第33話 偶然の再開
寮から学園に向かう途中、門の前に見知った少女が佇んでいた。
こっちに気付き手を振ってくる。
「お兄ちゃーん! タッチ! えへへ」
見ているだけでこっちに伝わってくる上機嫌陽気オーラを纏ったエティは――ぐおっ!
俺に体当たりしてきた。
「おはよっと。それよりもなんでまた呼び方変わってんだ?」
「呼び方?」
エティがわざとらしく恍けた声を出す。
「昨日はスルガさんって言ってたじゃねえか」
「やだな~お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」
おいおい、それじゃ昨日の苦労が水の泡――ってわけでもねえか。
少なくとも目の前の少女は以前よりはずっと素の自分を出せるようになったのではないかと思う。
俺の腹部へと顔を埋めているエティに気付かれないようにバンクルを操作してみると、困ったことに親密度は100%のまま。演技とはいえ、父親をあそこまで傷つけたのだから下がってもおかしくないはずなのだが、なかなか思い通りにはいってくれないらしい。
「あーはいはい。もうお兄ちゃんでいいよ」
多分エティが向けてくれている感情は少なくとも今は敬愛とかの類な筈だ。俺のことを兄として慕ってくれているうちは、まあなんとかなるだろう。というかなんとかするしかないし。
「やった! ありがとう、お兄ちゃん!」
曇り一つない満面の笑みを咲かせていたエティが、名残惜しそうに握っていた俺の服を離すと、
「それじゃ、そろそろ行くね、お兄ちゃん。またね~」
手を振りながら、中等部の方に走っていった。
兄として今度エティがクラスに馴染めてるかチェックしないとな。
ふと、祭りの片づけのことを思い出す。あの時のエティはクラスメイトから少し身を引いていたが、多分今の彼女は前のようにはならないんじゃないか――そんなことを思った。
「任せたとか言っちまったがもう少しの間、妹の面倒は俺が見ることになりそうだからゆっくり休んでくれていいぜ」
俺はどこの誰に聞かせるでもなく呟く。
教室に行くと、あまり話したことがないクラスメイトから学園の受付に行くように言われ、言われた通り顔を出したのだが。
「どうぞ。お疲れ様でした。改めてこれからもよろしくお願いしますね」
そう言われ、受付のお姉さんから茶色の袋を渡される。
やったぁああああっ! 初給料だ!
「こちらこそ今後もよろしくお願いします!」
俺は勢いよくそれを受け取った。別れを告げ、年甲斐もなくスキップで教室まで戻ると席に着く。
レイラはまだ来てないのか。
しばらく扉を見ては待ち人来ず、貧乏ゆすりという流れを繰り返すこと数回。ついに扉の向こうから赤いツインテールが跳ねてるのが見えた。
「げっ……」
俺の方を見たレイラがおおよそヒロインに相応しくない声を上げる。
「そんな声を上げてどうかしたか?」
「『どうかしたか?』はこっちの台詞よ! 鏡でも見てきたら」
呆れた顔で俺と目を合わせないようにしながらレイラも自分の席に着いた。
「そんなことよりほい、これ! やっと給料入ったんだよ! この前はありがとな」
俺は借りていた分のお金を返す。
リネットとのデート資金をレイラに――女の子に借りるという男のプライドをズタボロに切り裂く行為をしたからな。まだこれじゃ足りねえ。
「何かキモイと思ったらそういうことだったのね。それでももう少し普通にできないものかしら……」
「それと、その世話になったお礼もしたいからさ、明日って空いてるか?」
こめかみの辺りを抑えているレイラの言葉を半ば流しつつ、明日学園は休みなため予定を尋ねると、それまでの表情が一変。
「あ、空けようと思えば空けられなことも…………ないわよ……」
口をもごもごさせながら、耳まで真っ赤にさせそっぽを向きつつもどうやら付き合ってくれるらしい。
俺は少し高い物を買ってやるか、とそんなことを思っていた。
最初は初の給料にただ喜んだ。これで好きなものが買える、と。でも、よく考えたらこの世界にはないのだ。俺の欲しいものが。
ギャルゲーもなければPCもない。食事は寮で済ませるし、前にデートでリネットと家具を見に行ったもののそもそも家具にそこまでのこだわりもなく揃えたところでそれほどの額には至らない。ベッドが少し硬いがそれも今では慣れたものである。となると元々ヒロインに貢いでいた俺だ。この世界でもそのヒロインに貢げばいい。
そのくらいしか働く意味もねえしな。
「じゃあ、決まりってことで明日寮の前集合な」
話が纏まったところで狙ったかのように講師が教室に入ってくる。
がばっ――。
「……分からないなりに朝の講義くらいちゃんと受けなさいよ」
講師が来るなりすぐさま突っ伏し授業を放棄した俺の背中にレイラが声を掛けてきたが、鋼の意思で自分の意思を貫くことにした。
人間どんなに頑張っても分からないものは分からないのだ。
× × ×
「ふはは、完璧じゃないか」
俺もデートに慣れたものだな。行くか。
翌日。今回は同じ轍を踏むことなくぐっすり眠れ、女の子を待たせまいと約束の30分前には寮を出たのだが。
「あっ、ダイキ。遅いわよ!」
レイラも既に外に出てきていたらしい。
「す、すまん」
これは俺が悪いのか怪しいところだがとりあえず待たせてしまったようなので謝っておく。
「まあ、いいわ。時間が勿体ないし早く行きましょ」
そのまま俺たちは買い物ということで商店街に来た。
「これ可愛い! ねえ、ダイキはどう思う?」
ショーウィンドウに飾られた白のワンピースを指しレイラは俺に感想を求めてくる。
「レイラに似合ってると思うよ」
「えっ!? あ、いや別にわたしが着ようと思ったわけとかじゃなくて、単純にこの服が可愛いかって聞いただけで……」
口では色々言っているものの、やっぱり欲しいのではないだろうか。早口で誤解を解こうとレイラに本当のところどうなのか尋ねようと思った時だった。
「掃除屋さん……」
突然の聞き覚えのある単語と声に反応し振り向く。
そこには以前とは違う修道服に身を包んだ金髪碧眼の少女がいた。
「エレナちゃん? すっごく見違えたよ。その服似合ってるね」
「ねえ、ダイキ? この子は?」
俺とエレナを交互に見たレイラが尋ねる。
「ああ、じゃあ紹介しとくか。この子は前に仕事した時に会ったエレナちゃんだ」
「あの、こんにちは。エレナ、です」
紹介しやすいように二人の間に入っているのだが、まだ初めて会うレイラには人見知りしてしまい、俺の後ろに隠れるようにして顔だけ出している。
「ちょっとダイキ耳貸しなさい」
くいっと引っ張られるとレイラの吐息が漏れ、耳に掛かる。さらにシャンプーかなにか分からないがレイラ特有の甘い匂いのダブルパンチで俺を攻めてきた。
「アンタもしかしてこんな小さな子にまで手を出してるわけじゃないのよね? 何かすっごく懐かれてるみたいだけど」
「そんなわけないだろ。このくらい普通だっての」
レイラが俺の目を覗き込む。こればかりは慣れないがここで逸らしたらまた誤解を生みかねないため必死で堪えた。そんな姿が功を奏したのかレイラはため息を吐いた後、引っ張ていた服を放す。
レイラはゆったりした動きでエレナの前にしゃがみ込んだ。
「エレナちゃんって言うんだ。可愛い名前ね。わたしの名前はレイラ、よろしく」
そう言って落ち着かせようとしているのかエレナちゃんの手を取る。
「……よろしく」
エレナちゃんもそれに応え微かに笑みを交えて返す。
「そんじゃ紹介はこんなもんで。それよりエレナちゃんはどうしてここに?」
「少し買い物に来ていたんですよ」
落ち着きのある男の声が質問に答えた。
「神父さん。お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです。そちらのお嬢さんは初めましてですな」
「えっ、はい、初めまして。わたしはレイラ・ローウェルと申しますっ!」
流石のレイラも年上の男性に急に話しかけられ緊張しているらしい。
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。それよりお二人はデートですかな?」
「そうです」
「違います」
俺とレイラがほぼ同時に答える。
「息はぴったりのようで」
神父はそんな俺たちを見て笑った。
「それにしてもいっぱい買われましたね」
神父が両手に持っている買い物袋にはどう見ても二人分とは思えないほど大量の食料が入っている。
エレナちゃんが大食い……には見えないし、神父って結構食うのか。
「今日はエレナの誕生日でね。都合がよければお二人も教会で一緒にどうですか? その方がエレナも喜びます。なあ、エレナ」
俺の服を掴みうんうんとエレナが頷いてくる。
一度レイラと顔を見合わせると、特に断る理由もないらしくレイラも首を縦に振った。
レイラにはあのワンピースをプレゼントすればいいかな。服のプレゼントは流石に重い気がするがレイラなら仕方ないわね、とか言いつつも受け取ってくれそうな気がするし。
「また遊びに行くと約束もしましたからお邪魔じゃなければ」
「掃除屋さん!」
そんなに俺が来ることが嬉しかったのかエレナちゃんが抱きついてくる。
「では、行くとしましょうか」
「あっ、荷物持ちますよ!」
後ろから鋭い視線が刺さってきたが、それから逃れるように俺は神父が持っていた買い物袋を取り、教会へと向かった。




