくじって……。
「掃除屋さんもうすぐ準備終わりそうだって」
くいくい、と後ろからエレナが服を引っ張てくる。どうやら席に案内してくれるらしい。俺がエレナちゃんの誘導に従おうと一歩足を踏み込んだ時だった。
「ちょっと、待て。テメェにシスターエレナの隣を譲るわけにはいかねえ」
リーダーの男が席を指しながら抗議する。
「旦那は親だから当然として、もう片方がテメェとかありえねえ」
「私は別に構いませんよ」
「旦那、それじゃ駄目です」
「じゃあ、別に俺は――」
『そんなにこだわりがないから譲る』と言いかけた時、エレナちゃんの服を掴む力が少しだけ強くなったのが分かり、言葉に詰まる。
「だから――俺と勝負しろ」
俺の方に指を向け、誕生日に相応しくない表情と言葉で喧嘩を売ってきた。
これ、断ったらそれこそめんどくせぇんだろうな。
「いいけど、後で後悔すんなよ?」
「どうやったら誕生日会でこんなことになんのよ……」
傍らでレイラはため息交じりにぼそりと呟いた。
教会の敷地はわりと広く、俺たちは誕生日会を行う会場から少し離れた場所で向かい合っていた。他のメンバーも少し離れたところから事の成り行きを見守っている。
「ルールは単純だ。一発攻撃を決めて膝を付けば勝ち。勝てば、シスターエレナの隣、負けたら別のテーブルだ。いいな?」
「それでいいけど、ハンデとかいらねえのか? ほら、前は俺一人にボロボロにされたわけだし」
「そんなもんいるかよっ」
「そうか。試合開始はお前の合図で任せ――」
俺が言い終える前にリーダーが動き出した。
「ファイアボール!」
レイラほどの威力はないものの、それなりの精度で俺に向けて先制攻撃を仕掛けてくる。
打ち合ったりせず、飛んでくる火の弾を冷静に躱した。
どうやら俺が攻略に勤しんでる間、アイツだって何もしてこなかったわけじゃないらしい。
「言い終える前に攻撃とか卑怯だぞ!」
「勝負に卑怯もくそもあるかよ! ファイアボール」
地面に向けて放たれたそれは地面を抉り周囲に砂塵を巻き起こす。
「ウィンド」
俺は黒煙と飛んでくる砂を払うと、中からこっちに突っ込んでくる人影があった。その影が再び火の弾を放つ。
目暗ましからの攻撃か。確かに前より色々成長したらしい。
俺がそれを『ウィンドボール』で迎え撃つと、咄嗟に横に移動し、本人は攻撃範囲から逃れそのままこっちに迫ってきた。
そして俺を殴れる間合いに入りこむ。
「もらったぁあああ!」
力任せにリーダーが俺の頬めがけて拳を突き出す。
予想通り、魔法を頼りに戦ってきただろうリーダーの動きは単純だった。
「なに!? ぐふっ――ぅおおおおおっ」
腰を下ろし態勢を低くして躱すと、男なら誰しもが弱点である場所を狙い思いっきり膝を上げた。
大丈夫、『ヒール』があるから。
痛みのあまり硬直してしまったリーダーに優しく『ウィンド』を当てると、そのまま倒れた。
「キィ~サァ~マァ~」
凄い形相で睨んでくるが知ったことか。勝負に卑怯もくそもないんだろ。
こうして二回目の勝負も俺は勝利を収めた。
「テメェ、さっきは油断したぜ! もっかいだ!」
俺が回復させたら元々血の気の多いロリコン団リーダーが再戦を要求してきた。
「やだよ。さっき決まっただろ。あんまり言ってるとエレナちゃんに嫌われるぞ?」
「ぐっ……。くそっ! またこんなガキに負けるたぁな」
「前にやった時よりもいい勝負だったじゃんか。そう落ち込むなよ」
まあ、かなり魔法では力をセーブしたけど。
それでも、このリーダー自身が成長したってのは事実だ。そこは誇ってもいいと思う。
落ち込んで地面に座り込むリーダーの横にエレナちゃんが行くと、手を差し伸べていた。
その姿は服の効果も相俟ってか神聖さすら感じさせられるほどだ。
「隣、座っていい」
「シスターエレナ……俺なんかでいいんすか?」
「うん。でも、なんかとか言っちゃダメ」
そして、次にエレナちゃんがこっちに来る。
「掃除屋さんも隣」
「なっ!?」
俺の分までリーダーの男が大袈裟に驚く。そのままエレナちゃんは神父の手を引くと先に椅子に座らせ、その上に自分も座った。
そういうことか。確かにそれなら両隣が空くわけだ。
改めてエレナちゃんにはあの服がよく似合っていると思った。
「ほら、俺たちが気を遣わせてどうすんだ?」
俺が手を貸すと、リーダーの男は何も言わず、それでも俺の手だけはしっかり取って立ち上がった。
「さあ、エレナちゃんを祝うぞ! 皆席に着けー」
「テメェら、ボーっとしてんじゃねえぞ!」
「何で男ってこんな単純バカしかいないのよ……はぁ」
後ろでレイラの大きなため息が聞こえたが気にすることなく、皆が席に座るとケーキに立ててある蝋燭にリーダーが魔法で火を灯す。
エレナちゃんは頬いっぱいに膨らませその火を吹き消した。
――誕生日おめでとう。
この時、今日初めて皆の心が一つに纏まった気がした。




